canestro.
Witch Hazel
最終更新:
tfei
-
view
執筆日 2007年8月18日
備考 褐色に日焼けした魔女。転じてアメリカマンサクのことらしい。
マッキーのこの曲大好き。
備考 褐色に日焼けした魔女。転じてアメリカマンサクのことらしい。
マッキーのこの曲大好き。
「焼けたな」
「焼けた」
いつも通りのトートロジーで、こいつは答えた。
「焼けた」
いつも通りのトートロジーで、こいつは答えた。
Witch Hazel
「まさか、お前が日焼けするなんて思ってなかったよ」
「……」どうして、という顔をしているのが分かる。余所見はできないから、実際に見たわけではないのだが。
「いや、お前、色白いだろ?だから何というか、」
「赤くなる、と思っていた?」即座に俺の言いたかった台詞が返ってきた。こいつは純粋に昔より日本語がうまくなったと思う。
「そうだ。だいたい色白な人ってのは日焼けに弱いだろ?例えば……思い付かんが」
「例えば朝比奈みくるの場合、体力不足によって短時間で体温が上昇してしまう。特別日焼けに弱い肌というわけではない。しかしあなたの意図は理解できる。」
「そこまで分かってくれてるなら大丈夫だ。ありがとな」
俺は空いている左手で、潮風でバサバサになってしまったこいつの髪を撫でた。
こいつはそれが厭だとは言わない。むしろそれが俺なりの愛情表現の形だということも、多分こいつは分かってくれているはずだ。
「……」どうして、という顔をしているのが分かる。余所見はできないから、実際に見たわけではないのだが。
「いや、お前、色白いだろ?だから何というか、」
「赤くなる、と思っていた?」即座に俺の言いたかった台詞が返ってきた。こいつは純粋に昔より日本語がうまくなったと思う。
「そうだ。だいたい色白な人ってのは日焼けに弱いだろ?例えば……思い付かんが」
「例えば朝比奈みくるの場合、体力不足によって短時間で体温が上昇してしまう。特別日焼けに弱い肌というわけではない。しかしあなたの意図は理解できる。」
「そこまで分かってくれてるなら大丈夫だ。ありがとな」
俺は空いている左手で、潮風でバサバサになってしまったこいつの髪を撫でた。
こいつはそれが厭だとは言わない。むしろそれが俺なりの愛情表現の形だということも、多分こいつは分かってくれているはずだ。
今やお盆と正月にしか会わなくなってしまったSOS団の面々。それでも俺はあいつらが、そして俺自身が未だにSOS団の一員としていられることが、嬉しいと思っていた。昔はバカやってたが、今となってはもう、そう毎日毎日顔を合わせていられるわけではないのだ。
しかし助手席のこいつとだけは同じ家に帰ることになる。他の面々は、きっと古泉が送り届けてくれるだろう。頼むぞ。
しかし助手席のこいつとだけは同じ家に帰ることになる。他の面々は、きっと古泉が送り届けてくれるだろう。頼むぞ。
「あの調子じゃ向こうはまた一悶着あるな。ハルヒの奴、結局最後までアルコール入ってやがった」
俺は10メートルほど前方を走るグレーのミニバンを左手で指差して言った。古泉の愛車だ。
「しかし運転しているのは古泉一樹。涼宮ハルヒがその邪魔をしなければ事故の危険はない」
「まあな。ただ朝比奈さんは不憫かもしれんが」
「今の彼女は、昔よりも涼宮ハルヒに絡まれることを喜んでいる」
「そうなのか?」
「かつては本気で嫌がっていた。しかし今は本心ではまんざらでもないと思っている」
「何だか、朝比奈さんまでややこしくなっちまったな」
「嫌よ嫌よも好きのうち」
「いや、お前それ使い方違うから」
俺は10メートルほど前方を走るグレーのミニバンを左手で指差して言った。古泉の愛車だ。
「しかし運転しているのは古泉一樹。涼宮ハルヒがその邪魔をしなければ事故の危険はない」
「まあな。ただ朝比奈さんは不憫かもしれんが」
「今の彼女は、昔よりも涼宮ハルヒに絡まれることを喜んでいる」
「そうなのか?」
「かつては本気で嫌がっていた。しかし今は本心ではまんざらでもないと思っている」
「何だか、朝比奈さんまでややこしくなっちまったな」
「嫌よ嫌よも好きのうち」
「いや、お前それ使い方違うから」
西日がきつかった。正面から射していればガラス越しとはいえ逆光が怖かっただろう。幸いにも、その西日は俺達の背中側から当たる。首の後ろが痛くなったりはしないはずだ。
