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504 :courageous cat's theme ◆FVfgoBMtRs :2008/09/16(火) 21:34:19 ID:I5xIV4EW



 うららかな日差しを浴びながら居眠りするのはとても気持ち良いです。
 春眠暁を覚えずという言葉が頭によぎりますが今は春ではないし、暁ではありません。
 ファンタスティックな夏が終わり、メランコリックな秋です。そして更には昼休み後の授業中です。
 本来ならば居眠りなんて事は言語道断なのですが、少しでも気を緩めると目の前に花畑が広がってしまいます。
 コスモスの花が零れるほどに咲き乱れ、柔らかいそよ風になびいています。
 羊の群れが現れて、境界の区切りの柵を軽快にピョンピョン跳び跳ねています。

 一匹、二匹、三匹、四匹。

 羊の数を数えていたら、気づいてしまいました。とても重大な事です。
 四と匹って似てますよね? 棒が一本だけの差、大発見です。

 コツン。

 夢と現の狭間でうたたねをしている私の額に何かが当たりました。あまり痛くはありません。

「ほえ?」

 間の抜けた声を挙げつつ緩慢とした動作で上体を起こすと、信じられない光景が寝ぼけ眼に入ってきます。
 信じられません。私の教科書が、ノートが謎の液体で濡れています。キラキラと輝く糸を引いて私の唇に繋がっています。
 つまり、よだれですね。
「ひいぃぃぃっ!」

 あまりのはしたなさに絶望して、身体を硬直させながら絹を切り裂くような悲鳴を上げます。
 クラスメートの視線が集まります。私は気弱で恥ずかしがり屋さんなので、顔を真っ赤に染めてしゃがみ込んでしまいました。
 奇異な物を見るような視線は、私にとっては恐ろしい武器です。兵器なのかもしれません。

 ――ざわ……ざわ……ざわ……。

 ざわめきが波の様に押し寄せて、私のささやかな純情を打ち砕こうとしています。しっかりと胸に抱いて守ろうとしたのですが、駄目でした。
 何故ならば。
 21世紀になった今でも旧世紀の詰め込み教育を声高らかに主張する昭和の遺物とも言うべきスパルタ教師が、なまはげの様な顔で私を睨んでいるからです。

「わるいごはいねーがぁー」

 頭の中で何処かで聞いた事のあるフレーズがリプレイして叫んでいます。
 恐怖のあまりに失禁してしまいそうです。でも、此処で踏ん張らないと私は笑い者になってしまいます。
 だけどそんな心配は杞憂でした。卒倒して意識を手放してしまったのです。
 閉じていく視界の中、私は合法的に居眠りが出きる事を喜んでしまいました。

 だけど、それはなまはげ先生には内緒です。


 気づくと見慣れた天井を見ていました。制服のまま硬いベッドで寝ていました。
 そうです、ここは保健室です。
 仕切りのカーテンで閉ざされていますが、何度もお世話になっているので間違いないのです。

「おーい、起きたか?」

 カーテンの向こう側からハスキーな女性の声がします。

 カーテンが開くと、養護教諭の新井先生が顔を覗かせます。
 ちなみに新井先生は養護教諭であって、保険医や保健医ではありません。間違えると口では言えない程のとても恐ろしい事になります。

「はい、気分が良くなりました」

 ベッドから起き上がると、新井先生は私に向かってニヤニヤ笑いかけてきます。

「でかいいびきをかいてたからぐっすり寝れただろ」
「私はいびきなんてかきません!」
「かいてたよ? ぐーすかぴー五月蝿くて大変だった」

 ショックです。私はいびきなんてかいていないのに。『ぐーすか』ならまだ理解は出来なくはないのですが、『ぴー』は訳がわかりません。
 兎に角。
 身に覚えのない事実を捏造されてしまいました。

