225 :名無しさん:2012/02/17(金) 23:23:06



「帰れ。今すぐにだ」

 案の定、鰾膠(にべ)も無い言葉が、酒代わりにカウンターの向こうから彼らへ投げつけられた。

「つれないこと言うなよ、バオ。最期の酒くらい美味いもん飲ませてくれや」

「俺の店に核弾頭を持ち込んでおいて何ふざけたこと抜かしてやがる。半島危機の次はキューバ危機か? いいからとっとと帰れ」

 イエローフラッグ。
 グアンタナモ港の外れに位置する、元華南連邦兵が営む酒場。もとい、悪の牙城。
 そんな不本意なレッテルを貼られている酒場の主――バオは店内に入り込んだ半島危機の再現を目論む〝イカレポンチ共〟の強制退去に躍起になっていた。
 普段は悪魔が来ようと酒盛りを続行するような連中が席を埋めている店内も、本日は閑古鳥が鳴いている。
 彼らが来店し、事情を漏らすや否や、誰も彼も波が引くように店を去ったのだ。
 されど連中の気持ちは手に取るように判る。誰だって目に見えぬ悪魔より、目に見える〝核弾頭〟の方が怖い。

「あのな、ダッチ。お前らがお得意様だってのもこの際認めるし、最後の晩餐にうちを選んでくれたのも涙が出るくらい嬉しいさ。だが、それとこれは別だ。頼むから出て行ってくれ」

「おーい、バオ。この酒貰うぞ」

「レヴィ! てめぇ、話聞いてたのか!? 耳の穴十倍に増やしてやンぞ!?」

 勝手に戸棚を漁り、ラム酒の瓶を手に取るレヴィ――呪術師は無事に卒業したらしい――にバオは殴りかかりたい衝動に駆られる。
 先ほどまでの文句は、何も〝イカレポンチ〟のボスであるダッチだけに向けたものではない。〝イカレポンチ共〟全員に向けた文句なのだ。
 それを当然の如く流されれば、はらわたは煮えくり返るに決まっている。
 だが哀しきかな、実際に殴りかかれば逆に自分がボコボコにされてしまうことは確実だ。
 彼女は二挺拳銃(トゥーハンド)の異名を持つ、この街有数の腕利きなのだから。

「もうじき天下の陸戦隊が百倍に増やしてくれるさ……ん?」

 血圧が振り切らんばかりのバオに投げやりな言葉を返していたダッチだったが、不意に彼の携帯電話が鳴り始めた。

「こいつァ、蜘蛛の糸かもな。ちょっと出てくる。ロック、好きに飲んでおけ」

「……ダッチ、その呼び方はなんだ?」

「ロクロウだから、ロック。クールだろ?」

 耳慣れない渾名に首を傾げる岡島――ロックにひらひらと手を振り、店の奥へとダッチは消える。
 その姿をぼんやりと眺めていたロックの鼻先に、ラム酒が並々と注がれたグラスが突きつけられる。レヴィであった。

「付き合えよ、ジャパニー……いや、ロック。酔っ払って嫌なことは忘れちまおう」

「なんで俺なんだよ? あっちのベニーとやらじゃ駄目なのか?」

「最後の酒なのに、あの辛気臭い顔見ながらか? 笑えない冗談だな」

 レヴィが親指で差す先を見ると、カウンターの端で全てを諦めたような顔で酒を呷っているベニー。
 彼女の言う通り、今の彼と顔をつき合わせて飲むのは苦行そうである。
 ちなみに店主のバオも、ベニーと同じく全てを諦めたようにカウンターの端でグラスを一心不乱に磨いている。
 なるほど、確かにレヴィの相手を出来そうな人物はロックしかいなかった。

「それに、だ。栄えある臣民と酒を酌み交わした、なんて言えば地獄でもウケるかもしれないだろ?」

226 :名無しさん:2012/02/17(金) 23:23:53
「そいつはすげえな。一体全体、どんな魔法を使ったんだ? バラライカさんよ?」

『それは企業秘密ね。強いていうなら、ギロチン台に首を据えられる覚悟があったからこそかしら』

 イエローフラッグの奥。
 そこにあった一脚の粗末な椅子に腰掛けたダッチは、無事に〝蜘蛛の糸〟を手繰り寄せていた。
 彼と彼率いるラグーン商会に蜘蛛の糸を垂らしてくれたのは、雇い主である〝ホテル・モスクワ〟のバラライカだった。

『……つまり最初と予定は変わらない。ただ運んでもらう荷物は増えるわね』

「追加料金は?」

『〝オオクラショウ〟にでも問い合わせてみれば?』

「いや、遠慮しておこう。逆に尻の毛まで毟られかねない」

 バラライカから告げられた要点は二つ。
 一つは、データディスクは元の予定通りに運ぶこと。
 もう一つはその際〝核弾頭〟も共に運ぶこと。無論、丁重に。
 そうすれば、どういう訳かあの〝史上最小にして最強(凶)の帝国〟が慈悲を見せてくれるらしいのだ。
 彼にとっては、吉報も吉報であった。

『それが懸命ね。後、業務連絡が一つあるわ』

「なんだ?」

『貴方達が運ぶ荷物を狙って動き出した連中が居るわ。狙いは両方共ね』

「何処のどいつだ? まさか憲兵特殊介入部隊や海軍特殊作戦群、S特あたりが一足先に動いたのか?」

『だったら悪いけど、この話は既に存在しなかったことになっているところよ』

 バラライカの口振りに、最悪は免れたらしいとダッチは安堵する。
 挙げた名前は、いずれも死神が裸足で逃げ帰る面子なのだから。

『動いているのは、エクストラ・オーダー社。傭兵輸出が主要産業の東米の中でも、一等ぶっ飛んだ奴らよ』

 彼女がそう言った直後、店の方からガラスを割り、何かが店内に投げ込まれたような音が響いてきた。

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最終更新:2012年02月25日 23:20