道は不思議と混んでいない。こいつがいろいろ根回ししてくれたのか、或いはデパートの勧誘員にうってつけのあのイケメン野郎が何かやってくれているのか、ひょっとしたら本当に偶然なのかもしれない。
だから、夕日がきれいだった。俺の感受性がガキの頃から衰えていないと分かってホッとする。逆にこいつは年を追うごとに人情味が増してきており、今やもう俺達と変わらないか、ともすれば俺よりも人間的かもしれん。
話し方や表情がガラッと変わったわけじゃないが、一時のことを思えば、ずいぶんこいつも角が取れたというか柔らかくなった。魔女やってた頃は、正直ちょっと怖かったからな。
道は不思議と混んでいない。こいつがいろいろ根回ししてくれたのか、或いはデパートの勧誘員にうってつけのあのイケメン野郎が何かやってくれているのか、ひょっとしたら本当に偶然なのかもしれない。
だから、夕日がきれいだった。俺の感受性がガキの頃から衰えていないと分かってホッとする。逆にこいつは年を追うごとに人情味が増してきており、今やもう俺達と変わらないか、ともすれば俺よりも人間的かもしれん。
話し方や表情がガラッと変わったわけじゃないが、一時のことを思えば、ずいぶんこいつも角が取れたというか柔らかくなった。魔女やってた頃は、正直ちょっと怖かったからな。
「あなたが人間性を失ってしまっているとは思えない」
「平日が忙しいとな、何となく自分の心が鈍くなってくるもんなんだ。それか、少なくとも自分でそう思い込むんだよ。どちらにせよ主観的には同じだけどな」
「しかし、毎日わたしが見ている限り、あなたの表情や行動がおろそかになったりはしていない」
「お前のお墨付きなら、きっと大丈夫なんだろうね」
俺は何となくラジオをつけた。もちろんCDもあるのだが、このところこいつは無線電波の類に凝っていた。俺も手取り足取り教えられ、2人してアマチュア無線の免許を取ったくらいだ。
ラジオや無線というものは基本的にノイズだらけであるゆえに、本来ならこいつの好みには合わないと思っていた俺はどうやら甘かったらしく、なんと今やそのノイズを楽しみ始めたからたまらない。近いうちにレコードを集め始めかねない。うちにはレコードの再生機はないのだ。というより、俺だって未だに触れたこともないね。
「平日が忙しいとな、何となく自分の心が鈍くなってくるもんなんだ。それか、少なくとも自分でそう思い込むんだよ。どちらにせよ主観的には同じだけどな」
「しかし、毎日わたしが見ている限り、あなたの表情や行動がおろそかになったりはしていない」
「お前のお墨付きなら、きっと大丈夫なんだろうね」
俺は何となくラジオをつけた。もちろんCDもあるのだが、このところこいつは無線電波の類に凝っていた。俺も手取り足取り教えられ、2人してアマチュア無線の免許を取ったくらいだ。
ラジオや無線というものは基本的にノイズだらけであるゆえに、本来ならこいつの好みには合わないと思っていた俺はどうやら甘かったらしく、なんと今やそのノイズを楽しみ始めたからたまらない。近いうちにレコードを集め始めかねない。うちにはレコードの再生機はないのだ。というより、俺だって未だに触れたこともないね。
「朝比奈さんはまた未来に戻るのか?」
「現在の彼女は常駐観察員ではない。今回はオフを利用してこちらに来ているはず」
「となると、そこに仕事は入らないわけか」
「基本的にはそう。公序良俗の範囲内での自由な行動が約束されている」
「偉くなったんだな、朝比奈さんも」
「それでも彼女の私たちに対する振る舞いが変わらないのは、彼女の人柄あってこそ」
「そうだろうな。遠慮深い人だし」
こいつは納得しているらしい。小さく頷くのが見えた。
「しかし、どこから朝比奈さんの事情を聞いた?」
「以前会った時に本人から聞いた」
「正月か?」
「そう。彼女は隠しもせずに話した」
「ほう、あの朝比奈さんがねぇ……」
一時期……思念体と未来陣営の関係が芳しくなかった時期は、こいつと朝比奈さんとの間にもギスギスした空気が流れていたのだ。ハルヒでさえも2人をなだめることは出来ず、結局動いたのは俺だった。朝比奈さん(大)と喜緑さんに文字通り土下座して頼み込んで争いを止めてもらったわけだ。
それからは朝比奈さんとこいつとの関係は改善され、また以前よりも仲良くなってしまった。朝比奈さんがオフでこっちに来るたびに、ショッピングモールを行脚したりするなんて、ちょっと前のこいつなら想像もつかなかっただろう。いい兆候だと思っているが、正直うらやましい。ま、女性同士の時間、ってのも大事なんだろう。たまにはこうやって息抜きしてくれたらいいさ。
