蠢く黒い羽虫の軍勢。
 集まっては喚き立て耳障りな羽音を鳴らし、いざ意識を向ければ黒霧のように霧散していく醜悪を極めたような存在。
 それが、その吸血鬼が自身のマスターを名乗る男に対して抱いた第一印象だった。

「君もしつこいな。そんなに見つめられると穴が空きそうだ」

 頭に縫い目のあるその男が真っ当な人間でないことはすぐに分かった。
 第二の印象は、一言『趣味が悪い』。これに尽きた。

 既に死んでしまった獣が一匹いるとする。
 例えるならこの男は、その中身を全部抜いて代わりに億匹の蛆虫を詰め込んで操っているような、存在そのものが何かの尊厳を陵辱している……それ以外の生命活動を望めないしそもそもする気もないような人間だ。
 虫が好かない。今すぐにでも四肢を毟り、声帯を抉って力を供給するだけの人形にしてしまいとすぐさま思った。

 殺そうと思わなかった理由は慈悲ではなく、吸血鬼にもまた願いがあったからだ。
 そしてその弱みをこの男は、話してもいないのにさも自分で綴った筋書きであるかのように把握していた。

「夢のようにか細い理想を追って歩んでいるという点では、君も私も大差はないだろうに。
 私はこれでも君のことを買っているよ。圧倒的な暴力というのは何をするにおいても効率がいいからね」
「――殺すぞ」

 宛ら、檻の中の獣が自分を閉じ込めた飼い主に牙を剥いて威嚇しているようなものだ。
 要するに、単なるパフォーマンスの一環でしかない。
 もしもこの人間を殺してしまえば、その時点でもう二度と望んだものは手に入らなくなってしまうのだから、その殺意を現実に変えることは出来ない。
 怪異の王たる己がそんな小さくつまらない檻に戒められている事実がまた、吸血鬼――バーサーカーの脳を焼いた。

「殺したければ殺すといい。それにも案外、意味があるかもよ」

 今宵怪異の王を招き寄せたのは、千年を彷徨う呪術の徒。

「私はそうは思わないけどね」

 ――人間(だれか)の運命を狂わせ、世界を壊し、終わった後の残骸に相乗りして我が物顔でこの世を謳歌する。
 物語が傾いだある枝葉の事象にて、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードという“王”を再誕させたあの結末そのものを玩弄するような男だった。






 Holy Grail War――電脳世界で行われる蠱毒の宴。
 聖戦の顔をして行われる血みどろの殺し合いが呼び起こす呪いの気配を察知したかのように、呪術師は黒い羽に誘われて冬木の地を踏んだ。


 呪術師の名を、羂索という。
 紛れもないただの人間でありながら術を極め、死人の脳を転々とすることで寿命という縛りを克服して世に蔓延り続けた魔人である。

 キスショットが彼の背に見たビジョンは、極めて実像に近いと言わざるを得ない。
 彼ほど人の尊厳を弄んだ者はなく、彼ほど誰かの運命の死骸を踏みつけて歩んできた者もそうはいないだろう。
 そして今、この世界で羂索は新たな悪事を仕出かそうとしている。
 聖杯という極上の呪具を手中に収め、神にも届くというその力を遣ってまた不幸と破滅を振り撒こうとしているのだ。

 キスショットに与えられた役目は、つまるところそんな鬼畜外道の走狗。
 殺せと命じられれば飛んでいって殺し、守れと命じられれば盾にでもなる腥い猟犬。
 ――は、と渇いた笑いが漏れた。走狗。走狗か。この儂を狗と呼んだか。たかだか呪い師風情が。

 やはり荷物など背負うものではない。何かを背負うことは、即ち存在の強度を下げてしまうことに他ならないのだと今更になって嫌というほど思い知っている。
 孤独のままであれたなら、一体どれほど心地好く呼吸が出来たろう。
 気に入らない主人気取りの首を掻き切って欠伸でもしながら午睡に戻れたなら、それに勝る娯楽はないだろうとつくづく思う。

「それが出来ぬから、ままならんのよな」

 蹂躙と殺戮を。血と虐を。臓物と気まぐれを。
 ――我こそは怪異の王、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードなるぞと。
 そう嗤えたならばどれほど幸いだったか。しかし、キスショットにはそれが出来なかった。彼女はなまじ人肌の熱を知ってしまい、そしてそれが消えてなくなった今も“あの日”を追いかけ続けている。

 ……その末に、こんなところまで堕ちてきてしまった。

「全て叶った暁にはどうしてくれようか。くくく――今から愉しみで仕方がないわ」

 “この”キスショットに救いはない。
 彼女は、それが用意されていない世界に生まれ落ちてしまった怪異の王。
 今も尚、いつかの慟哭の残響から逃れられずに足掻き続けている孤独の怪物に他ならない。

