最初にあったのは焦りだった。
 自分はどうしてこんな所に居るのか。
 その答えはしかし誰に問いかけるまでもなく少女――イリヤの頭の中に既にある。
 聖杯戦争。
 時と世界の枝葉を超えた選定。
 一ヶ月のモラトリアム。
 篩にかけられる願いと器。
 だがその知識は少女の動揺を何一つ解決してはくれなかった。
 彼女は別に命を賭けた戦いに突然放り込まれたことに動揺している訳ではないからだ。

「ミユ…!」

 こんな所で。
 こんな事をしてる場合じゃない。
 イリヤの感情はそれに尽きた。
 並行世界、エインズワースとの戦い。
 助けたい親友。
 それら全てを無理やり放り出させられてイリヤは此処に居る。

“早く…早く帰らないと。
 じゃないと、みんなが……ミユが……っ!” 

 焦燥感に突き動かされるが、ではどうすればいいのかと思考を進めた先は暗雲の中。
 聖杯戦争とは勝者を選定するための儀式。
 途中退場の手段等用意されてはおらず、元の世界に帰るためには聖杯戦争に勝利する事が絶対条件となる。
 それがこの世界を抜け出るための正攻法だ。
 だが逆に言えばそれは、己以外のマスター全てを犠牲にして生還者の席を確保するという事でもあり。
 なまじそう分かってしまったからこそイリヤは混乱を余計深めてしまう。
 何故ならその道は。
 イリヤスフィール・フォン・アインツベルンという少女には決して選ぶことのできない道であったから。

「できないよ、そんなの…っ」

 できるわけがない、そんなこと。
 友達を助ける為に見知らぬ誰かを蹴落とし見捨てるなんて。
 なら聖杯を手に入れて全部無かった事にする?
 …違う。
 そういう話じゃない。
 ぐるぐる、ぐるぐるとイリヤの中で逡巡と葛藤が堂々巡りを繰り返す。
 そんな不毛な円環を断ち切ってくれたのは、彼女のものではない鋭く凛とした声音だった。

「落ち着くといい。動揺はいつだとて短慮の呼び水だ。
 君の気持ちは理解できるが、こんな時だからこそ自分を制御するんだ」
「――あなた、は…?」

 …イリヤスフィールの前に現れたその男は、鬣のような金髪を靡かせて微笑んだ。
 見ている人間を不思議と安心させるような。
 もう大丈夫なんだと感じてしまうような…そんな頼もしさがその佇まいにはあった。
 威風堂々にして泰然自若。
 年嵩にはとても見えないのに老境に入った達人のような完成度の漂う男。
 彼は己を呼び出したマスターが歳幼い童女であることに一瞬驚いたようだったが、しかして侮り軽んじることはしなかった。
 臣下の礼を尽くすが如くに片膝を突いて。
 男は恭しく己が名を告げた。

「カンタベリー聖教皇国が総代聖騎士。セイバー、グレンファルト・フォン・ヴェラチュール。召喚に応じ現界した」

 ヴェラチュール。
 それが絶対の神を意味する名であることなど少女は知る由もない。

「あ、えと、あ…い、イリヤです! イリヤスフィール・フォン・アインツベルンっていいます。
 いろいろと頼りないマスターだとは思うんですけど……その、よろしくお願いしますっ!」
「勿論だとも、マスター。こうして縁が繋がれた以上、私は君を守護する神剣だ。存分に扱き使ってくれ」

 イリヤスフィールはサーヴァントという存在のことを知っている。
 その身に宿したこともあれば、宿す相手と戦ったこともある。
 しかしこうして自分自身がマスターとなり英霊を使役するのは初めてのことだった。
 本来であれば"この"イリヤスフィールが聖杯戦争に参加することはあり得ない。
 だが、そのあり得ない事態が起こった結果こそがこの現状だった。
 イリヤスフィールが人界の神(ヴェラチュール)を名乗るセイバーを召喚して使役する。
 そんな異常事態が起こるに至った要因は、言わずもがな万能の願望器…聖杯の仕業であった。
 聖杯――イリヤスフィール・フォン・アインツベルンはそれによって選定され、この閉鎖空間へと送り込まれた。
 一切の事情を斟酌することなく。
 有無を言わさずに呼び出され、願いを叶えるか死ぬかの択一を迫られたのだ。

