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過去ログ

  • 行政がどこまで関わるか。地域公共交通の問題です。過疎と高齢の問題が表裏をなしています。地域の生活を守ることは公平の観点から避けられません。しかしそれをすべて行政が引き受けることができないのが現状です。関連する社会的費用を誰が負担するのか。新しい発想が必要です。まさにボランタリー経済の視点がもっと脚光を浴びなければならないのでしょうが。ハーディーンの教訓です。コモンズの悲劇がアンチコモンズの行動を採らせる。先日のM市の協議会では,そんな兆しが。 -- (tera) 2012-01-18 20:38:09
  • FaceBookなるものが鼻についてきた。軽佻浮薄さは別に問題ではないが,「孤独な群衆」のデジタル版なのかもしれない。内部指向型:この人たちは自分自身の人生を自分で統御する感覚を持ち,子供たちにも,それぞれに人生を切り開いて行くのだと教える。例えば銀行家,商人,中小企業家,専門的技術者の典型的な性格。他人指向型:個人の方向を決定づけるのは同時代人で,親は子供の仲間づきあいを気にする。特に官僚や企業のサラーマンの典型的性格。FaceBookに現れる人たちは・・・自己顕示,スノッブ(snob)。スノッブとは,多くの場合「知識・教養をひけらかす見栄張りの気取り屋」「上位の者に取り入り,下の者を見下す嫌味な人物」といった意味で使われる。
    (1) -- (tera) 2012-02-08 22:02:58
  • 市場経済の分析概念にこんなのがある。すなわちバンドワゴン効果,スノッブ効果,ヴェブレン効果である。

    バンドワゴン効果(Bandwagon Effect),スノッブ効果,ヴェブレン効果(Veblen Effect)とは,ライベンシュタイン(Harvey Leibenstein,1922年 - 1993年)が論文「消費者需要理論におけるバンドワゴン効果,スノッブ効果,およびヴェブレン効果」(Bandwagon, Snob and Veblen Effects in the Theory of Consumers' Demand(1950))の中で言及した消費の外部性に関する三つの効果である。バンドワゴン効果は他者の消費が増えるほど需要が増加する現象,スノッブ効果はバンドワゴン効果とは反対に他者の消費が増えるほど需要が減少する現象,ヴェブレン効果は価格が高いほど顕示的消費が増加する現象を表します。「ネットワークへの加入者が多ければ多いほど,個々の加入者がそのネットワークから得る効用が高くなる」という「ネットワーク効果」の先駆的な研究となった。
    (2) -- (tera) 2012-02-08 22:04:00
  • バンドワゴン効果とは,ある選択が多数に受け入れられている,流行しているという情報が流れることで,その選択への支持が一層強くなることを指す。ある製品に多くの需要がある場合,個々人のその製品に対する需要が大きくなる効果である。バンドワゴン効果の背景には,個人の判断よりも集団の決定が正しい(多くの人が買っているものはいいものに違いない)という思い込みがあることが考えられる。多くの流行やヒット商品にバンドワゴン効果が作用しているといえる。また,バンドワゴン効果は,政治学のマスメディアなどによる報道が投票行動に影響を及ぼす「アナウンスメント効果」の説明のひとつとしても用いられている。優勢だと報道された候補者を支持するように態度が移っていく「なだれ現象」の例として挙げられる。(3) -- (tera) 2012-02-08 22:05:00
  • スノッブ効果とは,バンドワゴン効果の逆で,ある製品に多くの需要がある場合,個々人のその製品に対する需要が小さくなる効果である。同じような製品が氾濫すると自分を他人から差別化するために希少性に対する欲求が高まる。そうすると,逆に多くの人の欲するものの価値が相対的に減少する。限定品や高級品などブランド品,誰もが簡単に手に入らないものに人気が集まるのが一例だと言える。
    (4) -- (tera) 2012-02-08 22:06:43
