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愛する人を失った世界には、どんな色の花が咲くだろう
――Sound Horizon『恋人を射ち堕とした日』
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『ひなは、わたしたちを永遠にしてくれる?』
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この世界で生きることは辛かった。
それをあの世界と比べることは、したくなかった。
……その結果として弾き出された答えはきっと、
花邑ひなこにとって分かりきったもので。
だからこそそれを直視してしまったなら、自分の心はきっと酷く痛むだろう確信があったからだ。
「……あいちゃん」
電脳空間上に構築された都市世界『冬木市』。
此処では、ひなこが暮らすために必要なあらゆる設定が用意されていた。
新しい学校。新しい環境。まったく知らないはずの日常だというのに、何故だか頭の中にはそれを生きていくための知識がもう入っている。
何もかも忘れて此処で暮らしていけたなら、きっとひなこにとっては一番幸せであるに違いない。
此処には決して激しい幸福はない。けれどその代わりに、彼女の心を無遠慮に蝕むひび割れの音もまた存在しないのだ。
ずっと、狂ったふりをしていた。
そうでもしないと自分を保てなかったから。
本当はとっくの昔に疲れてしまってた。
だけど今更彼女なしで生きることなんか考えられないから、痛みを訴える心に狂気という名の絆創膏をべたべたと貼り付けた。
かわいくて格好よかった“あの子”が日増しに壊れていくのを見るのが、どうしようもなくつらかった。
あまりにつらすぎるから心は防衛反応として倒錯の方へとひた走り、そうして気付けば何もかもがどうにもならなくなってしまってた。
花邑ひなこと
瀬崎愛吏の物語の終わりに言葉を当てるなら、それはきっと“行き止まり”だ。
そっちに道があるわけもないのに、見たくない現実から目を背けながら歩き続けたその末路。
嫌なものを嫌と言い続けながら、ただ二人手を繋いで破滅の方に向かうだけの旅。
これはきっと、神様の気まぐれだ。
ひなこはそう思う。分かるのだ、自分はきっとあの時死んでしまったのだと。
愛吏の首を絞めて彼女を終わらせ、一人その骸を背負って雪の中を彷徨って……
何もかも間違えてしまった自分を哀れんで、神様が手を差し伸べてくれた。
あの“黒い羽”は自分にとっての蜘蛛の糸だったのだと、ひなこはそう思う。
もう頑張らなくていいんだよ。もう苦しまなくていいんだよ――そんな慈悲を感じずにはいられなかった。
そのくらい、この世界で生きるのは……愛する人のいない世界で生きるのは楽だったから。
此処ではもう、壊れていく彼女の世話をする必要はない。
善意でやったことを曲解されて怒鳴りつけられることもないし、両親に心配をかけることもない。
学校にだって普通に通えるし、将来に不安を抱いて眠れない夜を過ごすこともない。
お互いの心の違いを感じては枕を濡らして、声が枯れるほど泣きじゃくることだってないのだ。
それはひなこにとって、間違いなく幸せなことだった。
もっと早くそのことに気付ければ、その道を選べていたならば、ああして死ぬこともなかっただろう。
自分が死んだ後、あの世界はどうなったのだろうと時々考えてしまう。
自分がやったことは、程なくして明るみに出たに違いない。
愛吏の命を奪ったこと。手塩にかけてきた娘が人を殺して、挙句自分も死んでしまったと知った両親はどれほど悲しんだろうか。
……自分達がやったのはそういうことだ。彼女達はいつだって、自分達の幸せのために誰かに迷惑をかけてきた。
放課後の理科準備室で秘密の遊びに興じていた頃から最期の日まで、ずっと。
「私は、あいちゃんと」
花邑ひなこは、瀬崎愛吏という人間を死でもってしか幸せにすることが出来なかった。
