食べ物と保護と美術論
彼らは、言動が宗教家じみている。決して悪い意味ではないが、そのように思う。
しかし、私はそれを嫌わない。ビジネスで無いからだ。洗脳でないからだ。押し付けもしない。
まあ、実際にどこかの宗教に属するわけではなく、しいて言えば、個人的信仰だろうか。
私は勝手に宗教家と呼んでいるが、否定はしないようなので、ここでも使う事にする。
今日は、彼らが生き物について語った時の事を書こう。
「どうして、動物肉を食べる事は駄目で、植物を食べる事はいいのでしょうか」
「第一に、俺たちは生きてかなくちゃあなんない。だから食べる。第二に、植物は動かないし、赤い血も出ない、悲鳴も上げない、動くという抵抗はしない。楽だよな。そう、種も果実も他のいろいろも、走り回ったり、泳ぎ回ったりはしない。おまけにたくさん生えてくる。第三に、切った奴を植えときゃ、また再生するのだってあるし、いつ死んだかが曖昧だ。だからだろ。良心の呵責を、大体の奴らは感じなくて済むんだ」
「理不尽ですね。植物が多いのは食物連鎖がある以上、仕方ないことですし、動くことが出来ない為に、切られても再生する事が出来るようになったり、多く増えるようになったのではないですか。『人間は生きるために食べるべきで、味覚を楽しむために食べてはならない』のではないのですか」
「人間ってのは、理不尽なんだ。知ってるだろう。言い方は少しあれだが『楽しみが無きゃ、人間駄目になっちまう』って聞いた事無いか。食べるのが、食べる事だけが楽しみだって言う人間もいるかもしれないだろ。お前さんの言い分も分かるが、ああいうことしか言えない菜食主義者でも『植物は血も流さないし、悲鳴を上げないから殺してもいいんだ、虐殺もいいんだ』って思ってる訳じゃない。でも、金持ちになってからそういうこと言い始める奴らは、そう考えてるのかもな。生態系とか『環境』って言えば、うけもいい。まあ、お互い様だけどな、人間が関わらないと増えすぎるもんだって勿論いるし、人間がいなきゃいなくなっちまうのだっているだろうよ。それを奴らは考えちゃあいない。全部同じだって思ってる」
「奇妙なものですね。私は人の事は言える人間では決してありませんが、結局は自分のエゴと、これまでの活動への後ろめたさと、見た目しかないのでしょうかね。悲しい事に」
「そりゃ、そうだ。保護なんて結局外見なんだ。蝿が絶滅しようと、知らんぷりだ。でもイルカは違うし、クジラも違う。西洋の奴らにとっちゃあ、とってもいいもんなんだ。見た目が。あと宗教的なもんもある。少し大げさだが、宗教が根付いてない国なんてたぶん、日本ぐらいだ。奴らは、蝿とか蚊とかも気持ち悪いもんは絶滅しそうになっても、レッドデータブックには載せないぜ。中にはいい国もあって、ブータンあたりの国はいい国だから、そんな事はしねぇだろうがな。それに、蚊とかネズミで病気を媒介するって嫌われるのは、ある意味じゃ、仕方ないな。でも俺はカマドウマだって好きだぜ。しかも動きが速い。いや、流石にうようよいたら何だって気持ち悪いからな、そこんとこ誤解すんなよ。人間だって何だって、一つだからいいんだろう。多すぎちゃ、気持ち悪いだけだ。あ、そうだ、人だっていすぎりゃ気持ち悪いよな。だから、殺し合いすんのか。なんて、な。最後のはジョークだけどよ、それ以外は、そう思うんだ」
少数派の意見の方が面白いとはこのことか。
やはり、聞くなら、個人だ。集団や塊の話を聞いてもつまらない。
最終更新:2010年02月24日 18:37