  • ヴェブレン効果とは,製品の価格が高まるほど製品の効用も高まるという効果である。ソースティン・ヴェブレン(Thorstein Veblen,1857年7月30日 - 1929年8月3日,米・経済学者・社会学者)が『有閑階級の理論』(The Theory of the Leisure Class,1899)の中で,黄金狂時代の米国の有閑階級に特徴的だった,「見せびらかし」の消費(顕示的消費)について言及したことに由来する。高額ブランドを購入する心理の説明としてよく使われている。(5) -- (tera) 2012-02-08 22:07:49
  • これが起こる背景には,ヴェブレンが言うように,消費者は私的な効用だけでなく他人からどのように見られているかという社会的な効用をも消費しているということがある。これらの三つの効果は,物質的に豊かな社会となった現代の消費意識の主な傾向を表すものだといえる。(6) -- (tera) 2012-02-08 22:08:24
  • ザ・プレミアム・モルツ,プレミアムカルピス・・・。現在市場には様々なプレミアム商品があふれている。これらの商品の多くはヒットしているが,その背景には,バンドワゴン効果,スノッブ効果,ヴェブレン効果がすべてうまく機能しているからだと考えられる。一般商品よりも多少値段が高いことで,ヴェブレン効果とスノッブ効果が生じ,一部の間でのヒットが報道されることでバンドワゴン効果が働く。このように三つの効果は相反するものではなく,同時に起こることもある。ビジネスの成功は,「高級感」,「希少性」,「流行」という3要素をいかにうまく使うのかに依存する,ということができる。(7) -- (tera) 2012-02-08 22:09:07
  • FaceBookとそこに現れる人たちは,バンドワゴン効果,ヴェブレン効果,スノッブ効果の三位一体の権化なんだろう。ではそれをFaceBookを通した被災地復興政策として活用することに大いに意味がありそうである。既存の企業による火事場の盗賊的発想は,一過的であり,たとえば雄勝のように,持続的な,地域の再生・復興・創造には不要であろう。(8) -- (tera) 2012-02-08 22:09:50
  • 「あっしにはかかわりのねぇことでござんす。」と言ってみたい。そして,若いときのドクター北山修氏が,西部劇「シェーン」のラストシーンに男のロマン感じたようにかっこよく去っていく。袖刷りあうのも多少の縁。旅がらすにはそこそこに一宿一飯の恩義もある。それだけにこれ以上深く関わりたくない。と思いつつも関わってしまう。いい年こいて何を青臭いこといつまでもゆうーてますねん:-)  そんなん気にせんと,森毅先生ではありませんが,「ぼちぼち」いきまひょ。と言いつつ,被災地石巻・雄勝町,大須,桑浜に行ってきた。地域の経済社会問題の解決には,「地」の文化を壊すとしっぺ返しがくるような。ここではカッコ付「創造的破壊」でなく真の創造的破壊がいる。筒井康隆さんの「アホの壁」,榊原英資さん「社会の幼児化」を地で行ってます。カッコ付ですよ。 -- (tera) 2012-02-10 12:23:23
  • 若者たちが望むものは・・・そう考えると,老人民主主義は邪魔だね。同世代の自分が言うのも変だけど,どう考えても年寄りの思い上がりではないか。日本だけではなさそうだけど。敬老とは?請求するものではない。どうにもならない若者もいるが,年寄りに比べれば若者の方がはるかに優しくできてるような。それにしても,高齢者層における格差が指摘されて久しいが,高齢者と弱者を同一視するのは問題である。それよりももっと困るのが,女性かもしれない。つまり,男性=動脈硬化をおこしている現代社会では,女性=静脈の果たす役割が制約される。女性が動脈に成れるか・・・それはどうも心もとない。元既婚者で独身の女性が増加しているのか(これはチェック要)。「親は無くとも子は育つ」が,育て方よりも育ち方が問題だろう。両方悪ければ処置なしだけれど。
    -- (tera) 2012-02-10 20:35:56
  • 「灯台先生」,『三四郎』に登場する英語教師北島道太先生。Pity's akin to love.を「かわいそうだったぁ、ほれたってことよ」と訳した。遠くを照らすのが灯台。目先のことには無関心? ニヒリスト? 足元は暗いよ。でも,ふっと足元に眼をやると,気づかない,知らないことが多いもんですね。デラシネ派の戯言です。他人が熱くなればなるほど,こっちはどんどん冷める,いやな奴だね。 -- (tera) 2012-02-16 11:02:47