「…セイバーさん、その――わたしは」
「言わずともいい。君の目を見れば伝わってくる」

 意を決して、ぎゅっと噛み締めていた唇を開くイリヤスフィールだったが。
 その言葉は他でもないセイバーの声で遮られた。
 皆まで言うなとそう言って、神を名乗る男はそれこそ神通力でも使ったかのようにイリヤスフィールの言わんとすることを読んでのけたのだ。

「君には帰らねばならない理由がある。そうだろう」
「──はい。わたしは、絶対帰らなきゃいけないんです。わたしを待ってる友達がいるから」

 その瞳は焦燥と動揺が綯い交ぜになった、酷く不安定なものに見える。
 しかし注視すれば、その奥底に煌々と輝くものがあることに気付ける筈だ。
 それこそがイリヤスフィールという少女の源泉にして最大の美点。
 とにかく未熟で何度も躓く彼女だが…その足が止まったことだけはない。
 正しくは止まり続けたことはない、と言うべきか。
 イリヤスフィールは立ち上がるのだ。
 何度でも、何度でも。
 辿り着くと決めたハッピーエンドを掴むまで、彼女はどんな現実に直面しても諦めない。

「君のような目をする人間のことは何度も見てきた。
 良ければ聞かせてくれないか、マスター……イリヤ。君がもう一度会いたい、そして救いたい友人とやらの話を」

 心の内を言い当てられたことに対する驚きはもうなかった。
 そう、その通りだ。
 イリヤスフィールの焦燥の理由は、単に大事な友人を元の世界に残してきてしまったからというだけではない。
 彼女が文字通り身命の懸かった危機的状況に置かれているからこそ焦っているのだ。
 自分が早く戻らなければ、戻った時にはもう何もかも取り返しのつかない形に滅んでいるかもしれない。
 必ず救うのだと誓ったあの子が――永遠に失われてしまうかもしれない。
 そう思えば自然と呼吸は早まり、心臓は早鐘を打ち。
 脳は割れそうなほどに痛んだ。
 …そしてその点。
 彼女がグレンファルトという英霊を引き当てられたことは間違いなく幸運だったと言える。
 怖じず惑わず、全てを見通しながらも居丈高になることなく対等に向き合ってくれるその姿は。
 予想外の事態に乱れたイリヤスフィールの心をごく速やかに落ち着かせてくれた。
 そして気付けばイリヤスフィールは、己が剣となった英傑へ滔々と語り始めていた。
 彼女の大切な友とそれを取り巻く陰謀。
 そして、ある滅び逝く世界の話を。



「――なるほど。大変だったのだな、君も」

 黙ってイリヤの話を聞いていたセイバーはそう呟いて頷いた。
 当のイリヤはと言えばもう何を話したのかはよく覚えていなかった。
 上手く話せていたかどうかも疑わしい。
 今まで溜め込んできた感情を全てさらけ出してしまったような。
 何もかもを目前の英霊にぶちまけてしまったような、そんな爽快感にも似た後味だけが残っていた。

「ご、ごめんなさい…。わたし、なんかぶわーって話しちゃって……」
「謝ることはない。確かに要領は得なかったが、そこの所は此方で勝手に補完しながら聞いていたからな」
「要領は得てなかったんですね…」

 兎角。
 セイバー…グレンファルトはイリヤの見てきた世界の事情を知るに至った。
 滅びを間近に控えた世界。
 それを抑止する為に編まれる陰謀と戦い。
 イリヤが全てを救うと決意した経緯のその全てをグレンファルトは知り、理解した。
 その上で彼が抱いた感想は実に率直。
 絶対神らしからず思わず口から零したそれが全てだった。

「…やはり、世界というものは脆すぎる」
「え?」
「おっと…すまない、声に出てしまっていたか。
 だが君もそう思わないか? 我がマスター、イリヤスフィールよ」

 それは疑いのない彼の本心。
 傲岸不遜にも神を名乗る男の心情だ。

「たかだか寿命、たかだか限界。
 その程度の事で責務を放棄してしまう世界などに何の価値がある。
 不甲斐ない。実に無責任だ。世界さえ…宇宙さえまともであったなら君のような子女が身を粉にする必要もなかっただろうに」
「え…っと。セイバーさん……?」
「森羅(セカイ)には進化が必要だ。
 人の可能性に、時の流れに…時代の変遷に。
 耐えられない宇宙など不要だろう。いずれは誰かが責を果たさねばならない。
 さもなくば君の見たような、不当に燃え尽きる宇宙が量産される結果ばかりが積み重なっていくに違いない。
 問おう我がマスター。君は……それを善しとできるか?」

