canestro.
Canzone di Ruota
最終更新:
tfei
-
view
執筆日 2007年8月2日
備考 久々のハルヒ。明け方の自転車狂詩曲とながもん。
備考 久々のハルヒ。明け方の自転車狂詩曲とながもん。
自転車というものは人間が発明した最高の乗り物ではないかと思うことが多々ある。何と言っても動力源が自分自身であるということ、それはすなわち自分自身の鍛錬によってそのスピード及び連続走行時間は無限に伸びうる可能性を孕んでいることと同義であり、だからこそ人間は多種多様な自転車レースに情熱をかけられるのかもしれない。
また二酸化炭素の排出量がゼロであることは何よりも見逃せない。昨今の人類は――特に独善的意識の強い日本人は――、“地球温暖化”というワードを耳にしただけで思考停止に陥ってしまいがちである。バイオ燃料のために農作物の値段が高騰しているなどというのは愚の骨頂であり、良かれと思ってやっていることで自らの首を絞めてしまう羽目になっているのだ。
閑話休題、しかしながら俺は断言したい。自転車の二酸化炭素排出量は紛れもなくゼロであり、これ以上ないほど環境に優しい乗り物であることは疑うべくもないことなのである。
或いはもう少し精神論に話を移せば、前述の通り自転車の動力源は自分自身の両脚であるという事実が、乗り手のライディング・プレジャー、すなわち自分の足でペダルを漕ぎ、自分の腕で愛車を駆る喜びに繋がるのではないかと、そう思いたくなるのだ。
俺は疑う余地なしの現実主義者[リアリスト]であり――若くしてそうなってしまった経緯はこの際重要ではないので省かせて頂く――、そんな俺がこんなロマンチックな戯れ言を吐くのは本来ならキャスティングミスなのかもしれない。
ただ、今俺の傍らにいる奴があまりに特殊すぎるがために、自然とその反動で俺はロマンチックにならざるを得ないのだ。それはわざとではなく無意識に。
つまり俺はひとつ、声を大にして言いたい。自転車は楽しいと。なぁ長門?
「わたしもそう思う」
淡白なようで、心なしか浮わついた声色で返事が返ってきた。
また二酸化炭素の排出量がゼロであることは何よりも見逃せない。昨今の人類は――特に独善的意識の強い日本人は――、“地球温暖化”というワードを耳にしただけで思考停止に陥ってしまいがちである。バイオ燃料のために農作物の値段が高騰しているなどというのは愚の骨頂であり、良かれと思ってやっていることで自らの首を絞めてしまう羽目になっているのだ。
閑話休題、しかしながら俺は断言したい。自転車の二酸化炭素排出量は紛れもなくゼロであり、これ以上ないほど環境に優しい乗り物であることは疑うべくもないことなのである。
或いはもう少し精神論に話を移せば、前述の通り自転車の動力源は自分自身の両脚であるという事実が、乗り手のライディング・プレジャー、すなわち自分の足でペダルを漕ぎ、自分の腕で愛車を駆る喜びに繋がるのではないかと、そう思いたくなるのだ。
俺は疑う余地なしの現実主義者[リアリスト]であり――若くしてそうなってしまった経緯はこの際重要ではないので省かせて頂く――、そんな俺がこんなロマンチックな戯れ言を吐くのは本来ならキャスティングミスなのかもしれない。
ただ、今俺の傍らにいる奴があまりに特殊すぎるがために、自然とその反動で俺はロマンチックにならざるを得ないのだ。それはわざとではなく無意識に。
つまり俺はひとつ、声を大にして言いたい。自転車は楽しいと。なぁ長門?
