勤行とはなにか
三合の飯を炊き
半合を木椀に盛って祈ること
長々と流れる平板な音の連なりの意味も知らぬ
しかしこの日毎に散逸していく音共の届く先を思うこと
勤行とはなにか
母が死んだ日はたいそう悲しんだ
父の泣くのを見たのは数十年ぶりといっていい
ああ確か子供の頃
父の母が死んだ日のこと
そうだ
私の肉親がその日はじめて死ぬ
噂に聞く葬列というものの
哀悼の言葉を並べ立てる彼ら参列者だったが
四十九日のうちにゆっくりと
母は死んでいった
死と感情は遅れてくる
言葉ばかりが先に母の墓前に降り積もって
母の死を今か今かと待ち望んでいたかもしれぬ
たった一人の私の
たった一人の母親の
たった一つきりの臨終
彼岸は前もって取り繕われた悲しみによって用意された
儀式的な葬送が私の一部を運んでいったことを
さて儀式的でなかったとは言えぬ
真の悲しみを探り当てようと父の目を見る
父の悲しみのいかほどを盗み取ろうとしている私の浅ましさがあって
父が一人、母の死の前に立つ
今まで読んだこともない経典を戸棚の奥底から引っ張り出して
唱え出される呪文の
それが祈りでないはずがなかった
祈りは誰に祈られるものか
死んでしまった母のために祈られるものであった
途方もなく遠くに引き捉えられていった母のために
父はその行方もしれずに経を読む
人間の声はそもそもの経緯として
全方向に射出される
盲になったもののためにだろう
彼の者がどこにいても聞こえるようにだろう
日毎繰り返される経が私の脳裏にしっかりと刻まれる
途切れ途切れの経は今ではなめらかに奏でられる節となり
響きは波のごとく
数々の祈りは私達の感情を転移していく、可能な限りに速くそれは
音速で伝播するのだろう
言葉より速い音がいまになってようやく
母の死に追いつく
最終更新:2012年06月12日 20:49