白き闇 ◆wIGwbeMIJg
「はぁ……殺し合いだなんて、馬鹿げてるわ」
トレードマークの大きな魔女帽子を揺らし、緑髪の少女、シールケが独り言ちる。
その顔には呆れとも怒りとも取れる表情が浮かんでいた。
当然だろう。いきなり拉致された挙句に殺し合えと、あまりに身勝手で非人道的な事を告げられたのだから。
無論彼女に殺し合いに乗るつもりはない。早いところガッツと合流して、主催者を打倒したいというのが彼女の心情だった。
(それにしても……願いを叶える、とは本当なのかしら)
ふと、シールケの脳に蘇るのは言峰が放った言葉。
優勝すれば願いを一つだけ叶える――それを狂人の戯言と聞き流す事は、出来なかった。
願いを叶える、というのは即ち魔術の終着点。いや、魔術だけではなく思想という概念の最果てとも言えよう。
シールケはそんな馬鹿げた魔術は知らない。それは恐らく、師のフローラでさえも。
言峰が嘘を吐いているようには見えなかった。となると、言峰はフローラを凌ぐ魔法使いだというのか?
いや、彼からはそんな力は感じられなかった。というよりも、魔力の類を一切感じられなかったと言える。
ならば考えられるのは、言峰の他にそれを実現できる力を持った者が居るという事。
と、そこまで考えたところでシールケは一旦思考を止めた。
(ダメね、情報が少な過ぎる……今はとにかくガッツさんとの合流を急がなきゃ)
そう、現段階で分かっている情報は精々上澄み程度。
様々な怪異や異形を前に、思考が無駄だという事は散々叩き込まれた。
正直そういう生き方はシールケは苦手だったが、少なくとも今はそうでありたかった。
いつも自分を引っ張ってゆくあの背中が、そうだったように。
そうと決まればあとは行動に移すのみ。
まずは支給品の確認だ。花を摘むように慎重な手つきでデイパックを開き、覗き込む。
シールケの目に飛び込んできたのは一本の棒状の何かだった。
材質は木材を主としていて、その先端は獣の毛のようなものがびっしりと埋め込まれている。
杖と呼ぶにはあまりに奇抜なデザインのそれは、シールケの世界には無いものだった。
「これは……?」
もしも此処に彼女の世界以外の者が居たのならば、それをこう呼ぶだろう。
――デッキブラシ、と。
その通り、彼女に支給されたのは紛れもないデッキブラシである。
だが呆れる前に聞いて欲しい。このデッキブラシは、恐らく皆が想像しているデッキブラシとは一線を越した物。
ロイド・アーヴィング達の世界――即ち、テイルズオブシンフォニアの世界にて、”デッキブラシ”という武器が存在するのを知っているだろうか。
実はこの武器、かの世界でも五本指に入る程に強力な”杖”なのだ。
杖と呼称するには少しばかり苦しい見た目だが、その内に秘めたる魔力は本物。
風の精霊の力を宿し、500超えの攻撃力を持つこのデッキブラシなる杖は、本ロワ内でもかなりの当たり品だろう。
問題なのはその見た目か。数多の参加者はその見た目から、とんでもないハズレ品を引いたと判断してしまう筈だ。
(……これ、かなり強力な武器なんじゃ……)
だが、シールケは違った。
いくら見習いとはいえ彼女の魔術士の端くれだ。
”デッキブラシ”に秘める魔力の膨大さを感じ取り、戦慄が走るのも当然と言えよう。
本来のデッキブラシの用途を知らない事は、彼女にとって幸運だった。
もしも少しでも知識があったのならばこれを武器と認識する事はなかっただろう。
少なくとも今のシールケにとってこの”デッキブラシ”は、国宝レベルにさえ錯覚する程の杖なのだ。
思わずその魔力に魅了され、瞳を輝かせるのも無理はない。
ところで、幽界(かくりよ)というものを知っているだろうか。
ざっくりと言ってしまえばあの世のことで、人間が肉の体では知覚できない世界を言う。
”あの世”とは言っても、死んだ者の霊ばかり存在しているわけではない。
現世で生きている人間の幽体や、人が「存在する」と信じることによって存在している妖精などの精霊や、そして夢魔(インキュバス)やトロールなどの魔物。
さらには巨大な意識体(アストラル体)であるゴッド・ハンドまでが存在している。
対して現実の世界、現世(うつしよ)は幽界とは全く別に存在する。
しかし実は現世に存在する全ては、”幽界”と魂の世界である”本質(イデア)の世界と重なり成り立っている。
これは現世に住まう人間にとっても例外ではなく、その存在は”現世”の肉体と”幽界”の幽体と”本質の世界”の魂とで成り立っているのだ。
