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鍛冶見習い

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thewol

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鍛冶見習い

 author:L


 熱い。
 眩しい。

 炉の中に拡がる、そんな世界。
 思わず目をしかめてしまう。

「そろそろいいだろう、取り出してくれ」

 親方に呼ばれて、炉の中から赤熱した金属片を取り出した。
 堅牢で平らな骨の上にそれを置く。すると、親方は槌で一気に叩きつぶした。
 炎以外に明かりのない鍛冶場に、鈍い音が轟いた。
 金属片だけが平らに延ばされ、どんどん形を成していく。
 ある程度の形が出来上がると、親方は小さい槌を取り出して、更に細かく形状を整えていった。

 金属の色が、どんどんくすんでいく。
 金属の熱が、どんどんなくなっていく。
 けれど、そこには新しい「モノ」が生まれていた。

 親方は、出来上がったモノをもう一度、炉にくべる。
 腕が熱くないよう、長い棒の先でころころと動かしながら。
 つまんで引っ張り出られたモノは、先と同じくらい赤熱していた。そして炉の横に汲んであった水に投げ込まれる。
 そして、部屋中を蒸気が包んだ。


 * * *


 鍛冶場を出てすぐの部屋。そこはうちの工房の「売り場」になっている。
 カウンターを挟んで左右の棚には、金属でできた農具を主に、スプーンなどの日用品がずらりと並んでいる。

「ローレンスさん、できましたよ、鉄農具」

 親方の作ったモノに、細長い骨を括り付けた簡素な鉄農具。要するにクワだ。
 背の高いひょろっとした農夫にそれを渡すと、代わりに米をどっさりとくれた。具体的には、僕が入れそうな革袋ひとつ分。

「ありがとうアベリオンくん。親方さんにも、よろしく言っておいてください」
「いえこちらこそ、お米ありがとうございます」
「ところで昨日、東の村で獣が――」

 農家が少なく、工房の多いこの『工房都市』で、農家のお得意様がいるというのは嬉しい。
 こうやって、物々交換で作物を頂けるからだ。
 ローレンスさんは町の端で農園を開いている。土地自体はそんなに大きくないが、結構裕福な暮らしをしているそうだ。
 さて、……この量の米なら、ひと月は十分に暮らせるだろう。

「アベリオン」

 奥の鍛冶場から女性がぬっと現れた。
 作業用の帽子を脱ぐと、その中で束ねられていた長髪がはじけるように広がり、すっと纏まった。
 その髪から、僕より長い耳がだらんと垂れている。
 浅黒い肌に銀髪という、彼女の神秘的な美しさに、思わず見とれてしまう。

「セシルさん」
「今日の依頼はこれで終わりだろう? 風呂に入りたいのだが」

 といいつつもエプロンや帯が脱がれており、もう風呂に入る準備は万端だ。

「分かりました。ちょっと待ってください」
「早めに頼むぞ」

 エプロンと作業着の帯、それから帽子を僕の腕に投げ捨てて、彼女は宿舎の戸を開ける。
 立て付けの悪いその戸は、閉められた後もブラブラとしていた。昔は結構大きな鍛冶工房だったのに、今じゃこれだ。多少なりともみじめになってしまう。

「いつみても綺麗ですね、セシルさん」
「僕はもう慣れちゃいましたけど」
「またまた。年頃の男の子が、あの容姿に見惚れないわけがないでしょう」
「……ローレンスさん、そういうところオヤジ臭いですよね」

 姉のようなものですし、と付け加えると、彼は朗らかな笑みを浮かべた。

 彼女は「火の魔法」を使って炉の温度を保ってくれている。魔法が使えない僕には分からないが、高温の炎を出すのは簡単でも、その温度を一定に調節するのは結構疲れることらしい。ましてや長時間ともなればだ。
 火炎草や木炭なんかを使って温度を保っている鉄鍛冶もいるけれど、温度の調節法を覚えるだけで数年かかると言われている。
 きっと、彼女もそれなりの鍛錬を積んだ上で、ここで働いているのだろう。