「わたしもそう思う」
淡白なようで、心なしか浮わついた声色で返事が返ってきた。
Canzone di Ruota
~8月19日のappuntamenti~
~8月19日のappuntamenti~
夏。
かのローマ帝国の初代皇帝、アウグストゥスの名を冠し、元来あったはずの、ラテン語の8番目の月を10月に押しやってしまった当事者。それが今だ。ちょうどそのアウグストゥスの命日である今日は8月19日――ただし当時はユリウス暦であり本来は現在の9月1日頃に相当するはずだが――である。だからこそ、この話を持ち出したのだが。
「他に8月19日が命日である人物としては、最後の琉球王である尚泰などが挙げられる。また総務省は、今日をバイクの日と定めている」
長門、せっかくの俺のモノローグを読まないでくれ。正直、同じ手法が増えてきて困ってるんだ。あと前者はあまりに役に立たなさすぎる。
「同感。今後のあなたの人生においてこの情報が必要になる可能性は皆無。また後者はバイクと言っても英語のbikeではなくmotor bikeに相当する。冒頭のモノローグ、及び今回のストーリーには不適切でややこしいもの。持ち出すべきではない」
そこまで分かってるなら何故言った、長門よ。
「……秘密」
さいですか。
さて、今は午前4時台。辺りは薄明るい。朝日が俺たちを照らすからだ。何よりも問題は、そんな明け方にもかかわらず俺と長門が、町を一望できる丘の上にいるということだ。
これについては後述する。とりあえず今は、朝比奈さんの怒り顔よりも希少価値のあるこのシチュエーションに身を任せることにしよう。
真夏の朝方に、自転車でわざわざこんな丘まで登ってこようなどという酔狂なヤツは滅多といない。いても一向に構わないが、深夜徘徊の補導の危険性がついて回るがゆえに……正直おすすめは出来ないね。
しかし明け方の風は涼しく――厳密に言えば冷え込んでいるのだ――、Tシャツとジーンズとスニーカーという、これ以上ないほどにシンプルな服装の俺にとっては、絶好の自転車日和だと言えなくもない。日は出ていないが。
俺たちは一体何をしているのかと言えば、とりあえず今のところは丘の頂上で自転車を停め、長門と2人、背中合わせでベンチに腰を下ろしている。長門を荷台に乗せて、例のマンションから20分かけてここまでやってきたのだ。アスファルトを外れれば辺りには草が生い茂り、今が夏であることを否が応でも俺に実感させてくれる。町外れにこんないいスポットがあったとは。
「原作にこのような場所は登場しない。普段ほど舞台設定にこだわらず、描きたいという感情が先行したため、実際にはムグ」
「いいんだよ長門!たまには書きたいように書けばいいじゃないか」
今日の長門はやけに興ざめな――そしてメタな――ことを言う。だから仕方なく口を塞がせてもらった。もちろんそれが長門流の冗句であることは知っているのだが……お前も知っているだろう、前回の榛名山で舞台設定の資料収集にどれだけ苦労したか。
まあ長門が突然にメルヘンチックな乙女になったらそれはそれで困るし、何よりも朝比奈さんとキャラがカブる。俺としても面白くないし、まずハルヒが許しそうにない。
長門が人間らしくなるのには賛成なのだが……長門の美点は失わないままでいて欲しいのだ。ゆっくりゆったりまったりと変わって行けばいいのだから。誰も急かしやしまい。
本当に、今日の俺は“らしくない”。しかしそれも仕方ないのだ。苦情は、この朝日を見てから受け付けよう。
登ってきた坂とは反対側、地平線の――厳密には建ち並ぶビルの――向こうから、真っ白い太陽がその頭を出そうとしていた。薄暗かった景色が、この5分ほどで一気に明るくなったように思う。今日ここに来た目的は、総括して言えばこの朝日にある。
じゃあそろそろ話そうか。俺が何故、長門と2人で、こんな朝っぱらから自転車に乗ってきたのかを。
かのローマ帝国の初代皇帝、アウグストゥスの名を冠し、元来あったはずの、ラテン語の8番目の月を10月に押しやってしまった当事者。それが今だ。ちょうどそのアウグストゥスの命日である今日は8月19日――ただし当時はユリウス暦であり本来は現在の9月1日頃に相当するはずだが――である。だからこそ、この話を持ち出したのだが。