  • 日本の皆様は,行政に依存するのがお好きのようだ。やれボランティアだのNPOだのと声高の人ほど依存心が強い。被災地がれき引き受けに法律と補助を訴える人がいるようだけけど,あいからず亡霊のごとく社会主義的発想がつきまとう。

    またぞろ消費税25パーセントの北欧が引き合いに出される。高福祉・高負担と言い古された北欧では誰でも同等に再分配政策の恩恵を受ける。乗数25ではなく被乗数は小さい値(基本的な生活財は安い)であることが条件だろう。それよりも財政健全でなければ,再分配政策はゼロサム政策で得する人と損する人が出てくる。

    大学生,数学危機。24パーセント(サンプル母数約6000)が「平均」の論理的説明を理解せず。代表値として平均の他に「メディアン」(中央値),「モード」(最頻値)がある。統計学の基礎である。数学じゃない。それにしても90年代には,分数のできない大学生が問題になった。いわゆる,ゆとり教育世代が大学に入学する。円周率は3.14ではなく3,小数点第二位以下の計算が不要。三大噺(社会・経済・数学)のひとつ数学も危うい若者たち。でも誰のせいでもない,勝手な大人たちのもっともらしい考えの犠牲になったのだよ。 -- (tera) 2012-02-25 21:15:46
  • 皆さん,イベントだの,フォーラムだの,シンポジウムだの・・・とお好きのようだ。祭りをしていないと人は落ち着かない。というよりも,寂しがりやなのだろう。デラシネ・・・いい響きだ。そう突っ張ることもなく,肩意地張ることもなく,正義感ぶることもなく,風に吹かれて飄々と。軽佻浮薄であること,無責任なり。でもコツコツと,シコシコと,名声なんて求めず,わが道を進んでいる教育・研究者が多々いることを忘れずに。学生がいたらずで始めたらしいといわれるFacebookなるもの,商いに使うならそれもよし。まぁ,所詮は遊び心がなくては面白くないようだ。時にはもっともらしくまじめに,時には冗談ぽく。ただし,誹謗中傷はダメ。文字に残せば,きちんと自己責任だ。つまり落語なんだ。少し色んなもの背負い込んで肩が凝ってきた。○○大学教授,××博士,おまけに△△大学名誉教授・・・なんてね。生物学的には老化だが。生き急ぐなんてあほかいな。いずれは,俺は死んじまっただぁ♪・・・天国はそんなに甘いもんやおまへん♪・・・でっせ。校正をしながら,書きとめておきたいことがまだまだあることに気づく。 -- (tera) 2012-02-28 00:36:48
  • 2012-03-11
    東日本大震災から1年が経つ。地震,津波,原発事故,3つの要因から発生した問題の解決は容易ではない。とにかくやれば良い,議論どころではない,という意見も多い。しかし,目的,目標,手段について,何も考えずにミクロ的な行動をしてもその成果が望ましいとは限らない。合成の誤謬に留意しなければならない。今の国の政治環境では,何も決まらない,決められない。否めない事実であろう。個々の被災地の自立と自律を基盤としたのでは解決はしない。地方では,地域では今回の被災と過去から条件不利地域として積み残してきた問題が錯綜している状況にある。地元の意見を優先して国が関わるとしても,地元が,地域がどのような方向で解決していくのか,その具体的な目標が見えない。日本が敗戦に直面したとき,その後の復興は国が中心となって,マクロ的観点から上意下達で対応した。戦後復興政策に見られるメリットを忘れてはいないだろうか。地方分権なんてのは平時の話である。いずれにしろ,戦後日本の危機管理が十分でなかった。それは国民の意識面でも,社会の制度面でも。政策の哲学は「世の中は,時々刻々変転極まりない。機来たり,機去り,その間実に髪をいれない。こういう世界に処して,万事,小理屈をもって,これに応じようとしても,それはとても及ばない」(勝海舟)にある。「死んだ」学問よりも「生きた」世間を重視する。もちろん学問不要論ではない。 -- (tera) 2012-03-11 10:07:03
  • 300系の定年。老兵は死なず、ただ消え去るのみ。ただし、技術は継承される。鉄仮面は永遠…
    -- (tera) 2012-03-18 12:19:41
