なんだあれは、と。男は眼前の光景に驚愕する。
聖杯戦争の参加者として黒い羽を手にし、予選を生き抜いて来たというのにこのタイミングで。
強固な防壁と秘匿を施し、誰も寄せ付けぬ山奥の小屋に工房を備えたはいい。
感づいた他の主従を、己が手駒たるキャスターのサーヴァントの力を合わせて刈り取っていたのはいい。

まさか、"山奥ごと工房を吹き飛ばされる"だなんて想像だにしなかっただろう。
辛うじて防壁を貼ったお陰で自分の命だけは助かった、だがキャスターは腕だけ残して霊核もろとも消し飛んだのだ。
それだけならまだ運が悪いで割り切れたのだが、それを行ったであろう相手の、その英霊が年端も行かぬ女の子。……だけならまだよかった。

「いやいや、やり過ぎだよアーチャー……」
「ご、ごめんなさい……」

と、マスターらしき青年に平謝りする英霊の少女。人工的に構築されたであろう機械の腕と背中の機翼が目を引くも、そのオドオドした態度はまるであの大破壊を齎した同一人物だとは思えない。
だが、間違いなくキャスターが彼女に吹き飛ばされた事を考えれば、並大抵のサーヴァントでは太刀打ちできない化け物だろう。
それ以上に、男にとってはマスターの方がよっぽど恐ろしく感じていた。
保有している魔力総量。青年から感じられたそれは間違いなく上位の英霊に匹敵するレベル。うだつの上がらないような、平凡そうに見える外見からは考えられない。
こんな魔術協会に見つかれば封印指定まっしぐらなやつが、化け物みたいなサーヴァントを従えている事実こそ、男にとって戦慄に値する事実だったのだから。

「………NPCじゃなくて聖杯戦争のマスター、でいいのかな?」

青年が男の方を向く。黒い目だ。その瞳は、歴戦の勇士とも言うべき淀みがあった。
世界の闇と残酷さを知ったものしか宿らない闇が垣間見えた。
物腰の柔らかい口調に反して、全身を氷柱で貫かれたような冷たさがあった。

「……だったら、どうする?」
「そちらのサーヴァントはもう落ちてますし、これ以上下手な真似はやめて、以降は大人しくしてもらいませんか?」

何かと思えば、事実上の敗退を受け入れろ、という宣告。
その上で男が真っ先に浮かんだ感情は憤怒。
黒い羽を手に入れた以上は後戻りなど出来ないし、魔術師として聖杯はどのような手段を用いても手に入れなければならない。
それをあっさりと諦めろなどと、諦められる訳がないだろう。

「残念だが、今更こんな所で、諦めきれる訳がないだろうがっ!!」

こうなれば最終手段と、万が一ということでこの身に刻んでおいたキャスターの術式を起動。
数秒足らずムカデの如き化け物へと変化。己のサーヴァントの魔術が脱落後でも機能するタイプで助かったとしみじみ思う。このために孤児を掻き集めて生贄にしたかいがあるというもの。
人を食った態度で気に要らなかったが、最後の最後でちゃんと仕事はしてくれたようだ、と。男は混濁する意識の中で納得する。
最も、その選択が、少年の琴線に触れてしまったという愚行を犯したことを知らず。

「――それがあなたの選択なんですね」

変貌した男を、ただ少年が見つめている。
怒りか、哀れみか、乾いた瞳孔の奥に潜むものを今や男が見抜くとは出来ない。

「……あの、マスターさん」
「大丈夫だよアーチャー、これぐらい僕一人でどうにかなる」

竦むアーチャーの頭を撫でて、少年が怪物の方を向く。
なるべく穏便に済ましたかったが、そもそもアーチャーが"ドジッた"結果もあるが、まあ生半可な交渉なんて基本的には通じないのはわかり切っていたこと。
先の勧告は、少年なりの勝手な慈悲と優しさなのだから。



「お前の血肉を引き千切って俺の餌にしてくれるゥ!!」
「その姿でまだ流暢に喋れるんですね、……一体どれぐらい殺したんですか?」

怪物が言葉を発する。魔術師だった異形が人語を介する。

「そんなもの、覚えてる必要あるのかァ?」
「そうですか」

積み重ねた犠牲の数など記憶の端に置くことすら無い。
犠牲は贄で、魔術師は己が望みに忠実だ。
故に、答えを聞いた以上は青年はそれ以上問うことはしなかった。
男が怪物となり果てての自我を保っているのは、キャスターの術式の副産物か、はたまた男が抱く妄執そのものか。――最も。