「他に8月19日が命日である人物としては、最後の琉球王である尚泰などが挙げられる。また総務省は、今日をバイクの日と定めている」
長門、せっかくの俺のモノローグを読まないでくれ。正直、同じ手法が増えてきて困ってるんだ。あと前者はあまりに役に立たなさすぎる。
「同感。今後のあなたの人生においてこの情報が必要になる可能性は皆無。また後者はバイクと言っても英語のbikeではなくmotor bikeに相当する。冒頭のモノローグ、及び今回のストーリーには不適切でややこしいもの。持ち出すべきではない」
そこまで分かってるなら何故言った、長門よ。
「……秘密」
さいですか。
さて、今は午前4時台。辺りは薄明るい。朝日が俺たちを照らすからだ。何よりも問題は、そんな明け方にもかかわらず俺と長門が、町を一望できる丘の上にいるということだ。
これについては後述する。とりあえず今は、朝比奈さんの怒り顔よりも希少価値のあるこのシチュエーションに身を任せることにしよう。
真夏の朝方に、自転車でわざわざこんな丘まで登ってこようなどという酔狂なヤツは滅多といない。いても一向に構わないが、深夜徘徊の補導の危険性がついて回るがゆえに……正直おすすめは出来ないね。
しかし明け方の風は涼しく――厳密に言えば冷え込んでいるのだ――、Tシャツとジーンズとスニーカーという、これ以上ないほどにシンプルな服装の俺にとっては、絶好の自転車日和だと言えなくもない。日は出ていないが。
俺たちは一体何をしているのかと言えば、とりあえず今のところは丘の頂上で自転車を停め、長門と2人、背中合わせでベンチに腰を下ろしている。長門を荷台に乗せて、例のマンションから20分かけてここまでやってきたのだ。アスファルトを外れれば辺りには草が生い茂り、今が夏であることを否が応でも俺に実感させてくれる。町外れにこんないいスポットがあったとは。
「原作にこのような場所は登場しない。普段ほど舞台設定にこだわらず、描きたいという感情が先行したため、実際にはムグ」
「いいんだよ長門!たまには書きたいように書けばいいじゃないか」
今日の長門はやけに興ざめな――そしてメタな――ことを言う。だから仕方なく口を塞がせてもらった。もちろんそれが長門流の冗句であることは知っているのだが……お前も知っているだろう、前回の榛名山で舞台設定の資料収集にどれだけ苦労したか。
まあ長門が突然にメルヘンチックな乙女になったらそれはそれで困るし、何よりも朝比奈さんとキャラがカブる。俺としても面白くないし、まずハルヒが許しそうにない。
長門が人間らしくなるのには賛成なのだが……長門の美点は失わないままでいて欲しいのだ。ゆっくりゆったりまったりと変わって行けばいいのだから。誰も急かしやしまい。
本当に、今日の俺は“らしくない”。しかしそれも仕方ないのだ。苦情は、この朝日を見てから受け付けよう。
登ってきた坂とは反対側、地平線の――厳密には建ち並ぶビルの――向こうから、真っ白い太陽がその頭を出そうとしていた。薄暗かった景色が、この5分ほどで一気に明るくなったように思う。今日ここに来た目的は、総括して言えばこの朝日にある。
じゃあそろそろ話そうか。俺が何故、長門と2人で、こんな朝っぱらから自転車に乗ってきたのかを。
事の始まりは、一昨日のSOS団活動中であった。
その日の長門は珍しく自分の自作PCの前に座り、ヘッドホンを頭に着けていた。一部では長門のトレードマークとなりつつある、両耳にウサギの顔があしらわれたシロモノである。何かと思って俺は長門に話しかけようとしたのだが……これはマズい。
その日の長門は珍しく自分の自作PCの前に座り、ヘッドホンを頭に着けていた。一部では長門のトレードマークとなりつつある、両耳にウサギの顔があしらわれたシロモノである。何かと思って俺は長門に話しかけようとしたのだが……これはマズい。
長門が自分のしぇかいに入っている!!
