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『……私は怖いのです。この旅の終わりが』

『辛い旅だったからこそ、終わった時に、もしも、それに酬いるだけの救いがないとしたら……そう思うと、怖ろしくて立ち上がれなかった。私は、無意味に終わるのが怖ろしいのです―――』

『ええ……そうであったらいい。いえ、貴女がそう信じてくれるのなら―――』



 それは、彼の軌跡の、途中の一節。
 銀の腕の騎士が『聖都』へ赴き、その命を懸けて今度こそ己が敬愛する王を殺さんとする決戦の、前夜の話。






 朝に早起きするのが、得意なわけではない。眠気を訴える身体を無理やり稼働させることに、長年の生活の中でもう慣れたというだけだ。
 十二月の肌寒さの中、冷水で顔を洗って意識を覚醒させ、キッチンへ向かって二人分の朝食の準備を始める、いつものルーティン。
 今朝行うそれに違いがあるとすれば、朝食が出来た後に同居人を起こしに行く必要がないこと。冬木の地で与えられた、一人暮らしの学生という身分と単身用の住居。その生活の中で、仕えるべき「お嬢さま」はいない。彼女と共に始めたはずのアイドルとしての業務も、最初から存在していない。
 白雪千夜は、ただの一人の高校生。そういうことになっていた。
 ただの、ではないか。聖杯戦争の主人(マスター)の一人であり、下僕(サーヴァント)を使役する身だ。使用人として生きてきた自分には、実に不釣り合いな話だと思うところだが。

「おはようございます、チヨ。私に朝食の用意を任せてもよかったのですよ?」
「お気になさらず。生活習慣を変えない方が、私には望ましいので」

 厳密に言えば、生活環境も実際には二人での共同生活である。
 千夜が起きてこない場合に備えてだろうか、冷蔵庫の中身を確認してレシピを練っていたらしいセイバーが、顔立ちに似合う柔和な笑みを千夜へと向ける。王の世話役を努めていたのだという彼からすれば、家政夫としての役目も意識する方が性に合うというところだろうか。
 料理が雑であるという英国人のステレオタイプなイメージとは異なり、昨日の夕食に彼の作った鶏のソテーはなかなか程よい舌触りだった。戦中であれば多少の妥協と体力作り優先で魔物を丸焼きにするのも厭わないが、まともな食材が揃っているなら希望の味付けで普通に仕上げるくらいはできる、とのことだった。
 何より驚いたのは、調理の手際だった。腕前がプロ級かどうかという比喩ではなく、彼の腕そのものの動きだ。硬質な銀色に輝く義手が、実に滑らかに駆動していることへの感嘆であった。

「ですが……そうですね。食後の紅茶だけ、セイバーにお任せできますか」
「お任せを。せっかく茶葉の品種が取り揃えられているので、昨日とはまた別のものにしてみましょう」

 彼から申し出をされたので夕食を任せたのだが、思いの外良い成果があったものだった。
 この街でセイバーとの一時の生活を続ける上で、平時のリズムを不用意に崩さないことは大事だが。彼の能力をいかに引き出すか、モチベーションを保たせるかと思考することにも、不慣れなりに向き合わねればいけない課題ということか。
 武勲に乏しい身であると自嘲するセイバーは、しかし千夜などよりも余程秀でた騎士で、主に仕える従者としての先達であるというのに。
 サーヴァントとしての原則に従い、セイバーが「マスター」と呼ぶのを訂正し、名前で呼ぶように求めたのも、そのような引け目故であった。

「チヨ。私はサーヴァントの身、食事は不要です。だから……二人分を作る必要は無いのですよ?」
「……これも習慣です」

 円卓の騎士、ベディヴィエール
 彼を傷つけるかもしれない対話を、千夜はこれから行わなればいけない。
 そのことを意識して、おそらく緊張感のようなものに身を委ねるうちに、二つの黄身がフライパンの中で固焼きになっていた。






「セイバー。貴方の夢を見ました。おそらく、生前の貴方の姿の夢です」

 カップの中のアップルティーが無くなる頃、千夜はセイバーへ、秘密の共有の事実を告げた。
 その語り出しに、セイバーが僅かに目を見開き、しかしじっと耳を傾け始めるのを確かめて、言葉を続ける。

「夢の中の貴方は、死を怖れていた。いえ……無意味な死を怖れているのだと、少女に打ち明けていました」

 あの夜の語らいが、数ある伝承の中のいずれにおける出来事なのか。彼を励ました盾の少女は何者なのか。そもそも、王を看取った騎士であると記されているはずの彼が、どうして王を討つための戦いに臨もうとしていたのか。
 セイバーとして此処に現界する以前の彼は、本当に千夜の知る『アーサー王伝説』の中のベディヴィエールと同一の人物なのか。

