42 :Brightness Falls from the Air ◆ghfcFjWOoc :2008/09/29(月) 00:19:22 ID:U8j/GLEB

 一言で表現するならそこは奇怪な部屋だった。
 日光を取り込む為の窓は目張りをされた上に遮光カーテンがかけられ、ドアにも黒い幕が何重にも垂れ下がっている。
 外部からの光を完全に遮断した室内に携帯のディスプレイから発せられた光がぼんやりと浮かぶ。

 時刻は夕方の四時。
 本来なら自分の活動時間ではないのだが仕方ない。
 相手の用件によっては今日の仕事を欠勤する必要も出てくる。

 予め登録してある番号にかけると数回のコール音の後に相手が出る。

『ロムルス』
「……レムス」

 意味のない問答。
 曰く、電話口の相手が本物かどうか確かめる合言葉らしいが、大方テレビにでも影響されたのだろう。

『どうやら本物のヴァルクみたいだな』
「昨日来たみたいだが、何の用だ?」
『ちょっと深刻な事態になってさー』

 声の調子からは全然深刻そうには思えないが、相手はいつもこんな感じなのでおそらく深刻なのだろう。

「なんだよ」
『高杜市の近くで若い女の変死体が発見されたんだ』

 死体とはまた穏やかではないが、それだけでは深刻とはいえない。
 事件、事故、自殺、病気、寿命、様々な理由で一日に多くの人間が死んでいるのだから。

『発見したのが俺達でよかったよ。もし一般人に発見されてたら週刊誌やらなんやらの格好の餌食になっていただろうからね。
 ……全身の血を抜かれた死体なんて』

 自ずと深刻さの理由が判明した。
 携帯を握る手にも自然と力が入る。

「が、実は死んでいなかった?」
『ああ。発見した段階でも心臓は動いてたし、医者が検査したら脳波も確認されたらしい。なんか意識を取り戻すのも時間の問題っぽい』

 確認の意味を込めて一つの単語を告げる。

「吸血鬼か」
『間違いないだろうな。犬歯が尖っていたし、発見時にはずたずたになっていたらしい頸動脈も俺が見た時には傷痕が残ってるだけだった』
「……」

 吸血鬼。
 現代においては空想の産物とされるそれについて語り合うのは滑稽で、とても他人には聞かせられない。

「詳しい状況を聞きたい」
『女性を保護すると同時に捜索を開始し、日の出の三十分くらい前に発見、交戦した』
「連絡寄越したって事は仕留め損なったんだな?」
『残念ながらな。で、日の出までの時間を考慮すると高杜市内に潜伏している可能性が高いって訳だ』
「面倒だな」
『たっぷり吸ってるし、一度見付かってるからしばらくは大人しくしてるだろうが、時間の問題かな』

 奴がいるというなら本当にこの街にいるのだろう。
 少なくとも、被害者が出たのは事実なのだから。

『俺も使い魔を放って捜索しているが、お前も協力しろ』
「報酬は?」

 仮に無償でも協力するのだが、それだと良い様に使われている気がして癪だ。
 こういう所がまだ若い証拠だろうか。

『俺からの感謝の言葉』
「いらん」
『父親にお前の居場所を黙っておいてやる』
「……っ」

 息を飲んで携帯を握り締める。
 殆んど脅迫に近い。

「分かったよ。協力してやる」
『悪いな。こうやって地道にポイント稼いでいかないと、中世みたいな吸血鬼狩りが始まっちゃうんでね』

 流石に当事者の言葉は説得力がある。
 容易く狩られる男ではないが、同胞意識というものはしっかり持っているらしい。

「それで、捜索ってのはどうやるんだ?」
『この街に教会があるだろ? ひとまずそこで待ち合わせだ』
「教会ってお前な……」
『夕方とはいえ、まだ日が昇ってるから、まあ、九時くらいでいいぞ』

 こちらの都合も聞かず、電話は一方的に切られた。
 毎度の事だと半ば諦め、仕事先に欠勤の連絡を入れ、携帯のアラームを八時にセットする。
 今月のランキングは諦めるしかないだろう。

 椅子代わりに腰掛けていたモノから立ち上がり、部屋の隅に置かれた小型の冷蔵庫を開けると、中には輸血パックがびっしりと入っている。
 その内の一つを取り出し、爪で穴をあけてストローを挿す。
 十秒足らずで飲み干し、空になったパックをゴミ箱に放り込む。
 普通の人間では何も見えないのだろうが、自分には十分すぎる。

 視線を椅子代わりのモノに戻す。
 そこには一般的な成人男性の部屋には似つかわしくないものが陣取っていた。
 所謂、棺桶と称される遺体を入れる容器だ。

 爪先を棺桶の蓋に引っ掛けて蹴り上げるようにして開ける。

「お休み」

 アラームがきちんとセットされている事を確認して中から蓋を閉める。






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最終更新:2008年09月29日 00:30