638. 名無しモドキ 2011/11/26(土) 17:21:07
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ロジャーの恩師ステイシー先生の願いのために、連邦崩壊直後のアメリカを人の流れに逆らって東に向かうジョーとロジャ
ー、なんかあやしいステイシー先生の三人組の話の続きです。→632-635

アステカの星6」   −涙の旅路(Trail of Tears)− part2




「車の音だ。それも数台はいる。」ジョーは難民が来た方向に双眼鏡を向けた。
「騎兵隊のお出ましだ。ただしカスター将軍の第七騎兵隊だがな。」

難民達がやってきた方向から農家が使うような小型トラックやら古いT型フォードが老若あわせた男達を乗せて
やってくる。先頭のトラックの荷台にいた男が猟銃で道路上の難民を撃った。それを合図に一斉に射撃が始まった。
逃げ惑う難民にトラックがかなりのスペードで突っ込む。遠くからでも幾人もの難民達がフットボールのように投
げ飛ばされるのが見て取れる。時折、トラックが揺れるのは人間を踏んでいるらしい。
難民にも拳銃を持っている連中がおり反撃する。トラックから数人の男が転がり落ちる。その男達の持っていた
猟銃やら散弾銃でまた難民が反撃する。犠牲の多さにたまりかねたのか、また、難民の殺傷に満足したのか襲撃者
たちは発砲を続けながら引き返していった。
数分の間の出来事だった。道路上やその周辺には全てが死んでいないにしろ百に近い難民が倒れている。その中
には大きさから子供とわかる者もいる。その家族らしき者達がその周囲で泣き叫んだり手当をする。トラックから
落ちたが、まだ動ける男が難民の中を死にものぐるいで走っている。たちまち数十人の難民に取り囲まれる。二三
分難民が黒い塊になる。難民が去った後には踏みまくられて圧死した死体が残る。

「もう止めて。」ステイシー先生がうつむいて絞り出すような声で言った。
「あの騎兵隊がくるのがどうしてわかったんだい。」
ジョーは難民たちがやって北方向を指さした。薄くなってはいるが二条ほどの煙
がかなり遠方で上がっている。
「あいつらは、道ばたの民家を襲撃したんだろう。町全体を襲撃したんならもっと
盛大な煙が見えるはずだ。難民は本当ならハラをくくって町全体を奇襲襲撃すべき
だった。中途半端なことをするから怒り狂った近所の連中がおっとり刀で駆けつけ
たわけさということさ。もう、町の連中も警戒もしているだろうから復讐戦も難し
いだろうな。」ジョーは安全が確認された時の癖でタバコに火をつけた。

「助かったようだけど。どうする。」ロジャーはまだ不安な口調で聞いた。
「あいつらはすぐにいなくなる。ここにいて暗くなったら凍死者が出る。それに
さっきの連中がまたくるかもしれないしな。次の町までは確か10マイルやそこら
はあっただろう。そのくらいの情報は持っているだろうから、できるかぎり早く
その町の勢力圏に入ろうとするだろうな。」ジョーは大きく息をしてから煙を勢
いよくはき出しながら説明した。
「あいつらまた荒事で今夜のメシやベットの件を解決しようとするのかな。」ロ
ジャーが重ねて聞いた。
「あの集団のリーダー次第だな。ただ、今までの動きからはあまり利口なリーダ
ーとは思えないな。有能なリーダーを得られなかった集団は早晩淘汰されるだろ
うな。」ジョーはまた煙を吐き出しながら答える。
「有能なリーダーって?」少し落ち着いたのか、今度はステイシー先生が聞いた。
「難民の唯一の強みは大勢ってことだけだ。ただ大勢を養うのは難しい。そのさじ
加減が取れて、相手の慈悲を乞うか。取引するか。武力行使して食べ物を奪うか。
最善の方法をすぐに躊躇いなく実行できる者が有能なリーダーだ。ただ、北部に
逃げ出した難民は少数だろうからいずれ地元の勢力に駆逐されるな。まあ、南の方
はわからないが・・。」ジョーの言葉は重みがあった。
「駆逐って、殺すってこと。」ステイシー先生の問にジョーもロジャーも答えなか
った。
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639. 名無しモドキ 2011/11/26(土) 17:25:51
  ジョーの言ったように二時間ほどでほとんどの難民は姿をけした。そこで三人は車をブッシュから引き出すと道路に戻っ
た。道ばたには並べられた難民の死体があった。ステイシー先生は踏み殺された男の死体を含めて何枚かの写真を撮った。
「アメリカがどんどん壊れていくのね。」ステイシー先生が悲しげに言う。
「何十年か未来に、アメリカを統合再生しよって連中がいても、その写真を見せられたらどうしょうもないな。」ジョー
がステイシー先生の言葉に反応する。
「そんなつもりじゃないし。そんな事には使わせないわよ。」ステイシー先生はちょっと感情的に言った。
「どう使うかは頭のいいオエライさんの考えることだ。オレはバカで、理想をがなり立てることしかできないが、普通の
バカと違うのは自分がバカだって知ってることさ。そして賢い奴はバカができないことが出来るってことも知ってる。」