 立て板に水を流したように淀みなく語るグレンファルト。
 そんな彼に困惑しながらも、イリヤは考える。
 考えるが――やはりと言うべきか。
 答えは出ない。
 眉根を寄せて考えに耽る姿勢は良いが、この命題は今の彼女へ投げかけるには少々大きすぎた。
 それに。
 イリヤが答えを出せずとも…彼女の逡巡する姿勢から読み取れたものはあったようで。

「すまない。少々ヒートアップしてしまったようだ」
「い、いえいえ! わたしの方こそその、ごめんなさい。
 わたしなりに考えてみたつもりなんですけど…難しくて」
「考えを巡らせてくれただけでも嬉しいさ。
 こう見えても見た目以上に年寄りでな。気を抜くとついつい喋り過ぎてしまう」

 肩を竦めるグレンファルトの姿にイリヤも多少気が抜けたらしい。
 あははと苦笑する少女の姿は、話好きな老人に付き合ってやる年相応の小学生そのものに見えた。
 イリヤがそうしている間も金色の瞳は少女の小さな体をじっと見据えている。
 そして満を持して放たれた言葉は、彼女の心の内を正確無比に言い当てていた。

「時にだマスター。思うに君は…聖杯を手に入れようとは考えていないんじゃないか?」
「…え」

 イリヤは驚いたような顔をした。
 どうして分かったんですか。
 そんな言葉がその表情から伝わってくるようだ。
 グレンファルトは苦笑し、彼女の続く言葉を待たずに重ねた。

「滅び逝く世界を救いたいと願うような奇特な人間が"それしか手段がない"からといって素直に志を曲げるとは思えない。
 何しろ今回の聖杯戦争では、敗北はそれ即ち元の世界に帰る手段の喪失…この世界との心中を意味する。
 世界を救うなどと覇を吐く理想家が素直に享受するには、あまりに悲惨すぎる運命だろう」
「…あはは。セイバーさんには敵わないなぁ……」
「マスター。君の優しさは素晴らしいものだ。
 誰がどう誹り嗤ったとしても、俺はいつだとて君の志は正しいものだと称賛し肯定しよう。
 だが」

 そう、彼の言う通りだ。
 イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは聖杯を望んでいない。
 聖杯を手に入れれば確かにあの"滅び逝く世界"を救うことは可能だろう。
 だが少女は、その大願成就までの過程で発生する数多の犠牲を認められない。
 だからイリヤは聖杯の獲得ではなくそれ以外のアプローチでの生還を目論んでいた。
 …それを最初にグレンファルトへ伝えられなかったのは。
 彼女もまた、サーヴァントが聖杯戦争の場へ召喚されることの意味を理解しているからに他ならなかった。
 サーヴァントは聖杯に託す願いを抱いて現界する。
 それは生前の未練であり。
 受肉して再度人生を楽しみたいという欲望であり。
 そうした打算ありきで現界したサーヴァントに対して無遠慮に自分の夢見がちな理想を伝えればどうなるか。
 その想像が付かない程イリヤは馬鹿ではなかった。

「――警告しよう。その先は地獄だぞ」

 グレンファルトも当然己が主の葛藤は想像できた。
 されど千年を生きた神祖である彼は容易くその本心を見抜き言い当ててしまう。
 更にその上で投げかけた。
 おまえが目指そうとする道は、艱難辛苦に溢れた文字通りの地獄道であると。

「誰も彼もを救うなど夢物語だ。
 誰もがそれを目指しそして敗れ去っていく。
 現実と折り合いを付けていく、それが普通だ。何故か分かるか?」
「……」
「辛いし、苦しいからさ。
 自分の選んだ道にそぐわなかった結果生まれた犠牲を"仕方なかった"と目を瞑って進む方が圧倒的に楽なのだよ。
 誰も彼もが話せば分かってくれる善人ならばまた話も違うだろうが現実はそうではない。
 他人の不幸を第一とする人間や、自らの獣性の全肯定を臆面もなく願える人間。
 そんな連中を相手に何を説いた所で結局は馬の耳に念仏だ。どれだけの想いを載せて訴えたとて、最終的にはほぼほぼ意味を成さない。
 そんな徒労を経るくらいならば最初から一定数の犠牲を良しとし、自分の理想にそぐうお題目を用意して護身し進んだ方が話は遥かに早い」