勢いのあまり噛んでしまった。あの長門がヘッドホンを耳に着け、タンタンタンと小気味よいリズムをその右足で取っているのだ。ハルヒは自分のPCに集中して気付かないし、朝比奈さんはお茶の用意にこれまた集中している。古泉は9組の補習授業(全員参加であり古泉が赤点を取ってきたわけではない。悔しいが)に絶賛参戦中である。途中から活動に入ると言っていた。
ここのところ、長門がパソコンをいじっている日は、その長門がパソコンの電源を切るのが本を閉じる代わりになっていた。コンピ研からの依頼を受けることもあるし、ハルヒのためにプログラムを作ってやることもある。最近はオリジナルOSの開発が終わったらしく手持ち無沙汰だったようで、マウスで絵を描いてみたりMIDIをちょこちょこ作り出したりと、長門にしてはかなり珍しい遊び方を見出したらしい。ただマウスの絵がやたらリアルだったのには団員一同が――ハルヒまでも――揃って息を呑んだが。
ここのところ、長門がパソコンをいじっている日は、その長門がパソコンの電源を切るのが本を閉じる代わりになっていた。コンピ研からの依頼を受けることもあるし、ハルヒのためにプログラムを作ってやることもある。最近はオリジナルOSの開発が終わったらしく手持ち無沙汰だったようで、マウスで絵を描いてみたりMIDIをちょこちょこ作り出したりと、長門にしてはかなり珍しい遊び方を見出したらしい。ただマウスの絵がやたらリアルだったのには団員一同が――ハルヒまでも――揃って息を呑んだが。
二重の回想はさぞかし読みづらいだろう。だから第1段階回想に視点を戻せば、俺と古泉は一足先に部屋を出て朝比奈さん達を待っていた。
そして全員が部屋を出て部室の鍵を締めたのは普段とは違う人物、涼宮ハルヒであった。
原則的に文芸部室の鍵を締めるのは長門の役割であり(一応は文芸部員だからな)、鍵を職員室に返しに行く長門を待ってから帰るのだが、昨日は珍しくハルヒが鍵を返しに行くと言い出したのである。
俺としても異存はなかった。ハルヒにしては珍しく殊勝な発言だったからか、長門も今回はハルヒに頼ることにしたらしい。だから昇降口で鍵を返しに行った人を待っている間、普段なら俺の隣にはハルヒか古泉がいるのだが――幸か不幸か最近は後者の割合が高い――今日は珍しく長門がいた。古泉と朝比奈さんは、何やら次の作戦会議をしているようだ。
そして全員が部屋を出て部室の鍵を締めたのは普段とは違う人物、涼宮ハルヒであった。
原則的に文芸部室の鍵を締めるのは長門の役割であり(一応は文芸部員だからな)、鍵を職員室に返しに行く長門を待ってから帰るのだが、昨日は珍しくハルヒが鍵を返しに行くと言い出したのである。
俺としても異存はなかった。ハルヒにしては珍しく殊勝な発言だったからか、長門も今回はハルヒに頼ることにしたらしい。だから昇降口で鍵を返しに行った人を待っている間、普段なら俺の隣にはハルヒか古泉がいるのだが――幸か不幸か最近は後者の割合が高い――今日は珍しく長門がいた。古泉と朝比奈さんは、何やら次の作戦会議をしているようだ。
帰宅途中の描写は必要ないだろう。夏休みとは言え登下校時には制服を着る必要がある。それが嫌なのだ。
大幅に話を端折ってしまうが、夕食後。自室に放置していた俺の携帯電話には珍しく着信が入っていた。誰かと思えば長門である。俺は電話をかけ返した。
「もしもし、長門?」
「あなたに頼みがある」
挨拶を略しやがった。いつものことだが他の人にはやめとけよ。
「頼み?いったい何だ?」
宇宙的なことは専門外だがとりあえず聞かなくては始まらない。
「朝日を見に行きたい」
朝日?
