……こわい。だから、誰かを探そうと思って赤座あかりは歩き出した。
 ごらく部のみんなと会うために、放課後いつものように部室へ行って扉を開けて――あかりが覚えているのはそこまでだ。
 昼下がりにうっかりうたた寝してしまった後みたいな気怠さを覚えつつ瞼を上げた時にはもう、あの教室にいた。
 理解が追い付かなかったけれど、坂持と名乗る男が現れたことで否応なしに分からされてしまった。
 虫の一匹も殺せない優しい少女が、本能的に“そうしなければ生き残れないこと”が始まるのだと直感するほどに、坂持金発という人物の語った内容は悍ましかったのだ。そして、同時に恐怖と同じくらいの強さで思ったこともあった。
 それは――こんな時だからこそ、誰かを傷付けようだなんて悪いことは考えちゃいけないんだ、ということ。

 「こ……こわいのは、みんな一緒……だもんね」

 支給された懐中電灯を手に、鬱蒼と茂った森の中を自分に言い聞かせながら進むあかり。
 ふるふると手が震えるのを必死に堪えて、なるだけ足音を潜め森の出口へ向かっていく。気候的にはそう寒くもない筈なのにいやに空寒く思える。背中に保冷剤でも押し当てられているような激しい冷たさが、常に身体の中にあった。
 死ぬことは誰だって怖い。だから、あかりには人の怖いという感情を突いて自分の都合を押し通すことは出来ない。
 それに、同じ怖さを抱えている人達で集まることが出来たなら、きっと皆で手を取り合って打ち勝てる……そうも思った訳だ。
 一抹の望みを胸に、あかりは震え蹲っていることをやめて仲間を作ることにした。それから五分ほど経過して、結果今彼女は深い森の中にいる。――正直、頭を抱えたくなった。いくらなんでもわざわざ進んでこんな暗くて視界の悪い場所に行こうとしたのはうかつすぎた。しかし時既に遅し。振り返っても元来た出口は見えない。このまま突っ切る方が距離としては近い。
 どこか小動物にも似た怯え方で進むあかりは、突然あれ、と声を漏らした。

 「なんだか……静かすぎない?」

 森といえば、小動物や虫が活発に活動する場所だ。
 あかりだって、光に虫が寄ってくることは知っている。
 街灯に大きな蛾が群がっている光景くらい、十年ちょっとも生きていたら一度は誰だって見たことがあるはずだ。
 にも関わらず……うまく言えないが、ここには生き物のいる感じがしないのだ。
 これに関して言うなら、“怖い”よりも“ふしぎ”が先行した。
 風に吹かれて葉っぱが擦れる音が、あかりを薄ら寂しい気分にさせる。
 ――いま、ここには赤座あかりしかいない。
 いつも騒がしく盛り上げてくれるごらく部のみんなも、生徒会の人達も、とにかく誰もいない。
 それに加えてこの静けさ。色んな要素が噛み合って、木々の合奏はあかりにとある錯覚を懐かせるに至った。

 自分は、この世界にひとりぼっちだ。
 この狭い会場に、悪い夢のような場所に、助けは絶対に来ない。

 「っ…………」

 思わず足が止まる。
 こぶしを強く握りしめるそれは、戦意を表すものではなかった。
 こうでもしていないと、今にも泣き出してしまいそうだったからだ。
 仲間を集めて立ち向かう。そこまでは、いい。
 しかし、それからは? あの男の人をやっつけてこの島を出ようにも、確か対策が敷かれているはず。
 配られた地図を見た時、会場の四方は海で囲まれていたような記憶がある。
 なら――どうやって、ここから逃げ出せばいいんだろう?

 希望が塗り潰されていくようだった。
 たった一度の錯覚が、猛毒となって赤座あかりを蝕んでいく。
 どだい中学一年生の少女にとっては酷すぎる話だ。
 精神的にも身体的にもまだまだ未発達な女子を殺し合いの渦中へ放り込んだところで、生き延びられる確率は限りなく低い。
 ましてや、あかりのように優しい子なら尚更のこと。
 深淵を覗くとき、深淵もまた此方を覗いている。
 現実を直視したあかりの胸にじわじわと滲み出してくる、紛れもない絶望。
 座り込みたくなる衝動を抑えるだけで精一杯だった。
 取り落としそうな懐中電灯をぎゅっと寄る辺のように握り締め、ぎこちなくまた一歩。
 何も喋らず、さっきよりも数段増しの不安と恐怖に苛まれ、更に数分。