二マイルばかり進むと何人かの難民の死体があった。
「さっきの連中の仲間かな。」ロジャーが聞いた。
「いいや。距離が離れすぎている。別の難民だ。さっき難民襲った連中が行きか帰りかわかわないが殺したんだろう。殺
された連中はとんだとばっちりだがな。」ジョーは周囲に神経を巡らしながら答える。
  ステイシー先生はその死体も撮影した。さらに500ヤード先で、雪に半ば埋もれた母親らしき(多分)死体を、まだ小学
生らしい兄妹がしゃがみこんで見ている光景が見えた。
「止めて!」ステイシー先生は思わず顔を手で覆って言った。運転していたロジャーは思わずブレーキを踏んだ。
「ねえ、助けられないの?せめて食べ物でも分けてやれない。」ステイシー先生が懇願する。
「ろくな事にはならいと思うが。でも、しないとあんたが苦しみそうだ。ロジャー、エンジンを切らずに待ってろ。」

ジョーとステイシー先生は車を降りて子供達の方へ近づく。
「ねえ、クッキーがあるの。二箱あるから二人で仲良く食べて。それから毛布よ。これは一枚だから二人で使ってね。」ス
テイシー先生がそう言って子供達の方へ近づいた。その時、雪の中から三人の男が現れた。雪の中に臥して隠れていたのだ。
三人とも拳銃をジョー達に向けている。その三人の男のうち一番小柄ではげた男のもとに二人の子供は駆け寄ってしっかり
腰に手を回した。
「車をいただくぜ。」リーダーらしい三十歳位の大柄な男がジョーを狙いながら言う。
「車をなくした俺たちはどうすればいいんだ。」手を挙げたジョーが冷静な口調で聞いた。
「ここで楽にしてやる。」今度は顎髭を生やした男が少しにやけながら言った。
「おい、殺さない約束だろう。」子供がまとわり着いている男は困惑したように言う。
「腰抜けは黙ってな。それにしても、奥さんは死んでも役に立ってくれるのによ。てめえも見習ったらどうだ。」リーダー
格の男が女の死体を見ながら笑って言った。
「ああ、お前のかかあは生きてるときは、毎晩寒さをしのがせてくれたからな。そうだテメエが今夜から俺たちを暖ためて
くれるかい。なんならそのガキでもいいぜ。」女の子を方を見やって顎髭の男がいやらしい言葉遣いで応えた。
「言うな。」そう言うと子供がまとわり着いている男は右手に拳銃を持った震えだした。子供たちはパパ、パパと言いなが
らますます男にしがみつく。この様子に全員が気を取られた。

「ケダモノ、撃つわよ。」いつの間にかステイシー先生が拳銃を持ってリーダーの方へ銃口向けている。
「婆さん、三対一で勝てるかい。銃をこちらによこしたら命だけは助けてやるぜ。」リーダーは臆せずに言った。
「先生、言うとおりにしな。できるだけ銃を高く遠くに捨てるんだ。」ロジャーはステイシー先生に顎で合図をした。ステ
イシー先生は高く遠くに拳銃を投げた。
  すかさずジョーは飛び上がり、体を地面と平行にした状態で6フィートの高にある拳銃をキャッチした。そして雪の上に
落ちるまでに三発発射した。ジョーは拳銃を抱えたまま立ち上がる。リーダー格の男と顎髭の男は額を打ち抜かれて絶命し
ていた。子供がまとわり着いて男は持っていた拳銃を打ちすえられて右手を押さえてしゃがみ込んでいる。
640. 名無しモドキ 2011/11/26(土) 17:29:25
「慣れないというより、出来ない事はするな。お前には人は撃てない。」ジョーはリーダー格の男と顎髭も男が持っていた拳銃
を遠くに投げた。それは、雪の下に潜り込んだ。
「まだ、拳銃がいるのなら後で探しな。この女は確かにお前の細君だな?」男が力なく頷く。二人の子供はジョーを睨みつけた
まま黙っている。
「てめえの女や子供を罠に使うんじゃないぜ。奥さんを生きているうちに守ってやれなかったのならせめて人間らしく埋葬して
やりな。」ジョーはきつい口調で言った。
「どうやって埋葬するんですか。」男は途方にくれたように言う。
「おい、隠れてる奴、手伝ってやりな。報酬はクッキー3箱とトウモロコシの粉2ポンドだ。スコップは車にあるから貸して
やる。」ロジャーが大声で叫んだ。五十ヤードほど先の岩陰から子供連れの難民が二家族ほど恐る恐る出てきた。
「子供を連れて日暮れまでに次の町に行くのは無理だ。戻った町は難民と見れば殺しにかかる。で、この先、2マイルほど行
けば左に丘が見える。その丘の上に上がったら四角い目立つ石があるからその上にあがって南東の方を見るんだ。コンパス持
ってるか。」
「ベンソン、あの顎髭の男です。ベンソンが持ってましたから探してみます。」男はようやく立ち上がった。
「よし、結構、南東の方向1マイルほど向こうに小さな小屋が見える。無人なのを確かめたら今夜は、あの子供連れの連中と
いっしょにそこで寝ろ。ただし、火は焚いても煙は出来るだけだすな。わかったか。」ジョーはゆっくりかんで含めるように
言った。男は頷いた。
「子供だけは守ってやりな。」ジョーの言葉に俯いたまま男は大きく頷いた。