「詳しいことは私には分かりませんし、今、敢えて問う気もありません」

 ただ、聞かせてほしいことがあった。

「貴方は最期に、生きてきたことに意味を見出だせたのですか?」
「……ええ。私の生涯には、意味がありました」

 淀みのない、断言であった。

「奇跡にも等しい出逢いを重ねた末、私の忠義は、望みは、確かに結実を迎えたのです」

 生前のセイバーの旅路がいかなる終わりを迎えたのか、王を討ち果たすことは叶えられたのか。今の千夜には、到底知る由もないことだ。
 しかし、陽光のように暖かな笑みを見れば、それを問い質すことは不必要な行いであるのだと、肌で感じられる気がした。
 しかし、その光は、また曇ってしまうかもしれないのだ。

「……それで、貴方の人生が終わったら良かったのに」

 それは、思わず口をついて出た、本心からの嘆きだった。
 チヨ、と呼びかける怪訝そうなセイバーの声で、失言を自覚したが。これは必要な表明であると決めて、続きを述べることにした。

「セイバー。私も貴方も、聖杯へ懸ける望みがありません。どのような形であれ、私は無事に生還できればいい」
「ええ。そのための剣として、私は」
「無事に……一切、何も喪わずに。そんな戦は、ありますか?」

 ああ、もう陰りが見えてしまった。

「……それは、チヨのご友人がこの戦争に巻き込まれている可能性への危惧ですか?」

 千夜は、首を横に振った。
 この冬木の街に、主である「お嬢さま」は側にいない。少女達の夢が集う城もない。少なくとも今知る限りで、千夜は既に知る誰かを喪うわけではない。
 これから新たに誰かを知り、そして喪うのだ。

「志を同じくする者と手を取り合う、或いは道を違えた者と対決する。どんな形であれ、私はこれからこの街で、多くの出会いを経験するのでしょう。真摯で、高潔な願いを掲げる者とも」

 出会いとは嬉しいものだと、そんな綺麗な、世間で飽きるほど訴えられてきた。別れは寂しいものだなどと、今更言われるまでもない。
 邂逅と別離は、不可分だ。人と出会えば、必ず別れを迎える時が来る。
 そして争いは、理不尽な断絶を次々と強いる。誰かに惹かれ、求められ、崇められる在り方をしていようと、千夜自身がその者に好感や敬意を抱こうと、構わずに。

「私が最後まで生き残れたとして、その時にはきっと、嫌気が差すほどに喪失を経験し……痛苦ばかりを、この身に刻んでいる」

 元いた世界へ帰還して、この街での記憶を振り返った時に見えてくる光景は、清々しいだろうか。
 赤黒く上塗りされた、美しかったはずの何かを思い出す気分は、如何なものが。

「こんな思いをするのなら、いっそ知りたくなかった、出会いたくなかった……などと思いながら、私はまた生きていくのでしょう」

 セイバーが何かを言おうとして、飲み込む気配を感じた。犠牲が出ないように最善を尽くす、などといった努力目標の提示が、根本的な解決にはならないと、気付かないわけがあるまい。
 いかに足掻こうと、人は死ぬ。取り零す命がある。その鉄則が決して変えられないことが、問題なのだ。
 千夜の戦いは、ただいつも通りの主との日常へと戻るためのもの。セイバーは千夜に同伴したところで、その最果てで王が待っていてくれるわけでもない。
 マイナスの積み重ねを減らすためだけの、始まった時点で既に敗北しているも同然の戦いに、千夜達は臨むのだ。

「……私と共に生き抜くことに、貴方は意味を見出だせるのか。そのことが、気がかりなのです」

 世界はいつも、何かを奪っていく。光を否応なく見せつけて、最後には消えていく。暖を取ることの心地良さを覚えてしまった肉体がまた凍えさせられる、そんな不条理の繰り返し。
 この世で生きることの惨さへの予感を、千夜は、じっと噛み締めていた。

「……チヨ。貴女は、喪失の痛みを知り、重んじ、故に嘆くことのできる人間なのですね」

 同じ時間を共に咀嚼し、セイバーがまず伝えたのは、千夜のスタンスの再定義であった。

「それでも、貴女は既に経験した別れを、或いはこれから生み出される死を、最初から有り得なかったことにしようとは思わない。聖杯へ望めば、それも叶うのに」
「……歌が、」

 衝動的に、口から出た単語だった。

「歌?」
「歌が、変わってしまうから」
「……ええと……?」

 セイバーが困惑するのも無理はない。論の組み立てが飛躍し過ぎいると、自分でも思うほどだ。
 しかし、いっそ良い機会かもしれない。いつか聴いてみたいものだ、などというお世辞を出会った頃に言っていたセイバーに、聴かせよう。