 傾いだ世界、傾いだ物語の“結末”の切り絵。
 あるバッドエンドの死体が、かつてキスショットであったものが、今も幽鬼のように動き続けているだけの存在。

 死んだ虫の神経に電気を流して、無理やり生きている風に装わせているような、そういうモノ。
 それ以上でも以下でも、それ以外の何かでもない。
 そんな“IF”も許されない行き止まりの異聞からやって来たからこそ、彼女はこうまで擦り切れているのだ。

「……どうしてくれようか、か。我ながらつまらぬことを言ったものよ」

 キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード。
 再臨した怪異の王。そう称されるに足る力と、暴力と、狂気を抱いて走る獣。
 傾いだ世界の、運命の悪戯が生み出した狂おしい絶望の呪い。

 そして。

「儂は、ただ……」

 決して届くことのない願いに手を伸ばすことを止められない、子女の泣き顔のように悲愴な嘆きを背負った――成れの果て。

「ただ、もう一度……」

 彼女の願いは、今もかつてもそれ一つだけ。
 その願いを叶えるためならば、吸血鬼は喜んで狗にでも成り下がるだろう。
 たとえ手を結んだ相手が、悪魔のような、弄ぶことしか知らない“傾”の象徴のような呪術師であったとしても。

 キスショットは――残っているかどうかも分からない己の運命線を、手繰り寄せずにはいられない。






「呪いが人のようなことを言ったり思ったりするのは共通なのか。同情したくなるね」

 蘇った、蘇ってしまった怪異の王がこの運命と引き合ったのは不運以外の何物でもなかっただろう。
 いや――皮肉か。救えなかった結末、報われなかった運命という概念のカリカチュアのようなこれが。
 よりにもよって再臨せし怪異の王の前に現れて手を差し伸べるなど、笑い話にしても辛辣が過ぎる。

 誰かの青春の亡骸に乗り移った、冒涜者。
 “傾物語”という言葉を指先で描き続ける、生き続けている呪い。

「これでも呉越同舟は慣れているんだ。大丈夫、働きに見合った報酬は支払うよ。
 私にとっては君の慰めが叶おうが叶うまいが心底どうでもいいからね。戦いを終えた後は好きにするといい」

 彼女が願いを抱くように、羂索にだって願いはある。
 彼の願いは享楽だ。酒を呑み、肴をかっ喰らって、酔いも回り宴も酣に達した頃に漏れ出す酔漢の妄言のような享楽を、彼は大真面目に追い求めている。
 聖杯になど頼らずとも願いの成就は間近に控えていたが、更なる混沌、化学反応の材料が得られるのであればそれに越したことはない。

 まして、計画が順調とはいえ不安要素が完全に消えたわけではない。
 獄門疆に封じ込めたままの“現代最強の術師”――五条悟の復活。
 高専側が獄門疆の“裏”へ辿り着くまでの時間は、そう長くないだろうと羂索は踏んでいた。

 であればますます都合がいい。
 聖杯を獲得し、それを新たな混沌の材料にしながら五条悟への止めに出来れば最高だ。

(天元めを手中に収めた時……薨星宮の上空から舞い落ちてきた、一枚の“黒い羽”。
 今のところは幸運の象徴と言う他ないが、はてさて君の本質は――私にとってどちらなのやら)

 手のひらに小さく、しかし未知数の魔力を鼓動させながら載った“黒い羽”を見つめて羂索は呟く。
 聖杯の話は彼にとって嬉しい誤算だったが、聖杯戦争の為に計画を現在進行形で放り出させられているのも事実だ。
 羂索をして出現を一切予期出来なかったこの羽は、果たして本当に己にとって吉兆なのか。
 それとも……あるがまま、望むがままに好き勝手な暗躍を繰り返してきた自分に対する報いとなる凶兆なのか。

「ま、全ては賽の目次第だ。後は目が出てから考えようか」

 キスショットが“荒らした”跡地で伸びをしながら、羂索は片手に持った黒い球体を呑み込んだ。
 術式・呪霊操術。条件を満たせばサーヴァントにさえ適用され得るそれを、この地でも羂索は存分に活用していた。
 英霊の座に召し上げられるほどの存在、ましてや並行世界にまでその対象が拡張された反英霊の魂が有意義でない道理はない。

 備えは盤石。手札も盤石。そして未知との遭遇に対しての気構えも、盤石。
 電脳世界の街に降り立っても、そこが蠱毒の壷中だったとしても、羂索という存在は何も変わらない。

 彼はただ弄び、転がし、傾けるだけだ。
 何かを、何もかもを陵辱しながら陰謀を編んで不幸を喰む。それが彼の生き様であり方の全て。
 ――闇が蠢く。闇が蠢く。夜の帳より尚深い闇のカーテンを閉めながら、闇が一人闊歩する。

