逆
しかし今考えてみればおかしな光景だった。
立場が違うのかもしれない。しかし、正論である。
電車に乗っている時にその光景を見た。
このように書くと失礼であるが、いかにも怪しげな目つきの-目が飛び出ていて、瞬きをせず、他人を見つめている-中年がいて、そこに今時はなかなか見かけなくなった学生のような服装の目つきの悪い若者-少年というと若すぎるような気もするが、青年と言うと伝わらないように思われる-が乗ってきた。
席はほぼ空席である。
なぜかその怪しげな中年はその青年を捕まえて話を聞かせ、またさせた。
ここあいてるよ、などといい、いかにも親切そうである。ややおせっかいにも見えるが。
そしてなぜか、わざわざ自らも青年の座った席に移動してまで話をし始めた。
その中年男は前にのめりこむようにそりだしており、傍から見ても異様に思われた。
しかし、その青年は微妙な笑顔ではあったが、ある程度の礼儀をもって話していたようだった。
そのうち、その中年は、妙に青年の体を触り始め、また、その中年が青年期に体験したと思われる同性愛を連想させるような、聞いているほうが困惑するような話をし始めた。
ここでさすがに青年も聞くに堪えなかったようで、『お話の途中すみませんが』と断って、意思表明を行った。
「初対面ですし、あなたが私よりも年長の方でありますから、とは思っていましたが、もう我慢ならない。失礼を承知で言いますが、大体、なぜあんたはそんなに見ず知らずの人間の体に触るんですか?礼儀と言う文字はあなたの辞書にはないのか、疑問です。外国の文化にあるようなスキンシップだとしても、度が過ぎているとしか思えませんね」
青年の、にこやかでもないが笑っている顔が変わってゆく。
「それに、他の乗客の方々は寝ていらっしゃる方もいますし、話していれば邪魔ですよ。はっきり言って。まあ、今の私もそうかもしれませんが、いきなりあんな変な話を同じ車両でされて心穏やかでいられます?あんたは?」
もうにらんでいる。
「私はこれでも年齢にあった礼儀と振る舞いをしているつもりですが、あなたはそうではないようだ。これだから言われるんですよ、最近のおやじは、と。あなた一人のせいで、全ての同じ人種の、同じ年齢層にレッテルが貼られるんですよ、あんたのせいで。そこまで考えていただきたい」
最後はもう諭すようだ。
何かもう、速度違反で捕らえた人間を諭す警官のようだった。
「お父さんねぇ、そりゃあ、話を聞いてもらいたいって言う気持ちはわかりますけどねぇ、子場所と身分をわきまえてしなきゃだめだよ?余計話し聞いてもらえなくなりますよ?先の見通しを持って行動しなきゃあ、老後に孤独死しても知りませんよ?そんなんだと、施設の人にも物扱いされちゃいますよ。いい歳してねえ、そんな、昔親友の家でいきなり服を脱がされて体を触られたなんて話しちゃいけませんよ、こんなところで。もっと目先のことを考えてやらないと。もう若くないんですから、世間の目は厳しいもんですよ?ねぇお父さん、そう思いませんか?」
もう、警官のようにしか思われない。その説教は、中年が降りるまで続いた。顔が真っ赤である。
「いやあ失礼しました。申し訳ないですね、全く。少々鬱積がたまっておりまして」
そんな最後の挨拶だった。
さすがに、彼も向こうの事情をあまり考慮しなかったところは反省したのであろうか。
されるはずの側とされるはずでなかった側。何か逆転していて愉快である。
うまくかけないのだが、もっと青年は痛快に話をしていた。
あたかも不審者のような中年と奇妙でめったにいないような青年。
そんなものはもう二度と見れないかもしれない。
いや、あんな同世代は見たくないが。
最終更新:2010年07月12日 19:22