「つまり、殺されても文句は言えないってことですよね。その覚悟で、来ているんですよね」

男(かいぶつ)の瞳から、青年の姿が消える。
消えて、瞬きの後に青年の腕が怪物の顔を掴んで地面に叩きつけた。

「――ガアアッ!?」
「それと、逆に変身してくれて、人間やめてくれて助かりました」

淡々と感謝の言葉だけを青年は告げた。
もう片腕には何の変哲も無さそうな日本刀。
だが、そこに込められた力は男にとっては一目瞭然の、膨大な■力が込められた。
いや、青年の身体から供給された莫大な――

「こっちの方がやりやすいですし。怪物(のろい)に堕ちたのなら祓うのが呪術師(ぼく)ですから」

振り下ろされた一刀が、怪物の顔を切断した。
ノイズとなって消えていく怪物の眼に映るのは、感情の分からぬ瞳で己を見つめる青年と。

「――ごめんなさい」

ペコリと申し訳無さそうに一言告げた、アーチャーの少女の姿。
その姿は、まるで天使のようだった。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



『次のニュースです。先日発生した爆発事件の……』

青年の持つスマートフォンに流れる爆発事件のニュース。
最も、それを引き起こしたのは彼ののサーヴァントであるのだが。
些か大事になってしまうも、犠牲者は"約一名除いて"皆無だったことに安堵しながらも。

「またやっちゃった……」
「いやだからね、起こっちゃった事は仕方ないよ。まあ何度も起こされると色々と困るのはそうなんだけど……」

アーチャーの悲壮感漂う状態に何とかフォローを入れる、乙骨憂太という青年の姿が家の中にあった。
呪力の蔓延る世界において、百鬼夜行を引き起こした呪詛師夏油傑を討ち果たした超新星。
その三ヶ月後に特級呪術師に返り咲いた、五条悟にも次ぐ現代の異能。
そんな青年のサーヴァントが、こんなうだつの上がら無さそうな少女というのはにわかにも信じづらいだろう。

だが、少女の本質だけを言ってしまえば、それは"兵器"と形容できる稀代の殺戮者。
いや、正しく殺戮者だったのだろう。
"ちせ"。"たまたま"兵器に適合する身体だったが故に改造され、生まれ落ちてしまった破壊神(アバドン)。
そして、たった一人の少年に愛に捧げた、そんな女の子。

アーチャーは火力面だけで言えば優秀な英霊であるが、その分加減が余り効かない。
故にやりすぎるし、彼女自身が"ドジでのろま"なのもあり、度々やらかす。
先日の山奥の工房を吹き飛ばした時も、少々やり過ぎてこの有様だ。

「……でも、アーチャーや街のみんな無事でよかったから今はそれでいいよ」

それでも乙骨にとって、結果良ければ全て良し、とまでは行かないがそれでも特段必要以上の犠牲無く終わらせただけでも十分だった。

「あはは……昔は巻き込んでばっかだったし、殺すことばっかだったから……」

自嘲めいてアーチャーが呟いた。その一端には寂しさというか過去の光景がこびり付いている。
彼女の人生とは日常(こい)と戦争が薄氷を介して表裏一体の代物。
それでも、やはり彼女は"戦争"からは逃れられなかった。

「でも。……シュウちゃんがいたから、あたしは」

己という存在が敵を殺す兵器と置き換わっていく中で、"ちせ"という少女を繋ぎ止めたのはシュウジという恋人。
何ら変わらないただの人間のうちの一人。両思いで好きだった男の子。ちょっと色々あって一回別れて、また結ばれて。
自分が完全に人間をやめて、シュウジの事を分からなくなっても、彼は呼びかけてくれて、その事を思い出した。
そして、戦争の果てに世界の、地球の終わり。結末は、ちせという少女は宇宙船となって、たった一人愛したシュウジを連れて宇宙へと。

「……だから、なのかな。こんな、笑うことも落ち込む事も出来て、マスターさんとこんな話出来て」

最終兵器彼女。たった一人以外の全てを滅ぼした黙示録の天使。
何にせよ、シュウジという恋人が、只人の身で精一杯の奇跡を起こした結果なのだろうか。
二人ぼっちのノアの箱舟から、彼女という意識がこの世界に呼び出されたのが。

