574 :名無しさん:2012/02/20(月) 20:35:31

憂鬱版BLACK LAGOON 4(修正版)


「それにしても、その社員は気の毒なことになったな」

 大日本帝国東京都千代田区大手町。
 皇居の眼前に広がる世界有数のオフィス街の一角に、旭日重工本社ビルは立っている。
 三菱重工や倉崎重工といった老舗の有名どころに比べれば歴史は浅いものの、旭日重工は日本でも有数の大企業だ。
 それはこの一等地に拠点を構えている点や、五万名もの社員を擁している点が証明しているだろう。

 ――砂上の楼閣とはいえ、だ。

「藤原君、彼の名前はなんと言ったかな?」

「岡島……岡島緑郎、です」

「そうか。彼の香典はしっかり包むとして……景山君、EO社はしっかりやってくれるんだろうな?」

「はい。彼らから既に動いたとの連絡を受けました」

「なら安心したよ。これが露見すれば、我々の首は確実に飛ぶ」

 上質の革が張られた椅子に座る壮年の男――旭日重工専務の言葉は、安堵の色を帯びていた。
 彼が居るのは先ほど述べた、旭日重工本社ビルの一室。
 室内には専務の他に、同社資材部長の景山と、同社資材部北米課長の藤原――ロック直属の上司――の姿があった。

 彼らの間に不穏な空気が漂っている気がするのは、もちろん気のせいではない。
 彼らはまさしく、御上に背く行為をしていたのだ。
 その内容は、禁制指定されている精密機器――CEPを病的なまでに小さくできる対地弾道弾用誘導装置のブラックボックス部分――の不正輸出。
 欲に抗えず行なってしまっていた無茶な投資が失敗し、追い詰められたが故の犯行であった。

「では、専務。私はそろそろ対応のために戻ります」

「ああ、解っ――」

 専務が景山の言葉に頷こうとした時、突然机の電話が鳴った。
 途中で台詞の邪魔をされた専務は一瞬むっとした表情を浮かべたが、すぐに気を取り直して受話器を取る。

「私だ。どうした?」

『こ、こちら一階の受け付けです。今、そちらにお客様が……』

「客? 今日は特に予定が入っていないはずだが?」

『い、いえ、それが……』

 歯切れの悪い受付嬢を訝しむ専務。
 だが、数秒後。彼はその理由を理解せざるを得なくなった。
 突如、部屋の扉が乱暴に開かれ、大勢の人間がどかどかと室内に踏み込んできた。
 その誰も彼もが拳銃を手にしており、部屋に入るや否や室内に居た三人に狙いを定める。
 いくつもの銃口と、抜き身の刀のような倍の視線が三人を完全に射竦めた。

「特別高等警察だ。全員、その場を動くな」

575 :名無しさん:2012/02/20(月) 20:36:51
 閑古鳥が囀っていたイエローフラッグの店内が、にわかに騒がしくなった。
 まず火薬と鉄片がたっぷり詰まった〝お客様〟が、窓と入り口の扉の隙間から入店。
 それがを破壊を撒き散らした直後、今度は直径七・九二ミリの〝お客様〟が大挙として雪崩れ込んできたのだ。
 椅子やテーブルが砕け飛び、なけなしの内装品が吹き飛び、棚の酒瓶が次々に弾け飛ぶ。
 願ってもいない千客万来に、店主のバオは防弾仕様のカウンターの裏で涙を流している。

「お前らの追っ手だな? お前らの追っ手なんだな!?」

「バオ、感涙しているところ悪いが、ちょっと黙っててくれ。ベニー、生きてるか!?」

「不思議と生きてるよ!」

 同じく持ち前の勘でカウンターの裏に滑り込んでいたレヴィが、姿の見えないベニーの名前を呼ぶ。
 すると店の奥の方から返事が聞こえ、振られる手が見えた。どうやら彼は店の奥に飛び込んだようだ。
 確認は出来ないが、店の奥に居るダッチもおそらく無事であろう。

