672 :yukikaze:2012/01/28(土) 01:22:32
「リヒテンラーデ侯爵。テロに逢い重傷を受ける」の報がオーディンを駆け巡った時、
内務尚書がまず最初に行ったのは、「テロ実行犯の捕縛の為」という理由の元、
手駒である武装警察にオーディンの各種交通機関などを封鎖させる命令を出したことであった。
と、言っても、彼が武装警察に命令を出したのは、テロ実行犯を捕縛させるためのものではなかった。
彼がこの命令を出したのは、この事件が狂言であり、リヒテンラーデ達がクーデターを
起こすのではないかという恐れを抱いていたからであった。
何しろここは帝都オーディンである。いかな門閥貴族と言えども、法令で定められているだけの
警備兵と儀仗兵以外の戦力を持ち込むことは許されていない。
帝都に駐留が許されているのは、警察・憲兵・近衛兵・帝都防衛部隊だけ。そして、憲兵以下は、
リヒテンラーデ側につくのが極めて高いのである。
だからこそ彼は、リヒテンラーデがクーデターを起こそうにも、連携を取らせず各個撃破が出来る
ように武装警察を出動させたのである。
もっとも、武装警察が出動してからしばらくたって、彼は困惑の度を強めていく。
一言で言ってしまえば、リヒテンラーデ側にクーデターの素振りも見えないのである。
むしろ、展開している武装警察や警察庁に対して「テロが起きたというがどうなっているのだ」
という問い合わせが多数舞い込み、その対応にてんてこ舞している状況であった。
そして信頼している部下たちからの情報を総合するに、リヒテンラーデ候が本当にテロに逢った
ことがわかると、彼はますます途方に暮れることになる。
何故なれば、リヒテンラーデ候が本当にテロに逢った以上、当然のことながらその実行犯と
テロの動機が問題になる。
そうした場合、一番疑われやすい立場にいるのが、政治的に対立していた内務尚書の自分なのである。
無論、彼はそういったテロ行為には一切関与していない。
当たり前だ。現状、政治的にリヒテンラーデ候を追い詰めていたのは自分なのである。
何故優勢な状況下で、自分がそのような排除の口実になるようなことをしないといけないのか。
そしてこの場合、考えられるのは以下である。
まず一つは、落ち目になったリヒテンラーデ候に対して、「今こそ好機」と、彼に恨みを持った
人間が復讐に走った可能性。彼自身は一番これがありうると考えていた。
落ち目になった権力者ほど悲惨なものはない。これまでの恨みつらみが一気に向かってくるからだ。
ましてやリヒテンラーデの行動で、無能な門閥貴族は多数が取り潰されているのである。
その生き残りが何かしでかすというのは十分にあり得る話であった。
もう一つ彼が疑ったのが、味方陣営の暴走である。
「反リヒテンラーデ」で固まっているとはいえ、元々は打算の産物である。
おまけに、少しでも勢力を拡大する為に、様々な陣営に工作をかけたために、その内実は、
よく言って「敵の敵は味方」悪く言えば「利害と打算の集合体」である。
一応盟主として内務尚書が取り纏めているが、はっきりいって彼らを信用したことなど
一度たりともなかった。
特に彼が一番信用していないのが皇太子である。
凡庸なくせに猜疑心は人一倍あるこの存在は、とにかく余計なことをしでかしては、
彼や他の諸侯たちの頭を悩ます最悪の存在であった。
リヒテンラーデと仲の悪い彼ですら、「帝国の発展」と「皇太子の無能さに頭を悩ます」
という点では完全に一致をしていた程である。
そして彼の疑いを補強するかのように、部下から、皇太子の取り巻き連中の間から「今回のテロは自作自演」
であるとか「ブラウンシュバイク・リッテンハイム両家が簒奪を企てている」などという噂がまことしやかに
流されているという報告が上がってきた。
それを聞いて、内務尚書は大きく舌打ちをした。
皇太子の目論見は明白であった。彼はこれを機に、皇帝の女婿であるブラウンシュバイク・
リッテンハイム両家を叩き伏せて、自分の皇位継承の安泰を図ろうとしているのである。
このあまりにも露骨すぎる行動は、却って内務尚書側がリヒテンラーデ候を謀殺しようと
したのではという疑いをかけられかねなかった。
何しろ、皇太子が内務尚書側についているというのは、公然の秘密であるからだ。