  • 新学期が始まった。30年近く続く,新しい若者たちとの出会い。学生たちの幼児化が問題になることが多い。確かに平均で,モードで,メディアンで幼児化現象が。しかし,学生たちばかりでなく,むしろ教員も親も,政治家も・・・世間全体が幼児化している。「偉大なる素人」や「ただの素人」ばかりの大人。これぞ本物を見せないと,いつまでも「おかゆ型」教育ではダメ,「玄米型」教育でないと。また,いくら熱血先生がいても「先生独演型」「学生観客型」ではだめ。先生はナビゲーターやコーディネーターに徹するのもひとつ。新学期に想う。 -- (tera2) 2012-04-04 14:10:49
  • 車窓から見えるレンゲ(恋華)草の畑,水田は田植え終え,かえるの鳴き声。この一年忘れていたこと。一人ひとりは優しいはずなのに,なぜかギスギスした日本の人間社会。相変わらず斜に構えてものを見る。Facebookが今やモードというよりも中毒症状を見る症候群。Facebookの友人とのネット上でのつきあいは少し濃くなりすぎてる。それぞれが自己顕示するわけだから,放置しておけばよい。つまり,So What? 最近は意識して遠ざかっている。デジタルネットワーク社会の危うさを感じるのは俺一人か? と言いつつキーボードを叩いてる。ただのデジタル日記。 -- (tera) 2012-04-29 03:11:41
  • 表層に囚われることなかれ。中身の無い話が多すぎないか。品性を欠いた言動が多すぎないか。時代は変わっていく,変えるのではなく変わっていく。制御しがたいうねりがある。21日は金環食。自然や宇宙の営みは人間社会の営みに容赦ない。経済の動きもそうである。制御できるものと錯覚する。誰もがもがく,止めることはできない。それでも制御しようとあがく。時には過激に。現象に囚われて本質が見えない。思考停止。端点解は解にあらず。ある意味では幸せな時代かもしれない。未来は,現在の延長線上にはない。経験主義は時には危険である。佐々木正明著『恐怖の環境テロリスト』の書評を依頼され,読み進むなかで思うこと。公になるのは7月になる。 -- (tera) 2012-05-07 22:37:45
  • 政治の世界は混沌。日本も欧米も。こうした状況をみるとアナーキーだのテロリストだのが現れても無理からぬことなのか。デジタル情報社会は諸刃の剣。孤独な群衆とは言いえて妙。現代社会をこれほど的確に捉えた言葉はないのかもしれない。学生たちとface to faceの毎日。キャンパスで行きかう教員も職員も学生も,心地よい挨拶が交わせる。そのことをことさらメッセージとしてネット情報として流す必要もない。リアルな世界で充実した毎日が過ぎていく,過ごせる。デラシネ,風に吹かれて・・・何歳になっても本音は変わらない,変わり様がない。しかめっ面しても仕方が無い。悩むときは大いに悩め。それが若者たちの特権だ。講義をしながら,思うこと。だめだと言われる若者たちが実はそうではない,だめなのは大人たちなんだ,大人たちよ,もっとことの本質をしっかりと見つめて生きてみろと言いたくなる。 -- (tera) 2012-05-09 23:11:48
  • 節操が無い議員さんがM県M市にはいるそうな。人の手柄を横取りする,いいとこ取りする,なんとまぁ品の無い話だ。議員さんも議員さんなら,そんな議員さんを選んだ市民も品が無いということになる。Modeとして,こうした議員がいることは市それ自体の品格も落ちるだろう。こういう場面で使う言葉ではないが,分相応という言葉がある。まともな人たちにとっては,幼児化と思考停止の政治状態は耐え難いであろう。わけしり顔のグレートマン症候群が蔓延しないことを祈るだけか。 -- (長屋の隠居) 2012-05-19 00:23:17
  • M県M市で,がれき処理の問題解決に向けて議論されはじめたようだ。何が何でも受け入れ反対のグループもいるようだが,Hot head, Hot mind。コーナー解しかないような人たちは論外だろう。地域性,土地柄もあるのかも知れない。20年以上も前になるが,短い米国暮らしから戻ったとき,日本社会がこれほどまでに己のこと,己の利益に終始しているとは思わなかった。このことは以前にも書いたけれど,今も事態は変わっていない。今般の震災を契機に改めて問い直すことが肝要だ。豊かな社会になった,高学歴社会にもなった。でもそれがどうした。So what? 問題は一向に解決に向わない。経済的解決は容易だ。政治的解決はそれを妨げる。社会的ジレンマを解決すること,皆で良かれと決めたことが実は社会にとって最悪な事態をまねくこと。制約はあるが,「一般可能性定理」が示唆することは現実的だ。まさに「選択の科学」に真剣に取り組んでみることだ。 -- (tera) 2012-05-21 15:51:25