「そう、朝日。今日、私は涼宮ハルヒが持参・貸与してくれたコンパクトディスクを再生していた。そしてそれに収録されていた音源に興味を持った」
意訳しなければ。要するにハルヒの持ってきたCDが気に入ったのか?
「そういうこと」
ならそう言ってくれ。
「善処する。話を続けても?」
どうぞ。
「そのCDに収録されている楽曲の歌詞と同じシチュエーションを体験したいと思った」
「はぁ……それで朝日が見たいのか?」
「そう。具体的には自転車で丘の上まで朝日が見に行きたい」
やけに具体的だ。本当に珍しい。抽象的にしか物事を教えてくれない長門が、という点で希少価値は白いビワコオオナマズ並みに高い。引き受けるかどうかはもちろん決まっている。
「分かったよ。いつがいいんだ?明日か?明後日か?」
「明後日の朝を希望する」
なぜに。
「今夜頼んでおいて明日の朝というのはあまりに無謀。睡眠時間の調整も必要。失礼にあたる」
「……ありがとな」
「気にしなくていい。当然のこと」
誤解しないで頂きたいのだが、長門は無口だが無礼ではない。むしろ俺たちのことを誰よりも気遣ってくれるし、礼儀作法はともかく……行動そのものには思いやりが垣間見える。それが長門の美点なのだ。部室の隅っこで読書に熱中しているようで、常に俺たちのことを気にかけているのがこのチビ宇宙人・長門有希である。
ああ、続けて。
次の日はSOS団活動はなかった。特に用事もなかったので古本屋で立ち読みして半日を過ごした。
問題は夜。3時半を起床時間に設定し、それに合わせて10時頃に就寝しようと思う。帰ってから仮眠を取るかもしれないが……目覚まし時計と携帯電話のアラームで二重防衛線を張り、俺はいつもより早く床に就いた。
「あなたに頼みがある」
挨拶を略しやがった。いつものことだが他の人にはやめとけよ。
「頼み?いったい何だ?」
宇宙的なことは専門外だがとりあえず聞かなくては始まらない。
「朝日を見に行きたい」
朝日?
「そう、朝日。今日、私は涼宮ハルヒが持参・貸与してくれたコンパクトディスクを再生していた。そしてそれに収録されていた音源に興味を持った」
意訳しなければ。要するにハルヒの持ってきたCDが気に入ったのか?
「そういうこと」
ならそう言ってくれ。
「善処する。話を続けても?」
どうぞ。
「そのCDに収録されている楽曲の歌詞と同じシチュエーションを体験したいと思った」
「はぁ……それで朝日が見たいのか?」
「そう。具体的には自転車で丘の上まで朝日が見に行きたい」
やけに具体的だ。本当に珍しい。抽象的にしか物事を教えてくれない長門が、という点で希少価値は白いビワコオオナマズ並みに高い。引き受けるかどうかはもちろん決まっている。
「分かったよ。いつがいいんだ?明日か?明後日か?」
「明後日の朝を希望する」
なぜに。
「今夜頼んでおいて明日の朝というのはあまりに無謀。睡眠時間の調整も必要。失礼にあたる」
「……ありがとな」
「気にしなくていい。当然のこと」
誤解しないで頂きたいのだが、長門は無口だが無礼ではない。むしろ俺たちのことを誰よりも気遣ってくれるし、礼儀作法はともかく……行動そのものには思いやりが垣間見える。それが長門の美点なのだ。部室の隅っこで読書に熱中しているようで、常に俺たちのことを気にかけているのがこのチビ宇宙人・長門有希である。
ああ、続けて。
次の日はSOS団活動はなかった。特に用事もなかったので古本屋で立ち読みして半日を過ごした。
