金は何に使うか
彼の宗教はおそらく商業である。
私は彼を宗教家ではなく詐欺師であると思う。
彼も、詐欺師とまでは言わないが、それを自覚しており、否定はしない。
ただ、少し意見が違うようだ。
「宗教はビジネスですよ」
あんたの場合はそうだろう。
「しかし、全てではない」
まあ、そうだろうな。
「私の場合、彼らが求める場所を提供して、対価を頂いている訳ではありますが」
何故それを求めると思う。
「彼らに聞いてみてはどうです?なんて冗談ですけどね。人によりますよ」
生きがい、明確な苦痛の理由、寂しさの緩和、変身願望あたりが理由だろうが、どう思うんだい。
「そこまで言うなら自分で考えればいいですよ。しかしね、とにかく、仲間と思える人間が集まるって事は彼らにとっていいんじゃないんですか。『信じるものは救われる』なんて有名ですけどね、やっぱし、あれですよ、何か信じられるものとか、期待に応えてくれるものが欲しいんじゃないですか。」
そういうものかな。
「そういうもんですよ。例え、その宗教によるものでなくとも、いい事があればおかげだと思えるし、悪い事があれば、『前世の行いが悪かったんだ』って納得できる。それが宗教です。同じような境遇の仲間も出来るでしょうし、孤独ではなくなる。自分を認めてくれる人間もいて、場合によっては生きがいすら出来る。いい事ばかりじゃないですか。あるいは、個人崇拝だったとしても、そのような要素がありますよ。いいんじゃないですか、別に何に使おうと自分が満足できれば、他の娯楽と同じです。むしろそれよりいいかもしれませんよ」
彼の言い分も一理あるのだろうか。
私には判断しかねる。
しかし、果たして、自分の渇望を自力では満たせない時に、入るだけで全てが満たされるとしたら、入らないでいるだろうか。たとえ、財産を支出する先が宗教だとしても、金額は違うにせよ、他の娯楽への浪費と何が違うのか。
最終更新:2010年03月07日 15:01