極論で
彼は極端で偏っている。1か10しかないような事を言うのが日常的だ。
さて、今日はそんな彼と、話をした。
「言論の自由とか思想の自由とか言ってたんだけど、どう思う?」
今朝の新聞か?
「惜しいな。まあいいや、あれってどこまであるべきだと思う?」
その話をすると、ここでの『自由』の意味と他国での『自由』の意味について議論する事になるが?
「それは飛ばしてくれないか?」
個人としての他人、集団としての他人を不当または過度に害しない程度。また、頭の中でのみならかなり自由にしてもいいが、他人を害する行動はしない、また、その害する表現を無理に押し付けない、無理に広げない程度。
「そう。なら、頭の中でなら人を殺したいとか思っていいわけ?」
まあ、そうなる。例え君が今から何処どこへ言って無差別に人を刺したいと思っていても、止めはしないし、権利もない。だが、実際に行動しようとするなら話は別で、私やあるいは警察などの治安維持機構は止めないいけない。
「そうだね。そうなんだよ。実際そうなんだ。それに、頭の中は覗けない。無理だ。たとえ、巻き込んで自殺しようとか、他人を殺して死刑になろうとか思っていても、思っているだけで止めていれば、何の問題もないのさ」
しかし、全ては繋がっている。間違えていないか?
「そうかもね。いずれはそう思うかもしれない。でも、今は違う。言ってしまえば、ただ、君とこういうことを話しているだけなら、他人も侮辱していないし、警察に110番して迷惑かけるわけでもないのさ」
確かにそうだ。愚痴も侮辱も君はしないし、悪戯で迷惑をかけているわけではない。
「たとえ、サリンとか作ろうって思っていても、思うだけで実行しなければ、罪には問われない」
実際そんなものを注文しようとすれば、相当に理由、目的、用途は執拗に聞かれるな。そして、手に入るわけがない。だが、そうと言える。
「実際にしたような口振りだね」
するはずがないだろう。想像だ。そんなものには近づきたくもない。
「でも、言うだけは自由。思うのは、どこにいても、自由。なんか愉快だなぁ」
少し、言いたい事もあるが、うまく表現できないので、止めておいた。
違うような気がするが、まあ、今日のところはいいとしよう。
最終更新:2010年03月27日 11:50