問題は夜。3時半を起床時間に設定し、それに合わせて10時頃に就寝しようと思う。帰ってから仮眠を取るかもしれないが……目覚まし時計と携帯電話のアラームで二重防衛線を張り、俺はいつもより早く床に就いた。
3時半。約2秒ほどのギャップでもって、携帯電話と目覚まし時計は連合軍として俺に夜討ちをかけてきた。俺は跳ね起きてその2つを制する。文字通り目覚まし代わりに顔を洗い適当に髪を整えるが……整える髪があるうちはまだ幸福だなんて誰かが言ってたな。いつかは何でもないようなことが幸せだったと思うんだろう。
服を着替え、携帯電話と財布と鍵を持ったことを確認して家を出た。自転車に乗り、夜の住宅地を走り抜け目指すは例の分譲マンション。
案の定か、はたまた意外か、夜は冷え込んでいた。俺はスニーカーだから足元が冷たいということはないのだが、ただ長門が心配である。アイツはスニーカーを持っていただろうか。最悪ローファーでも構わないが……あまり好ましくはないだろう。
服を着替え、携帯電話と財布と鍵を持ったことを確認して家を出た。自転車に乗り、夜の住宅地を走り抜け目指すは例の分譲マンション。
案の定か、はたまた意外か、夜は冷え込んでいた。俺はスニーカーだから足元が冷たいということはないのだが、ただ長門が心配である。アイツはスニーカーを持っていただろうか。最悪ローファーでも構わないが……あまり好ましくはないだろう。
708というこの部屋ナンバーも、もうそれなりに押し慣れてしまった。オートロックの鍵が開けられ、俺はエレベーターで7階へ上がる。深夜というだけで全く人気がなく、ここへ来る時は夕方が比較的多い俺にとっては新鮮であった。
チャイムを押す。返事はない。長門なら返事しないとお思いかもしれないが、最近はたまにインターホンに出ることもある。
「入って」
それ来た。お邪魔しますよ。
「準備は既に出来ている」
一言それだけを呟くように言うと、湯呑みにお茶の注いでテーブルの上に置いた。ちなみに冷茶だ。
俺達は連れ立ってエレベーターを降り、自転車に乗った。長門はちゃんと家の鍵を忘れずに持っている。こいつなら最悪、家の鍵を忘れて来ても鍵を開けることくらいはわけないかもしれないが……、だからと言って鍵を持って来なくてもいいというわけではないのだ――それは怠慢というものだろう。
チャイムを押す。返事はない。長門なら返事しないとお思いかもしれないが、最近はたまにインターホンに出ることもある。
「入って」
それ来た。お邪魔しますよ。
「準備は既に出来ている」
一言それだけを呟くように言うと、湯呑みにお茶の注いでテーブルの上に置いた。ちなみに冷茶だ。
俺達は連れ立ってエレベーターを降り、自転車に乗った。長門はちゃんと家の鍵を忘れずに持っている。こいつなら最悪、家の鍵を忘れて来ても鍵を開けることくらいはわけないかもしれないが……、だからと言って鍵を持って来なくてもいいというわけではないのだ――それは怠慢というものだろう。
朝の風が冷たい。真冬ならまっぴらだが、連日のうだるような暑さに閉口気味だった俺にとってはむしろ、文字通り清涼剤の役割を果たしてくれる。住宅地にも人気はないが、たまに車が通る。皆こんな朝早くから何の用事があるのだろうか、トラックの運転手をひとりひとりとっつかまえて問うてみたい。やらないが。
「長距離輸送の交通費と時間節約のためと思われる」
ん、深夜だと安くなるからか?
「そう。しかし深夜の運転は交通事故の可能性を高める」
まったくだ。そこまでして頑張らないと日本の流通は成り立たないのかと言いたいね。
「長距離輸送の交通費と時間節約のためと思われる」
ん、深夜だと安くなるからか?