 …先刻グレンファルトは自らを老人と自虐したが。
 それは自虐ではあっても大袈裟ではなかった。
 彼は自らを総代騎士と名乗ったが、その称号は表の顔に過ぎない。
 彼は英霊になる前に既に人間を超克した存在。
 人の肉体と離別し、久遠の時を生きる超越者と化した生命。
 即ち――神祖(カミ)と。
 グレンファルトはそう呼ばれた存在であった。

「それでも君は目を開けるのか? イリヤスフィール・フォン・アインツベルン
 滅び逝く世界の手を握り続ける救いの御子よ」

 秩序とは我慢であり。
 近道とは妥協である。
 長生きをすればする程それが分かってくる。
 どんな御大層な理論の末に生み出される真理よりも明確にこの世の理を射止めた処世術だ。
 十年、二十年…あるいは百年青い理想を抱え続けることができても。
 次の百年、二百年。
 五百年は凌げない。
 千年と経つ頃には理想の若木はすっかり老木と化し、我慢と妥協の末に導き出される合理的なハッピーエンドをこそ是とするようになる。
 人間誰しも老いることには逆らえない。
 肉体のみでなく魂さえその例外ではなかった。

「わたしは…正直、セイバーさんの言うことは……わかりません!
 わたしまだ小学生だし、クラスカードとかそういう話が出てくるまでは本当に普通の子供でしたし。
 時間を重ねて大人になったらもしかしたら、セイバーさんの言う通りにしておけばよかった~って……。
 そう思う日が来ないとはちょっと言い切れません。でも――」
「でも?」
「…未来のわたしがどう思うかはわかりませんけど。
 今のわたしは、そうしたいと思ってます。
 わたしはこの心に嘘をつきたくない」
「…茨道だと知ったその上で。それでも、進むと?」
「――はい。だからわたしに力を貸してください、セイバーさん」

 しかしイリヤはまだ若い。
 幼いと言ってもいいだろう。
 彼女の眼には光が灯っていた。
 全てを焼き尽くす光ではない。
 全てを照らし、人々の心の標となるような光。
 他人に勇気を与える有意義な足跡になり得る輝き。
 光の奴隷と呼ばれる人種とは明確に異なるヒカリだった。

「わたしには救いたい世界があって…助けたい友達が居るんです。
 けどだからってこの聖杯戦争を仕方のないことなんて諦めたくない。
 わたしの無茶を……わたしと一緒に叶えてほしい」
「覚悟は…あるのだな?」
「…あります。怖いし不安だし、上手くできるかなんてわからないけど、それでも――」

 自分の進む道が艱難辛苦に溢れた剣ヶ峰であることは百も承知。
 その上でイリヤは"それでも"と意思の光を輝かせた。

「わたしは戦います。バカで向こう見ずなわたしのわがままを通すために」

 見上げたものだとグレンファルトはそう思う。
 彼女こそは紛れもない正しき光を胸に歩める人間。
 その佇む姿一つで万人に勇気を与え心に巣食う闇を照らす太陽。
 挫けず諦めず前を向いて手を伸ばし続ける勇者(ブレイバー)。
 彼女ならば、あぁともすれば。
 世界の一つや二つは本当に救ってのけるかもしれない。
 千年を歩み人間という生き物の何たるかを知り尽くした神をしてそう思わせる暖かな光。
 それが虚飾や驕りに依るものでないのだと分かったならば…是非もなし。

「だから力を貸して下さい、セイバーさん」
「…そうまで言われて断る訳には行くまいさ。
 それに土台、俺は君を勝利に導く為にこの現世へまろび出た禍魂だ。
 今の問答はひとえに老婆心の賜物だ。君のように眩く優しい心を持った人間が挫折し慟哭する光景を何度となく見てきたものでな。
 あまりに大人げない意地悪をしたという自覚はあるが、寛大な心で赦してくれると助かる」

