- 422. 名無しモドキ 2011/08/16(火) 23:19:38
- 「アステカの星4」 −ルート66 midnight express−
かなり間があいた続きです。複数話の混合のため少し長目で読み辛いかもしれません。
ここで「憂鬱世界」の美術愛好家に悲しいお知らせと、嬉しいお知らせがあります。大西洋津波により失われた美術館
常設レベルの美術品は数万点におよびます。代表的な物ではニューヨークのメトロポリタン美術館の収蔵品があります。
レオナルド・ダ・ヴィンチの師匠であるヴェロッキオの「聖母子像」をはじめルネッサンスの名品、ターナーやアングル
などの19世紀の巨匠の作品は、津波後は(かろうじて撮影が間に合った)富士フィルムの大判天然色フィルムで見るしか
ありません。東海岸でメトロポリタン美術館とならぶ名門美術館であるボストン美術館の収蔵品も同じ運命をたどりました。
ところが史実世界ではこれらの美術館にあったはずの作品で生き延びたものがありました。これらは三つのグループに分
けられます。
一つは幕末時に流失した絵巻物、大和絵、浮世絵といった日本画です。代表的なものではボストン美術館にあったはずの
「平治物語絵巻」や俵屋宗達筆「松島図屏風」でしょうか。これら幕末から明治に流出したはずの文化財は日本にとどまっ
ていたました。これはもちろん一度合法的に売ってしまった文化財は二度と戻らないことを知っている逆行者たちのおかげ
です。また、(伝)仁徳天皇陵などから盗掘されて流出した甲冑などの埋蔵文化財も日本にとどまっています。
これらの出土品からも正しい天皇陵が比定されたおかげで、それ以外の多くの古墳が発掘されて史実以上に古代日本史の
解明は進んでいます。1940年には神話起源として紀元2600年が祝われてはいますが、近衛首相が式典で「1600年、絶えるこ
となく・・」と述べたように教育を受けた国民の多くは、天皇家が本当は1600年ちかい歴史であるということ(それでも世
界最長の王家でなおかつ現存の王家)を知っています。ただ、これはまた別の機会に述べるべき話です。
津波から逃れたもうひとつのグループは、本来なら欧州からアメリカに渡った19世紀後半から20世紀初頭の作品群で支援
SS{支援SS(1)12-13辺境人様作}でも描かれていたように組織的に夢幻会が収集したものです。例えば史実ではメトロ
ポリタン美術館所蔵のゴッホの「糸杉」やボストン美術館のゴーギャンの傑作「われわれはどこから来たのか われわれは何
者か われわれはどこへ行くのか」、ナショナルギャラリーにあるはずのモネの「日傘を差す女」です。
そして三つ目のグループがあります。その多くはオランダ絵画の黄金期16世紀半ばから17世紀後半の作品で19世紀には半
ば忘れられていた作家たちの作品です。
さて、史実ではルート66は、イリノイ州シカゴとカリフォルニア州サンタモニカを結ぶ有名なアメリカ横断道路です。
(現在は廃止)この道路の沿線でマクドナルドなどのドライブスルー産業、モーテルなどの自動車の利用を前提にした各種の
施設が発達しました。いわば戦後、特にアメリカが、世界の中でも飛び抜けた繁栄を謳歌した1950年代から1960年代のアメリ
カ文化の権化のような道路です。しかし、「憂鬱世界」では、この道路の名には別の印象があります。東部からの難民が延々
と列をなし、ほとんど与えらることのない救済と慈悲を求めて移動した煉獄回廊としての印象が・・。そして、ごく一部の
人間が知っている闇のルート66が存在しました。
1942年10月28日 ニューメキシコ州 サンタフェ近郊
サンタフェとその周辺は、チカノ(メキシコ系アメリカ人)と、インディアンが多い地域である。10月28日の早朝、サン