「そう。しかし深夜の運転は交通事故の可能性を高める」
まったくだ。そこまでして頑張らないと日本の流通は成り立たないのかと言いたいね。
いつの間にか俺たちは街の外れまでやってきていた。相変わらず辺りは薄暗いままだが、目の前には一直線の坂道が見える。長門、サドルに捕まっといてくれ。俺はまっすぐに前だけを見て両脚に力を込める。低回転でも確かなトルクでもって、自転車は坂を駆け上がっていった。涼しい。今は気持ちいいが、自転車を停めたら汗が噴き出すかもしれないな。
そして頂上。俺は息を呑んだ。向こうの山のさらに向こう側から、紛う事なき太陽が俺たちにその顔を向けていた。
「きれい……」
長門が、ぽつりとつぶやいた。
長門、今きれいって……。
「私も、この朝日をきれいだと思った。人間の“感動”が、分かったような気がする」
そうか。お前も分かるようになったのか……。
「来て良かった」
そう言ってもらえると嬉しいよ。俺も早朝から自転車漕いできた甲斐があったってもんだ。
「そこで休む?」
長門は傍らのベンチの方をちらと見て言った。ああ、休もうか。
そして頂上。俺は息を呑んだ。向こうの山のさらに向こう側から、紛う事なき太陽が俺たちにその顔を向けていた。
「きれい……」
長門が、ぽつりとつぶやいた。
長門、今きれいって……。
「私も、この朝日をきれいだと思った。人間の“感動”が、分かったような気がする」
そうか。お前も分かるようになったのか……。
「来て良かった」
そう言ってもらえると嬉しいよ。俺も早朝から自転車漕いできた甲斐があったってもんだ。
「そこで休む?」
長門は傍らのベンチの方をちらと見て言った。ああ、休もうか。
「あなたには、お礼を言わなければならない」
お礼なんていいさ、俺だって楽しかったんだから。
「しかし、早朝からあなたを呼び出しておきながら、お礼を言わないというわけにはいかない」
そうか……それならちょっと頼みがあるんだが、聞いてくれるか?
お礼なんていいさ、俺だって楽しかったんだから。
「しかし、早朝からあなたを呼び出しておきながら、お礼を言わないというわけにはいかない」
そうか……それならちょっと頼みがあるんだが、聞いてくれるか?
ここで冒頭に戻るわけだ。朝4時の奇妙な2人乗りは、こうして幕切れとなったのである。
「ところでさ長門、ハルヒに聴かされた曲ってのは一体何だったんだ?」
「タイトルは分からない。しかし歌うことは可能」
「そうか……じゃあお願いしようかな」
結論から言えば、長門の声はめちゃくちゃ綺麗だった。俺も何度か聴いたことがあったその歌の、原曲のテイストとはかなり違うが……静かな朝のバックミュージックとしては最高だ。ハルヒとも朝比奈さんともまったく違う。一言で表すなら、ハルヒはパワフル、朝比奈さんは可愛らしい。しかし長門は……染みるような美声の持ち主であったらしい。
「ところでさ長門、ハルヒに聴かされた曲ってのは一体何だったんだ?」
「タイトルは分からない。しかし歌うことは可能」
「そうか……じゃあお願いしようかな」
結論から言えば、長門の声はめちゃくちゃ綺麗だった。俺も何度か聴いたことがあったその歌の、原曲のテイストとはかなり違うが……静かな朝のバックミュージックとしては最高だ。ハルヒとも朝比奈さんともまったく違う。一言で表すなら、ハルヒはパワフル、朝比奈さんは可愛らしい。しかし長門は……染みるような美声の持ち主であったらしい。
「そろそろ……帰るか」
「そうする」
「来て、よかったな」
「よかった」
「長門はまた来たいか?」
「機会があれば」
「そうか」
「そう」
「そうする」
「来て、よかったな」
「よかった」
「長門はまた来たいか?」
「機会があれば」
「そうか」