「アベリオーン」

 また同じ方向から、今度は野太い男の声がした。

「風呂に入りたいんだが」

 声の主、親方もぬっと姿を現す。
 筋肉でゴツゴツした体を軋ませながら、カウンター裏の椅子に腰掛けた。

「セシルさんが入ってます」
「そうか」

 親方はすぐに立ち上がって、宿舎の扉の奥へと消える。
 やっぱり扉はブラブラと揺れていた。

「セシルさんを見た後、親方さんを見るとなんというか」
「……言わないであげてください」


 * * *


『鍛冶師』とは、金属や動物から採れた骨などを加工し、何かに作り替える職業のことだ。
 同じく加工を生業としている『錬金術師』との違いは「確実」であること。
 魔力に頼ったバクチのような錬金術と違って、知識と技量さえあれば確実にモノが生み出せる。それが鍛冶。
 ただ、その知識と技量を身につけるのには経験が必要だ。
 だから僕は、ここでこうして見習いとして働いている。
 農具や日用品しか作らないけれど、大好きな街角の鍛冶工房で。

「アベリオン、来てくれ」

 風呂を沸かす種火を作るため、干した火炎草をもみ砕いていると、その風呂場の方からセシルさんの声が聞こえた。
 何だろう。
 火炎草を水気のない籠に戻して、更衣室と湯船が一緒になっている風呂場の戸を叩く。

「着たか。……作業着の紐がほどけない。自分じゃ無理だから、ほどいてくれないか」
「はい」

 作業着は後ろ開きになっていて、そこをボタンと紐で縛って固定する形になっている。
 できるだけ前方に布を増やさないためだ。
 鍛冶は火を使うから、余分な布があると、そこから服に燃え移ってしまうかもしれないから。防火の本質を持った布を重ねて作っているし、そんなに心配しなくても大丈夫だと思うけれど。

 ……というか。
 女性の着替えを手伝うなんて初めてだ。
 どうしよう、ああ、なんだか目茶苦茶緊張してきた。

「入りますよ」
「うむ」

 戸を開けて瞼は閉じて風呂場に入る。
 まだ服を着ているだろうセシルさんの、姿を見ても良いものか。

「なに目をつぶっている?」

 彼女の手が僕の頭を鷲掴みにした。
 びっくりして、思わず目を見開いてしまう。
 ちょっぴり汗臭い、セシルさんの顔がすぐそこにあった。

「見えないと結び目などほどけないだろう。頼むぞ」

 僕の髪をぐしゃぐしゃにしてから、彼女は髪を前に垂らして振り返った。
 そこには数本の紐で縛られた作業着、もといセシルさんの背中が。
 ローレンスさんには慣れたなんて言っちゃったものの、こうやって目の前にあるとやっぱり意識せざるを得ない。
 おっかなびっくり、首筋の方から紐をほどいていく。
 ……なるほど確かに固い結び方をしている。これは一人じゃほどけないだろう。

 いくつかほどき終わると、作業着の上の方がめくれてきていた。
 ちらと目をやると、そこからは彼女の素肌が見えていた。浅黒い顔や腕と違って真っ白な背中。特に首筋あたりの線がとても綺麗で、なにかあるとつい覗いてしまう。

「セシルさん、素肌は白いんですね」
「ん、ああ。アベリオンは知らなかったんだったか。鍛冶場の火に晒されていると、どうしてもススがな。これがまた落ちないんだ」

 全身真っ白なセシルさんを想像してみたが、それはもう別人だった。白髪・白肌の彼女。幽霊のように、存在自体が希薄で儚げで、住む世界が違うのではないかというくらい美しい姿が浮かぶ。
 なんでこうも自分の姿に無頓着なのだろう、化粧したり服を整えたりすれば、きっとこの町一番の美女と言われるだろうに。
 そんなことを思いながら結び目をほどいていく。
 どうやら下着も着けていないようだが、これはきっと鍛冶場が暑かったからだろう。意識するな、僕。
 そして、チラチラチラチラとうなじから肩胛骨のあたりに動く視線を押さえつけながら、ようやく全てほどき終わった。

「終わりましたよ」
「ん。すまなかったな」
「まだ湯が入ってないのでちょっと待ってくださいね」
「なんだ。湯沸かしの途中だったのか。てっきりもう済んだものかと」

 セシルさんは壁に掛けてある薄汚れた手ぬぐいを少し破いて、ぎゅっと絞り、指先から火を、ぽっ、とともした。
 その火はかなり激しく燃えていたが、全然燃え広がる様子が見られない。