  • 「日本の非経済学的な知的風土」,「戦後長く経済学部でマルクス経済学が強い地位を占めてきたため,また官僚も法学部出身が多いため,経済学を学んだ人が少ないという」,「経済学の修得は,政策を論ずる人のドライバーズライセンス」,「日本では,政界にも,官界にも,ジャーナリズムにも,ミクロ経済学的なものの見方がほんとんど浸透していない」,「日本で効率化政策に批判的な人々が,経済学を知らずに批判していることがたびたび見受けられる」,「知識人のほとんどが経済学に対して食わず嫌いだという意味で,日本は経済学後進国」・・・・これすべて著者である八田達夫政策研究大学院大学学長のフレーズ。経済政策には,明確で首尾一貫した基準によって立案されるべき政策と,政治的判断が不可欠な政策があるのは確か。しかし,日本では首尾一貫した基準による政策も,既得権集団の政治圧力次第で右往左往する。まさに今はそんな状態。これではますます世界から取り残されてしまう。それではいけないと書かれた。時には経済学という「頭でっかち」にして,「心でっかち」な現代社会を「Change」。(『ミクロ経済学 I 市場の失敗と政府の失敗への対策』(八田達夫,東洋経済新報社,2008年11月),『ミクロ経済学 Ⅱ 効率化と格差是正』(八田達夫,東洋経済新報社,2009年8月)(2010-04-12 (月) 12:57:19)
  • この年齢になっても,いやこの年齢だからこそ,読んでおきたい経済学の本。工房主がこの道に足を踏み入れる観念上の動機を与えた青木昌彦スタンフォード大学名誉教授 http://www.stanford.edu/~aoki/j/# の『私の履歴書 人生越境ゲーム』(日本経済新聞社,2008年4月)。物事をじっくりと考えてみる,現代はそんな季節。「賢い官僚さん」,「バカな政治家さん」,「マスコミの皆さん」たちに騙されないために思考の基本ツールは身に着けておきたい。不用意にあわてて走り出すと大怪我をする。(2010-04-25(日))
  • 現代経済学の方法論は,個人主義に基づいている。そのことが,利己的な動機による個人の行動の経済的帰結に着目するモデルに批判の眼が向けられる主因であるようだ。しかしながら,ルール無き,無節操な戦いは,結果として,破滅しかない。言い換えれば,倫理や道徳が他方にあるからこそ,個人の利益が護られ,そして全体としての調和が実現される。政治経済学の始祖アダム・スミスが法哲学者であったことは,一般に知られていないのではないかと思われるほど,的外れな批判が多いようである。『国富論』と『道徳情操論』は今なおバイブルである。とくに後者は,ボランタリー社会を考えるときにも重要な示唆を与えてくれるであろう。とまぁ,むずかしい話は,それとして,町内の今朝のごみ出しの状態を見ながら思ったこと・・・それぞれ他人のことはかまわない方が多いようです。利己主義というよりもただ自分勝手。昨日(5月2日)は,ロックバンドX JAPANのhideの13回忌だったようですが,それぞれに正装したファンの手にはごみ用のプラスティック袋が。ごみの出し方に文化度をみるとは,大げさのようですか。(2010-05-03)
  • わが国の場合,多くの非経済分野では,「設計主義」は無垢のままである,といわれる。たとえば,都市計画による都市景観改善を訴える人々の基本認識は,設計主義の見方である。個々の私益よりも公益が優先されるべきであり,したがって計画行政が必要である。しかし,そのとき計画行政が従うべき法則は何であるのか。考えてみよう。自生的秩序としての都市景観と計画的景観の違いを。(参考:小谷清(2004)『現代日本の市場主義と設計主義』日本評論社)(2010-08-21)
  • 「予想外」という言葉がCMで話題になった。そして,今,「想定外」。人間の傲慢さを表した言葉なのだろう。かつて「不確実性の時代」が流行った。完全情報は経済理論ではひとつの前提であった。人間は「アホの壁」(筒井康隆氏)を越えてしまったようだ。 -- tera (2011-07-11 15:38:32)