だが、人間達が見たり触れたりできるのは現世で肉体などの物質を持ったものだけで、肉体を持たない幽体のみの存在(悪霊など)は基本的に知覚することはできない。
その幽体のみの存在を退治するのが、シールケら魔術士である。
魔術士は自身の肉体から幽体のみを解放し、幽界へと潜り込める術を持つ。
幽界へと潜れば現世ではどうしようもなかった幽体への攻撃も可能で、他にも気(オド)を繋いだ仲間との意思疎通も可能となる。
結論から言えば、その気になればシールケは一度オドを繋いだガッツとの意思疎通など簡単に出来てしまうのだ。
当然、主催はそれを良しとはしなかった。
故に幽界へ潜る事自体を厳しく制限し、結果的にシールケは幽体を解放する術を失った。
これはシールケにとって過去に類を見ない異常事態だ。だからこそ、最強の杖を手にしてもその表情から陰は消えない。
今まで当然の如く出来ていた事が出来なくなる。そのショックは、予想以上に大きい。
(ダメ、どうしても幽体を切り離せない……こんな事態、初めてだわ)
先程から幽体を解放しようとしているが、その努力に結果は答えてくれない。
徐々にシールケに焦燥が募る。このままでは、ガッツと出会う事が出来ない――途端に、心細さが襲い掛かる。
その最中、不意に草を揺らす音が鼓膜を叩いた。
「――誰ッ!?」
デッキブラシを構え、音の方向へと振り返る。
朧な逆光に浮かび上がったシルエットは、細身の男性のようなものだった。
白いくたびれたシャツを身に付け、白いズボンを履いた、闇夜の中でも目立つ程の真っ白な男。
月光の影で表情は見えなかったが、くつくつと押し殺したような嗤い声を響かせていた。
「――…っ!!」
その瞬間、シールケは全身の毛が総毛立つのを感じた。
”アレ”は危険だ――脳内で警報音がけたたましく鳴り響く。
姿こそ人間のものだが、発せられる殺気は並みの使徒の遥か上を行っている。
下手をすればあの不死者ゾッドと同じか、或いはそれを越えるほどだ。
杖を握る手が震える。気を保つことに全力を注がないと、一瞬で持っていかれる。
常に心臓を握られているような感覚の中、シールケは来訪者へ精一杯の睥睨を決めた。
「ねぇ、君は僕を笑顔にしてくれるの?」
「えっ? なにを、言って――――はッ!?」
声が響いた頃には、青年はシールケの懐へと潜り込んでいた――その姿を、異型に変えて。
そこからは自分でも何をしたのか分からない。ただ、生に縋る本能に身を任せて体を動かした。
回避は出来ない。直感でそう判断したシールケは、ありったけのオドを結界状に展開し、その下からデイパックと杖を盾にした。
「ぁ――か、はっ」
瞬間、信じられない衝撃が身を襲った。
鉄並みの強度を誇る結界を紙切れの如く破り、デイパックをボロ切れに変えて、拳が降り注ぐ。
幸いデッキブラシはその直撃に耐え威力を殺す役割を果たしたが、それでもこの有様だ。
肋骨の二、三本は折れているだろう。全身を蝕む激痛と凄まじい嘔吐感、揺れる三半規管が未だ生きている事を実感させてくれる。
結界、デイパック、杖。そのどれか一つでも欠けていたのならば、命はなかっただろう。
考えたくなくても、自然とそんな思考に至ってしまっていた。
「っ……は、…おえっ……!」
「へぇ、まだ立ち上がれるんだね。嬉しいよ」
感心したように、あまりに無邪気な声を漏らす白い異型。
ベルセルクという特段異常な世界の住人であるシールケをもってして、異常と判断される程の狂人。
異型の名は”ン・ダグバ・ゼバ”。グロンギなる未確認生命体の頂点にして、絶対なる魔王。
ダグバにとってシールケに放った一撃は、軽く小突く程度のものであった。
それこそ子供同士が戯れ合う時のような、そんな一撃。
それでも並みの人間ならば容易く屠れる事をダグバは知っていた。
知っていたからこそ、行ったのだ。その結果、未だ命を繋いでいるシールケに対して興味を持った。
もしかしたらこのリントは自分を笑顔にしてくれるかも知れない――絶望的な希望が、湧き上がってしまったのだ。
「君も、リントの戦士なんだね。
ならきっと、僕のことを笑顔にしてくれる」
「はぁっ……、っ…なに、を……っ!」
純白の肉体を月光に映えさせ、心底愉快そうに言葉を紡ぐダグバ。
そんなダグバの姿を見たシールケが抱いた感想は――有り体に言って、ヤバい。
もしもあの怪物がその気になれば、自分の命など容易く奪い取れるだろう。
ある程度威力を殺した筈の一撃で、満身創痍な状態の肉体がこれ以上なく絶望を物語っている。
デッキブラシという最強の杖を手にして自信付いていた心を、この男は粉々にぶち壊してくれた。
(なん、なの……こいつは……っ!)