「セイバー」
「はい」
「今から歌います」
「は?」






 観客がセイバー一人だけの、即興のコンサートの開催だ。
 歌は何よりも雄弁だという、世界中のミュージシャンが信じているだろう理屈を、信じているわけではないが。今は則ってみることにした。
 選んだ曲は、千夜が主と共にデビューした始まりの曲ではない。あの日から沢山の経験を経て辿り着く、未だ人生の通過点。その場所から更に邁進するための力を、身に滾らせる曲だった。
 三人のユニット曲をソロで歌うのだから、三人分のエネルギーが必要と言える。気後れなどするものか。歌が織り成す絆を信じる彼女達に、並び立つために。
 抑え切れない衝動を、この歌に乗せ届けよう。世界を動かす程、叫べ。
 凄烈な旋律(ドラスティックメロディ)で、嵐のように激しく、魂揺らせ。






「…………素晴らしく、そして強い歌でした」

 歌い終えて一息つくと同時に、セイバーからの熱い拍手が贈られる。

「慎ましい佇まいから受ける淑やかな印象を覆す圧、漲る活力を感じさせられます。チヨのこのような側面を見出せたことに、驚きです」
「……ありがとうございます。我ながら、腹立だしいことだとは思いますが」
「腹立だしい、ですか?」
「あいつの思い通りに磨かれていくことを、受け入れている私自身に、です」

 絢爛な世界へと連れられた千夜を待ち構えていた、プロデューサー。『シンデレラ』の童話の中から出てきたような「魔法使いさん」、或いはそんなものを気取る不遜な「お前」。
 奴は、千夜の思いにまるで構わずに、アイドルの眩しさを突き付けて。その光の中へ、仲間の輪とやらの中へ、千夜を放り込む。奴は、千夜の嘆きも怒りも受け止めながら、別離の何たるかを知る千夜だからこその表現を期待する。
 何を新たに知ることも掴むこともなく、温い停滞の中でそっと命を終えられたら、なんて願いが、奴のせいで最早叶わない。

「もう喪いたくない。肉体を焼き落とされるような感覚に苛まれたくないと。震えて哭く己を知って尚、私の身体は……心は。渇望することを、覚えてしまった」

 私からこれ以上何も取り上げるな。いずれ奪われるようなものなど、これ以上私に与えるな……与えられたら、奪われたくなくなってしまうではないか。
 どうしようもなく残酷な、ああ、クソったれな世界へ向けて、千夜は叫び、抗うのだ。

「怨めしく思っているくせに、光から目を背けられない。そんな浅ましく、不様な、今の私自身まで……私は、失くしたくない」

 白雪の姓を残したまま与えられた、ひとまずの生きる意味と。
 遠慮せずに意見を伝え合った後の仲間達と見上げた、あの星空と。
 慣れてはいけないと思いながら受容した、掛けられる上着の暖かさと。
 この身を打ち付ける暴力的な雨の中で、怒りの衝動のままに吠える感覚と。
 それら全てを経て築き上げられた、白雪千夜のアイデンティティが、聖杯の奇跡とやらによって歪んでしまうのだとしたら。欠落など最初からなかったのだと安堵する、そんな悦楽を知らされたら。

「この先に待つのが、意味のある生涯であったと言える終わり方であるか、未だに信じられませんが」

 ……認められるものか。私の生きる証であるこの空虚を、誰にも、聖杯にも、奪わせてなるものか!

「私は、この私の声で、歌い続けてみたいのです」

 静かに、それでも熱を乗せて思いの丈を言い切った時。
 眼前のセイバーは、微笑んでいた。優しい暖かさが、そこにあった。

「……チヨ。貴方の騎士として喚ばれていることに、どのような意味があるのだろうかと、私は迷っていました」

 もし、二度目の生があるとしたら。それは彼らと共に人理を護るための戦へと身を捧げるのだろうかと。そのように空想する瞬間も、あったかもしれないとのことだったが。
 今この仮想の街で繰り広げられようとしている戦は、国も民も救わない。個人としての願いを聖杯へと託すための戦争で、セイバーはその駒として使われる身だった。

「ですが、今はその迷いも、悪いものではないのだと思えています」
「迷いが消えた、ではないのですね」
「はい……私の二度目の生は、チヨ。貴女の迷いに、苦しみに寄り添うためのものなのだと、今はそう思えてならないのです」

