ある嘆き
彼は私とある意味で同類である。
いや、似通っている部分が多いといってもいいし、彼は私の欠点を気づかせてくれる鏡でもあるともいえる。
まあ、後者は彼に限ったことではないが。
「なんで世の中は君と私が嫌いなあれが好きなんだ」
人間は快楽と刺激を求める。しかも、すぐ飽きる。より強い刺激を発する。君も私も。
「だがベクトルが違うのさ。質も方向も。他人のために役に立つ方向にでもある」
はは、でも、それを求める人間がいるならば同じ理由で、我々の嫌いなものも肯定される。これは使えない意見だ。そして、我々の方向が正しいとはいえないかもしれない。どちらがいいかは決まらない。
「いかにもそうであるね…だが私も君もそれが好きでない。それに今夜はやけに肯定的だな、気でも狂ったか?」
ご冗談を。いや、思想として敗北しているような気がして、気が弱っているのさ。
「確かに、君と私のような立場は脆く弱い。そりゃそうさ、種の保存を否定する方向にあるんだから。まさに脆弱な立場、いわば自然の摂理を無視して通ろうとするようなもの。あちらを論破するのは不可能」
悲観的だ。しかし悲観的は成功しない。過ぎたことは全てよくない。
「君の座右の銘か。でもそうであれば、我々の趣味もそうじゃないのかい」
許容量が違うとで言いたいね。やりすぎに到達するまでの範囲が広いのさ。
「あっそうかね。まあでも、いずれにせよある独裁者のような騙しの才能も隣国が七つの国の指導者のような方向を束ねる力も無いわけだ。君も私も凡人に過ぎぬ」
残念だな。まあでも私は強制は好まないのさ。強制で得られるものは無い。
「はは、選択で失うものも多いがな」
それはそうさ。後になってみなければ分からない選択など多くある。自由といって無視するのはそれこそ自由だが。
「でも、白旗に近いな。敗北は目の前さ。宗教も倫理もいずれは消えて無くなるだろう。残るのは…考えたくも無い」
まあそういうな。多分君と私が終える頃までは持つから。
「まあ、もう何世紀かは持ってほしいがな」
それとも12で滅びるか。それが起こらないことの証明は誰にもできない。
「矛盾していない事象は存在していないのか、それも気になるひとつだな」
それはどうでもいい。ただ、方向が曲がらなければいい。
これで終わった。
こうして書いてみると、自分がいかに曲がっているか一方的であるかが分かる。
それに、彼に教わったことはもうひとつある。私が知ったかぶりばかりしているということだ。
自分が残念で仕方ない。そして愚かしい。
あれも嫌いだが、自分自身がもっと嫌になりそうだ。
ただ、自己否定はたぶん経験上、人生にいい結果をもたらさない。
過剰な肯定は言うまでも無いが。
最終更新:2010年05月15日 23:38