積らない話
彼と偶然会った。また別の彼である。
まあ偶然といっても、お互いの生活範囲が重なっているだけなのかもしれないが。
例によって、話をした。
そして彼は、話の途中で、こう言った。
「確かに、金は裏切らない」
まあそうだろうな。
「でも、本当にそうか?その裏切らない金の価値を勝手に決めるのは、裏切る人間かもしれないぜ」
なんというか、どうしても君は、そういきたがるね。まあ、続けてくれ。
「この仕組みに組み込まれて生きていくなら、金は大切だろうな。しかし、金は裏切らないが、信じもしない」
あくまでも、人間の中である程度保障された、それは、手段であり、そのこと以外はもたらさないと?
「まあそんなとこだ。裏切らないが、信じてもくれないだろうよ。まあ理性だけで性格を構成できるなら、話は別だろうが、それは人かな?」
人、というには、少し、これまでから見れば、異質だと思う。
どうでもいいような、しかしそれは、大切なことでもある気がする。そんな日常の会話だ。
話題は少々おかしいが、私のする会話とはこんなものである。
そして話は移り行く。
「とんでもないことを言うのがいるんだよ。まあ破綻しているからいいんだけど」
どんなことさ。
「ニュースかなんかで一時期流行ってた言葉で、取り返しのつかない過ち、ってあるだろう」
あったな。一時期だけ。それでそれがどうかしたのか?
「例えば、そいつが『腕がもげるとか目がえぐれるってのは、取り返しがつくかもしれない』って言うんだよ」
でも、その個人固有のそれは、そうだな、複製的技術がさらに発達しても、たぶん、完全に同じものはできないな。
「先読みするなよ。まあそうさ、そいつは『臓器移植とかクローンとか細胞も作れるなら、取り返しがつく時代が来るのかもな』って。さすがに『頭はさすがにどうだろうな』とは言っていたが」
でもそれはそうだな。もし簡単にそんなことが出来てしまう時が来れば、倫理も刑罰もない。そういうことが出来てしまうと、下手をすれば『痛くとも、戻せるからいい』という言葉がまかり通るかもな。道徳が薄まりそうだ。意識がなければ、規則なんて形だけになって、その規則も曲げられてしまうだろうし、本当にどうなることか。そこに鎮痛剤もあれば最低だ。
「先かもしれないが、規制しなきゃ、そういう話だって-いや、俺や君が生きている間かは知らないが、それもありえるんだよな-ありえなくはない」
いつ何が起こるかなんて、わからないほうが多いからな。わかったら、それは恐怖か退屈だろうな。
「おいおい、他にもあるだろう」
確かにな。
そしてしばらく時間が過ぎて、ふと、もう四時か、といってから、思い出したように、彼はこう聞いた。
「これってどういう意味か知ってるか?」
紙に書かれたのは⁅complex⁆という英単語だった。
そして私はこう言った。特に他意はなかった。
辞書でも引け。
「冷てぇなあ。ただでさえ今年は寒いのに」
寒冷化論もあったな。あれどう思う?
「はぐらかすな」
はいはい。確か、複数の、もしくは複合的なとか、あるいは複雑よく、それに言われるのは、劣等感だろうかな。あいつの子供にでも聞けよ。そういう時期だろう?それとも、意識的に感じないとされるほうか?
「学生の邪魔してどうするんだよ、というか、あいつの子供に俺は殆ど面識がないからな。そんなこといきなり聞いたら、もう要注意の不審人物だな」
ははは、いきなり聞けなんて言ってないじゃないか。
省かないと、結構、どうでもいい、しかし、楽しい会話がかなりある。まあ、内輪の話だが。
で、どれなんだ?
「すまない、単刀直入に言うとその中にはなくて、日本で作られたやつだな」
ああ。それか。
「そう。それだ」
まあ、控えめに言って、見ていて好ましいとは思わないな。しかし一方でそれは単なる差別用語でもあるだろ?それとしても、使われているはずだ。他人を異として、いわゆる"自分たち"という同じ集団は健全だと主張するような。まあ確かに、重い軽いはあるだろうし、大体において行き過ぎは、おかしくなるというのもあっているとは思うが。
「そういうなよ」
まあ、私にその傾向がないとは、私もいえない。私の価値観自身が、偏見のみで構成されているからだ。
「常識という名の?」
そうでもないな。というか、どれが偏っているんだ?それが分からない。真ん中に似たものはあるはずだが。
「それについてはまた今度だな」
軽くあしらわれた。しかし、気になることに一つである。
全てを偏見といえるだろうか。常識とは何か。今は分からない。
昔はあったのかもしれないが。
そして彼は聞く。今度は少しまともな方向へ行った。
「平和は退屈ですか?」
君の言い方を借りれば、たぶん『人は、それがあると気づかない。ないと欲しがる』んだろ。
「その価値にな。まあ生活の基準が下がれば、誰だって昔は良かったって言うのと同じさ。実際に地雷を踏みたいとか劣化ウランで撃たれたいとは思ってないだろ」
そんな高価なのは、そういう対人じゃ使わないかもな。それに用途としては装甲向きじゃなかったか?
「例えだよ。わかってんだろ?」
そうだな。まあ、何も考えもせずそういって、君が言ったようなことを言われても、行きたいと言った人間がいれば、生身で地雷除去のボランティアでもすれば分かるかもな。
「ひどい表現だな」
しかしながら、個人的なそれも、平和といって差し支えないと思うが。まあ、説得した時点でいきたいと思わない場合はそれもいいだろうし。
「まあな。それもそうか、確かにそうだ」
私は決して人のことをいえないが-ただでさえ会社員の彼によく言われる-もう少し考えれば分かりそうなものだが、どうして気づくことが出来ないのだろうね。
「人間は理性で動いてないから?」
なぜかそう聞いた瞬間、既視感というか以前何か経験したことのあるような、思いがして、謎の映像が浮かんだ。リニアとある小説の主人公の弟の、間違った方向にゆがんだ顔だろうか。もちろん本編ではそんなことはないという顔だった。
昨日は三時間しか寝ていないので、おかしなものでも見えているのだろうか。
「おーい、起きてるか」
起きてるとも。
「で、どう思う?」
というより、目先のことの方が、現実味があるんだろう。退屈を紛らわせたいと言ってそういうことを口走ってみたり、嫌なことはやりたくないと言ってどうしようもなくなるまで他人に任せるか放っておくかをしてみたり。そういう面はあるだろう?
「お互い人の事は言えないがな」
それは確かに。
そんなことを話していた。
人も違えば、話も違うものだ。
またそれがいいものだ。
私にとって。
最終更新:2010年07月02日 20:56