『バッドカンパニーの直交』
    Author:◆vLN9sBRUZc


117 :『バッドカンパニーの直交』 ◆vLN9sBRUZc :2008/10/05(日) 19:55:40 ID:vmQhQVYU


 高杜アーケード街の人の流れが、まるでモーゼがエジプトを脱出したときのように、割れた。
 割れた海のど真ん中を闊歩するのは、先日『南工』の一年B組を統べる、斎籐留蔵その人だ。

「おうおう、ジロジロ見てんじゃねーぞ、コラぁ!」

 声の大きさに反比例して内容の薄い台詞だが、効果抜群だ。
 ――しかし、
「あ、ナンコーをシメてるってことで、つまりは管理人のとめさんだ、とーーーめさーーーん!」
 世の中には、ガン付けの聞かないヤローが居る。
 そう、例えば、グリコポーズで近づくこののっぽなどだ!

「そう言うのに限ってどうして、こう、鬱陶しいんだよ、このタコテメー!
――どぅあぐああ、近寄りすぎだってんだろーがぁあ!」
「――しゅぃどっ!」

 マッハの左フックをくらって、博多利敬は宙を舞った。

「……いったいなぁ、とめさん」
 二十メートルほど顔面で滑走し、ようやく停止すると、何事も無かったかのように起き上がる。

「オメーはよお、タカ! 近寄り過ぎんなって何回言ったらわかるんだよ、あぁ?」
 利敬→タカの変換。トメの放つ戦慄の眼力に、そこかしこで子供達が引きつけを起こす、

「適正な距離を一桁のオーダーで指定してくれたら、そこから付かず離れず近寄りますよ、トメさん」
 のが全然利かない利敬だった。

「だから、近寄るんじゃえええってんだろうが!」
「あ、そうか。とめさん桁って意味が分からな――とぅわねしっ!」
 右のアッパーが腹にめり込み、利敬の口からマウスピースがこぼれ落ちる。

「ケタぐらいわかんだよ! 鼻緒の切れた下駄の事だろう。馬鹿にすんでねえ!
……このマウスピース、どこから出したんだぜ!?」
「ああ、こんなこともあろうかとあらかじめ口の中に仕込んで置いたんです。ほら」
 そして、平然と立ち上がる利敬は、草を生やすように笑う口から、トランプよろしくマウスピースが
幾つも幾つも出てきた。
 ノーダメージ、だ。

「すだらぁ! 気色の……悪いだるおぅーがぁ!!」
 ガンッ!
 留蔵のハクリキ一閃、木の葉が散るアーケードを鳩がスローモーションで舞い、豪華客船は処女航海で沈没し、
学園長のサクマドロップ缶が四連続でハッカを吐きだし、『シネマ・パラダイム』のスクリーンから二次元に
入れるチケットがこぼれ落ちた。

 そのような渦巻く殺気の中を平然としていられるのは、数種類の人間に分けられる。

「あ、ところでとめさんミルキー食べます?」
 馬の耳に念仏を聞かせたときのエントロピー増大にしか興味のない理系人間と、

「ああ、利敬君の天然受けに対してとめさんのヤンキー攻め――コレはそそられる構図ですね」
 犬も歩けば棒に掘られる妄想が湧く腐女子が、その代表例であろう。
「まあ、あえて言わせて貰うならば釘×糠なのですが」

「沖方ぁーー!? おいタカ、どうしてこの女が手前と一緒にいんだよぉ?」
「お久しぶりですね。留蔵×利敬の妄想をしに来た、そう言えばと言え気が済むのでしょう?」
 留蔵×利敬はトメタカと読みます。

「いや、とめさんとハイタッチ出来たらラーメンおごってくれるっていうので来たんです。
さあとめさん……ラーメン、ラーメン!」

 右手を挙げる利敬を「ネオナチか手前ぇは!」マッハの左フックで沈め、襟首を掴んで空に向けて放り投げ、
落ちてきたノッポを胴廻し回転蹴りでさらに吹っ飛ばす。地面で擦れた制服をすり切れさせながら、
利敬はマクガフィンの看板に当たって止まる。

「ちょっとこっちに来やがれ! 話がある!」
 千切れかけた襟首に指を引っかけ、すり切れた襟首を引っ張って、無傷の襟首を掴んで体を持ち上げ――
「――服まで再生するんだぁ!? 何故だ!」
 と、絶望的な顔で叫んだ。

「いやだなあ、とめさん。みまちがいですって」
「はっきりと見たぞ!」
「服が再生するわけ無いじゃないですか。BK」
「BK!?」
「――物理的に考えて」
 利敬は、盛大に草を生やして笑った。脳はきっと膿んでいるに違いないと、留蔵は断じた。

「ああ……留蔵君が利敬君を路地裏に引っ張っていきます――これから本番なのですね。
きっとその時はリバースして。うっとり……ああ、ご飯が通常の三倍はいけますね」
 沖方鼎の濃密な障気から逃げるように、留蔵は利敬を"マクガフィン"の裏手へと引っ張っていった。

 路地裏。
「うわあ、凄いねとめさん。五十メートルくらい、脚が地面に着きませんでしたよ、俺」
「――マジ勘弁しろよ、腐の着く女子は苦手なんだよ!」
「そんな事言われても、俺はラーメン食べたいだけだし。沖方は確認に付いてきた訳だし――」
「は……話が通じてない」

「先刻から七回は殴ってるぞ、ダメージは無いのかお前は!?」
「ちょっとコツが必要だけど、大丈夫だよ」
「な、そりゃ一体――」

 ダメージを無くす方法があるなら、喧嘩無敗の狂犬トメができあがる。
 色めき立って聞く留蔵に、利敬は堂々と答えた。

「うん、とめさんの姿勢から発生するエネルギーと運動量を計算して、
違和感のない手応えを返しつつ、自分への衝撃を逃がすように……」
「できるか――!」

 蹴りをたたき込む留蔵。手応えはあるが、ダメージは無いが、

「なんで反撃しねえんだっ!?」
「だってとめさん強いですし――」
「ノーダメージはその理由になんねーだろ。例の謎武術はどうしたよ、タカ」
「――高杜では戦闘しないって決めてますから。ビームの出せる巨大ロボ以外に興味ないし」

 ぐ……と、留蔵の言葉が詰まった。

「ああ、どうすればいいってんだぁ!」
 無抵抗のこいつをなっぐっても利かないし、このまんまじゃあ下のヤロー共にもなめられる!
 苦悩する留蔵の目の前で、"きゅるるるるるるる"と、
「……お腹が空きました」
 利敬の腹の虫が盛大に鳴り響いた。


 ――数分後、ラーメン屋"高杜亭"。

「ふー、ふー」
「何時まで吹いてんだ? この猫舌は――」

「どうしても、醤油ベースに違和感を感じてしまう、そんな高杜学園高等部二年生でありましたとさ」
「一年に奢らせて文句を言うのか、タカ!」

「大将、替え玉…………無いの!?」
「それは手前の地元のローカルルールだ……って、勝手に頼むな――!?」

 ヒエラルキーや暴力の通用しない人間という者がたまには居る事を、深く深く痛感した授業料。
 そして、障気から逃れるための保証料。
 それらはおおよそ醤油ラーメン三杯分に相当して、留蔵の財布を直撃したという。







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最終更新:2008年10月06日 22:43