意義
彼は自分の事を自嘲してか、余り者と呼ぶ。いや、余り物か?
曰く、いつも、なぜか、一人残るからだという。
私は、そもそも、あまり多人数での行動をしたことがないのでわからないが。
「周囲に馴染めないんだよな」
その歳の、その立場の人間が発する言葉とはとても思えないが。
「でも、まあ、これまでそうだからな、そう思わざるを得ない。よくいるだろ。煙たがられるとかで排斥される奴。あんな感じだ」
君がつるんでいるような姿は、とても想像できないから、正しくも聞こえるな。悪い事はつるむ事から始まる、とは、誰かも言っていた言葉だ。別に必要がなければ、する事も無い。むしろ、集団になった方が有害で迷惑だな。目的がない場合と悪い場合は、特に。
「そう言ってくれるか」
実際そうだろう。自爆テロだって、お一人様なら、規模はどうあれ一回だけで終了で、その上誰にも有益な意味はない。あれは、集団でない場合、発生し得ない。一人の場合は、大義も見つけられないのかもしれないが。
「そこだよな。年齢は関係なく、人間は群れる生き物なんだ。自爆テロも、偉大な発明も、一人だったらできないし、需要すら無かったかもしれない。群れる事は、何かをする上で、必要なのかもしれない」
君と私で、言っている『群れる』の概念が部分的に異なるようだ。私の言う『群れる』は、その必要も無い場合も含むが…
「俺の言う『群れる』は、同じ志を持った人間が『集まる』場合も含む、と言いたいのか」
そうだな。
無駄に、一人では生きていけない、とはよく言う人間もいるものだが、こういった意味で考えれば彼らとしては正しいのかもしれない。
そう思った。
最終更新:2010年04月10日 16:16