タフェの南18マイルにあるラミー駅から、サンタフェへの支線に入る貨物列車があった。ポイントを通過するときに列車は
軋むよう音をあげて揺れた。その、貨物列車に、二人の男が無賃乗車をしていた。
「起きたかい。」丸眼鏡に、山高帽、三揃えに、暖かそうだが値の張りそうな外套を着た上品な初老の男が、ジョンに声を
かけた。もっとも、男の外套は、ホコリまみれで、Yシャツは垢で汚れていた。
「ああ、さっきから起きている。教授は寝れなかったのか。」ジョンは、頭を掻き上げるとよれよれの上着を整えた。
「夜明け前に少し寝たよ。それにしても、お前さんは、グッスリだったな。何か寝るのにコツがあるのかい。」
「いいや、慣れてるだけさ。サンタフェまで1時間かそこらかかるだろう。もう一寝入りする。」
時は一週間ほど遡る。メキシコから飛行機でアメリカに舞い戻りメキシコ人マフィアの自動車を奪ったジョンは、救援の
軍隊が犇めいていたこととで、東部を避けて西に向かって車を走らせた。
- 423. 名無しモドキ 2011/08/16(火) 23:25:20
- 二日目の夕方に、テキサス西部のフォートワース近郊の田舎道で、道路端に止めた自動車の前で手を振っている男を見付
けた。通り過ぎようとしたが、突然、初老の男が道路の真ん中に飛び出してきた。
「何してる。もう少しで、轢くところだったぞ。」ジョンは窓から顔を出して怒鳴った。
「わたしも、したくてしたんじゃありませんよ。」バツが悪そうに男が答えた。
数人の猟銃や散弾銃を持った男達が、道端のヤブから飛び出てきた。服装からこのあたりの農家の住民らしい。
「車から降りろ。」猟銃をかざした髭面の中年男が怒鳴る。ジョンは手を上げて車から降りた。
「いい車じゃないか。どうした、盗んだか?」テンガロンハットを被った男が散弾銃をジョンに狙いをつけながら言った。
「追いはぎか?」ジョンは質問に答えず冷静に聞いた。
「危険走行の現行犯で逮捕する。免許証を見せろ。」そう言った髭面の男は上着の胸に保安官助手のバッジを付けている。
「危険走行ってなんだい?」ジョンはメキシコで作ってもらった偽免許証を見せた。
「今、人を轢きそうになっただろう。・・ジョン・シンプソン?カリフォルニア州。こんなところで何をしてる。」髭面の
男は免許証を少しばかり見ただけでジョンに突っ返した。
「セールスさ。」ジョンはゆっくり免許証を上着の内ポケットに入れながら答えた。
「車は空っぽのようだが。」トランクを点検していた一番若く見える男が髭面の保安官助手に言った。
「荷物を取引先に届けての帰りだよ。」ジョンは髭面が聞く前に言った。
「今時、何処へ何を運ぶんだよ。」すぐ横で散弾銃を突きつけながらにやにやしている年かさの貧祖な男が言った。
「コカインだ。」ジョンの言葉にしばらく沈黙が続いた。
「なんて言った?」髭面が少し緊張して聞いた。
「コカインだよ。カリフォルニアの組織に頼まれて・・。売り先は聞かない方がいいぜ。」ジョンは手を下ろしながらゆっく
り言い聞かせるように言った。
「おい、ボブ、こいつやばいぜ。」年かさの男が髭面を横目で見ながら言う。
「おい早くしてくれよ。カリフォルニアで俺の帰りを待ってる奴はごまんといるんだ。我慢しきれなくなってそいつらが、
ここいらのお仲間に連絡して俺を捜し始めるぜ。」
「どうせはったりだ。そこの爺さんと並べろ。おれがダブルで始末してやる。」髭面がジョンに猟銃を向け直した。
「おい、ボブ、人殺しの手伝いはごめんだ。」テンガロンハットの男が散弾銃を地面に向けた。
「ああ、人を殺すならおれは降りる。第一保安官になんて報告するんだ。」若い男も口をとがらせて言った。