彼女達の見ている幸福の定義は似ているようで、しかし決して噛み合わない。
割れ鍋に綴じ蓋という言葉があるが、彼女達の場合はその真逆だった。
鍋の形と蓋の形が合っていないのだから、収まるべきところなんてあるわけがない。
以上をもって、ひなこは自分達の愛の物語に結論を出した。
暗い部屋。毎日通い詰めたあの部屋のようにカーテンの閉め切られた、どこにも希望なんて存在しない箱の中で、少女は自分の“愛”を始末する。
「出会わなければ……」
気分はあの時とそっくりそのまま同じだった。
逃避行の果て、電気の消えたベッドの上で愛する人の首に手をかけたあの時と同じ。
ひなこは、かつての幕引きをなぞるように心の中の手に力を込める。
美しくて汚い愛の細首を縊る。それこそがお互いにとって何よりの正解だったのだと、そう信じて手のひらの中の宝石を砕こうとする。
「捨ててしまうのか。“それ”を」
そんな時、一人きりの部屋の中に低く響いた声があった。
びくんと身体を跳ねさせて、ひなこは声の方へと視線を向ける。
つい今の今まで、確かに自分以外には誰もいなかった筈の部屋の中に、いる筈のない人影があった。
白羽織を纏う優男だった。怜悧に細められた目は神経質そうな印象を与え、小綺麗な身なりは潔癖の二文字を連想させる。
年頃の少女の部屋に突如見知らぬ男が現れるというシチュエーション。それは危機的以外の何物でもないのだが、男の放つ雰囲気があまりにも欲だの下心だのといった浮ついたものとはかけ離れていたから、ひなこはそんなことは一切考え付かなかった。
寧ろあるのは納得。そして、どうして今になって……という疑問だった。
花邑ひなこもまた、“黒い羽”に触れてこの世界に招かれたマスターの一人だ。
“Holy Grail War”――聖杯戦争。願いを叶えるための戦いに招集された、神へ至る権利を持つ者。
であるにも関わらず、ひなこは冬木市にやって来て数日が経つ今の今まで自分のサーヴァントと顔を合わせてさえいなかった。
「疑問に思うのは尤もだし、今君が抱いている疑問(それ)に関しては完全にこちらの身勝手の賜物だ」
「……わざと、出てこないでいたってことですか?」
「君を観察していた。現世の人間と深く関わるのは久方振りでな……あわよくば何か得るものがないかと期待してそうしていたのは否定出来ない」
危なくなればすぐにでも助けに入るつもりだったが、と付け足す男に、ひなこは不思議と怒りを覚えはしなかった。
ほぼ初対面と言っていい間柄であるにも関わらず、彼がこう言うからには本当に万全の備えがされていたのだろう、そう感じられたからだ。
逆にひなこにとって気になったのは、彼が自分の前に姿を見せることなく潜伏し続けていた理由の方。より正しくは――その奇矯な行動が生んだ結果だった。
「えっと……」
「セイバー。真名は別にあるが、基本の呼び名はこちらを使え」
「……じゃあ、セイバーさん。あなたは――そうやって私を観察して、どうだったんですか?」
「誹謗の意図はないことを先に断っておく。その上で言わせて貰うなら、大した成果はなかったと言う他ない」
まあ、そうだろうなとひなこ自身そう思う。
そもそも自分は、聖杯戦争だとかサーヴァントだとか、そういう漫画じみた概念が飛び交う世界で暮らしていた人間ではない。
だからこの世界でやることだって、ただ普通に暮らして学校に行って、明日の準備をして時間が来たら布団に入る。その程度のものでしかなかった。
そんな彼女に対し、セイバーは淡々と観察の結果を並べ立てていく。
「君はとても凡庸だ。身体能力もその行動も、私の想像の範疇を超えるものは一つとしてなかった」
「……あはは。ですよね」
「重ねて言うが、それを悪いことだと罵るつもりは毛頭ない。寧ろ君の凡庸さは、現世を生きる人間のあり方として実に健全だ。虚(ホロウ)や尸魂界(ソウル・ソサエティ)絡みの荒事に進んで首を突っ込む奴はごく限られた例外だし、君に彼らのようになってほしいとは私は思わないよ」
