――、白く無機質な廊下。白熱灯の輝きに照らされて、その男はどこか幻想的な存在感を放っていた。オールバックに纏めた黒髪が特徴的で、体格は然程大柄なわけでもない。なのに、下手な大男よりよっぽど激しい威圧感を感じさせる。
 只管に温かみというものを感じさせない空間に、桐山和雄は一人だった。そこに寂しいなんて感傷を覚えたりはしないが、異常なほどの虚無を総身から滲ませ、たった一人で異質化した病院の景色へと溶け込んでいる。
 この病院は異界だ。それを証明するには言葉を重ねるよりも、桐山の傍らを行き交う白い生き物たちを見るのが手っ取り早い。イトマキエイや小魚、海月などといった海の生き物が我が物顔で虚空を泳ぎ、ゆらゆらと漂い彷徨う。
 空を飛ぶ魚なんて存在しない。桐山だって知っている。だから少しだけ奇妙に思った。あっちは桐山を気に入ったのかはたまた完全に風景の一部として捉えているのか、穏やかに彼の周りをぐるぐる回っている。
 彼はそんな不思議な光景を、眉一つ動かさずにじっと眺めていた。驚くでもなく恐れるでもなく、ただ観察している。定義を見失った海洋生物たちのロンドを二つの眼で見つめて、何を思うでもなくじっと屹立して動かない。
 さながら剥製のようでさえあった。この異常な空間に桐山も取り込まれてしまったのではないかと錯覚させた。もしも桐山が殺し合いの参加者たる証明であるデイパックを身に付けていなかったなら……一枚の名画のような世界観がそれだけで完成していたことだろう。桐山和雄はそれほどまでに、人間味を欠いた存在なのだ。

 坂持金発。
 あの男に会うのは二度目だった。
 一度目は城岩中学校三年B組の面々を対象に行なった“プログラム”で。クラスメイトを二人殺害し、傍若無人な様子を見せつけた程度しか印象には残っていなかったが……今回もゲームを取り仕切るのはあの男であるらしい。
 桐山が微動だにせず景色の傍観に甘んじているのは、ひとえにある種の迷いからだった。迷いというほど具体的なものではなく、もっと抽象的なもの。強いて言うなら、今度はどちらに転ぶべきか、程度の思考。
 前回の“プログラム”で、桐山はコインの導くままにゲームに乗った。そこから先は簡単だ。支給された武器やちょっとした策を駆使して見知った顔の連中を淡々と殺していく。優勝こそ叶いはしなかったものの、結果彼はトップスコアを記録した。

 では、今回は?
 ふよふよ行き来する魚の群れの中心で、桐山和雄は掌を見つめる。

 そこには奇しくも、コインがあった。あの時投げたものと同じでは流石にないようだったが、極論裏表さえあればコインなんてどれでも同じであろう。ゲームセンターのメダルか何かと思しきそれを、桐山は徐ろに宙へ擲つ。
 ここまで、全て前回と同じだ。桐山にとって、ゲームに乗るか乗らないかなんてことは所詮“どちらでもいい”。
 乗るなら黙々と参加者を減らしにかかるだけだし、乗らないのなら坂持を倒すために動くまで。どちらに転ぼうと桐山は感情を一切動かさないまま、己のすべきことを遂行する。
 明かりの反射で煌くコインは、綺麗な軌道を描いて桐山の手の甲へ戻ってきた。それを左手でぐっと押さえつけ、自らの運命を分かつコイントスの結果を何ら躊躇うことなく視界へ入れる。そして、コインを床へと置く。
 一瞬の間が空いて、独り言一つ漏らすことなかった少年はポツリと呟いた。

 「分かった」

 それはつまり、コインの結果に従うという意志であり。
 結果を確認し方針を解した彼は、魚達の群れからすっと抜け出て靴音を鳴らし歩き出す。もうこの不思議な空間にも興味を失ってしまったようだった。ディパックを開き、自らへ与えられた武器を片手に宛がう。
 やることは決まった。ならば、やるのみだ。


 ――――桐山の過ぎ去った後には、裏面を向いたコインが一枚残されていた。
 その意味は、このゲームに乗るということ。
 運否天賦を司る神とやらが居るのなら、相当に悪辣な性質を有しているに違いない。


【一日目/深夜/F-7 病院】
【桐山和雄@バトル・ロワイアル】
【所持品:基本支給品一式、グロック拳銃@現実、ランダム支給品2】
【状態:健康】
【スタンス:優勝狙い】


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最終更新:2014年06月19日 19:16