  • 猛暑。今の居住地(千葉中央区)で気軽に,馬力は何で補給する。うなぎの津,焼肉(ホルモン)の松阪。元気の元があった。うなぎといえば,昨年(2010年)三重県南勢町にある独立行政法水産総合研究センターで養殖研人工孵化したウナギを親ウナギに成長させ、さらに次の世代の稚魚を誕生させるという「完全養殖」に世界で初めて成功。 近畿大のマグロの例にならって,市場化できるまでには時間がかかりそうだ。水産資源の持続可能性という重要な現代の問題。水産資源ばかりでなく農産資源も空間と時間の要素をもつ。-- tera (2011-07-13 09:52:23)
  • アワビが旬。いろいろとご縁があって,立派な天然アワビを頂き,さっそくステーキで食す。家族も大満足でした。こんな記事が。一昨年三重県松阪市の養殖会社が,水槽でアワビ養殖を成功させた。天然物は稚貝から10センチ程度に育つまで捕獲できない。餌に天然ワカメを使い,水温を年間を通じて20度前後に設定して水を循環させ,サンゴやカキ殻で濾過するなど,徹底した水質管理を行った結果だそうだ。 -- tera (2011-07-13 10:16:52)
  • 「アホの壁」に魅せられて。よくもまあ飽きずに,次から次へと紙などの資源の無駄遣い。それでもって持続的発展かよ,てか。もっともらしい,あやしい持論本,己の立場を省みず,いやいやそうした立場を自負されるから,驕りともいえる「アホ」な本を公刊される「経済学者」。かくいう私も同類かも知れないが(ヒヤヒヤ)・・・。しかし,人はそれほど「バカ」でも「アホ」でもないのです。猫の方がクレバー,てか,とちゃちが入りそうでんな。いえいえ「温故知新」,ほんまもんがおるんです。「モノホンの経済学をバカにするとアホの壁を越えた経済学者になりまっせ」。なぜ経済学者か。社会科学の王様(うわー出た,経済帝国主義!)だから。返す刀で,理論をバカにするお方たち,誰とは申しませんが,こちらもアホの壁を越えるかもね。こんなふざけたことを書くと,不真面目だと大顰蹙を買いそうや(^^;。もうひとりの私の放言です。なんせ,「私はふたご座」の「アラカン」ですから。それでも,どこかの国の首相と違い,所詮,逃げ出せない運命にあるのが「団塊老人」なのかも知れん(親父ギャグ的には,試練)です。こんな掲示板,多分,誰も読まへんでしょうから,ましてや誹謗・中傷とはちゃうんで,気にするこたぁー,ありまっしぇん。-- tera2 (2011-07-15 19:21:52)
  • 落語はいいね。 幼児化,ことなかれ,楽をもとめて,すべからくマークシート。共通一次,大学入試センター試験世代の発想と苔むした発想の二極分化の様相。しかし,苔を落とせば十分に使えるかもしれない。きちんとものが見え,考え,語れ,行動する若者たちが学べる生活空間が大学であった。一部の大学と一部の学生を除けば,あとは「恐るべきお子様大学生たち 崩壊するアメリカの大学」(ピーターサックス,後藤将之訳,草思社,2000年)に登場する「大学生たち」と「先生」たち。そこからは何も生まれない,非クリエイティブな若者たちの再生産だけ。これじゃ世界の若者たちに負けるしかない。ここからアメリカでは教育の再構築が最重要課題になった。時間をかけて取り組まれている。ウサギのように見えるアメリカ,しかしカメだった。形ばかり借りて,すぐに効果を求める。それで改善されたと錯覚するようなおろかな国とは違うようだ。サンデルらアメリカの先生たちの講義がウケ,出版されるのはアメリカの大学の講義模様が書かれたものばかり。ハーバードやスタンフォードなど,確かに超一流の大学かもしれないが,それだけかな。地道に取り組んでいる日本の先生たちがいます。でも何分にも日本人にはウケません。アブナイ先生たちはマスコミにウケていますが。はは,長屋の小言幸兵衛になってきましたね=^.^= -- 幸兵衛 (2011-07-21 20:19:29)