 「……あ」

 あかりは、安堵にも似た声音を発した。
 ほぼ同時、きゃっ――と。女の子らしい短い悲鳴が起こる。

 「だ、だいじょうぶ! あかり、いじめたりしないよっ!!」

 懐中電灯の光が照らし出したのは、白い少女だった。
 白い髪、白い肌。上流階級のそれを思わせる黒基調の衣服と、ぱっと見お人形のような雰囲気を醸す背丈の小さな女の子。
 日本人離れした風貌は見惚れてしまいそうなほど整っていて、でも綺麗というよりはまだ可愛らしい幼さだ。

 「あ、えっとね。私は赤座あかり、っていうの。君は?」

 いきなり現れた他の参加者に、少女はやや怯えた様子を見せている。
 大きな瞳を涙で潤ませながらも、あかりがにっこり笑っていたからか、震える声で彼女も名乗った。

 「…………レーニエ、です」




 レーニエには、はじめ自分の置かれている現状を理解することが出来なかった。
 己の〝世界〟を捨てて、やって来たのはイタリアの街フィレンツェ。
 最初は慣れないことも多かったが、徐々に顔見知りも増えていき、穏やか且つ賑やかな日常を過ごすのが日課になっていった。
 ずっと続けばいいのにと、願わずにはいられないほどに――レーニエは、あの日常をこよなく愛していた。
 最初は記憶喪失と偽って彼らと触れ合い、それが見抜かれ狼狽したことがもう大分前のことに感じられる。
 それほどまでに温かかった。二度と手放したくない、そう心から思えた。
 彼女の記憶では、夕食を済ませていつものように床についたところまではっきりと覚えている。
 明日はどんな出来事があるのだろうと思いを馳せ、瞼を閉じてゆっくり睡魔に身を委ねていく感覚。
 眠気へ呑まれる特有の浮遊感を心地よく思いながら、意識を深奥へ落としていった。
 溢れんばかりの希望と、ほんのちょっぴりの不安を胸に抱きしめて。

 けれど――彼女の前へ立ちはだかったのは、その両方を真っ向から裏切る一人の男だった。
 男は言った。
 殺し合いをしろ――最後の独りになるまで、ルール無用のデスゲーム・プログラムに興じろと笑いながらそう言った。
 この時点で、レーニエは既に涙目になっていた。
 無理もないだろう。如何に彼女が特殊な存在であるとはいえ、精神面は未だ成熟しきっていない。
 悪夢と疑いたくなるような非日常を突きつけられて、平然としていられるわけがなかった。

 彼……坂持金発は全ての生命に平等に、生きるか死ぬかを選べと告げていた。
 確かに、死ぬことは恐ろしい。
 しかしレーニエの理性は、その為に人を殺すことを拒んだ。
 重ねて言えば、そうすることの出来ない理由もあった。
 二十数人の人の中、彼女は確かに見たのだ。
 自分を追っているかつての親友、フランチェスカ――今でこそ逃げまわってはいるものの、旧知の姿がそこにあるのを。

 「………うう……」

 怖い。
 恐ろしい。
 自分が死ぬこともそうだが、誰かの命が失われることも恐ろしくて堪らない。
 不気味なほどに美しい星空の下、レーニエは独り胸元の布地を握りしめた。
 何でもいい。何でもいいから、縋るものが欲しかった。
 そうでもしないと、泣き出してしまいそうだったから。
 身体がふるふると、小さく振動する。
 歯がかちかちと、ぶつかり合って高い音を奏でる。
 レーニエにだって願いはある。
 でもそれは、誰かを傷つけることで叶えたい願いではない。
 自分にはそんな力は無いし、あったとしても誰かを殺したりするなんてことは、堪らなく嫌だった。

 「…………」

 どれくらいの時間が経過しただろうか。
 ふと我に返った時には、握りしめた服が皺になってしまっていた。
 数十秒か、数分か――或いは其れ以上か。
 何にせよ、あまり時間を無為に費やすのが好ましくないことはレーニエとて理解できる。
 分からないことだらけだが、一先ずフランチェスカを探すのが先決だ。
 覚束ない足取りながらも、懸命な判断のもと白髪の少女は歩き出した。

 ――――その矢先のことだった。
 懐中電灯の眩い灯りが、レーニエの視界を塞ぐ。
 きゃっ、と短い悲鳴を思わずあげてしまう。
 すると慌てた様子で、快活そうなお団子ヘアの少女が名乗ってくれた。

 「あ、えっとね。私は赤座あかり、っていうの。君は?」

 あかざ・あかり。
 聞き慣れない響きの名前だった。
 顔立ちからしてフィレンツェの人間ではないようだし……なら何故言葉が通じているんだろうと思ったが、それは気にしないで置く。怖い怖いと感じる自分を押し殺し、精一杯の勇気を振り絞って、レーニエも名乗り返した。