「黙ってればいい。危険走行で二台の自動車を罰金かわりに没収して運転手は徒歩で去った。いつもと同じだ。」
「じゃ、俺は自動車を保安官事務所に届ける役をするぜ。」テンガロンハットの男は、貧祖な男に目配せをして二人でジョン
の車に乗り込んで発進させた。
「おい、どこに行く。」髭面が叫ぶ。
「じゃ、おれは最初の男の車を運ぶよ。」若い男は道路脇の藪に止めてあった箱形の旧式なポンティアックに乗り込んで急発
進させた。髭面はポンティアックを飛んでよけた。
「くそ、帰ったらただじゃおかないぞ。」髭面は走り去るポウンティアックに怒鳴った。
「どうする?おまえさん一人になったぜ。」ジョンは髭面を挑発するように言った。
「ぶっ殺す。度胸のない連中はいてもいなくても同じだ。お祈りをする時間はやる。」髭面は猟銃をジョンと初老の男に向
けた。猟銃などないようにジョンは黙って髭面に近づく。
「止まれ。撃つぞ。」髭面は大声で叫んだ。
ジョンは男の猟銃の銃身を左手でつかむともの凄い力で横にねじった。猟銃の引き金に指をかけていた髭面の右手首もね
じれる。何かが折れる音がした。髭面が獣のような叫び声をあげて猟銃を地面に落とした。髭面はうめきながら、左手でホ
ルスターから拳銃を抜いてジョンに向けながらポンティアックの横に止めてあったトラックに飛び込んだ。
髭面はトラックを発進させるが、道路までのちょっとした勾配にすり減っているタイヤが空転する。髭面が思い切ってア
クセルを踏み込んだのかトラックは急発進して道路を横断してしまい、向かいの大木に正面衝突して大破した。
ジョンの横にいた初老の男がトラックに駆け寄って中の様子を見る。
- 424. 名無しモドキ 2011/08/16(火) 23:31:25
- 「多分死んでる。」初老の男はジョンに近づきながら報告した。
「お若いの度胸があるね。銃で狙われながら黙って近づくとは。」
「あいつが止まれ、撃つぞと言ってたからね。そう言うときは止まってくれ、撃たさないでいれって言ってるのと同じだ。
本当に撃つ時は黙って撃つさ。それに人を見ながら人を撃てるもんじゃない。人間はそうできてるんだよ。」
「わしは世界大戦で大勢撃ち殺された人間を見てきたぞ。」
「ああ、だから人を殺すには国のため、正義のためとか理屈がいるのさ。軍隊ってとこはその理屈を叩き込んで兵隊をつく
るのさ。そんな理屈なしに、もしくは自分を守る以外に躊躇いなく人を殺せる奴はもう人間じゃない。」
「そうかい。で、一つ頼みがあるんだが。」初老の男は帽子を被り直しながら言った。
「なんだい。おれはカリフォルニアへ・・」
「嘘はわかっておる。嘘つきはごまんと見てきたからな。わしをサンタフェまで届けてくれんか。」
「報酬は?」
「自動車と千ドル。」
「自動車と二千ドル。それと支払いは金貨か銀貨にしろ。」
「いいとも。わしはハン・ファン・メーヘレン。仲間内では教授と呼ばれておる。お前さんは?ああ、本名だよ。」
「ジョン・ベーシロンだ。」
「じゃ、ジョンこれからどうするね。金もあいつらに取られてすっからかんだぞ。あの髭男が持っておったしけた財布の中身
以外はな。」初老の男は数枚のしわくちゃになった紙幣をジョンに見せた。
「教授、大分世慣れているな。さあ、着いてきな。2マイルほど戻れば線路があるはずだ。」
ジョンと教授はサンタフェ駅に到着する直前に徐行する列車から飛び降りた。教授は線路から1マイばかり離れた大きな
一軒家にジョンを案内した。ドアをたたくと中から、赤ら顔をした中年の白人男性が出てきた。
「教授、心配してましたよ。到着が四日も遅れたんであちこちに照会してたとこです。ああ、わたしブッシュと言います。」
