- 9. 名無しモドキ 2011/12/30(金) 23:03:18
- 「アステカの星11」 −奇跡の谷− New Shangri-La PART4 A Appalachia wood flooded with moonlight
1943年5月31日 ヴァージニア・ウエストヴァージニア州境付近アパラチア山脈中のどこか
「ロジャー、今夜から、ちょっと偵察に出てくれ。この鍵は開けられるんだろう。」夕食が終わりベットに座りな
がらタバコを吸っていたジョーが、突然ロジャーに言った。ドアの鍵は夕食後に閉められることになっていた。
「なんでそう思うんだ。」
「ズボンの裾に針金とマッチ棒みたいな鉄串を隠しているのは何のためだ。」
「知ってたのか。わかったよ。でも、ドアは開けられても難しいのは鍵なしで閉めることなんだ。逃げ出して帰っ
てこないつもりならいいけど・・。まず、試しにやってみるよ。」
ロジャーは二三分、鍵穴をいじくっていた。
「開いたよ。次に閉めてみる。」やはり、ロジャーは自分で言っていたように開けるより少し時間がかかっていた
がドアの鍵を器用に閉めた。
「で、どこへ偵察に行くんだい。」
「盆地の南を見てきてくれ。この小さな盆地は南が少し低くなっている。家もほとんどないが、人がその方向へ出入
りするのを何度か見た。何があるのか知りたい。ちょうど雨も上がって都合のいい満月が出ているから、目を馴らし
ていけばなんとか行けるだろう。そして、クローイが言ったことばの後半の謎解きだ。まあ、ずばりその言葉通り
で謎にもなってないがな。」
その後、ロジャーは自分の経験からか細かな注意をロジャーにしていちいち復唱させた。これにはロジャーが閉口
した。
「でも、この部屋を出ても下の共同食堂は夜中でも誰かしら居るぜ。」ロジャーは不安げに言う。
「二階の廊下の窓から出ればいいさ。」ジョーはこともなげに言った。
−ロジャー視点−
オレは共同食堂の二階の窓から樋を伝って地面に降りるとできるだけ身を屈めて暗い影の方へ走った。食堂の窓
からかなりの人数が中にいることが見えたからだ。オレは暗がりに入ると目を馴らすためにじっとしていた。
その間に上着の隠しポケットから目薬を取り出して目に入れた。
ステイシー先生がいざという時のためにくれたいくつかの薬品の一つで、瞳孔が三十分ほど拡大する。魔法じゃ
ないから昼間のようにとはいかないが、幾分効果はあるようだ。
南に向かう道の月影になっている方の道端を用心しながら進む。途中で、食堂へ行く家族がランタンを持ってや
ってきたのでやり過ごすために森の中に隠れた以外は比較的順調に進んだ。
用心しながら慎重に進んで小一時間ばかりで昼間にやってこない地域に入った。もう一度さっきの目薬をさして
先に進む。道は荒れているが手押し車かなにかの轍がはっきり残っている。道はどんどん下っていく。だが、目の
前に盆地の南の山が大きく近づいている。
- 10. 名無しモドキ 2011/12/30(金) 23:04:07
- どうなってるんだと思うと道が大きく曲がり出した。道の右手は川だ。南へ下る谷があるのだ。なんのことはな
い、盆地の中からは幾重のも重なった尾根が邪魔になって、左右に幾重にも屈折した谷の姿を隠していたのだ。
ちょっと考えれば、盆地の一角に水の出口である谷がなければ、盆地が湖になってしまうと分かる。ジョーはそこ
まで読んで南を探れといったのだろうか。
谷底の森が深くなり、ほとんど手探りのような状態でしか進めなくなる。そのまま苦労して半マイルも進むと明
かりが見えてきた。もう、盆地をはずれかけたような所だ。より一層用心して明かりの方へ近づいて見る。
明かりは一つではなく数カ所から出ていた。人の話し声もかすかにしてくる。最後の方は四つん這いになりながら
近づく。月明かりに照らされたそれは三十ヤード四方ほどの有刺鉄線の柵で囲まれていた。柵は十フィートはあり、
ツタが自然に絡みつくのを放置してあるようで、明かりが漏れてくる中はよく見えない。
手近な木に登ってその中を俯瞰してみると、バンガローのような建物が数軒並んでおり、その窓からほのかに明か
りが漏れていた。一軒のバンガローの前におなじみのレックスと知らない男が二人、銃を持って立っている。そして
山の中には不釣り合いな背広姿の男が一人立ってレックスと何事か話をしていた。少し離れた二件ほどのバンガロー
には誰かが居るらしい鉄格子が入った窓に顔が見える。どちらも女のようだ。
バンガローのドアが開いて、ドナファーが出てきた。その後ろにはうなだれたいるが、見間違うことなく、民兵
に腹を撃たれて死んだという男が力ない足取りで出てきた。そして、その後から背広姿の男が更に二人出てくる。
ロジャーはその挙動からアウトローではなく警察や軍隊の匂いを感じ取った。