「ちょっとは火力の足しになるだろう」

 セシルさんが微笑んだのを見るのは、そのときがはじめてだったかもしれない。


 * * *


 先程もみ砕いてしまった火炎草は放っておくと自然発火しかねないので、勿体ないが、セシルさんの火と一緒に薪にくべて、水を振りかけ発火させた。火炎草の炎は明るい黄色をしているが、セシルさんの炎と混じるとすぐに見えなくなってしまった。
 湯の温度は丁度良かったみたいで、風呂の中からは彼女の溜息が聞こえてきた。存分に疲れを取ってください。
 さて、こうなると、僕がここでやる仕事はもうほとんどない。
 僕は作業服を着替えて、ぬらした布で体を拭く。
 さっぱりしたところで、少しのお金と、大きな木製のカゴと、ローレンスさんに渡した農具と同じものを持って、鍛冶工房を出た。

 そろそろ日も欠けてくる頃だ。
 急がなければ。まだ明るいから大丈夫だろうが、夜を知らせる教会の鐘が鳴ったら店が閉まり、用事を済ませられなくなってしまう。
 最近整備されたばかりの石畳を、藁の靴で駆け抜ける。カゴが背中でぽんぽんと跳ねる
 背の高い建物の多い中心街に近づくにつれて、工房から出る音が耳をかすめていく。金属を叩く音や、骨を削る音、燃えさかる炎の暖かな音色。
 この音をうるさいと感じる人もいるらしいが、僕はそれが信じられない。
 こんなに心躍る音色なのに。

 木造の建物が見られなくなった中心部の広場、王族の抱える巨大な工房に目を惹かれる。
 実はこの都市には、この工房へ自由に出入りできるヒトはいない。この中に入っていくのは大抵王都から来た大きな荷物で、出て行くのも王都行きの大きな荷物。
 だから僕ら、工房都市の住人は、この工房が何を作っているのかまったく知らない。
 その中でもとりわけ僕は、作っているモノに関して興味がある。いつかきっと、あの中に入れるようなヒトになってみせる。

 僕の目的地のひとつは中心街の十字路を東に抜けたところにある、生活用品の問屋だ。
 少し遠いが、うちの工房と馴染みがあって、こういう農具でも結構な値段で買い取ってくれる。
 石造りの店の裏側にまわり、木造の裏口から入った。
 閉店の準備をしているのかなにやら忙しそうだ。凶暴な獣がどうとかという話をしているようだが、邪魔しては悪いし、換金したらすぐに出て行くことにしよう。

「こんばんは」
「おぉ、アベリオンか! 今日はそいつ一本か?」

 逞しい若ハゲのおっちゃん店長が、屈託のない笑顔を振りまきながらやってくる。

「うーむ。ま、いつもと同じ値段だな。可もなく不可もなく」
「ありがとうございます」

 硬貨の入った袋を貰う。値段にして、ローレンスさんのくれたお米が四分の一も買えないほど。
 仕方ない。世の中こんなものだ。

 店長にはゆっくりしていけと引き止められたが、礼を尽くして問屋を去る。まだ僕には行かなきゃいけないところがあるから。
 あたりはオレンジ色に染まっていた。
 例の大きな工房のそびえる広場まで戻って、その十字路を今度は北、つまり山の方へ向かう。
 直接鉱山に出向いて、問屋に卸されないほど質の悪い鉱石を譲って貰ったり、また出荷前の鉱石をいくらかで買うためだ。
 鉱石の問屋もあるが質の割に値段が高い。僕らみたいなちっぽけな工房を営むものは、こうやって鉱山に出かけることが多い。
 希に大当たりがあるしね。

 木のほとんどない山道を登る。
 あたりには廃坑がぽっかり開いていたり、使われていない運搬トロッコのレールがあったりして、中心街と比べて寂れた印象を受ける。
 昔は町に近いこのあたりも鉱山関係者で賑わっていたらしいが、今の鉱山にはもっと登らないとたどり着けない。
 柔らかい藁の靴では、ゴツゴツしたこの道を登るのは痛い。かといって革靴だと固くて登りづらいし、登山用の靴を骨鍛冶さんあたりが開発してくれないだろうか。
 ……この道を登っていると、親方に連れられてきた、最初の仕事を思い出す。
 鉱石を見る「目」をつける仕事だ。
 どんな技術を持っていても良質の材料がなければ良いモノは作れない、それが親方の言葉だ。妙に耳に残っている。
 足の痛みを我慢しながらどんどん登っていくと、ようやく採掘の音が聞こえはじめて来た。
 採掘獣の低いうなり声と、鉱石をトロッコに詰めるガラガラという音。
 もうあたりも薄暗くなっていたので、鉱窟のある広場まで急いで駆け上がり、知り合いの鉱山責任者を探す。
 彼はセシルさんと同じように耳が長いのですぐにわかるのだが……いた。