「現在の彼女は常駐観察員ではない。今回はオフを利用してこちらに来ているはず」
「となると、そこに仕事は入らないわけか」
「基本的にはそう。公序良俗の範囲内での自由な行動が約束されている」
「偉くなったんだな、朝比奈さんも」
「それでも彼女の私たちに対する振る舞いが変わらないのは、彼女の人柄あってこそ」
「そうだろうな。遠慮深い人だし」
こいつは納得しているらしい。小さく頷くのが見えた。
「しかし、どこから朝比奈さんの事情を聞いた?」
「以前会った時に本人から聞いた」
「正月か?」
「そう。彼女は隠しもせずに話した」
「ほう、あの朝比奈さんがねぇ……」
一時期……思念体と未来陣営の関係が芳しくなかった時期は、こいつと朝比奈さんとの間にもギスギスした空気が流れていたのだ。ハルヒでさえも2人をなだめることは出来ず、結局動いたのは俺だった。朝比奈さん(大)と喜緑さんに文字通り土下座して頼み込んで争いを止めてもらったわけだ。
それからは朝比奈さんとこいつとの関係は改善され、また以前よりも仲良くなってしまった。朝比奈さんがオフでこっちに来るたびに、ショッピングモールを行脚したりするなんて、ちょっと前のこいつなら想像もつかなかっただろう。いい兆候だと思っているが、正直うらやましい。ま、女性同士の時間、ってのも大事なんだろう。たまにはこうやって息抜きしてくれたらいいさ。
「古泉一樹は?」
「近況か?」
「そう」
「ああ、何か最近は新しいソフトウェアの開発に忙しいとか言ってたな。防衛省のやつだと」
古泉の『機関』は、結果的には事実上消滅に近い沈静化、厳密にはただの財閥に成り下がった(何と失礼な言いぐさだ)わけで。それでも相変わらず影響力は強い。しかしアイツの就職はコネもあるが、実力が伴ってこそだ。古泉は柔軟な思考が持ち味だったから……今の職は向いてるんじゃなかろうか。
「しかし古泉一樹は今の役職を楽しんでいる」
「だといいな。昔より肩の力が抜けたからかもしれん」
「涼宮ハルヒが完全に憎悪の対象ではなくなったから」
「ん、じゃあ何か?あいつはハルヒを恨んでたと?」
「最初はそうだった。しかしその態度は徐々に軟化していった」
「……あいつにしてみれば人生狂っちまったんだからなぁ」
「今はその人生を逆に喜んでいる」
「確かに。こないだ飲みに行った時に言われたよ」
「近況か?」
「そう」
「ああ、何か最近は新しいソフトウェアの開発に忙しいとか言ってたな。防衛省のやつだと」
古泉の『機関』は、結果的には事実上消滅に近い沈静化、厳密にはただの財閥に成り下がった(何と失礼な言いぐさだ)わけで。それでも相変わらず影響力は強い。しかしアイツの就職はコネもあるが、実力が伴ってこそだ。古泉は柔軟な思考が持ち味だったから……今の職は向いてるんじゃなかろうか。
「しかし古泉一樹は今の役職を楽しんでいる」
「だといいな。昔より肩の力が抜けたからかもしれん」
「涼宮ハルヒが完全に憎悪の対象ではなくなったから」
「ん、じゃあ何か?あいつはハルヒを恨んでたと?」
「最初はそうだった。しかしその態度は徐々に軟化していった」
「……あいつにしてみれば人生狂っちまったんだからなぁ」
「今はその人生を逆に喜んでいる」
「確かに。こないだ飲みに行った時に言われたよ」
「2人とも変わったよな」 はあ、と俺は溜め息をついた。
「しかし美点は失われていない」
「良くなっただけか」
「そう。どこも憂[うれ]うところはない」
「……良かったな」
「良かった」
「でも俺たちは変わってないよな」
「私たちは変わる必要がない。むしろ変わらないでいることが必要」
「変わらない、か」
「そう。このままが最善」
「なら、のんびりとやらせて頂きますか」
こいつはこくりと頷いた。俺は右足に力を込めて愛車のメーターを振り切る。
「しかし美点は失われていない」
「良くなっただけか」
「そう。どこも憂[うれ]うところはない」
「……良かったな」
「良かった」
「でも俺たちは変わってないよな」
「私たちは変わる必要がない。むしろ変わらないでいることが必要」
「変わらない、か」
「そう。このままが最善」
「なら、のんびりとやらせて頂きますか」
こいつはこくりと頷いた。俺は右足に力を込めて愛車のメーターを振り切る。
強すぎる夕日が、そんな平々凡々な俺と、褐色に日焼けした魔女の背中を照らしていた。
Back to Novel