「でも。ふと思うんだ。もっといいやり方はあったのかなって。でもどうしようもないっていうのは、わかってて」

できるのなら、あの幸せをやり直したいと、ほんの少しでもアーチャーは思ってしまうのだ。
戦争もない世界で、人間である自分と彼と、その友達と、ありふれた、何気ない日常を送りたかった。
自分がこんな身体になってしまった以上は、二度と出来ないことなのだけれど。できることなら。

「……でもやっぱり。あたしは。シュウちゃんと普通の人間としてデートしたかったし、いやらしいこともも、楽しいことも」



「……アーチャーは、優しい子なんだね」

ふと思いついたように、アーチャーの話を遮って乙骨が口を開いた。

「僕はさ、僕のせいで大切な人が呪いになっちゃって。そのせいでみんなを傷つけてばっかりで、僕なんて生きている意味なんて無いって思っててさ」

それは、乙骨憂太という青年が生み出した後悔(のろい)の始まり。
かつて婚約の約束をした折本里香という少女が交通事故で死んだのを目撃した時。
彼は彼女の死を拒絶した。拒絶の結果、折本里香は呪いと転じた。
呪いとなって縛られ続けても、ずっと彼を彼女なりに守り続けた。
折本里香は乙骨憂太を赦し、安らかに旅立った。

「でもね。呪術高専って場所に無理やり入学させられたけど。そこで僕は変われたんだ。生きても良いって自信を持てたんだ」

乙骨憂太は、呪われて、結果恵まれた。
教師に、先輩に恵まれた。ある意味敵にも恵まれたかも知れない。
誰かと関わり、誰かに必要とされる、生きて良いという自信を手に入れた。

「……だからさ。君も十分凄いって思うし、君の、そのシュウくんも」

少なくとも、アーチャーという怪物になりかけた天使を繋ぎ止めたのはシュウジという青年が
ただその恋心を紆余曲折有りながらも唯一無二の結末に、二人ぼっちのラグナロクの向こうに辿り着いた二人が。
同じく、幼なじみが呪いと成り果て、果てに純愛に辿り着いた乙骨憂太にとって、何かと親近感を覚えてしまうのだ。
それは、乙骨憂太が辿り着いてもおかしくなかった、二人の愛の結末。終末の果ての一滴。

「だからさ。もうちょっと自信を持ってもいいんじゃないかなって、こっちが言えた事じゃないかもしれないけどさ」

まあ結局のところ、色々話した所で着地点はそういうことで。
気恥ずかしく頭を掻きながらも笑みを浮かべる乙骨を見て。
アーチャーもほんの少しだけ気と頬が緩んでいた。
マスターと過ごす中で、自然とらしい笑顔を浮かべる過程は都度あったが。
それは、ある意味アーチャーが戦争兵器としてではなくただの"ちせ"として浮かべることの出来た表情の一つだった。

「マスターさん。私、勝ちたい、かな。勝って、私は、またシュウちゃんと。今度は……」

なので、ほんの少しだけ強気に我儘を。
地球を蘇らせる。いや、あの日常を取り戻したいと。
戦争のない世界を手に入れて、大切な彼と、その友達と。どうせならあの自衛官さんも一緒に。
戦火にさらされることのない、ほんの少しでもいい。本当の平和の日常を、過ごしたいのだと。
らしくもなく、けれどその浮かんだ願いを捨てきれは出来ないのだ。

「こんな"どじなあたし"に付き合ってくれると、うれしいかな」
「……"聖杯"がどういうものなのか知らないけれど、せめてアーチャーの願いが何処かで叶うといいね。って事ぐらい」

乙骨憂太は、聖杯に頼らない。
斯くも呪いを得て答えを手にした彼にとって聖杯は魅力として映らない。
だが、そんな手段を使ってでも、自分のサーヴァントは願いを叶えたいと思っているらしい。
せめて、応援ぐらいはしたいと思った。例え呪いになろうとも、愛に準じた彼女の思いに嘘はないだろうから。
せめて、どんな形であれ悔いのない結末に到れる事を願うのだった。