 辛く苦しい旅の先には、きっと満足できる終わりがあるのだと。その可能性を千夜の隣で信じ続けるために、セイバーは、此処にいるのだ。

「チヨの、チヨだけの歌を一人でも多くの人へと届けられる、そのための舞台へと再び立たせるために、私は戦いましょう」
「…………ありがとうございます、セイバー」

 その時のチヨの絢爛な姿を見ることまでは叶わないのが、名残惜しくはありますが。そう言って笑いながら眉を下げるセイバーを見て、千夜は思う。
 最高の輝きをその身に秘めたアイドルは、素足のまま歌っても観衆に晴れ舞台を幻視させるものだという。千夜がそのレベルに達しているとは、到底思わないが。
 セイバーとの別れの日を迎えるまでに歌を何度も聴かせるうちに、そんな偉業を成し遂げられたら、まあ、愉快かもしれない。



【クラス】
セイバー

【真名】
ベディヴィエール@Fate/Grand Order

【属性】
秩序・善

【パラメーター】
筋力:A 耐久:B 敏捷:A+ 魔力:C 幸運:B 宝具:A

【クラススキル】
対魔力:B
魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。

騎乗:A
騎乗の才能。
Aランクでは幻獣・神獣ランクを除くすべての獣、乗り物を乗りこなせる。

【保有スキル】
軍略:C
多人数を動員した戦場における戦術的直感能力。
自らの対軍宝具行使や、逆に相手の対軍宝具への対処に有利な補正がつく。
ベディヴィエールは不朽の指揮官であると語られている。

沈着冷静:B
如何なる状況にあっても混乱せず、己の感情を殺して冷静に周囲を観察し、最適の戦術を導いてみせる。
精神系の効果への抵抗に対してプラス補正が与えられる。特に混乱や焦燥といった状態に対しては高い耐性を有し、たとえ数百数千の軍勢に単身で相手取ることになろうともベディヴィエールは決して惑わない。
執事的行為に対しても、このスキルは有効に働く。

守護の誓約:B
陣地防衛に対してプラス補正。
自陣メンバー全員の防御力を上昇させる。

【宝具】
『剣を摂れ、銀色の腕(スイッチオン・アガートラム)』
ランク:C 種別:対人宝具
常時発動型の宝具。真名解放「一閃せよ、銀色の腕(デッドエンド・アガートラム)」によって対軍殲滅攻撃を行う。

輝ける銀の腕、アガートラム。
本来のそれは神の義腕である。
ケルト神話におけるダーナの戦神ヌァザが争乱のさなかに失った右腕の代替であり、医療と鍛冶と工芸の神ディアン・ケヒトによって生み出された神造兵装であるという。
ベディヴィエールの失われた右腕のために造られたこれは、無論、ヌァザの銀の腕ではない。
神話と同じ名を与える事で存在を裏打ちされた仮初めの宝具である。

その正体こそは―――返せなかった聖剣。

六章の物語によって聖剣の返却は成し遂げられた。
ゆえに、特例として英霊の座に登録された彼の右腕に在るのは聖剣そのものではない。
仮想聖剣。
かつてのように魂を削る宝具ではなく、サーヴァントとマスターの繋がりと絆によってこそ発動する、ある意味では最も新しき宝具の一つである。

【weapon】
長剣、および宝具『剣を摂れ、銀色の腕』

【人物背景】
アーサー王に仕えた円卓の騎士のひとり。
最初の円卓の騎士のメンバーであり、宮廷の執事役、王の世話役を務めた。
王の最期に立ち会った人物でもある。

【サーヴァントとしての願い】
チヨが幸せを信じて生きていく未来。



【マスター】
白雪千夜@アイドルマスターシンデレラガールズ

【マスターとしての願い】
生きていく。もう、光を見てしまったから。

【weapon】
特に無し。

【能力・技能】
使用人としてのスキル。
アイドルとして習得した技能。
僕(しもべ)のような生き方。

【人物背景】
お嬢さまは、私に意味をくれた。
いまでは大勢が、私に価値を見いだし、手を差し伸べる。
そして、喪うことを恐れる私を知ってなお、お前は肯定した。
……お前は、喪うことを否定しない。
その先へ進めと。この衣装を纏って生きろと。
もっとも残酷な道を私に突き付けてくる。
だから、この先も、探し続けるのでしょう。
愚かな私は、無様に、滑稽に。
私を縛るこの諦念に抗って……生きる意味を。

【方針】
生きて帰る。
聖杯は求めない。喪ったものは、決して戻らない。

【備考】
聖杯戦争内でのロールは、市内の穂群原学園に通っている高校生。
深山町内のアパートで一人暮らしをしている。
アイドルとしての活動は一切行っていない。

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最終更新:2023年11月20日 18:25