998. 名無しモドキ 2011/12/30(金) 22:52:13
「アステカの星9」  −奇跡の谷− New Shangri-La PART2   Terabithia
1943年5月14日  ヴァージニア・ウエストヴァージニア州境付近アパラチア山脈中のどこか。

「ロジャー、朝飯だ。」ジョーがお盆にクルミとレーズンの渦巻きパンとミルク、エンドウ豆のベーコン添えとい
った料理二人分がのっているテーブルで食事をしている。

「ここは?あ、そうか。嫌な夢を見た。」ロジャーは壁際に置かれた二段ベットの上段からジョーに言った。
「さっき、昨日の男が食事を持ってきた。すぐここの長老が来るそうだから早いとこ食べてしましな。」

  昨夜から、あてがわれている部屋というか、監禁されている部屋は、窓に鉄格子が入っていることと、ここがア
パラチアの山奥ということを差し引けば素晴らしい部屋である。清潔な綿入り枕とシーツのベット、白い壁紙、水
色のカーテン、ちょっと裕福な学生寮の部屋並と言っていいだろう。

  昨夜は食堂のような場所に連れていかれて、ハムエッグや茹ポテトといった食事を振る舞われた後で、二時間ほ
ど別々の部屋で身分素性を尋ねられた。ジョーは聞かれた事には正直に答えた。隠す必要のない時には正直に言っ
ておくことが身のためであると、放浪者の先輩であるロジャーが言っていたからである。尋問が終わると食堂の二階
にある部屋に監禁された。

  ロジャーが部屋に入ってきたのはそれからまた1時間あとだった。ロジャーを尋問したのは昼間、会ったレックス
という男だったが、警察顔負けの尋問だったですっかりくたびれ果てていた。

ロジャーの食事が済むか済まないうちに長老が部屋に入ってきた。
レックスが怖い顔をして拳銃を腰に下げて続いて入ってくる。その後に一見してインディアン系とわかる初老の男、
最後がクローイだった。

「私はここの責任者をしているゴドフリー・ドナファーというジジイだ。みんなは長老と呼んでいるがな。ジョー
にロジャー。そう呼んでかまわんかな。」七十の坂に達そうかという大柄な男が尊大に言う。
「いいぜ。」ジョーは軽く流した。
「それでは、ジョー、ロジャー。孫娘のクローイの危難を救ってくれたことに感謝する。」ドナファーの言い方は
尊大でも真の感謝が感じ取られた。

「なあ、昨夜は色々と聞かれたから少しこっちから聞いてもかまないか。」ジョーがつけ込むように言った。
「どうぞ。」今度はドナファーが軽く受け流す。
「ここは地図にのっているような村じゃないな。」ジョーの質問はいつも簡潔だ。
「そう、のっておらん。我々がテラビシアと呼んでおる人の知らない村だ。」ドナファーは自慢げである。

「ここはアメリカかい?」ロジャーが横から割り込んできた。
「アメリカ合衆国、今もあるとすればだが。その一部には違いない。ここは大不況の時代に行く当てのなくなった
失業者が集まってできた村だ。ここにいるチェロキー族のタヒクパス氏の好意で彼らの聖地の一部に住まわせても
らっておる。タヒクパス氏は本物の長老じゃぞ。」そう言うドナファーの表情は上々である。
999. 名無しモドキ 2011/12/30(金) 22:52:47
「タヒクパスさん、見返りはなんだい。」ジョーの問にドナファーとタヒクパスが顔を見合わせた。
「いきなりかね。地代を貰っている。ドナファー氏らの援助でアメリカ風の家も建ててもらった。」ドナファーの
顔色を察したタヒクパスは笑顔で言った。

「地代と言っても州政府に納める税金の何分の一だがね。」ドナファーが間髪を入れずに言う。
「去年からは食糧の一部渡しにして貰った。」タヒクパスがドナファーの横顔を見ながら言った。

「税金天国みたいなとこか。しかし、税金を払わないとその恩恵もない。」ジョーはたたみかけるように言う。
「政府に納める税金で何の恩恵があった。」昨日、沢で会いジョー達を尋問した男が吐き捨てるように言った。

「まあ、そういう社会もあるがね。ここは元警官や元消防士、元教師もいれば、元大工だの各種の元職人も、それ
から元コックもいる。それぞれが自分の職業を生かして生活している。それらの技能は全てみんなのために無料で
奉仕するのがここの税金だよ。その対価は村で生産した食糧、衣料だ。ただ、人数がたりないものは・・。例えば
家の棟上げとか、自衛団は義務として共同でしておる。それがここの税金だ。」ドナファーが丁寧に微笑を浮かべ
ながら言った。