 嘲笑うように。






 けん-さく【羂索】
 1:鳥獣を捕らえるわな。
 2:仏語。仏菩薩が衆生を救い取る働きを象徴するもの。






【クラス】
 バーサーカー

【真名】
 キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード@傾物語

【ステータス】
 筋力:A+ 耐久:A+ 敏捷:A+ 魔力:B 幸運:E 宝具:B

【属性】
 混沌・悪

【クラススキル】
 狂化:EX
 会話は出来る。意思疎通も出来る。しかしその先に進めない。
 バーサーカーの精神は“かの日”を境に深い狂気に侵されている。
 他のEXランク狂化とは違い、ステータスアップの恩恵もしっかり受けている。

【保有スキル】
 吸血鬼:EX
 吸血鬼という枠組みの中でもハイエンドに分類される、規格外のヴァンパイア。
 このランクにもなると弱点が弱点としての意味を成さない。
 超高度な再生能力に吸血行為など、パブリックイメージの吸血鬼に出来ることは大体出来る。

 怪異の王:A+++
 怪異と云う枠組みの中で、名実共に最強を地で行くもの。
 怪獣、魔獣が保有する普遍的なスキルを最低Aランクで習熟している。

 憧憬、後悔:E
 最強無敵の吸血鬼・キスショットの唯一の傷。
 癒えることはなく、忘れることもなく、狂気の前に薄らぐこともない。
 キスショットは過去に呪われている。

【宝具】
『傾物語、再臨せしは孤独なる怪異の王(キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード)』
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:-
 怪異の王の復活という事実そのものが宝具にまで昇華された顛末。
 キスショットの肉体と霊基そのもの。彼女の身体は常に弩級の神秘を帯び、立ち塞がる敵を悉く薙ぎ払う。
 蘇る他なかった血塗れの王。失敗し、死に、それでも諦めることの出来ない光に目を開けてしまった女の生き姿。

『妖刀心渡』
ランク:E 種別:対怪異宝具 レンジ:1~3 最大捕捉:1
 人に対しての殺傷能力は皆無に等しいが、怪異に対しては無類の殺害権を保有する妖刀。

【weapon】
『妖刀心渡』

【人物背景】

 ある世界にて、失敗した最強の吸血鬼。
 死を受け入れて消えた筈だったが、運命は彼女に一縷の光を見せた。見せてしまった。

 ――彼女はまぶたを開けてしまった。

【サーヴァントとしての願い】
 望みは一つ。あの日の後悔を清算する。


【マスター】
 羂索@呪術廻戦

【マスターとしての願い】
 聖杯を手に入れ、計画の補助の為に用いる。
 また可能ならば五条悟に対する“止め”として使いたい。

【能力・技能】
 ◆名称不明
 羂索の本来の術式。
 他者の死体に自身の脳を入れることにより、肉体の主導権を得る。
 奪取した肉体の生得術式を使用可能になる外、記憶、呪力などパーソナルな部分も我が物に出来る為、最高位の淨眼である六眼をもってしても相手の中身が羂索であると見抜くことは困難。

 ◆呪霊操術
 呪霊を取り込み、自由自在に使役する術式。
 羂索は数千に達する呪霊のストックを有しており、それは最早一つの“軍勢”と呼ぶに足る。
 低級の呪霊でも羂索ほどに卓越した術師が扱うことで殺傷能力は跳ね上がり、その戦闘能力はサーヴァントにさえ並び得る。
 また『極ノ番』と呼ばれる秘奥が存在し、その能力は呪霊を使い捨てることによる“超高密度の呪力放出”と(高専基準で)準一級以上の呪霊を圧縮することによる“術式の抽出”。
 前者は手数を捨てることになるリスクを含有するが、その分特級術師にさえ容易に致命傷を与える威力をコンスタントに引き出すことが出来、後者は本来術者が会得していない生得術式を一度切りとはいえ習得出来るという規格外の性能を誇る。
 実例はまだないが、条件を満たす相手ならばサーヴァントでさえ使役の対象になる可能性が高い。

 ◆反重力機構(アンチグラビティシステム)
 過去に乗っ取った女の術式。
 重力を打ち消すことが出来るが、羂索はこれを術式反転で用いることにより、自身に近付くものを地面へ叩き落とす迎撃の術式として用いている。
 効果範囲は半径2~3メートル程度で、発動時間も6秒程度と短くおまけにインターバルまで発生するなど、使い勝手にはやや難がある。

 ◆領域展開『胎蔵遍野(たいぞうへんや)』
 術師の秘奥、領域展開。
 羂索の場合、空間を閉じることなく領域を展開することが出来る。
 先述の『反重力機構』の術式反転を必中化させ、領域内の対象を叩き潰す必中にして必殺の領域。
 極めて強力だが、領域の展開後は一定時間術式が焼き切れるデメリットを持つ。 

【人物背景】

 あらゆる不幸の元凶、運命を傾がせる者。
 薨星宮にて天元を調伏後、舞い落ちてきた“黒い羽”に触れて電脳冬木市へと転移した。

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最終更新:2023年09月20日 02:26