 グレンファルトが彼女の申し出に返す言葉は一つだった。

「この剣、そしてこの魂。総てを君に相応しい…より良き世界の為に使うと誓おう。
 これより君へ降り注ぐ艱難辛苦のその総て、このグレンファルト・フォン・ヴェラチュールが打ち払う」

 此処に改めて主従関係は成立する。
 グレンファルトはイリヤの望みを叶える為に全身全霊を尽くすだろう。
 イリヤもそれを理解したのかほっと胸を撫で下ろす。
 彼女にも自覚はあった。
 自分の願いは、普通のサーヴァントには決して受け入れられないだろうと。
 聖杯戦争の勝利は目指さず、より多くの人を連れての平和的な生還を目指す。
 …だから協力しろなどと言おうものならまず間違いなく剣呑な目線が返ってくるに違いない。
 しかしグレンファルトはそうではなかった。

「この戦いの弥終まで。どうぞ末永くよろしく頼もう…我がマスター」 

 彼はイリヤの夢のような理想を受け入れてくれた。
 その上で君の味方をすると誓ってくれた。
 だからイリヤは微笑んで感謝を告げた。
 安堵と今後に向けて兜の緒を締め直す。
 理想を押し通す決意を新たにする。
 そこでふと、イリヤは思った。
 いつもは喧しく喋り倒す魔術礼装。
 マジカルルビーの声がしない。
 目を落とせばルビーの輝きは見慣れない翠色のそれに変わっており、イリヤが「ルビー?」と呼びかけても一つたりとて物を言うことはなかった。

“…どうしたんだろう。違う世界に来たから、少し不具合でも起きてるのかな……?”

 その疑問にイリヤが強く執着することもまたなかった。
 彼女は強く頼もしい相棒の協力を得られた達成感で胸を一杯にしている。
 彼に対する不信など一抹たりとてない。
 何故なら彼は、疑いの目を向ける相手としてはあまりにも…完成されすぎていたから。
 威風堂々と自分の前に立ち親愛の眼を向ける彼を疑うなど、イリヤには不可能だった。
 こうしてイリヤスフィール・フォン・アインツベルンは最初で最後の岐路を間違え。
 過去千年山の様に居たあらゆる民草と同じように、神祖(かれ)の掌で踊る身へと落魄れたのであった。

    ◆ ◆ ◆

「何たる僥倖、何たる運命だ。よもや再び神天地を目指し邁進できる機会が巡って来るとは」

 男の名前はグレンファルト。
 グレンファルト・フォン・ヴェラチュール
 人間としての真名は…九条榛士。
 文明滅亡の引き金を引いた日本人の一人にして、最優なる神天地(アースガルド)への到達を掲げて歩む絶対神である。
 千年を歩んだ不死身の神祖にも年貢の納め時は訪れた。
 抱え温め続けた理想の成就を阻むように現れた邪竜の手で。
 否――もう一人の九条榛士の手で。
 勝利の対価に滅びを与えられ、神祖グレンファルトは神天地の成就を遂げる事なく安息の眠りに沈んだ。

「あの結末に悔いも怨みもありはしない。邪竜の応報を甘んじて受け止め、納得のままに眠るつもりだったが…」

 筈だった。
 だが現にグレンファルトは此処に居る。
 世界と友を天秤にかけた命題に、両方救ってみせると答えた幼い星光少女(カレイドライナー)の神剣として。
 邪竜と相対したその時と僅かたりとも変わらない威風堂々たる佇まいのまま古の故郷、東京の大地を踏んでいる。
 その意味する所を理解できるのは彼を滅ぼした邪竜かその運命か。
 もしくは彼と共に千年を共に歩んだ仲間の神祖三柱のみであろう。
 何故ならこの男は疑いの眼で見るにはあまりにも誠実すぎるから。
 語る言葉は頼もしく、見据える瞳に嘘はなく。
 肩を並べれば勇気が湧き、背を見つめれば心が安らぐ。
 現にイリヤも彼を疑う心など欠片たりとて持ってはいなかった。