赤ら顔の男はハン・ファン・メーヘレンを見知っているのか尋ねることもなくまくし立てた。
「すまんちょっと訳ありで車を掠めとられたもんでな。それに電話をするのもまずいと思ってな。」ファン・メーヘレンも赤
ら顔の男を見知っているように答えてジョンを訝しげに見た。
「そうですが、時と場合によりますよ。・・で、そっちの男は?」
「ああ、わしの助手さ。こいつがいなかったここまで来れんかったわ。」ファン・メーヘレンは朴訥に言った。
「ジョン・ベーシロンです。よろしく。」ジョンは出来るだけ丁寧に赤ら顔に言った。
「とりあえず中に。一休みしたらちょっとお願があるんですが。」赤ら顔の男は二人を室内に招き入れながら言う。
「見て欲しいものがあるのか。急ぐのかね。」
「明日にはカリフォルニアへの便が出ますから。しばらくここでお待ちください。手配してきます。」赤ら顔の男はそう言う
と奥の方へ入っていった。
ファン・メーヘレンとジョンは食事に温かいシャワーがすむと用意された新しい服に着替えた。赤ら顔の男は用意ができる
までといって客間のような部屋に二人を案内した。
「ここは冷え込みますからあの服じゃ寒かったでしょう。今年は特に寒いです。わたしはここの責任者でヘッシュと言います。」
30分ほどすると赤ら顔の男を従えて一目で上物だとうわかるスーツを着た丸顔に眼鏡をかけ禿頭の年配の男が部屋に入ってきた
声をかけた。
「早く仕事をすませよう。」ファン・メーヘレンは吸っていたタバコを灰皿に押しつけた。
案内された大きな部屋には、七枚の絵が壁に立て掛けてあった。
「どうですか。」丸顔の男が聞いた。
「ジョン、お前さん。どの絵がいい絵だと思う。一枚選んでくれ。」ファン・メーヘレンがジョンを振り返って言った。
「一番右のやつ。五番目の絵も捨てがたい。でも一番目とは何かが違う。」数分ほど絵を見ていたジョンが言う。
「わしの見込んだとうりじゃな。お前さんは見る目がある。損得で物事を考えんからな。ジョンの言いった絵が本物だ。
一つを除いては質の悪い贋作じゃ。何もわしの手をわずらわすこともあるまい。」ファン・メーヘレンは部屋の隅にある
椅子に座り両手の指を組みながら言った。
- 425. 名無しモドキ 2011/08/16(火) 23:36:57
- 「できのいい贋作ってどれですか?」赤ら顔の男が聞いた。
「ジョンが迷った絵だよ。わしの作だ。三十年ほど前にオランダで描いた。後でわしのサインを入れておこう。」ファン・メーヘレン
は右から五番目の絵を顎で示しながら言った。
「さすがハン・ファン・メーヘレン。お見事な出来映えですな。」丸顔の男が絵を見ながら感嘆したように言う。
「しかし、わしの最高傑作はメトロポリタンとともになくなってしまったからな。惜しいことをした。わしはあれを贋作とは思ってお
らん。わしの作品の方が構図といい、光線の表現といいフェルメールよりできがよかった。」ファン・メーヘレンは天井を見ながら誰
に言うでもなくつぶやいた。
ハン・ファン・メーヘレンは史実でも「真珠の耳飾りの少女」などで知られるフェルメールの贋作画家として著名な人物である。この
ことを知っていた夢幻会のメンバーが「日本帝国美術館仏蘭西別館(支援SS1)を通じて1920年代初等から接触を持っていた。彼の卓
越した贋作技術を逆手に取って同美術館の委託鑑定員として契約したのだ。
ただ、困ったことが二つあった。17世紀オランダ絵画は19世紀には忘れ去られており、その膨大な絵は来歴も不明のままヨーロッパ、
そしてアメリカに散在していた。19世紀の半ばから再評価が進むのであるが夢幻会がかなりの画数を取得したため、時価があがって再評
価が史実より前倒しになっていた。
