日本語にすると
愉快な会話である。少なくとも私にとっては。
昨日はあいつと会ってきた。そのときの会話だ。
「なあ、カタカナの英語もどきをさあ、無理やりひらがなとかの文字に変えたら面白くないか」
例えば何だよ。
「例えば、『スーパーマン』とかは、『超人男』、いや、『すごい人』かな」
思わず噴き出してしまった。あいつのセンスには感服だ。
ぶははは。いや、確かにいいかもしれない。
「普通に訳すとさあ、確か『ジョーズ』は『あご』だよな」
『あご』か。もう何の映画か分からないな。むしろ不思議に思って観客が増えるかもな。
「『バック・トゥ・ザ・フューチャー』なんか『未来への帰還』だぜ。なんかもう小難しいSFみたいだ」
もう訳がわからないという。
「『なんとか・アンド・ザ・シティ』なんかは、『性別と都市』だぜ。他の訳はあるかもしれないが、これだと、統計かなんかの本の題名になっちまう」
もう笑うしかないな。なあ、じゃあ『デイ・アフター・トゥモロー』はどうなるんだ。
「うーん。The day after tomorrow だとしたら、『あさって』か」
なんかもう、何の映画かわからないな。『あご』もそうだったが。
「結構、言い換えも面白いと思うんだけどなあ。訳あってるか知らないけど」
確かに、意味合いや雰囲気が違うからな。米語と日本語の違いでもあるし。
「そう考えると、翻訳家は、どの国の間でやっても、大変だろうな。いい翻訳家は特に」
ふざけているが、翻訳は楽しい。間違っていても。
いや、もとの映画をしっかりと見ていないからこそ、おもしろいのか。
後日談
「あ、そうだ『美女と野獣』ってのは原題どうなってたんだっけな」
そうか。確かにそれは思いつかなかったな。確か『Beauty and the Beast』だ。英語ならな。
「『美しい何かと野獣』か。何か省略されてるのを補って翻訳しろって事か」
何事にも、それなりのやり方があるようだ。
最終更新:2010年03月06日 17:52