「やはり俺も人間だな。手が届くと分かると途端にまた欲しくなる」

 しかしそれが一番の落とし穴。
 グレンファルトは聖なる騎士などではない。
 ましてや善良な神などでは断じてない。
 千年の時を経て育まれた機械の如き超越者。
 人の心などとうに失い、悲しい程破綻した万能を振り翳しながら突き進む者。
 彼の他の神祖達は人奏の手により救われた。
 安息の眠りに沈み、最早身の丈に余る野望を目指す事はない。
 が――その中で唯一このグレンファルトは違う。
 彼だけは神祖の中でも異端。
 手の付けようもない大馬鹿者の大神素戔王(ヴェラチュール)は死の一つ、納得の一つでは休まらない。
 死を越えたその先に次の機会なんてものがあるならば…是非もなし。

「感謝しよう、マスター。君の願いがあったからこそ俺はこうしてもう一度理想への歩みを始められた。
 君が私に全てを打ち明けてくれたからこそ…決意を新たにすることもできた。
 あぁそうだ。何を躊躇っていたのだ嘆かわしい――見目麗しい幕切れの一つ二つで欺かれるなよ大神素戔王。
 簡単に滅ぶ世界などそうなる可能性があるという時点で悪なのだ。イリヤスフィールは俺にそれを思い出させてくれたッ」

 当然のように生前の結末と訣別する。
 得た筈の安息を蹴り捨てて歩みを再開する。
 英霊の座とこれ程までに相性の良い英霊は恐らく少ないだろう。
 斯くして大神素戔王は再び自分の理想を叶えるべく進軍を開始した。
 この世界には自分の思うままに動かせる聖教皇国も同胞達も存在しないが…だから何だという。

「イリヤスフィール。君の勇気と輝きに敬意を示し、俺も改めてこう宣言しよう――やはり必要なのは神天地だ」

 全ての人類が森羅の限界などという下らぬ事柄に縛られず思い思いに生き、そして救われる為に。
 神天地が必要だ。
 全ての人類の可能性と未来を受け入れ許容できる優しい宇宙が。
 邪竜が齎した滅びなど何のその。
 英霊の座を足場に、聖杯戦争を梯子にしてグレンファルトは再びその境地を目指す。
 世界を救うならばその手段は最も端的であるべきだから。
 最も端的に、簡潔に、完全無欠の宇宙を作り上げてみせると神は挑戦者の目に戻る。

「俺は君に必ずや勝利を届ける。そしてその暁には、君の世界をも俺が救ってみせよう。
 それこそが、俺の魂を再び常世へ呼び起こしてくれた君にできる唯一の返礼だ。
 生きろイリヤスフィール。君の輝きはあまりに尊く美しい。故に今、神祖グレンファルトの名の許に言祝ごう」

 翠光を放ち沈黙を保つマジカルルビー。
 彼女の無言が神祖の工作に依るものだとイリヤが気付く時は遥かに遠いだろう。
 グレンファルトは現界するなり即座に処置を施した。
 イリヤスフィール・フォン・アインツベルンという幼子に客観的視点を与える余地のある魔術礼装を翠星晶鋼(アキシオン)で上書きした。
 何のために? 決まっている。
 計画に不確定要素が入り込むことを避けるため。
 イリヤが神祖の掌を離れることを避けるため。
 グレンファルトはイリヤに悪感情を抱いていないし、彼女の生き様やその輝きは尊いものだと心の底からそう思っている。
 だが結局。
 それはそれ、これはこれ――なのだ。

「喜ぶがいい若人よ。君の願いは必ず叶う」

 彼は人を超越した現人神。
 あらゆる事態に慣れているからその心は何をしたとて揺るがない。
 良心の呵責も後顧の憂いも彼の中には微塵たりとて存在しない。
 だからこんなことも簡単にできる。
 自らが尊いと、守ってみせると誓った相手の信頼に背くような行為ですら…彼にとっては何ということもない。
 全ては目的を遂げるため。
 最後に勝って今度こそ笑顔でかの天地を迎え入れてやるために。
 神の指先が、聖杯を目指す。