「アーミッシュ(プロテスタント系キリスト教徒の一派、機械文明を拒否して移民当時の生活を行う)みたいなも
のか。」ロジャーが少し考えて聞いた。
「いいや、我々の宗教は個人的に自由だ。主義主張でここの暮らしを選択したわけではない。電気も使うさ。ただ
いくつかの発電機が故障で今は公共の建物だけ電気を通しているがね。」
「ランプも嫌いじゃないぜ。」ジョーは壁際のランプを見上げながら言った。

「じゃ、共産主義だ。」すっかり自分の世界に入ってしまったロジャーが唐突に言った。
「それも違うな。我々は私有財産についての制限などしていない。土地も公有ではない。地代を払っているといっ
ただろう。その額に応じて土地の使用面積を決めておる。」ドナファーは心外とばかりに興奮気味に言う。

「この山奥での生活に必要な技能労働をそれぞれが相応の対価で提供しあう村かい。ただ、存在が知られれば税務
署が飛んでくるから絶対秘密の村だ。」ジョーが助け船を出した。
「そうだ。それが的確な答えだ。」ドナファーは落ち着いて答えた。

「ここはアメリカのいかなる公権力が及ばない場所だと理解でいいんだな。」ジョーは念を押すように言う。

「そうだ、テラビシア独自の法に従ってもらう。それができない。あるいは嫌なら君らにはそれ相応の対応を取ら
ねばならない。そんな、ことになればクローイが悲しむだろから是非避けて欲しい。」ドナファーは手を組んで言
った。

「ずばり聞くぜ。ここから出られのか。」ジョーはドナファーの機嫌を見て聞いた。

「暫くここにいてもらう。信用できる人間かどうか判断できるまでは出て行ってもらては困る。」ドナファーの言
葉には刺があった。殺してでも出て行くことは阻止するいうことらしいとジョーは理解した。
1000. 名無しモドキ 2011/12/30(金) 22:55:33
「大丈夫だぜ。俺たちはここが何処にあるか知らない。」ロジャーが脳天気に言う。
「どこの近くかはわかっているだろう。」今まで黙っていたレックスが大きな声で言う。
「ずっとこの部屋に閉じ込めておくのか。」ジョーがドナファーに向かって聞いた。

「いいや、昼は自由に出歩いてくれ。日が暮れたらここに戻ってくること。夜の間は鍵をかけさせてもらう。それ
に自分の食費は稼いで貰わんとな。」ドナファーの言葉には殺気がなくなっていた。
「おいおい、ここに拘留するのにテメエで食い扶持を稼げかよ。」ロジャーが抗議する。

「畑仕事の手伝いや家の修理なんでもしてくれ。君たちは馬を持っているから仕事はすぐ見つかるだろう。ただ、
孫娘の件があるからここの部屋代はわたしのおごりだ。ついでに一週間分の食事もおごる。」ドナファーは最初の
尊大さを取り戻してきっぱり言った。

この後、しばらく雑談をしてドナファー以下の一行はクローイとレックスを残して引き上げた。

「テラビシアを案内するわ。」クローイは微笑んで言った。
「そうしてくれると助かる。仕事をしろといっても右も左もわからないからな。」ロジャーがジョーとクローイの
間に割り込んできて言った。

「テラビシアって妙な名前だな。インディアンの言葉か。」ジョーが聞いた。
「いいえ、もとはこの当たり一帯はインバって呼ばれる地域だったから、インバ村って名前だったの。でも、わた
しが気まぐれにテラビシアって呼んでたらお祖父さんも気に入って。」クローイが恥ずかしそうに言う。

クローイはさして広くはないが、見通しの悪い村の主要部を二時間ほどかけて案内してくれた。行く先々では、二
人を村人に紹介し、二人にはその村人がしている仕事を説明した。

「さあ、共同食堂に帰ってきたわ。村の人は全員ここで食事を摂るるか、料理を持って帰るのよ。」クローイは最
後にジョー達が押し込められた大きな建物の一階にある食堂の説明をした。昼にはまだ少し早い時間だったが、食
堂の席はすでに四半分ほどは埋まっていた。
「自分の家じゃ、料理を作らないのか?」ロジャーがクローイに聞いた。

「食材を各家に分割して渡すより、まとめて調理した方が無駄が少ないだろう。ここでの生活は、無駄は出来ない
んだよ。」おもしろくないといった顔で、一行の後を歩いていたレックスが言う。

「それじゃ、仕事の希望が決まったら教えてね。」クローイはジョー達二人に手を振った。
「どこに行けば会えるんだい。」ロジャーが名残惜しそうに聞いた。
「何言っての。村を案内したときに、ここがお祖父さんの家って言ったでしょう。そこに住んでいるのに決まって
るでしょう。」クローイーはクスリと笑った。

つづきは「中・長編SS投稿スレ  その3」へ

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最終更新:2012年02月07日 19:36