―Case0―
『あなたはいつもそうやって逃げてばかり』
―デッドエンドまで8分を切ったぞ―
『私達はいつも蔑ろじゃないの』
―エコー8、交信状態はどうか?―
『昔はそんなじゃなかったのに』
―ブッチャー1-1からタスクフォース08へ。タリバンと思しき男2名を補足している―
『もうこれ以上は続けられないわ。娘のためにも私達のためにも』
―騎士様が道を切り開く。ダークプーマは負傷者を回収せよ―
『さようなら』
「ハァ・・・・ハァ・・・クソ」
一人の男が簡素なベッドから飛び起き、夢から醒めた。
脂汗が額を流れ落ちる。
男は軍が支給する短パンに半袖を身にまとっていて背中にはドイツ連邦陸軍を表す「Heer」の黒い文字がある。
男はベッドに腰掛け、ベッドの横にある机からタバコのハーベーを掴んで1本指でつまんで抜く。指先が若干震えていた。
つや消しの軍用ジッポを同じ机から手にとって蓋を開ける。
鉄の音が明朝に響いた。
男は落ち着くためか、それとも無意識なのか何度か指を遊ばせて蓋を開け閉めする。
5、6回目でやっと火を灯してタバコに火を入れた。
薄暗い部屋が少し明るくなる。
タールやニコチンが配合された煙を肺に入れ、フーッと口から息を吐く。
何度かその動きを繰り返し、綺麗な灰皿に1本目の吸殻を作った。
―AM7:00―
数時間後その男は首から社員証のような札を下げていた。
―Sgt.ジャン・ジークハルト・クルーガー―
男はジャン・クルーガーというドイツ人で、階級は軍曹というのを表している。
ジャンは事務室の廊下を抜けて上司のいる部屋に入った。
「お呼びでしょうか、グスタフ司令」
禿頭のメガネの司令官は椅子に座りながらジャンを見て
「かけてくれ、軍曹」
ジャンははい、と答えてふかふかの椅子に座った。
「KSKでも優秀だな、君は」
「それは有難うございます。でもまだいろんな人には敵いません」
司令官は資料に目を通しながら
「コーヒーは飲むか、軍曹?」
「いえ、お気持ちだけで」
「そうか」
司令官は秘書に自分のコーヒーだけを頼んだ。
「これは秘匿なのだがな」
「はい」
「今度国際的な特殊部隊が作られることになってな。うちからも出すことになった。行くか?いくらかKSKの隊員をリストアップした」
ジャンはすこし考え
「その基地はどこになるのでしょうか」
「言えん。というより知らされていない」
ジャンは怪訝な顔をして
「本当に国際的な部隊ですか?」
司令官は頷き
「KSKからは一名の予定だが先方からの打診で第2コマンド中隊の
エルヴィン・マイヤー中尉がすでに参加した」
ジャンはああ、と声を漏らす。
「タリバン500人に一人で立ち向かったとか」
司令官は苦笑し
「誰から聞いた?正しくは90人で6人で立ち向かった」
そこに秘書の女性の上等兵がノックして入ってきた。
コーヒーカップだけを置いて頭を下げて出ていく。
「まぁともあれ、悪い話ではないだろう。君は、例によって独り身だ」
ジャンは一瞬顔を曇らせたが司令官の知るところではわからない程度に。
「ええ、まあ。独り身といえば」
「住居付きで、悪くないと思うが」
コーヒーをすすりながら目線を書類に落とす司令官。
「すこし考えさせてください」
「期限は1週間後だから、それまでに」
「はい。失礼します」
部屋を後にして自室に戻ったジャンは貰った書類に目を通した。
悪い話じゃない。
汚い話をすればドイツ連邦軍の大佐でももらえない額が給料として支払われる。
「・・・我が人生に一点の変更点ありか」
娘は心配だが妻は、元妻は会わせてくれないのでドイツに居ようが居まいが、カブールに居るようなものだ。
「・・・クソ」
―3週間後 GPS位置不明(特殊妨害電磁波) 時刻:AM11:25―
ジャンはMH-53ペイヴロウの機内に座っていた。
機内には明らかにカタギでない男達が座っており、各々がダッフルバッグを背負っている。
ダッフルバッグにはいろいろな国旗が貼ってあり、それらの出身を表していた。
更に各国の正装軍服。
しかしジャンの隣に座っていたのはメガネをかけたほそぼそとした男で、ラフなチノパンによれたブランド物でないポロシャツ。どう見ても軍人には見えない。
その男はずっとノートパソコンを触っていた。
ジャンの目線に気づいたのか男は軽く会釈し
「何か」と言った。
「いや。なんでもない」
ジャンは答えて窓から外を見ようとしたが窓には外から蓋がしてあって見えなかった。
機内はそのため薄暗く、隣の男のノートパソコンが煌々と照らしているだけだ。
「全く、馬鹿が馬鹿のために始めた戦争に馬鹿みたいに対応するのは馬鹿みたいだ」
隣の男がブツブツと喋る。
