悲観
彼に久しぶりに会った。
今回はいつも通りだった。
「何でこう停滞しているんだ?閉塞感と言っていいが」
行き先が不透明で成功しないと信じ込んでいるから、君風に言えば。
「なんでそうなのかね。やらなきゃ成功なし。たまにはもっと賭けでもすればいい。リスクは危険じゃない、投資だ」
あんたはいいなあ。その自信を分けてやれよ。
「は、自信も希望も、もらうもんじゃないよ。そのぐらい勝ち取れるさ。後は運しだい」
大言を吐くのは自由だが、説得力に欠けるな。あとそれは、ある程度衣食住揃ってる場合かもしれないな。与えられる希望もある。
「頭固いなあ。意味合いが違うぜ。それに食事にも困る状態からだって成功しないことはない」
意味合いか、確かに。でも分かってはいるが言いたくなるのさ。
「ああそう。でもなあ、何か足りないよな。もっと人生でもかけてやってみればいいのに」
君みたいな人間ばかりではないと思うぞ、悪いがな。
「でも悲観で終わっても誰も得しないぜ。そいつが成功すれば、少なくとも何もせずに終わるよりは、いいと思うけどな」
たしかにそうかもな。普通は。他人を犠牲にしない成功なら。
そして話は移り変わる。
「人は褒めてほしいものかな」
あんたの口からそんなことを聞くことになるとは。なんかあったのか。
「噂で聞くところによれば、結構、それで辞めていく新入社員が多いらしくてな」
どこかで聞いたような話だな。
「まあそういうな。でもそう思うか」
過激かもしれないが、ずれている、という指摘もある。つまり会社側が要求していることとその社員が力点を置く箇所が違うらしい。上司から見れば当たり前のことをやっただけで、精神上の報酬を求める者ばかりとは思わないが。
「つまり、とても単純な事務処理的-そうだな、売り上げ表作りとか-の見栄えとかに無駄にというか必要以上に拘り過ぎていて、求められること-例えば新商品の創案だとか仕組みのアイデアを出すとか、いや、違うか、それはもう少し上か、あるいは求める少し先の成果まで出すとか、それに、ただ資料作るだけじゃなく自分の意見を加えて出す、でもいいが-まで気が回らないか時間的に手が回らないということか」
まあ、そういう面もあるのではないか、とは言われる。それで不満を言って辞めていく者もいるそうだ。それが全てではないと思うが。
「だったら、そこでもっと別のことをやって驚かせてやろうとか思わないのか?それが不思議だ」
不景気が彼ら/彼女らから、君の持つような野心を洗い流してしまったのではないかな。
「ああそうですか。でもそれで辞めても見通しはあるのか?」
彼もそんなことを思うのだろうか?
おお、あんたにしては珍しいな、そんなことも聞くのか。
「そういう立場なら余計にあの自称会社員みたいな事を思うんじゃないのか、と思っただけだ」
ひどい言い様だな。彼が聞いたら悲しむぞ。
「悲しまねぇよ、あいつと話すときもこんな感じだ」
そうだったな。以前揃ったときはそうだったな。
「まあいいじゃないか。でも気になるよ、全く。他人が指標なのかい」
価値基準がものから人に変わったのかもな、それも私からすれば質でなく量だ。
「他人の目は気にする必要が無いとは言わないが必要以上にやることではないのにな。それが全てだったら成功なんて出来ない。ああもちろん他人といっても顧客には目を向けてなきゃいけないがな。顧客が何を求めるかには特に。求めないのは売れない。ま、それを売る需要づくりも悪くないし、それが醍醐味でもある」
そういうものかな、私には分からないが。
「あんたにやってみろとは言わないが、同業のそういう人間には挑戦してもらってもいいと思う。むしろそうすべきだな」
是非とも、いらないものでない方向でな。
「わかっているとは思うが、別に詐欺とか無理やりな売り付けじゃない。それ自体で勝負するのさ」
わかっているとも。君はそういうだろう。
しかしながら、と私は思う。
そもそも、消費しない思考が支配的になっている今どうやって売りつける?
「違うな。分野が違うだけだ。まあ、稼ごうって人間がいなくなると、金持ちが固定化して商売としては安定-最悪なら癒着だ、つまらん-はするが、ちっとも面白みがない」
でもやはりそうなんだろう。傾向としては。
「認めなくもない。でもな、何でも売れるより、売れないときに売るのが楽しいんじゃないか?」
そういうものか。
私にはわからない世界である。
しかしながら、ただ思うよりは企業でもしてみればいい、という彼の言葉は正しいのかもしれない。
難しいと思っていれば難しくなるのだろうか。
まあ確かに、『そんなことできるはずもない、やめておけ』という言葉を聞くばかりよりはいいのかもしれない。
ただ、そう思う。
最終更新:2010年05月20日 17:45