雇用
彼は、まあ規模はとても小規模ではあるが、社長であるそうだ。
そんな彼のところに行く用事があったので、話をしてきた。
「やあ社長。今年は誰か雇ったのか」
んなことできるわきゃあねえだろう。必要な人数しかとらねぇのさ。後数年取るつもりは無い。
「またまたご冗談を。昨年は愉快な広告を出していたのに」
そんな事言っても宗教人と哲学者の求人広告は出さないぜ。
「ずいぶん評価してくれるね、ただの素人を」
誉めてねぇよ。求める方向が違うといいたいのさ。
「ま、それにしても、随分と寂びれた事務所だな。二つの意味で」
ああそうかい。それは誉め言葉として受け取っておくよ。
「でも社員は今日いないのかい」
いねぇよ。何曜日だと思っていやがる。うちの定休日はこの曜日なんだよ。俺はいるがな、明るいうちだけ。
「会社漬けで楽しいか」
どう思うかは勝手だ。一概には決まらない、ってのが持論の癖に何を言うんだ。
「いや、失礼。君はどう思うのかとふと思ってね。それを聞きにきた」
暇人め。まあいい、今日はやれることもそんなに無い。まあでもそれを話すなら、今さっきの雇用の話もしないとな。
「お聞かせ願おう」
あんたが知っているように、俺はそんなに環境が変わるのを好まない。だから人もあんまり採りたくない。それに募集するのは単なる処理者じゃない。
「まあ、指定されたことをいい加減にこなすのみで終わるならどこも採りたがらないだろう」
俺がぜひ来てほしいと思うのは、社員じゃない。発想者だ。必要なのは考え。それに、その上に加えてくる実行者。そんな人材。別に『定時なので帰ります』は構わないが、仕事に対する熱意が無い奴は要らない。最低でも、金銭に対する、それに見合った仕事の量をしてもらわなきゃ、ここは潰れる。単にこなすだけなら不要だ。余裕のある大きいところに行ってくれればいい。で、そんな人材はめったにいない。だから広告は出さない。そんな椅子は用意できる会社じゃない。でも、そんな人材と運に恵まれれば、仕事は素晴らしいのさ。
「君らしい。実に君らしい。君のは単なる仕事ではなく、もう趣味であり生きがいだな。そう聞こえる」
俺は別に仕事だけが全て、ってのも悪くないと思う。いや、ここで言う仕事は少し意味合いが違う。つまらない仕事にするんじゃなくて、人生をかけられるような仕事だ。つまらねぇ単純作業といびりなんていらねぇ。だから規模も小さい方がいいのさ。
「それでか。大きくしようとすれば出来るのに」
身の丈にもこれが合うのさ。
「またご冗談を」
いい意味で、仕事に熱中できるような人生もあるのだろうな、と思う。
何かを主体的に出来るということはすばらしいのかもしれない。
きっと、そんなこともある。そう思った。
最終更新:2010年05月16日 12:41