ノートパソコンで流れていたのは数カ月前に堂々と全世界ネットをジャックして放送された
Ain Soph Aurなるテロ組織の演説映像だった。
「あんたも、そう思わないか?ドイツ人」
ジャンは突然男に話しかけられビクッとした。
「あ、ああ?」
「ああ?じゃねえぜ。このアインソフなんたら、世界を逆転させるだなんて言いやがったんだ。しかも衛星放送から茶の間のケーブルテレビまで全放送を乗っ取ってだ。
それだけ力のある組織だってのは馬鹿でもわかる。ま、それ以前に証券取引所を襲撃して金を奪った時点でそれは証明してるか」
男は若干声高だかにそう言い、我に返ったのか声をすぼめ
「まぁ、気に入らねえよ。こういう馬鹿は」
―AM11:35―
「もう少しで到着する。全員、機を降りる用意をしておけ」
副機長と思しき男がフライトヘルメットのまま機内を歩いた。
男たちがああ、やっとかなんて言いながら席を立ち始めた。
3時間近いフライトだ。
もしかしたら直接目的地に向かわずグルグル回って距離感覚をなくしたのかもしれない。
機内放送がかかった。
『こちらはマザーボード。君たちの巣となる場所だ。各自着陸後、整列し待機せよ。君たちを歓迎する』
―AM11:41―
MH-53ペイブロウは着陸した。
キュンキュンキュンとプロペラの出力音が小さくなっていき、やがて止まった。
「到着か」
ジャンは腰を上げた。
ダッフルバッグを背負う。銃火器は別日に到着すると聞いているので中にはサイドアームしか入ってない。
後部タラップが開かれ、機内に潮の匂いが舞い込んだ。
間違いなく海上だ。
そして船の上ではなく建造物、石油採掘リグのような大きなもの。しかもかなり大きい。
地平線まで続いているかのようだ。
タラップを踏みしめながらそのリグのようなものにジャンは足を踏み入れる。
ふとジャンは以前SASとの合同訓練で使った廃棄されたリグを思い出し、それと同じような材質だと感じた。
やはり海上プラントかなにかなんだろう。そう頭で締めくくった。
指示されていた通りは何となしに列に整列した。
―AM11:55―
壮年の将校が米陸軍の正式軍服に身を包んで演説台に立った。
「TheRegulationは知っているかは知らないが、件のAin Soph Aur撃滅のため君たちは招集された。
Ain Soph Aurは実力未知数の反世界主義者だ。それを撃退すべく集まった。理解してくれただろうか」
男たち、そして女達は『Sir,YesSir』の掛け声で返答を。
「良い返事だ。それが聞きたかった。では幸運を祈る」
サンダースは演説台を降りた。
「ドイツはこちらへ!フランスはあっちへどうぞ!」
国籍別に選別されて列に並ぶ。
ドイツ人はそう居なかった。多いのはアメリカとロシアだろう。特にロシアは一線を退いてもいいような風体の男まで居る。
「次の方」
「ああ、はい」
ジャンはポケットからパスポートとペイブロウ搭乗前に渡されたIDカードを提示した。
「ジャン・ジークハルト・クルーガー、1等軍曹、27歳。国籍はドイツ連邦共和国で軍籍はドイツ連邦陸軍特殊部隊KSK、よろしいですか?」
「ええ」
「TRにようこそ。所属はTR01、イニシャルステージプラトーン(初期部隊)ですから猛者揃いです。頑張って」
TR01のクラブハウスというべきか、バーには誰も居なかった。正確にはバーテンが一人。
「新人さんですか」
バーテンの初老の男がジャンに聞いた。
頷き
「みんなどこかに?」
「キルハウスに居るんじゃないでしょうか。ココを出て突き当りを右に」
「ありがとう」
ジャンは踵を返して言われた通りの道へ。
銃声と硝煙の臭いがキツくなってきた。
キルハウスの入り口には警備員が居たので
「TR01に配属になったんだが、みんななかに?」
警備員は
「現在訓練中です。入れませんので展望室へどうぞ」
と、案内された。
展望室は総ガラス張りでおそらく防弾。
コンピューターとマイクが置いてあり、ここから指示もできるようだ。
すでにその席にはサングラスをかけた男が鎮座している。他には誰もいない。
ジャンはガラスに手をかける。
下ではCQBコースが作られていてペイント弾による撃ち合いを行なっていた。
かなりレベルが高い。
「どう思う」
「は?」
突然サングラスの男に話しかけられた。
「どう、思う」
「どうとは?」
「決まってるじゃないか、彼らの腕前だ」
サングラスの男はちらっとジャンを見た。
「素晴らしいと思います。みんな見たこともないくらいスマートでスピーディです」
サングラスの男は笑い
「TR01はそういう部隊だ」
男は立ち上がり
TR01での生活は幕を開け、ジャンはその闘争へ身を賭すことになった。
最終更新:2013年01月27日 14:04