 「…………レーニエ、です」




 「そっか、レーニエちゃん! こんな状況だけど、仲良くしてくれたら嬉しいな!」
 「は、はい」

 困惑した様子で何度かうなずくレーニエに、あかりはにっこり笑顔で微笑みかける。
 あかりの心に涌き出た不安と恐怖、絶望的な感情は軒並みプラス方向へとシフトしていた。
 勿論今だって怖いものは怖い。自分が死んでしまうなんて考えただけで涙が零れそうになるし、坂持をやっつけた後にどうするかの解答なんてちっとも思い浮かばない。……でも、それで足を止めてしまったらそこでおしまいだと思ったのだ。
 第一、自分よりも小さいレーニエだって怖いのを我慢して生きようと頑張っている。なのに歳上の――“おねえちゃん”の自分がいつまでもメソメソしているわけにはいかないだろう。かっこいいとこを見せてあげなくちゃ、そんな使命感があかりの中の不安を物凄い勢いで隅に追いやっていった。きっと、なんとかなる。いつものポジティブも取り戻せた。
 赤座あかりは明るい少女である。
 泣き虫で影が薄い、おまけにおっちょこちょい。けれども元気印の少女である。
 だから、殺し合いという辛い現実にも真っ向から対抗できた。
 もちろんちゃんと見つめた上で、それでも自分に出来る事をしようと奮起した。

 「そういえばレーニエちゃんって、なんだかとっても綺麗な髪の毛してるけど……外人さんであってる?」
 「えと……イタリアの、フィレンツェ……ってところにいました」
 「イタリアかぁ~! いいなー、あかりも本場のおいしいパスタとか食べてみたいよぉ」

 のんきと思うかもしれないが、これがあかりなりの“自分に出来る事”だった。
 レーニエは気丈に振る舞おうとしているけれど、すごく怖がっているのが丸わかりだ。動きが鈍るとかそういう打算的な一切を抜きに、あかりはそんなのはかわいそうだと思った。
 どうにかして元気にしてあげたい。笑ってほしい。そう思ったから、まずは気持ちをほぐしてあげようと思ったわけだ。

 「あかりはね、日本の高岡市、ってところに住んでるんだー。七森中に通ってるの」
 「にほん……聞いたことだけはあります」
 「ほんと!? いいところだからレーニエちゃんもぜひおいでよ、あかりのお友達も紹介しちゃうよ~!!」
 「機会があったら、ですけど……楽しそうですね、あかりさん」

 レーニエは言って、力なく微笑む。
 望んでいた笑顔ではあったが、それはあまりにも弱々しい。

 「わたし、どうしても……思い描いてしまうんです。フランチェスカ――友達が、死んでしまうところを」
 「レーニエちゃん……」

 フランチェスカ、その名前は確か名簿にもあったはずだ。
 名簿の人名がどういう基準で並んでいるのかは分からなかったが、片仮名の名前はレーニエを含めて二つしかなかったのでよく覚えている。フランチェスカ……レーニエの隣にあった名前。

 「訳あって今はあの子から逃げてる身ですが……それでも、死んでほしくなんかない」
 「友達、なんだね。そのフランチェスカちゃんも、きっとそんなに大事に思われて幸せだと思うよ」

 あかりは、彼女をかわいそうと思う以前に――

 「レーニエちゃんは、すっごくいい子なんだね」

 いい子だと思った。
 だってレーニエは、自分が死ぬのが怖いと言うより先に友達のことを話していたから。
 自分の命を大切にするのはもちろん大事なことだ。
 でも、こんな状況で他の誰かを想えるような優しい子が、悪い子なわけがない。

 「え……?」
 「行こっ、レーニエちゃん。フランチェスカちゃんのこと、心配なんでしょ?」
 「でも……」
 「心配いらないよ! この正義の味方アッカリンにどーんとまかせてっ!!」

 レーニエの手を引いて、意気揚々とあかりは進む。
 みんなのところへ帰るために。レーニエを安心させてあげるために。
 この殺し合いを止めるために。赤座あかりは、ちっぽけな勇気を糧としてバトル・ロワイアルを生き抜くことを決意した。

 ―――その数十秒後、盛大にずっこけて涙目になり、レーニエに慰めてもらったのは内緒だ。

【一日目/深夜/D-5】

【赤座あかり@ゆるゆり】
【所持品:基本支給品一式、ランダム支給品×3】
【状態:膝に擦り傷(処置済、行動に支障なし)】
【スタンス:対主催】

【レーニエ@BITTER SWEET FOOLS】
【所持品:救急箱@現実、基本支給品一式、ランダム支給品×2】
【状態:健康】
【スタンス:対主催】


【残り27人】


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最終更新:2014年06月16日 18:36