「そう」
「また、連れてきて」
俺たちは下り坂をおりた。長門に限って、振り落とされるようなことはないと思うが……それでもゆっくりだ。急ぐこともない。
途中、長門の家に寄った。例によってお茶をもらっただけではあったが。それで充分なのだ。今や長門の家でお茶を飲むのは俺の楽しみのひとつだからな。
途中、長門の家に寄った。例によってお茶をもらっただけではあったが。それで充分なのだ。今や長門の家でお茶を飲むのは俺の楽しみのひとつだからな。
「じゃあ、また明日な」
「また明日」
「仮眠取っとけよ」
「わかった」
「また明日」
「仮眠取っとけよ」
「わかった」
俺は自宅に戻るや否や、ベッドに飛び込んだ。さすがに少し疲れたらしい。しかし、それは達成感にも似たような……さっぱりとした疲れとも言える。
ただ俺は、どうにも腑に落ちないことがあるのだ――長門が、丘の頂上で俺にその歌声を聴かせてくれたことである。長門なら曲が分からないなんてことはないはずなのだ。その気になればいくらでも調べられるだろう。しかし長門はそれをしなかった。意思の疎通は出来ているから問題はないが、単純に俺なら分かると思ったのだろうか?それとも……いや、それは考えすぎだろう。長門が自分の歌声を聴かせたかったなんて。
ただ俺は、どうにも腑に落ちないことがあるのだ――長門が、丘の頂上で俺にその歌声を聴かせてくれたことである。長門なら曲が分からないなんてことはないはずなのだ。その気になればいくらでも調べられるだろう。しかし長門はそれをしなかった。意思の疎通は出来ているから問題はないが、単純に俺なら分かると思ったのだろうか?それとも……いや、それは考えすぎだろう。長門が自分の歌声を聴かせたかったなんて。
この話にはもう少し続きがある。
次の火曜日、ハルヒはどこからともなくアコースティックギターを持って来やがった。古泉の手配したものではないというから、ハルヒ個人のものなのか、或いはどこかからまた強奪したのか?
ハルヒは始めギターを弾きながら歌い、団員の注目を浴びていたのだが、じきに飽きてパソコンに向かってしまった。
それから小一時間ほど経っただろうか……長門はおもむろに本を閉じ、立ち上がってギターを手に取った。長門のギターの腕は言わずもがな折り紙付きとは言え、一体何をするつもりなんだろうか。
次の火曜日、ハルヒはどこからともなくアコースティックギターを持って来やがった。古泉の手配したものではないというから、ハルヒ個人のものなのか、或いはどこかからまた強奪したのか?
ハルヒは始めギターを弾きながら歌い、団員の注目を浴びていたのだが、じきに飽きてパソコンに向かってしまった。
それから小一時間ほど経っただろうか……長門はおもむろに本を閉じ、立ち上がってギターを手に取った。長門のギターの腕は言わずもがな折り紙付きとは言え、一体何をするつもりなんだろうか。
もう話さずともいいだろう。
再び、長門はあの歌を歌ってくれた。皆でその美声に聞き入った。引き込まれてしまうような歌声。皆が、長門の声に酔いしれた。いや、惹かれたのだ。
俺としては、出来ればそのアルトボイスは自分だけのものにしたかったのだが……俺は独占欲が強すぎるのだろうか?
再び、長門はあの歌を歌ってくれた。皆でその美声に聞き入った。引き込まれてしまうような歌声。皆が、長門の声に酔いしれた。いや、惹かれたのだ。
俺としては、出来ればそのアルトボイスは自分だけのものにしたかったのだが……俺は独占欲が強すぎるのだろうか?
ちなみに次の週末の不思議捜索は、午前午後ともに長門とペアだった。
偶然にしてはあまりに出来すぎたと思わないか?
偶然にしてはあまりに出来すぎたと思わないか?
fin.
Back to Novel