彼は皇太子の無能を呪いつつも、犯人逮捕とその背後関係を洗い出すよう改めて指示を出すことになる。
そうとでもしなければ、彼に対する嫌疑が深まってしまうからだ。
673 :yukikaze:2012/01/28(土) 01:23:24
事件から三日後。
オーディン郊外のある山荘に潜伏していた数名の男が、警察の手によって逮捕された。
もっとも、部屋の中にいた数名の内、主犯と目されていた男は服毒自殺を遂げていたのだが、生き残っていた共犯者の自供から、
主犯格の男は、先の反乱で滅ぼされた門閥貴族の生き残りであり、リヒテンラーデに対する復讐の為であったという事が明らかになった。
だが、それ以外の情報についてはこの共犯者も頑として口を割らず、最後は隠し持っていた毒薬入りのカプセルで自殺を遂げ、
それ以外の真相は全くの闇になってしまった。
そして、内務尚書たちは、この共犯者が地球教徒であったという事実には何の興味も示さなかった。
それどころではなかったというのが真相である。
さてここで思い返していただきたい。
内務尚書というのは、軍事・財政・司法を除く行政一般を司る存在である。
そしてその職務には「治安維持」というのが含まれている。
で・・・今回の事件は「皇帝のおひざ元」で「辞表を出したとはいえ前財務尚書で且つ門閥貴族の名門家当主」がテロに逢ったのである。
更に悪いことに、主犯も共犯者も悉く自決してしまって、真相が全くつかめないという失態のおまけつきである。
内務尚書に対する責任問題が浮上するのは無理もない事であった。
勿論、内務尚書はそういった動きに反発したし、彼の派閥の面々も「きちんと逮捕したではないか」という事で、内務尚書の責任を
追及する者達に反論をしていた。だが、その一方で内務尚書の派閥にいたもので野心の強いものは、今回の一件で内務尚書とリヒテンラーデ候
を共倒れさせることで漁夫の利が得られるのではないかと、皮算用する者も出てきたのである。
前述したように、内務尚書の派閥は「反リヒテンラーデ候」を核に、打算で結びついた組織である。核がなくなれば結びつきが緩くなるのも
無理はない事ではあった。
ことここに至って、内務尚書も自分が追いつめられているという事実を認めざるを得なかった。
既に事態は、警察や入管の責任者の首をはねるだけではすまない情勢になっていた。
かといって、リヒテンラーデのごとく辞任をするという選択肢は論外であった。
仮に辞任をしたら、国務尚書のポストが狙えないばかりか、リヒテンラーデと同様、失脚コースに追い込まれかねなかったからだ。
故に、彼は必死になって辞任を拒絶していたのだが、拒絶すれば拒絶する程、彼に対する反感は強まり、リヒテンラーデ候の
強硬派の面々からは「こうなったら力づくで排するべき」という意見まで出され、一触即発の状態となっていた。
結局、内務尚書は高まる不満を抑えきることができずテロ発生から一か月後に辞任することになる。
領地に戻った彼は失意のうちに病に倒れ生涯を終えるのだが、彼はリヒテンラーデよりも、最後に自分を見離した面々について呪詛を
漏らしたという。
そして内務尚書という中心人物を失った彼の派閥は、主導権争いに明け暮れることになり、
夢幻会にその隙を突かれることになる。
帝国歴476年。
テロとそのゴタゴタにより引退が延び延びになっていた国務尚書の後任は、ブラウンシュバイク公爵となった。
帝国最大の貴族であり皇帝の女婿である彼の就任は、ある意味妥当であると考えられていた。
そして、かつての内務尚書の派閥の者は、新設された地方行財政、災害対策の自治省。恒星間の輸送、通信、民間用宇宙船の生産、輸送基地の建設の運輸省。
そして都市・鉱工業プラントの建設、惑星開発、資源開発、開発基地の建設の工部省の尚書に任じられることになった。
これはブラウンシュバイクの「いつまでも内部争いをするよりも、このように省庁再編をすることで、お互いが尚書になった方が得ではないか」という
提案に、各派閥の領袖が乗ったからではあるのだが、彼らは夢幻会の真意を完全に理解していなかった。
銀河帝国における最大の官庁であった内務省は、ここにその権限を大幅に減じることになり、二度と栄華を奮う事はなくなった。
彼らは知らず知らずのうちに、国務尚書になるために必要な戦力を、自らの手で潰してしまったのであった。
最終更新:2012年02月10日 06:41