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106 :普通の日常:2008/10/05(日) 01:41:05 ID:MHgwOWAa

『三嶽工業本社』での決戦を終え、退魔師四名と小金井道場の面々は『応龍飯店』で祝勝会と称し、
飲み会を開くこととなった。盛り上がる道場門下生の傍ら、兄のはしゃぎ振りに気まずい顔で微笑む
小金井に藤木が語りかける。

「兄弟なのに全く似てないわよね、あなた」

「はは、そうかな?」

「……あら? お師匠何やってるのかしら」

ふと、藤木が目を移すと師匠の正法院がチャイナ服を着た少女となにやら話し込んでいる、
師匠が一礼し少女と別れ席へと戻ってくると、藤木はにやつきながら師匠をからかう。

「お師匠も、案外やる時はやるんですね、今の人お知り合いですか、
随分と親しそうに話していらしたみたいですけど?」

「あれ? 皆さんにはお話してませんでしたっけ――」

「ご注文をどうぞ」

言葉を遮るように先ほどの少女が注文に割り込んでくる、ショートボブの前髪をわけ突き刺すような視線に潤んだ唇、
さながら志鶴が子供にも思えてしまうような色気のある容貌に、田亀が赤面し俯くと志鶴はかかとで足を軽く踏みつける。

「痛ッ! 痛いッスよ志鶴さん!!」

「僕は天心飯をお願いします」

「私は炒飯のついたランチを……」

「お、俺は師匠と同じものを、あと唐揚げも」

各々が注文を終わらせると、小金井はその場で箸をくるくると器用に回転させながら、
『三嶽工業本社』で結局見逃してしまった松田五郎について話し始める。

「なんだかこの辺りから妖気を感じるんですけど、気のせいかなぁ?」

「凛ちゃんの気配じゃないスか?」

「む……」

「いくら松田が神出鬼没と言ってもこんな所にまで来ないでしょ、
案外、その辺の公園でダンボールにくるまって寝てたりして」

「し、志鶴さん、そりゃ冗談でもさすがにキツイっスよ……」

「お待たせしましたぁ」

少女が手に持った料理を順に並べていくと、市鶴の頼んだラーメンが何故か具無しの状態で目の前に置かれた。

「ち、ちょっと……これ具が入ってないんだけど」

「とても低カロリーでダイエットに最適な、当店の隠しメニュー『素麺』でございます
若い女性の方に大人気なんですよぉ」

「へ、へぇそうなの、じゃあこれ頂くわ」

突然運ばれてきた裏メニューに訝しみながらも、
ダイエットという魔性の言葉に惑わされ、さほど気にすることなく会話を続けた。

「でもなんでわざわざ松田に協力したの? 蓼島とかいう男も取り逃がしちゃったし」

「取り引きしたんですよ、僕の父の仇と、彼の姉の仇……同じということもありえます
蓼島の件は単純に僕の判断ミスです」

脇で聞いていた将之が目を閉じ腕を組むと、白々しい語調で小金井に語りかける。

「そうだね、彼の姉と血を交わした妖も『女性』であることは確定事項だから、
蓼島がその犯人ということは有り得ない、祓い損ねたのは残念だけど、後は抜刀隊の人達に任せよう」

「え、それってどういう意味なんで――」

小金井が聞き直そうと振り向いた瞬間、チャイナ少女のおぼんが小金井の顔面にジャストヒットし、
男はその場で鼻を押さえて悶える。

「あぁッ! 申し訳ありませんお客さまッ!
まさかこのような事態になるとは、一生の不覚ッ!」

「さ、さっきからわざとやってない、貴女?」

問い詰められる前にそそくさと少女が厨房へと逃げ込むと、小金井は鼻をさすりながら、
志鶴の声を遮ると、続けて田亀が声を話を続ける。

「でも、どうして急に……松田さんと協力する気に?」

「彼が連れていた少女を庇った時、昔の自分と父の姿がダブった気がして
なんだか……剣に迷いが出来てしまったみたいなんです」

「ふーん、実直一途の小金井君が心変わりなんて珍しい」

「彼が僕のことをどう思ってるのかは分かりませんけどね、
でも……できるなら敵でいて欲しくはないです」


厨房に駆け込んだ少女が聞き耳を立てていると先輩の仕事仲間に声をかけられ、
勤務時間の終了を知らされる。

「松田さん、今日はもうあがってもいいわよ、
今日は注文までとって貰って助かったわ」

「ふふ……この松田に不可能などありませんよ」

「あと、妹さんが表に来てるわよ、はいこれまかない、
帰ったら妹さんと一緒に食べてね」

「これはどうも、ご親切に痛み入ります」

少女がタッパを受け取りチャイナ服から私服に着替えると、いつものように前髪を下ろし目元を隠す、
裏口から男に戻った五郎が姿を現すといつものように妖怪が鼻を鳴らしながら擦り寄ってきた。

「たべもの」

「本当に落ち着きないな君は、山姫からポチに改名してやろうか?」

二人で原付に乗り込みアパートへと戻ると、軽く溜め息をつき冷蔵庫からコーヒー牛乳を取り出す。
山姫が洗面器を抱え五郎の袖口を引っ張りながら風呂場へと引き込む。

「おふろいっしょにはいる」

「あぁ、はいはい……そう慌てんでも浴槽は逃げんよ」

服を脱ぎ二人が浴室に入ると、きゃあきゃあと泡で遊ぶ隙を見計らいながら山姫の体を洗う。
浴槽の中に放り込み、五郎は自らの白く伸びた肢体を石鹸で洗い落としながらふと体についた無数の傷跡を指でなぞった。
小金井に斬られた刀傷に、蓼島に撃たれた銃創が女の体に生々しく刻まれ、僅かに煙を上げているのが分かる。

「うーむ、深い傷は治りが遅いな」

「ごろう、おうたうたって」

五郎は二人で浴槽に入り、自らが作詞・作曲を手がけたテーマソングを口ずさみ、
のぼせ上がるまで風呂につかるとパジャマに着替え布団にもぐりこむ、寝つきのいい山姫はすやすやと寝息を立て眠ると。
少女は電灯を行儀悪く足で消し、そのまま目を閉じ一人ごちる。

「『スマイリー』で卵買うの忘れてた」

がくりとうなだれるように少女は枕に頭を乗せると、そのまま夢の世界へと落ちていった。





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最終更新:2008年10月06日 22:10