【クラス】
セイバー

【真名】
グレンファルト・フォン・ヴェラチュール@シルヴァリオラグナロク

【ステータス】
筋力B 耐久EX 敏捷B 魔力A+ 幸運A 宝具A

【属性】
秩序・中庸

【クラススキル】
対魔力:B
魔術詠唱が三節以下のものを無効化する。
大魔術・儀礼呪法などを以ってしても、傷つけるのは難しい。

騎乗:B
大抵の乗り物なら人並み以上に乗りこなせる。
幻想種あるいは魔獣・聖獣ランクの獣は乗りこなすことが出来ない。

【保有スキル】
神祖:A+
自立活動型極晃現象とでも言うべき超常生命。
自己の根幹を担う魂が三次元上に存在しない関係上、物理的な破壊で殺害することができない。
頭蓋や心臓の破壊のみならず、細胞ひとつ残さぬように消し飛ばしても数秒で結晶から復活を遂げてしまう完全無欠の不老不死。
一方で高次元との接続を断ち切る術や結晶化そのものを阻害する能力。聖杯戦争で言うならば"不死殺し"の類にも弱い。
極論。グレンファルトはマスターの存在すら本質的には必要としていない。

千年の智慧:A
千年を生き現人神として君臨し続けたことにより得た超越者の智慧。
英雄が独自に所有するものを除いたほぼ全てのスキルをB~Aランクの習熟度で発揮可能。
精神性がヒトからかけ離れ過ぎてしまっている為、精神に干渉するスキルに対しても同ランクの耐性を持つ。

使徒洗礼:A
神祖としての力を分譲し、神の眷属を作り出す能力。
使徒となった人間は身体能力の向上と異能"星辰光(アステリズム)"の獲得、そして高度の不死性を獲得する。
主同様肉体が消し飛ぶほどの衝撃からでも数秒で再生。
神祖との接続を破断しなければ殺害不可能の魔人を作り出すことが可能。
しかし不死のランクでは太源たる神祖に劣るため、厳密には主のような"完全な不死身"ではない。
サーヴァントの身に堕ちている事もあり、現在のグレンファルトでは使徒にできるのは一人が限度。

【宝具】
『戴冠王器・九天十種星神宝、人界統べるは大神素戔王(Heaven-Regalia Veratyr)』
ランク:A 種別:対軍宝具 レンジ:1~50 最大捕捉:500
星辰体結晶化能力・万能型。
翠星晶鋼(アキシオン)と呼ばれる物質化した星辰体を生み出しながらそれを基点にあらゆる破壊現象を顕現させる。
"何事もあればあるほどいい"を地で行くようにすべての性質が押し並べて突出しており、更に出力も高いことから弱点と呼べる点は一切ない。
万能型の名に恥じず応用性が非常に高く攻撃方法も実に多彩。
攻撃、防御、果てには回避や救援、自己強化まであらゆる全てが思いのまま。
グレンファルトが積んだ研鑽の全てを強さに直結させたような宝具であり、空前絶後の経験値を以って繰り出される神威の星に限りはない。

【人物背景】
革新と破壊に長けた絶対神──西暦に終止符を打った未曾有の人災、大破壊(カタストロフ)を生き延びた正真正銘の日本人。
人類種族の完全上位、あるいは成れの果てとでも呼ぶべき超越者。
刻まれた喪失を覚悟に変えて膨大な時を歩んできた。
果てなく成長を遂げ続けた結果として、グレンファルトの精神に人間らしい弱さや脆さは欠片も残っていない。

人知の及ばぬ在り方はまさしく人外──神の在り様である。

【願い】
聖杯の掌握と確保。
神天地(アースガルド)創造のための糧とする。
一度や二度の死と納得で俺の理想が折れるとでも?


【マスター】
イリヤスフィール・フォン・アインツベルン@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ

【願い】
元の世界への帰還。
美遊を助ける。

【能力】
カレイドの魔法少女。
キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグが作り上げた第二魔法応用謹製による一級品の魔術礼装、カレイドステッキにより魔法少女(カレイドライナー)に転身することができる。
変身後は常時魔術障壁による防御や身体能力強化など様々な効果を受け続けることが可能。
更にイリヤは複数のサーヴァントカード…通称"クラスカード"を所持してもおり、これを用いて英霊の力を借り受けることも可能となっている。

【人物背景】
数奇な出会いと運命を経て日常から戦いの中に歩み出た少女。
終わり逝く世界を救う決意(ユメ)を胸に戦う。
そんな彼女が世界の行く末を憂いた絶対神を引き寄せたのは必然だった。

【方針】
誰かを殺すことはしたくない。
セイバーさんと一緒に戦って元の世界に帰り、美遊を必ず助けてみせる。

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最終更新:2022年06月30日 23:06