「大丈夫そうだな……さてと、ロック。あの連中は何処の誰だ? 流石に連中が無敵皇軍だってんなら、あたしは白旗振るか、お前を置いて猛ダッシュで逃げるんだが?」

 同僚の生存を確認し終え、彼女は傍らで亀の如く身を小さくしているロックにそう問い掛ける。
 不思議なことに彼もレヴィに負けない早業で、カウンターの裏に見事なタッチダウンを決めていた。無論、自らの判断で。

「なんで俺に訊くんだ?」

「餅は餅屋、日本人は日本人だろ?」

 当たり前だとばかりに言ってのけるレヴィに、ロックはこめかみを指で押さえる。

「……はぁ。手鏡はあるか?」

「ん? ああ、なるほど。それなら確か……あった、これだ」

「おい、俺の店の備品を勝手に使うな」

 ロックの言葉に一瞬首を傾げたレヴィだったが、すぐにその真意を悟る。
 カウンターの引き出しを漁り、でてきた手鏡をロックに投げ渡す。
 何故そこにあるのを知っているのかは、さしたる問題ではない。そして当然ながら、店主の抗議は右から左だ。
 受け取ったロックは〝お客様〟が一旦途切れた隙を見計らい、手鏡で入り口の方を映し見る。
 すると、何人かの迷彩服を着た男達が入り口から入ってこようとする様子が窺えた。

「へぇ、良い手癖だな」

「生憎、東南アジア課から北米課に移って以降、五回はこの手のドンパチに巻き込まれてるんだよ」

 実のところ、ロックはこれが初めて経験した銃撃戦ではない。
 日本のお膝元として治安が安定している東南アジアとは違い、彼が担当していた北米は治安が安定しているとはお世辞にも言い難い場所だ。
 現に彼は資材部北米課に着任して以来、メキシコで二回、アリゾナで二回、カリフォルニアで一回、銃撃戦に巻き込まれている。
 だからこそ、巻き込まれた〝だけ〟の事態に対する処世術はある程度身についていた。
 貨物船の船上で無様な真似を晒したのは、あくまで銃口が明確に彼個人を向いていたからに過ぎない。

「チェックしろ。相手は〝イエローデビル〟だ」

 手鏡の向こう――店の入り口から入ってきた男達の一人が、そう指示を飛ばす。言葉は英語だった。

「……違う。皇軍じゃない」

 ロックが小声で言う。

「それは確かか?」

「なんと言うか、動きが〝らしくない〟んだよ。俺の知ってる皇軍とは違う」

 外地で働く日本人にとって、軍隊や治安維持機構というのは、極めて身近な存在である。
 何故ならば、彼ら日本人が外地で一定の身の安全を保障されているのは、その威光が最も大きな理由だからだ。
 中でも陛下と臣民の守護者たる大日本帝国軍は、臣民からは賞賛を、それ以外からは畏怖を、今日まで浴び続けていた。
 もっとも無敵皇軍と持て囃す風潮は〝無敵や完璧ほど脆い言葉は無い〟という半世紀前の大宰相の弁で鳴りを潜めている。
 しかしそれでも、日夜血と汗を流して泥に塗れる人間達や書類の山に埋まっている人間達の御蔭様で、精鋭皇軍の看板は健在であった。

「政府や会社の依頼でお前を奪還しに来た現地の傭兵、って可能性は?」

「それもない。そうするくらいなら、在パナマの陸戦隊を動かすか、英国軍に依頼しているはずだよ」

「……なるほど。言われてみれば」

「それに……」

「それに?」

「連中、マカオ条約……国際傭兵管理運用条約で決められてる所属国籍章を付けてない。だから、少なくとも〝まとも〟な連中じゃない」

「オーライ。そういうことなら話が早い」

 大日本帝国を相手取るなら、命がダース単位合っても足りはしない。されど、それ以外なら別だ。
 確証という水を得て、二挺拳銃(トゥーハンド)が酒場を舞う。

(続く)

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最終更新:2012年02月25日 23:20