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ある楽天家の言い分

試験とか入試とか

いろいろ騒がしい季節だ。
とはいっても、いったん離れてしまえば、そんな事を気にする事は無くなる。
というよりは、また新たな問題が出てくるからだ。
しかし、今日は久しく話していない、その話題になった。

久しぶりに、同期の、いや、級友であった人と会った。

「中学の受験とか大学とか高校とかいろいろ世間の親がうるさい時期だな、本当に」
確かに。『滑る』とか『落ちる』とかが禁句になって面倒だ。氷が張って滑る時期なのにな。
(まあでも、俺は子供とかそういう世代とは接しないから関係ないが)
「でも、あれって、要は『滑って』も、『落ち』なきゃいいんだろ」
そう考えるのか。そうかもな。
「だって、ぎりぎりでも受かりさえすれば、外から見たら同じだからな」
東大にもピンからキリまでいるって事か。日本ならそうだろ。
「外国は厳しいところもあるけど、なんせ、一年費やせば確実って言われてるからな」
「適当にやってれば、そのうち受かるだろ。後は運次第」
なんか、あんたの言う『適当』はどっちだか分からないな。
「気楽にやるのも必要だぜ。いつか受かるって」
頭よけりゃな。
「いや、やり方次第だろ。それを知れるかどうかは運次第」
全部運だな、あんたは。昔からそうなのか?
「努力とか俺は出来ないからな。運の占める割合はかなり大きいだろ。八割か九割」
「でも、努力とかそういうことできる人を俺はすごいと思う。」
「そういうもんがなきゃ、やっぱし、世の中は進まないからな」
なんかいい人生歩んでんだな、おまえは。
「全ては考え方さ」


奴はもっと気楽な口調だったが、私が思い出すとこうなってしまった。
あいつの言う事ももっともだ。運が悪ければ、明日雷が落ちて私は死んでしまうかもしれない。
しかし、運が全てではない、か。

私は、もう少し、他の要素も、必要だと思うが。特にあいつには。


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最終更新:2010年02月09日 11:02
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