「それではエドワード・テラー博士いきましょう。」
「いやだ、行きたくない。ここにいさせてくれ。そういう約束じゃなっかのか。」テラー博士と呼ばれた男は急に
有刺鉄線の柵に取り付いて昇り始めた。オレはあわてた。銃を持っていた男が懐中電灯をテラー博士の方に向けた
たが、その先には木の上で身動きの取れないオレがいたからである。
幸いレックスがすぐにテラー博士の体を引っ張って地面にねじ伏せた。オレは初めてレックスという男に感謝した。
「やっかいをかけんでください。別にあなたを殺したり傷つけたいしたいわけじゃないんだから。」背広姿の一番
年配の男が博士の手を後ろ手にして手錠をかけた。
「よくもわたしを売ったな。え、いくらで売ったんだ。」テラー博士はそれでも激しく抵抗しながら叫んだ。
やがて、あきらめて大人しくなったテラー博士とドナファーを含む一行はさらに南の方向へ進み出した。銃を背
中にしょった二人の男が空の手押し車を押してついて行く。オレは森の木から木に隠れながら追いかける。10分
ほども行くと沼地があった。
その沼のなかに、木道が作ってある。1フィートぐらいの幅の木道を一行は慎重に進む。オレは意を決して沼に
入った。すぐに腰のあたりまで水につかったが気にせずに追いかけた。100ヤードほど進むと沼が終わり、また一
行は森の中を進む。突然、森が途切れた。道路だった。
- 11. 名無しモドキ 2011/12/30(金) 23:04:57
- 道路は幅が車がようやくすれ違えるほどの幅で未舗装。所々に草が生えており、めったに使われるような道ではない
ようだ。林道か工事用の臨時道のような感じだ。道路端にはUS-MAILと白で書かれたバンが停まっている。人間
考えるのは同じようなことかとオレは苦笑した。
背広姿の連中がバンの中から数箱の段ボールを放り出す。それを、銃を背負った男達が手押し車に乗せて森の方
へ戻って行く。その時、クローイがテラー博士について言ったいたことを思い出した。そうか、『彼もようやくこ
こを離れて私たちの知らない国へ行くの。』というのはこのことか。
「欲しけりゃ地上に太陽をつくってやる。そしてお前達も焼き尽くしてやる。ワハハハハッ。」荷台に放り込まれ
たテラー博士が咆哮する。オレはその笑い声で背中に虫酸が走った。常人の笑い声ではなかったからだ。
やがて背広姿の男達が全てバンの乗り込み山道をごろごろした感じで走り去った。オレはあわてて沼の所に戻る。
せめて帰りは木道を利用しようと一度は思ったが危険はおかせなかった。しかたなしに、気色の悪い沼に入る。ド
ナファーとレックスが戻ってきた。
レックスはドナファーが渡りきった木道を持ち上げると沼に点在する浮島みたいな所に投げ込んでいる。用心のい
いことに木道は使用するときだけ設置するようだ。オレは彼らからかなり離れた所で沼から出た。あとは急いで戻
るだけだ。またシャワーを浴びたいが無理だろうなと考えながら食堂へもどる。
夜中に部屋を抜け出すのは今日で三日目になる。夜の村の警備体制を探るためだ。逃走は天気が悪化した午後の
時間帯が本命だが、いわゆるB案も必要だからだ。今日の狙いはドナファーの家の隣にある二階建ての倉庫のよ
うな建物である。昼間も銃を持った男が出入りするのを見たことから、警備本部のような所だろう。
10時頃から見張っていると、11時に二人の銃を持った男が南の方向へ出掛けていき、40分くらいで、南の方向
から別の銃を持った男達が帰ってきた。村の中を巡回しているようではないので、やはり南の道路近くに監視する場
所があるのだろう。
オレは背中に銃口が押しつけられたのを感じた。
「手を挙げゆっくりこっちを向くのよ。」女の声だ。
「クローイじゃなか。こんな時間に、こんな所で何をしているんだ。」銃を構えたクローイを見てオレは思わずト
ンチンカンなことを聞いた。
「立場を考えなさいよ。その台詞はわたしの台詞よ。」クローイもあきれ気味だ。
「君に会いに来たんだ。」しかたなしにオレはそう言った。
「ここじゃまずいからついてきて。」クローイは小走りで手近な森の奥へ入った。オレもあわててついていく。ク
ローイは大木の根に腰掛けてオレを手招きした。オレはクローイの隣に座った。
- 12. 名無しモドキ 2011/12/30(金) 23:05:46
- 「本当にわたしに会いに来たの?」悪戯っ子のような声でクローイが聞く。
「ああ、本当だ。」もうこれでおしとうそうと決めた。
「お祖父さんに殺されるわよ。」クローイは首を切るまねをする。
「そんなおっかない人には見えないけどな。」オレはできるだけ落ち着いて言った。
「本当は何か知りたいことでもあるからあそこにいたんでしょう。」クローイはまた悪戯っぽく聞いた。