  • 自転車は車道へ。なるほど。同志社から京大まで歩いた京都の町で経験したことを思えば,歩行者と自転車の分離は納得がいきます。しかし,ちょっと待てよ。かえって危険,とくに車と競合するわけで,歩行者保護にはなるけれど,車を運転するものとっては要注意,いつふらっと寄ってくるかわからない。道路の現状を考えると一律にとはいかないようだ。とくに車の交通量が多い,これまでの車道に通勤,通学の自転車が。要は自転車もバイク,自転車に乗る人の交通ルールの認知度とマナーの問題か。と同時に道路の構造の問題でもある。随分前だけど,アメリカはヴァージニア州のフェアファックスという町にちょっとだけ住んだことがあるが,幹線道路には,分離帯で車用と自転車用が分離されおり,自転車道も広く,歩行者も安全に歩行できたことを思い出した。車も自転車も歩行者も安全に・・・ユニバーサル・デザインか。自動車の社会的費用ばかりでなく自転車の社会的費用が発生した。大都会では,分離帯を設けないと。地方の生活道路では車,自転車,歩行者が混然で危険極まりない。木を見て森を見ず,森を見て気を見ず。簡単にはいきまへんで。 -- tera (2011-10-26 21:29:25)
  • 城下町,歴史と文化を自負するまちの落とし穴というのを考えてみたことがあるだろうか。良きに悪しきにつけ「頑固」である。悪しき頑固さは,「慢心と我執」に由来する。噛み砕いて言えば,「井の中の蛙,大海を知らず」ってか。かつて,私の恩師のひとりが,「このまちの人は皆さん偉いんですなぁ」と笑いながら言われたのを思い出す。もちろん「このまち」とはご推察の通り,M市である。同じ言葉を今そのまま吐いてみたくなる。国際という言葉が受けない,理解されない。他方で「商い」を標榜するまちだけに。このまちの限界なんだよね,それって。いつもフロンティ上で考える。決して最適でない仕方で均衡してしまう。だから,対立が常態化する。アホかって言いたくもなる。「人のはなしを聞くな」と堀場製作所会長は言った。けどその意味は,成功例きいたって役に立たないよ,何で失敗したかをちゃんと聞けってさ。そしたらフロンティアが広がるよ。別の文脈では「出る杭」は打ったらあかんのよ。受け入れて求める,これクリエイティブ都市の原理でっせ。 -- tera2 (2011-10-31 21:22:42)
  • 「千葉モノレール ユニバーサルデザイン・ワークショップ」(千葉都市モノレール株式会社・千葉モノレール ユニバーサルデザインを考える会主催)が2011年8月20日から3日間開催された。千葉大学環境デザイン研究室の大学院生と淑徳大学ユニバーサルデザイン研究会の学生たちがファシリテーターを務めた。 -- tera (2011-08-23 12:26:16)
  • 被災地の瓦礫撤去は,復興の必要条件。瓦礫の受け入れについて多くの自治体がとまどう。 -- (tera) 2011-11-16 20:40:45
  • 2040万トン対50万トン。
    宮城,岩手両県の瓦礫と東京都の受け入れ。
    NIMBY(Not In My Back Yard)症候群。
    -- (tera) 2011-11-18 08:01:09
  • FBやtwitterはフロー,HPはストック。この違いを使い分ける。Journalを書くことは,存在証明であろう。日々凡々と過ごしているようでも何かを記し残しておく。 -- (tera) 2011-11-19 17:00:06
  • 帰納的発想から真の解決が得られるか。モデル軽視の見方は,評論家と平均的な政治家に多いようだ。経済学者(cool head, hot mind)と政治家(hot head and mind)の違いは,良く見られること(今日のNHK日曜討論会)) -- (tera) 2011-11-20 10:42:53
  • 釈迦に説法:イノベーションを技術革新と訳したのはだれ。イノベーション=シュンペーターぐらいは常識。これを日本に持ち込んだのは,シュンペーターに可愛がられた日本人の弟子第2号東畑精一博士(経済学者,農学博士,1899(明治32)年に三重県一志郡豊地村(現在の松阪市)に生まれる)。そして同時期にシュンペーターを師とするもうひとりの日本人,中山伊知郎博士(1898(明治31)年に生まれ,旧制宇治山田中学(現三重県立宇治山田高等学校)を卒業。一橋大学名誉教授,経済学者,純粋経済学)がいます。したがって,私どもにとっては,いまさらイノベーション,イノベーションと大騒ぎすることもないのです。時空の流れを逆転させればその中に,問題解決の方法が隠されている一つの例でしょう。 -- (tera) 2011-11-21 11:42:53
最終更新:2012年07月06日 10:38
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