シールケの心底からの疑問に答えてくれる存在は、居ない。
人間の姿から怪物へと変化させる点は、彼女の世界で言う使徒に近いのかもしれない。
だが、明らかに違う――幾多もの使徒と相見えてきたシールケだからこそ、そう断言出来た。
男の正体は分からない。その正体を思考する時間は、全て現状を打破する思考へと注ぐ。
壮絶なまでの殺気と威圧に見舞われながら、シールケの脳は生存へ導くためにフル回転させていた。
――逃げる?
いいやダメだ、ボロボロの体ではすぐに追いつかれる。
――戦う?
絶対にダメだ、殺される。
そうなれば、選択肢は一つだ。
自身が持てる最大の攻撃を放って、全力でその場を離れる。
チャンスは一度きり。杖の力を使えば撃破には及ばずとも、膝を付かせる程度は出来るだろう。
(正直、一発撃つのも辛いけど……やるしか、ないっ!)
痛む体に鞭打ち、決死の思いで立ち上がる。
体を起こすという行為が、こんなに気怠く感じたのは初めてだった。
霞む視界に確りと悪魔の姿を収め、口の中に充満する鮮血を吐き出す。
幾分か楽になった口内に目一杯の空気を送り込んで、口早に詠唱を始めた。
「―――、――」
「……ん?」
詠唱者であるシールケを中心に緩やかな風が渦巻き、徐々にそれは暴風へと変わりゆく。
杖自体の魔力にオドを乗せて、更に風の元素霊(エレメンタル)の力を加え、それでも足りぬとばかりに黒風は大地を抉る。
彼女に取り巻く風の刃は触れるだけで身を切り刻む、絶対なる結界と化した。
だがその結界も、ダグバの前ではそよ風に過ぎない。
全身に刻まれる裂傷も無視して、ダグバはシールケへと緩慢な動作で歩み寄る。
距離が縮むに連れて濃密さを増してゆく殺気に意識を持っていかれそうになりながらも、詠唱は途絶えさせない。
――互いの距離が、10mにまで狭まる。
ぼうっ、という音と共にシールケの杖に集う暴風が焔を纏った。
炎の元素霊、サラマンデルの力を注いだのだ。
――7m。
ローブの一部が一文字に裂け、袖が千切れ飛ぶ。
余風に乗り降り注ぐ瓦礫や石礫を、ダグバは避けようともしない。
――5m。
頬に赤い線が走る。
杖を握る両腕の至る所に裂傷が走り、白肌を赤く染めてゆく。
――3m。
シールケの目が、見開いた。
「――――はぁぁぁぁっ!!」
何処にそんな力が残っていたのか、自分でも驚く程の叫びを喉奥から響かせる。
瞬間、杖という制御棒から遂に魔力の塊が解放された。同時にシールケの体が勢い良く後方へ弾き飛ばされ、地に投げ出される。
デッキブラシの膨大な魔力、炎と風の元素霊、そしてオドの力――それらは、一個人の存在に向けるには余りに有り余る程の力。
大気を切り裂き、地面を半円状に削り、炎の螺旋が突き進む。重い威圧や殺気を押し退けて、それはダグバの肉体を呑み込んだ。
獣鬼(トロール)や霊は言うまでもなく即死。並みの使徒でさえも一撃で屠れると確信させるには、十分過ぎる。
だが慢心はしない。あの白い怪物はきっと、死に至ってはいないだろう。
だからこそシールケは厄災の後を確認する事なく、一気に駆け出した。
一歩踏み込む毎に体が悲鳴を上げる。最初の一撃に加え、魔法の反動が響いたのだろう。
しかし立ち止まる事は許されない。立ち止まってしまえば、今度はこちらが狩られる番だ。
もうすぐ、目の前の橋を渡れば入り組んだ市街地へと抜けられる。
複雑に建物が並ぶ市街地ならば、追跡も容易ではない筈だ。
だから今は、今だけは、この足を止める事は許されない――!