「ローガさん」
「おう坊主。また鉱石か」

 背が高く筋骨隆々とした、爽やかな銀短髪の青年こそが、ここの責任者ローガさんだ。
 僕がローガさんに初めて会ったのは、彼がまだ獣使いだったころで、そのときはこのあたりの採掘獣を使役していた。
 今ではその役目を新人に譲り、この責任者という形に落ち着いている。
 彼らは採掘獣を洞窟から呼び戻し、町へ帰る支度を整えていた。

「今日はクズ鉱石が出なかったから、タダでやれるものはない。だが上質なのが一杯出てきたから、いくつかまとめて格安で売ってやる。さぁ、選べ」

 ローガさんに礼を言って、一番前のトロッコからよさげな鉱石を探していく。
 大きなものは持って帰れないので、まず適度な大きさのものを選ぶ。その中で鉄が多く含まれていそうな鉱石を探すのだが……太陽の光が弱くてなかなか見分けがつかない。
 重さを比べる方法もあるが僕にはそこまでの技量はない。
 僕が見終わったトロッコからすぐに、どんどん坂を町へと下っていく。迷惑をかけているから急がなければと思い、よさげなものを背中のカゴに放り込む。
 最後尾のトロッコまで来るころには、結構な数の鉱石がカゴの中に入っていた。これをまた選別して、いらないものは返さなければいけない。
 とりあえず、最後尾のトロッコを漁り始めた。
 僕よりは背の低い木製のトロッコ、上に乗って手探りで探す。この作業、慣れない頃はよく手を怪我していたが、慣れた今では手が汚れるだけになった。
 そんな汚れた真っ黒な手で鉱石を掘り返していると、ひとつ、妙に感じの違う石が紛れていた。
 小さめだが、所々が鈍く輝いている。これは一体。

「坊主。そろそろコイツも下ろさなきゃいけないんだが」

 ローガさんの声に驚いて、僕はその鉱石を掴んで降りた。



 * * *


 結局、持ってきたお金と農具を売ったお金を合わせて、カゴに半分強くらいの鉱石を頂くことができた。
 例の不思議な鉱石は、親方に見せたら褒められた。どうやらかなり良いものだったらしい。だがその後、苦虫を噛み潰したような表情をする親方が、ちょっと不審だった。
 ところで、宿舎の食事場では、炎で部屋を照らしながら、セシルさんが早速例のお米を炊いて、ふっくらご飯を作ってくれていた。それから庭に埋めて保存している、氷山地域が原産という茎芋の煮転がし。これに甘辛いタレがかけてあるのだが、とてもおいしそうだ。

「それでは、いただきます」
「「いただきます」」

 セシルさんのかけ声に合わせて、僕ら二人が挨拶を返す。
 そして、一日の中で最高の時間、お食事タイムが始まった。
 ところでこの「いただきます」という挨拶、ここに来て初めて知った。どうやらセシルさんの故郷での風習で、「生きるものの命を頂くことで私たちは生きていられるのだから、命の持ち主に感謝するため」の挨拶だという。言われてみれば確かにそうなので、僕はご飯を頂くときには必ずこの挨拶をするようになった。

 満腹、とまではいかないものの、十分な量のご飯を頂いた。三人みんなで「ごちそうさまでした」と締めの挨拶をし、それぞれの部屋に戻る。
 僕の部屋は宿舎の店側から三番目。端材で作った背の低い机と布団があるだけの簡素な部屋だ。
 師匠たちのせいで汚れて真っ黒な風呂に入ってから、火炎草ランプで明かりをともし、古着をつなぎ合わせて作った薄い布団に潜る。
 ここからが、僕の時間だ。
 机を引き寄せて、上に乗っている金属片を、同じく上に乗っていたヤスリで削っていく。
 ここに来たときから少しずつ作っている彫刻。
 どこかにいると言われている、背に羽を持った四足獣のカミサマを想像して作っている。
 もし本当にいるのならば、いつかどこかで出会いたいものだ。


 * * *


「失礼する」

 店側のドアが勢いの良い音を立てて開き、見たことのない男がやってきた。
 久しぶりのお客だったのと、その威勢のよさのせいで、僕はびっくりしてカウンターの椅子から転げ落ちてしまった。