「ねえ、丘から見える小屋っていつ見つけたの。」車が再び発進してからステイシー先生がジョーに聞いた。
「もちろん丘の上にいた時さ。騎兵隊が来ない場合もあったからな。逃げるって選択肢の中身もふくらませ
ておかないとな。」ステイシー先生の次の質問までを含めた答えをジョーは言った。
「さすがアステカの星ね。」ステイシー先生の言葉にしばらく静寂があった。
「先生、アステカの星って。なんなんですか。」ロジャーが慌てながら言う。
「サクラメントでも噂話くらいには聞くわよ。わたし教師だから持ち物検査は得意なの。あのマスクは噂の
アステカの星のマスクと同じだったわ。それと、さっきの人間離れしたアクロバットを見たら間違えようが
ないでしょう。」ステイシー先生は子供の悪戯を諭すように言う。
「先生、先生が持ち物検査したことなんてないじゃないですか。」ロジャーが取り乱して言う。
「自分の命を預ける人のことは出来るだけ調べるのが当たりまえでしょう。ジョーあなたらなわかってくれ
るわよね。」
「ああ、気に入った。それからステイシー先生、あんたは銃で人を撃てる方の人間だ。だが、それが命取り
になることもある。さっきの男は人を撃てる人間じゃなかったから命を繋いだんだぜ。ともかく銃を振り回
さないことだ。使うなら相手が気づいた時には発砲が終わってる時だ。」ジョーは車を運転しながら真っす
ぐ前を向いたまま言う。
「肝に銘じておくわ。」しばらく、間をおいてステイシー先生は低い声で答えた。
641. 名無しモドキ 2011/11/26(土) 17:33:12
「これから先は山道で少し揺れるぞ。例の難民を襲った町の連中は仲間内に犠牲者が出て興奮している。よそ者が
飛び込んでいったらすぐさまぶっ放しかねないから迂回する。」ジョーが先ほどの会話がなかったかの
ように言う。
「山道にはいれば迂回できるの?」ステイシー先生も何事もなかったように聞いた。
「墓堀の時に子供づれの難民に聞いたんだ。なんでもウィリアム・ショックレーとかいう有名な物理学者らしいぜ。
津波にあって九死に一生を得たのにまた苦労するってぼやいたけどな。あちこちの町でやばい目にあってるらしく
て、気に入らない町は迂回してるそうだ。オレには少人数で知恵をつけながら移動する連中の方が信用できるね。
少人数の子供連れなら警戒心を持たれずに慈悲もあてに出来るからな。
  で、この先の町をどうやって迂回したって聞いたら山道だがなんとか車が通れそうな迂回路があるって教えてくれ
たんだよ。上が半分ほど折れた電柱の残骸が目印っていったいたから、・・ほらそこだ。」ジョーは山道へ車を乗り
入れた。

  車は左右上下に半端なく揺れた。おかげでロジャーは母親の埋葬の様子まで写真に撮る必要があったのかというス
テイシー先生への質問をついにし損ねた。
「悪いが、今夜も車で野宿だ。」ジョーが巧みにハンドルをさばきながら言った。雪があがって夕焼けが見えだした
西の空を背景に車は東へと進む。
「日が長くなってきたわね。」ステイシー先生が揺られながらもしみじみと言った。
雪景色は相変わらずだがミネソタにも、そして例年になく遅いが春の息吹は着実に近づいていた。

難民と出会って三日後にジョー達はミネソタ州東端のミシシッピ川に面した都市ミネアポリスに到着した。この旅路
最大の難関がミシシッピ川である。本来ならば多くの橋がかかるこの大河は、現在、西と東の境界のように考えられて
いる。ミシシッピ川以西の州はミシシッピを最大の新たなアメリカ風邪患者と難民阻止ラインとしているのだ。

  ただ、ジョー達は伊達に気候条件の悪い北部を移動してきたわけではない。ミネアポリスにミシシッピ渡河のあてが
あるからだ。

カリフォルニア→(北へ)→オレゴン→(東へ)→ロッキー山脈→(ここからカナダ国境沿いの州を東へ)→アイダホ
→モンタナ→ノースダコダ→ミネソタ(ミネソタ州東部ミネアポリス)

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本当はテネシーに着いた後の話をメインに書くつもりが、一つの州の横断だけで東京・青森間ほどもかかるアメリカ縦断
の話になってしましました。またレスが多くなるので一旦切ります。今回はミネソタで終わりですが、旅の半ば以上は走破
しています。次回で終わります。

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最終更新:2012年02月08日 04:05