「今のは少し驚いたよ」
「――えっ?」
シールケの視線の先、即ち市街地へ続く橋の中央。そこに、魔王が居た。
その純白の肉体に僅かに焦げ跡を残した、致命傷と呼ぶには程遠い姿で。
破壊の権化、ン・ダグバ・ゼバが――無情なまでに無機質な瞳で見下ろしていた。
「でも、さっきのが全力なら……笑顔にはなれないかな?」
「……はは、っ」
思わずシールケは渇いた笑みを漏らしてしまう。
命を賭した渾身の一撃がまるで通じず、それどころか足止めにさえならず、無駄に終わった。
もはや笑うしかない。こんな規格外の化物を相手に、どう生き残れというのか。
壊れかけのシールケの心を、絶望と諦念が瞬く間に支配してゆく。
シールケは運が良かった。
デッキブラシという最強格の杖が支給されたのだから、かなり恵まれていたと言えよう。
だがそれ以上に、相手が悪かった――どんなに強い武器を持っていようとも、通用しない者が相手ならどうしようもない。
もしも相手がダグバではなくゾッドやガドルだったならば、彼女は無事逃げおおせていただろう。
ただただ彼女は運に恵まれていながらも、相手に恵まれていなかったのだ。
ふと、シールケの脳裏にセピア色の情景が浮かんでは消えていった。
走馬灯、というのだろうか。フローラやイバレラ、パックにイシドロにセルピコ、ファルネーゼが微笑みかけている。
その中には、あのガッツの微笑みもあった。
「少しは楽しめたよ、ありがとう。じゃあね」
(ごめんなさい、ガッツさん……私、もう――)
刹那、シールケの体が燃え上がる。
唐突に襲い掛かる膨大な熱量に、シールケの痛々しい絶叫が響き渡った。
悲痛な悲鳴が途切れるよりも先に、シールケの体が炭と化してゆく。
爽やかな風に飾られる草原に、肉が焦げる音と匂いが充満した。
そして、後に残ったのは――黒色の炭の山だけだった。
■
シールケ”だったもの”を見つめ、ダグバは無言のままに人間体へと戻る。
ダグバにとって彼女は、十分に興味を引く存在だった。特に、あの魔法の一撃にはこんな感想を抱いた。
”綺麗だな”、と。
自分の命を奪わんと迫る攻撃を前にして、そんな感想を漏らすのは彼ぐらいしか居ない。
それ程までにン・ダグバ・ゼバという存在は世界にとって異常であり、異端であり、間違った存在なのである。
そんな彼が求めているのは、ただひたすらの愉悦。間違った自分を、笑顔にしてくれる”間違ったもの”。
あのリントの少女も、自分の知らない力を使うということは――自分と同じく、間違った存在なのだろう。
此処でならば笑顔にしてくれる者に出会える可能性が高い。それこそ、究極の闇をもたらす者となったクウガのように。
「ふふっ、楽しみだなぁ……」
まだ見ぬ強者達に想いを馳せ、ほんの少しだけ笑みを溢す。
その笑みはあくまで期待によるもの。”本物”の笑顔には程遠い。
いつか自分に本物の笑顔を齎してくれる存在と出会う事を期待して――魔王は、気ままに足を進めた。
【シールケ@ベルセルク 死亡確認】
【残り63名】
※E-4の一部がシールケの魔法の影響で焼け焦げました。
※シールケのデイパックは遺体と共に放置されています。
※シールケのランダム支給品は以下の通りです。
デッキブラシ@テイルズ オブ シンフォニア
マールボロ@カウボーイビバップ
【E-4/一日目 深夜】
【ン・ダグバ・ゼバ@仮面ライダークウガ】
[状態]:全身に裂傷(極小)、火傷痕(小)(再生中)
[装備]:なし
[道具]:支給品一式、ランダム支給品(確認済み)(1~3)
[思考・状況]
基本行動方針:ゲゲル(殺し合い)に乗る。
1.自分を笑顔にしてくれる存在と戦う。
2.もう一度クウガと戦いたい。
3.シールケ(名前は知らない)のような自分の知らない力を持つリントに期待。
※参戦時期は死亡後。
※再生能力にある程度の制限が架せられています。
※超自然発火能力は対象ではなく、対象の周辺の空気分子をプラズマ化させる程度に抑えられています。
さらにその応用もプラズマ化させる際の運動の強弱、要するに、定められた範囲内で炎の温度を上下させる程度に抑えられています。
※瞬間移動の範囲は最大でも100m程度です。連発は出来ません。
【デッキブラシ】
テイルズ オブ シンフォニアに登場するブラシ。ではなく杖。
ピコハンDXやバット等と同じ、所謂”強いネタ武器”である。
高い攻撃力に加え風の精霊の加護を受けているので、劇中でも最高ランクの武器。
【マールボロ】
カウボーイビバップのスパイクが愛好する煙草のブランド。
持ち主のスパイクはかなりのチェーンスモーカーであり、頻繁に咥えていたり持っていたりする。
そんなスパイクを象徴するとも言える煙草だが、アメリカでは規制の対象となってしまった。
002:夢のかけら |
投下順に読む |
004:月夜の邂逅 |
時系列順に読む |
初登場 |
ン・ダグバ・ゼバ |
|
初登場 |
シールケ |
GAME OVER |
最終更新:2017年04月11日 16:29