「人を信じられないのは悲しい事ですね。それが教育者なら尚更です」
「教師を信じる事が生徒がいるなんて悲しいなぁ」
「新井先生に私の悲しみがわかるんですか?」
「君……えーと、3年2組の沖方鼎さんだっけ? 君に私の悲しみがわかるかい?」
「2年1組です」
「間違えてゴメンね?」

 駄目です。私は現代教育の腐敗を垣間見てしまいました。コミュニケーション不足を起因とする凶悪犯罪はここから起きるのです。

「兎に角。元気になったなら教室に帰りな。今からなら6限の授業に間に合う。1ダースの学校生活は大事にしないとね」

 1ダース。私は指折り数えます。6+3+3=12。

「先生は私が大学に行けないとおっしゃるんですか?」
「む。そいつは盲点だった」
「酷いおっしゃりようですね」
「君の場合、病欠が多いから進級だって危ういぞ?」

 そうでした。病弱で薄幸な美少女、それが私なのでした。
 つくしの様に背が高いわりにはやせっぽち。趣味は読書と絵画。アウトドア派ではなくインドア派です。

「そう言えばさ、この前こんなのを見つけたんだ」

 新井先生は机の上から一冊の薄っぺらな本を取り出して私に手渡します。

 表紙を見ると見覚えがあります。中身を見ると確定できます。

「……私の本ですよね?」
「サークル『高杜亭』の新刊だよ?」
「……お買い上げ頂きアリガトウゴザイマス」
「いやー、我が校の生徒がもの凄いBL書いてるとは思わなかったなー」
「……私のBLはファンタジーです」
「しかも、どこかで見た事のあるキャラクターだ」
「……実在の人物、団体とは関係ないフィクションです」

 思いもよらぬところで生徒と教師、作家と読者のコミュニケーションが取れてしまいました。
 世間は意外と狭いです。嬉しいような、悲しいような。なんだかアンニュイな気分になってしまいました。

 ガラガラガラ。

 ドアが開くと、クラスメートの博多利敬君が息せききって登場しました。

「佐藤さん、様子を見に来たんだけど……大丈夫?」
「ええ、少し休んだから気分は楽になりました」

 利敬君は私の隣の席の男の子です。背が私よりも高いノッポさんで、謎の格闘技を学んでいるナイスガイです。
 超絶理論を展開する癖がありますが、草を生やすみたいに笑う笑顔がチャームポイントの気の良い優しい人です。
 だけど、時折ヘタれる仕方のない人でもあります。

「あー、鼎さんなら元気になったみたいだから、連れて帰ってくれ」
「新井先生は人使いが荒い先生ですね! 俺は様子を見に来ただけですよ!」

 今、ちょっと面白い事を言いました。
 本当に仕方がない人です。

「あれ? これは?」

 利敬君はめざとく私が新井先生に返しそびれて床に落としてしまった、私謹製の“ものすごいBL本”を手に取りました。
 よせば良いのに、ペラペラと中身を見ています。

「……これって俺だよね」
 いいえ、違います。
「……これってなまはげ先生だよね」
 いいえ、他人のそら似です。
「……これって良い子がみたら駄目な本だよね」
 多分、そうです。
「……なんで俺がなまはげ先生と絡んでるんだろうね」
 それはファンタジーだからです。ちなみに、それはフィクションなんですってば。

 私の心の叫びは利敬君に届かないみたいで、肩を震わせてぷるぷるしています。
 新井先生はというと、ニヤニヤ笑っています。
 ですが、何故か私の胸はときめいています。
 利敬君が禁断の愛に目覚めてしまったらうれしいな、と。

 ですが、利敬君はそんな私の全否定する顔をしています。困ってしまいます。
 本当に仕方のない人です。
 いいえ、本当に仕方のないのは私なのかもしれません。
 罪深い女ですね、私って。
 そわそわしてしまって落ち着きません。
 落ち着付かないのはいけないことです。オチがつかないのは危険な事です。


 そんな訳で話は次回に続きます。




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最終更新:2008年10月06日 22:21