【クラス】
アーチャー
【真名】
ちせ@最終兵器彼女
【属性】
混沌・善
【ステータス】
筋力C++ 耐久B 敏捷B 魔力E+++ 幸運E+ 宝具A
【クラススキル】
対魔力:C

騎乗:-
乗り物を乗りこなす能力。ただしライダーのクラスではない為事実上意味はない
ただ、本来アーチャーが乗せているのは、彼女が世界の終わりを超えてでも愛した、たった一人の――

単独行動:B
マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。
ランクBならば、マスターを失っても二日間現界可能。


【保有スキル】
直感(偽):C
戦闘時、つねに自身にとって最適な展開を"感じ取る"能力。敵の攻撃を初見でもある程度は予見することができる。アーチャーの場合は機械的な予測によるものであるので(偽)が付く。

殺戮技巧(道具):A
どのような道具を作成しようとそれらには本来とは違う殺戮用途が付加されてしまう。アーチャーが兵器として改造された生まれたがゆえに、その在り方。使用する「対人」ダメージにプラス補正をかける。

不幸体質:D
デメリットスキル。単純に素の彼女のドジっ子的な部分。
主にやらかす。と言っても大きな痕跡残しちゃったりとかそんな感じの。


【宝具】
『最終兵器彼女』
ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:1 最大補足:-

アーチャーそのもの。正しき意味での最終兵器。とある研究所のトップいわく「人類そのもの」と言われた細胞を埋め込まれた彼女の、その本質。
聖杯戦争が激化する度、アーチャーが兵器として戦闘経験を積む度に、彼女は自己改造と自己進化を繰り返し成長する。中途段階でも飛行機並みの大きさの機動兵器へと変身が可能。
その代償として、進化すればするほどアーチャーの人間性は失われる。最終的には完全な自我の消滅を代償に『狂化:A+』の付加及び単独行動のランクがA+へと変化し、マスターの命令は例え令呪を使おうとも受け付けなくなる。



【人物背景】
顔は可愛いがドジでとろくて気が弱い女子高生。
身長は低く、成績は中の下で世界史だけが得意。
口癖は「ごめんなさい」
座右の銘は「強くなりたい」

――たまたま兵器が馴染む体質だったが故に、兵器へと改造させられた少女。


【サーヴァントとしての願い】
私達の世界の地球再生、みんなを蘇らせる。それで、シュウちゃんにもう一度……。


【マスター】
乙骨憂太@呪術廻戦
【マスターとしての願い】
元の世界に帰る。ただ聖杯に叶える願いはない。むしろその聖杯は呪いのようなものなのではないのか?
ただ、せめてアーチャーが悔いのない結末を迎える事を願いたい

【能力・技能】
『術式・リカ』
乙骨が使役する、かつて取り憑いていた里香と似て非なる呪い。
その正体は成仏した里香が遺した外付けの術式にして呪力の備蓄。里香の顕現時は戦闘面で乙骨の支援を行う。
通常時は腕と頭部のみを顕現させた不完全状態で運用されるが、里香の遺品である指輪を通じてリカと接続することで完全顕現及び乙骨本来の術式、リカからの呪力供給を解禁。
リカ本体の出力も上昇し、ビームのような呪力の高出力指向放出も可能。リカ本体の内部には多数の呪具が格納されており、完全顕現時にて取り出しているが、不完全状態で使用できるかどうかは不明。
弱点としては一回の接続につき維持可能制限時間は5分間のみ。ただしリカ自体に里香の遺志が遺されている為、乙骨の危機に際し呪力出力が向上する。

『模倣(コピー)』
乙骨憂太が本来所有する術式。前述の接続状態時のみ、他者の術式を模倣して使用できる。
本来、術式の複数所持というのは脳に多大な付加を強いるのだが、乙骨の場合はリカという外付けの術式が存在するために事実上負担はない。
余談であるが、まだリカが里香だった際は模倣した術式は無制限に使用できていた。

【人物背景】
かつて自らが呪った少女に呪われ、生きる意味を見つけられなかった少年。
その呪いを自覚し、呪いを祓い続けた果て、生きる意味を掴んだ少年。

そして今や五条先生に次ぐ、現代の異能とも称される特級呪術師。


【方針】
なるべくは目立たないように生き残る。
……と言いたいところだけどアーチャーが文字通りドジっ子だから大丈夫かなぁ……

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最終更新:2023年11月22日 19:28