「はい、いらっしゃいませ」

 カウンターに這い上がって、男の方を見る。
 彼は長身でがっしりとしていて、見たことのない筋肉の付き方をしていた。厚めの服から見えているところだけでもかなり多い引っ掻き傷。それから、その顔つきと落ち着いた物腰。
 ちょっと考えれば、すぐに男が騎士だということが分かった。
 生活用品しかつくらないこの鍛冶工房に、どうして騎士が。

「工房都市で魔剣を作れる鍛冶屋はここしかないと聞いてやってきた。水の魔剣を打って欲しい」

 魔剣、だって?
 あまりの突拍子のなさに、もう一度椅子から転げ落ちそうになった。

「すいません、何か勘違いされていませんか」
「何をだ」
「ここ、魔剣どころか、武器も作っていないんですが」

 今度は、騎士の方が驚いた表情を見せた。

「なんだって?」

 すると、大声を聞きつけたのか、親方が鍛冶場から現われる。
 ただでさえ背の高い騎士よりも大きな背を持つ親方の威圧感は、騎士を震え上がらせるのに十分だった。

「その通りだ。ここで剣は造っていない」
「しかし……」
「良い腕の剣鍛冶と、工房都市一の錬金術師を紹介してやるから、さっさと帰ってくれ。商売の邪魔……」

「それじゃ駄目なんだ!」

 騎士の口調が、荒くなった。

「近隣の村を火獣が襲った話は聞いているか」

 ……!
 この前ローレンスさんが言っていた奴か。
 問屋でも、その話題で持ちきりだったような。
 騎士は説明を始めた。

「その獣、錬金術系の魔法剣では歯が立たない。なぜなら、錬金術と相反するマナを溜め込んでいるからだ。つまりマナの含有量が多く魔法も致命傷にはならない。だから私は、魔剣を必要としている」

 黙って聞いていた親方が、そこでようやく口を開いた。

「もし魔剣が作れたとして、その獣に魔剣一本、たった一人で挑むつもりか」
「そうだ。倒せる自信は、ある」

 そして騎士は、こう叫んだ。

「この町の人々を、守りたい! だからどうか! 魔剣を私に――!」

 自信満々の騎士の言葉に、親方は吹き出した。

「はっはっは。若いな、騎士殿」
「なにがおかしい」

 親方はひとしきり馬鹿笑いをすませると、大きく深呼吸をする。

「嘘をついて済まなかった。確かにここは魔剣鍛冶ができる」
「お、親方!?」

 知らなかった。
 親方は武器を嫌っている素振りばかり見せていたのに。
 信じられない。

「打って頂けるのか、水の魔剣を」
「もちろん代金は頂くが。……討伐報酬金、全額といったところか」

 自分に何の利益もなくなると言うのに、騎士は表情も変えなかった。

「そのくらいお安いご用だ。しかも報酬討伐金程度で打っていただけるとは、感謝の言葉も出ない」
「それからひとつ約束をして貰う。ここが魔剣を打てる鍛冶屋だと、絶対に言いふらさないこと」
「勿論だ。すくなくとも、これからはご贔屓にさせて頂くことにする。よろしく、お願いします」
「うむ」

 ここに、商談が成立した。
 僕は現実を目の当たりにして、どうしようもなく、ただずっとそこに立っているしかなかった。


 * * *


「どうした、アベリオン。元気がないな」

 セシルさんが僕の頭を叩く。
 鍛冶の準備は整ったらしく、彼女も帽子にエプロンといつもの服に着替えていた。

「お前くらいの年頃だと、剣を打つのはむしろ楽しみなんじゃないのか」

 さすがセシルさんだ。
 僕が剣を打つのが嫌なのを分かった上でこういうことを言ってくれる。
 ……そう、幼なじみで鍛冶屋に弟子入りした奴は皆、剣や鎧を造りたがっていた。
 僕にはそれが理解できない。人を殺すための鉄器を、どうして造ろうとする?

「自分が人殺しに手を貸しているような気がするから、武器を造るのは嫌いだ」

 セシルさんの暖かい手のひらが、僕の頭をぐしゃぐしゃとかき回す。
 まるで何も分かっていない子供をあやすように。

「馬鹿者。あの親方が、ヒトを斬るような剣を造るはずがないだろう。あくまで害をなす獣を討伐するためだ」
「でも――」
「いいかアベリオン。お前がいつも造っている農具や包丁でだって、ヒトを殺せるんだぞ」
「それは本来の使い方じゃない」
「じゃぁ剣は、ヒトを殺すのが本来の使い方だというのか」