「テラビシアっていうのはいつからあるんだい。」オレの口から出た言葉はあまり場にそぐわなかった。
「1930年からよ。おじいさんの言っていたことは本当。お祖父さんは道路建設がまだまだ増えるって考えて、お
祖母さんが死んだときに残した保険金をつぎ込んで建設会社を造ったの。
でも、あの大恐慌でひとたまりなかったのよ。お祖父さんが死に場所を求めてこのあたりを彷徨していたら、タ
ヒクパスさんらに助けられたのよ。」クローイは淡々と話した。
「どっかで聞いた話だな。ひょっとしてアパラチアのあちこちに行方不明者の死体がごろごろあるんじゃないか。」
「どんな経緯でそうなったかのかは詳しく話してくれないけど、お祖父さんは会社からまだ接収されていない機材
なんかを持ち出してここに住み始めた。最初は会社が潰れて行き先のない人、町中で困窮してる人をなんかを集め
たの。」
「ひょっとして、お祖父さんは税務署が怖いんじゃなくて借金取りが怖っかたんじゃないのか。」オレの問いかけ
にクローイは肩を上げた。
「でも、そのうち訳ありの人も増えてね。」少し溜息混じりでクローイは言う。
「訳ありって。」なんとなく想像できたがとぼけて聞いた。
「そうね。ボニーとクラウドも後一ヶ月生き延びればここに来るはずだったのよ。そう言えばわかるでしょう。」
クローイはこちらに顔を向けて言った。
「たしかに、その手の人間には絶好の隠れ家だ。」おれは正面に向き直った。
突然、オレは思い当たった。人種の融和が進んでいるテラビシアというのは幻想だ。彼らは同じグループで集ま
っていただけだ。以前からのドナファーの部下、まっとうな気質の失業者、そしてその手の人間。類は友を呼ぶ。
住んでいた社会が違うグループが、人種を横断しているだけだ。
「食堂で働いている夫婦者いるでしょう。」クローイの声が小さくなった。
「ああ、結構世話になってる。若いから腹が減るだろうって別に作った”まかない”までご馳走してくれたぜ。」
「あの二人ね、・・」ほとんど聞き取れないような声でクローイは言う。
「まさか有名な毒殺魔じゃ?」
「もとはデトロイトの屋台のハンバーガー屋さん。」クローイはそう言うと口を押さえながら笑い出した。本能が
笑うべきだと言うのでちょっと間をおいて、つられたようにしてオレも笑った。
- 13. 名無しモドキ 2011/12/30(金) 23:07:04
- 「お祖父さんはプライドが高い人なの。でも、そのプライドのためにお祖父さんの人生は失敗続きだったの。でも
人生の晩年でプライドを満足させてくれるオモチャの村を見つけたの。」クローイは真面目な口調にもどった。
「それがテラビシアか。確かに王様気分だろうな。」クローイは黙っていた。
「クローイはなぜテラビシアへ?」オレは少し話をずらした。
「お祖父さんの一人娘だった私の母親が十八の時に死んだの。その時に、死んだと聞かされたいたお祖父さんの居
所を母が教えてくれたの。それで頼る人が居なかった私はここに住むことになったというわけ。」
「お父さんも死んだのかい?」
「なんとなく私を見てわからない。父はインディアンの血が濃い人だったの。で、お祖父さんは母との結婚を許さ
なかった。」ちょうど雲から出た月の光で今までにない真剣な表情をしたクローイの顔が見えた。
「で、自分はインディアンに助けられたってか。」
「テラビシアの南に道があるの知ってる?」
「ああ、知ってる。」
「あれは倒産した石炭会社が石炭搬出用に造った道の残骸よ。だから地図にも載っていない。」
「どこへ通じているんだい?」
「1時間ぐらい揺れればホーイリングに通じる脇道に出るのよ。そこには、タヒクパスさんの集落もあるわ。」
「ホーイリングってどこの町だい。」
「ピッツバーグの南の方。50マイル以上離れてるけどね。でも、あの道も所々落石で危ない場所があるから自動
車が利用できるのも後、暫くね。」
「監視されてるんだろう。」
「まあね、お祖父さんの側近みたいな人が数名、交代で見張ってる。無警告で撃つかもしれないから危ないわよ。」
「特にレックスか?」クローイは頷いた。
「ねえ、これってデート?」
「微妙だな。銃で驚かされて女の子に木の陰に引きずり込まれる経験はないからな。」
「どっち?」
「デートっていうのは僕たちにとっては大事だけど、他人には役にもたたない話をしないとね。」
「難しいのね。」
オレはクローイに星が綺麗だろと言う話しから始めて、その手の話の講釈を徹底的にした。
部屋の帰ると、何時間散歩しているつもりだとジョーにぼやかれた。翌日の仕事はきつかった。クローイは1時
間遅れでやってきたが、特盛りの昼食と甘いココアを持って来てくれた。
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最終更新:2012年02月07日 19:38