そのためファン・メーヘレンも史実より前から儲かる贋作を手がけており、すでにかなりの数の贋作が出回っていた。その内の二点
「水差しを持つ若い女」「リュートを調弦する女」がメトロポリタン美術館が贋作と知らないコレクターからの寄贈品として所蔵していた。
この二枚の絵は「日本帝国美術館仏蘭西別館」が真作を所蔵していた。日本に好意的な美術関係者は大きさとすこしばかり構図が違うこと
から寡作のフェルメールには珍しくが同様の作品を複数残したと理解し、その他の美術関係者は「日本帝国美術館仏蘭西別館」の作品が
贋作であると疑っていた。
このようにファン・メーヘレンの贋作を見抜くことは難しく彼自身に鑑定してもらうのが最上の方法であった。もう一つの困ったことは
ハン・ファン・メーヘレンが描きたがることである。彼自身のオリジナル作品は町のちょっとした絵描きさん程度の絵なのであるが、贋作
(あるいは模写)になるとまったく別人になる。
「日本帝国美術館仏蘭西別館」では、ファン・メーヘレンの欲求を満足させるため模写であることを公表して彼の絵画を画商に斡旋した。
ただ世の中には上がおり、絵をさらに細工して真作として売りつける輩がいるのである。そして、ファン・メーヘレンが日本帝国美術館関
係者が止めるのも聞かず(他人の忠告を聞くようであればファン・メーヘレンではない)アメリカのいくつかの美術館からの鑑定依頼で
訪米していた時に日米開戦が始まる。「衝号作戦」を知らない夢幻会の美術関係者は津波のニュースにあわてた。夢幻会からファン・メーヘ
レンの捜索依頼を受けた対米諜報機関「ビーグル」と「ビーグル」支援組織兼対米工作組織である「メインクーン(ネコの一種)」も津波で
甚大な被害を受けおり「ビーグル」がファン・メーヘレンがケンタッキー州のコレクターの家に避難していると知ったのは開戦一ヶ月後のこ
とである。ファン・メーヘレンの事案は支援組織である「メインクーン」が担当することになった。
ファン・メーヘレンは迎えにいくというと、どうしても自分だけで指定された場所に行くと言ってきかない。案の定「メインクーン」の懸念
のようにテキサスで窮地に陥ったが、やはりこれ以降も彼の行状がかわることはなかった。
さて、開戦後2ヶ月になると息を吹き返した「メインクーン」は工作活動以外にも力を入れだした。その一つが東海岸で無事だった美術品の
買い漁りである。物資難から、美術商を装えば牛肉缶詰10ダースで19世紀中頃の中堅画家の作品などが入手できた。まだ評価の低かったアメリ
カの抽象画、初版の書物、作曲家手書きの楽譜、家具、20世紀初頭のポスターなどもどん欲に「メインクーン」が独自に設けた「ルート66」と
呼ばれるアメリカ大陸横断ルートを通じて運ばれて、来たるべき時期まで西海岸の各所に隠匿された。「ルート66」は特定の道路や鉄道路線の
ことではない。
- 426. 名無しモドキ 2011/08/16(火) 23:45:06
- 州単位の拠点間をその時々の判断でルートを変更する柔軟な人員や物資の連絡路で、そこを通過するトラックや乗用車、
あるいは不定期な鉄道便を「midnight express」と呼んでいた。また拠点も二〜三週間単位で変更された。ジョンたちが
訪れたサンタフェの家屋もこの時期のニューメキシコにおける小規模な拠点の一つにすぎない。
「どうだいこれからもワシの助手兼ボディーガードっていうのは嫌か?」出発の用意をするジョンを見ながらファン・
メーヘレンは声をかけた。
「気持ちはありがたいが、最初の約束で頼む。」ジョンは微笑みながら答えた。
「自動車は表に用意してます。中古のオークランドですが調子はいいです。それに20ドル金貨で百枚。こいつを揃えるの