 セシルさんは、僕の頭を割れそうなくらい強い力で握りつけた。
 彼女がなぜこんなことをするのか分からないまま、僕は痛みに耐え続ける。

「剣でヒトを殺すのは間違った使い方だ。剣はヒトを活かすのが本当の使い方だ」

 表情ひとつ変えずに、ただ僕の頭を締め付ける。

「全ては使う者の意志。お前は、親方がヒトを斬るような人間に剣を打つと思うのか?」

 彼女の言葉は、僕に大事なことを閃かせてくれた。
 それと同時にふっと、彼女の手が離された。
 頭の中がくらくらして、地面に倒れたのかどうかすら分からない。ただ、背中に強い衝撃が走った。

「すまなかった。大丈夫か」

 つい力んでしまったと、セシルさんは謝った。
 こっちこそ我が儘を言ってごめんなさいと、僕も謝った。

「我が儘か。私の言っていること、分かってくれたのかな」
「たぶん。なんとなく、分かったような気がします」
「そうか」

 セシルさんはもう一度僕の頭をぽんと叩いて、鍛冶場に向かっていく。
 彼女、僕の頭が好きなのだろうか。


 * * *


「久々の大仕事だ。気を引き締めて行くぞ」

 親方はいつもと違う槌を手にして叫んだ。
 頭が青く光る円筒形の金属で造られている。

「あれは、お前が取ってきた例の鉱石から造ったんだ」

 セシルさんは僕の耳元でそうつぶやいた。マナを溜め込み、増幅させる性質があるという。

「アベリオン、お前はまだ見ているだけでいい。見て、要領が分かったら手伝ってくれ」
「はい」


 親方が赤熱した鉄に槌を叩き付ける。一瞬で鉄片の熱がなくなる。もう一度炉に入れる。
 剣はヒトを殺す道具じゃない。
 何度かやっているうちに、鉄自体が青く染まってくる。
 剣はヒトを活かす道具だ。
 完全に青くなっても、まだまだ叩き続ける。
 でも全てはヒトの意志で決まってしまう。
 何度も何度も、薄くのばした鉄を折り畳むように叩きつける。
 だから親方は安易に剣を打とうとしなかった。
 鉄を数個に分けて、それぞれをまた鍛えていく。
 親方はあの騎士だからこそ魔剣を打とうと思ったんだ。
 分けられた鉄が、細い棒の形を成すよう圧着される。
 あの男なら、魔剣を人殺しに使わないと判断した。
 小槌で形が整えられていく。
 僕の信じる親方が信じた騎士様だ。間違いを犯すはずがない。
 それを、水に漬け込んだ。鍛冶場中に蒸気があふれる。

「久々だったが、上手くできたもんだ」
「アベリオンが集中するとマナの流れがスムーズになる。結構、アベリオンのおかげだな」

 水から引き上げられ、大きく反り返った青い剣を見て、親方とセシルさんは感嘆の声を上げる。
 僕は、見たことのない形をした、余計な装飾のないその剣に見とれていた。

「これは剣とは違って『切り裂くもの』でな。これから表面の汚れを削り落として、刃を研いでようやく完成だ」

 この行程が一番重要で時間がかかる、だが俺に任せておけと親方は胸を張った。
 ……納品期限まで、あと一日。


 * * *


「あの騎士、亡くなったそうだ」

 役所から帰ってきた親方は、ボロボロになった青い剣を抱えて帰ってきた。

「火獣と相打ち、致命傷を与えた後、奴の熱にやられたらしい」
「ちょうど私の畑の目の前で、獣を倒してくれました」

 親方の後ろからローレンスさんが顔を出した。

「さてアベリオン、お前に任せたい仕事がある」

 親方は青い剣を僕に差し出す。

「こいつを鍛え直して、カミの形に造り替えて欲しい。この国のカミに」

 僕はそれを受け取る。
 なんだか、実感が沸かなかった。
 ……剣とはヒトを活かすためのものだとセシルさんは言う。
 この剣は確かにローレンスさんを活かしてくれた。けれど騎士を活かすことはなかった。

 一人の犠牲で済んで良かったなんて考えられない。
 たった一人でもヒトなんだ。
 どうしてこの魔剣は、彼を活かしてくれなかったのだろうか。

 カミよ、せめて彼に、安らかな眠りをお与えください。


 * * *


 ある墓に供えられた青い四つ足の獣は、いつまでもその墓場で、その死者の名を活かし続けていたという。
 この工房都市を守った、勇敢なる騎士の名を。


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