には苦労しましたよ。」赤ら顔の男が声をかける。
「こいつは重すぎるな。教授、九十枚預かっておいてくれ。」ジョンは十枚の金貨を取り出すと金貨の詰まった袋をファン・
メーヘレンに渡した。
「それはいいが、どうやって取りに来る。」金貨の袋の思わぬ重さにたじろぎながらファン・メーヘレンが聞いた。
「あんた有名人らしいからなんとか連絡するよ。じゃ、長居はしたくないから出ていくぜ。ああ、ハッシュさん。あんた東洋
系の血筋かい。」ジョンの問に丸顔の男は眉間に少しばかり力が入った。
「インディアンの血筋かとはよく言われますが東洋系とよくわかりましたね。祖母が日本人(注1)です。何か問題でも。」
間をおいて落ち着いた口調で丸顔の男は答えた。
「いいや。オレの観察眼が正しかったかと確かめたくて聞いただけさ。」ジョンはそのままドアを開けた。
「せめて出発する所を見送らせてくれ。」ファン・メーヘレンがゆっくり後を追いかけた。
「手配は?」二人が出ていったことを確認すると丸顔の男は赤ら顔に尋ねた。
「ええ、物騒な連中が1マイルばかり先で待ってます。治安が悪化してますから一人で車に乗っていたよそ
者が強盗に殺されても珍しくありません。」赤ら顔の男は微笑むように答えた。
「ファン・メーヘレンの話からあの男、えらく度胸がある一匹オオカミらしい。それ以上に何故か気になる
んだが。」
「私もです。万が一があった場合はロジャーをつけ馬にします。ロジャーは近くに待機させてます。」
「ロジャー?ああ、あの孤児院出か。じゃ信用できるな。」丸顔の男は眼鏡を取るとハンカチで拭きながら言った。
「ところで、ラ・トゥールのマグダラのマリアが手に入るとはね。」赤ら顔の男が嬉しそうに丸顔の男に言った。
「ああ、バッファローのダウンタウンでいかにもといった二人組が持ってきたんだ。1000ドルって言うので、贋作で
も出来がいいと思って言い値で買ってやったらポカンとしてたよ。」丸顔の男はウインクをしながら答えた。
丸顔の男たちの心配(あるいは期待)は当たった。一時間ほどしてジョンを襲う約束の現場に行ってみると、オース
チンの前半分が落とし穴に落ちて大破していた。その傍らには四人の男が拳銃を持ったまま一撃で顔が判別できないほ
ど頭を殴られて死んでいた。現場にいたはずのロジャーという若者の姿は見えなかった。
「これで殴ったのか。五十ポンド以上の重さはあるぞ。」丸顔の男は、近くの牧場の柵から抜かれたような男の太もも
ほどもある太さの丸太を靴の先で転がしながら言った。6フィートほどの長さの丸太の先には血や髪の毛がついていた。
一週間してロジャーから連絡が入った。なんとかジョンの押しかけ相棒に収まって、列車や徒歩で西海岸へ向かって
いるというものであった。「ビーグル」の反対はあったが「メインクーン」はジョンに利用価値、少なくともロジャー
の護衛としての価値があると判断した。これで同床異夢なコンビは暫く混沌とした北アメリカを放浪することになった。(注2)
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注1:後に夢幻会を組織する人々は人道的な理由と後に欧米での諜報活動での人種的な不利を補うため明治初期からハー
フやクオーターを保護してきました。彼らの出自はまた述べる機会があるかもしれません。(あるのか?)
注2:
>>202
で座礁船から荷物を運び出す仕事をロジャーがジョンに持ちかけたのは、住民を動員してまで運び出す荷
物を調べろと「ビーグル」から指令があったからです。指令方法の詳細は別の機会に譲ります。(これもあるのか?)
-
最終更新:2012年02月07日 19:26