「ほ、ほろ……? そうる、そさ……?」
「ああ――失敬。つい死神(こちら)の感覚で話してしまったな。どちらにせよ、この世界では恐らく無用の知識だ。気にしなくていい。
とにかく、私が君を一通り見て思ったことはそんなところだ。……尤も、強いて一つ非凡と感じたところを挙げるならば」
なんか、見た目通りの人だなあ……。
ひなこは捲し立てる相手に引き攣り気味の愛想笑いを返しながら、心の中でそんなことを思う。
しかし続く言葉は、たじたじになっているひなこの心に沈み込む杭となった。
「君は、それを捨てないものだと思っていた」
「…………っ!」
「覗き見るつもりはなかったのだが、サーヴァントとマスターというのは時折精神の深い段階で通じ合ってしまうものらしい。
君が此処に来る前に辿った末路を、私は知っている。下世話を承知で打ち明けさせて貰うなら、サーヴァントの役目を半ば放棄してまで君を観測しようと考えた理由もそれだ。
あの結末を辿った君が何を選ぶのか興味が湧いた。そして、どうせ選ぶなら君が己で決めるべきだと思った」
ああ、やっぱりこの人は優秀だ。
優秀すぎると言ってもいい。
……セイバーは自身の興味を晴らすのと並行して、ひなこの選択を待ったのだ。
異能の力が飛び交う鉄火場どころか、血の一滴垂れただけで特異な出来事になってしまうような平々凡々たる日常を生きてきた少女が――聖杯戦争の中において何を指針にするのか。彼女自身に選ばせるべきだと、そう判断したらしい。
ましてやひなこの場合、此処までの経緯が経緯だ。
“捨てる”のか、“捨てない”のか。その決断次第で彼女の未来は百八十度変わる。
「後で後悔されても困る。最後にどうするか決めるのは君だが、確認だけはさせて貰うつもりだった」
「どうして私が、あの子のこと――あいちゃんのこと、捨てないって」
「何故だろうな。強いて言うなら、君は剣を握れる人間に見えたからだ」
「剣……?」
「目の前に、立ち向かわねばならない苦難がある。しかしそれはあまりに恐ろしい。直視するだけで身が竦み、手足が震え、涙が溢れてくる。
しかし自分が戦わなければ……剣を握って駆け出さなければ、自分の誰より大切な人がこの上なく苦痛に満ちた死を遂げることになる」
セイバーは、語りながらどこか遠いところを見るような眼をしていた。
ややもするとそれは、彼にとって実際に体験したことのある記憶の反芻だったのかもしれない。
――だとすれば彼は、果たしてどちらだったのだろう。剣を握れる人間か、それとも握れない人間か。
「君はそういう時、剣を握れる人間だと思った」
「……違う。違うよ、私は……そんな、出来た人間じゃない」
「君が言うならそうかもしれない。あくまでも私が個人的に抱いた印象だ。君の人間性を断言する言葉ではない」
ひなこは想像する。
どうしてだかその光景は、いやに鮮明に脳裏に描くことが出来た。
暗くて狭くて、一呼吸しただけで鼻の奥にまで匂いがこびり付いて離れなくなりそうなほどの“死”の香りが満ちた文字通りのどん底。
目の前には恐ろしい化物が涎を垂らしながら、先に殺された人達の骸を咀嚼していて……残っているのは自分と彼女だけ。
自分の後ろにいる人間を彼女に設定することに疑問は抱かなかった。迷いも、なかった。
花邑ひなこにとって“大切な人”と言えば、真っ先に浮かぶのはいつだって瀬崎愛吏だ。
自分に愛を注ぎ此処まで育ててくれた、厳しくも優しい両親さえ飛び越して、“あいちゃん”の笑顔が脳裏に浮かぶ。
足元には、一本の剣が落ちている。
自分がこれを握らなければ、きっと直に二人揃って殺されてしまうだろう。
化物が、ひなこの方を見ている。
心臓が壊れそうなくらい激しく鼓動を鳴らして、歯の根は噛み合わず音を鳴らし、足は竦んで震えている。
怖い。怖くて怖くて仕方がない。頭がおかしくなりそうなほど怖いのに刻限はすぐそこまで迫っていて、もう選べる時間は残りわずかだ。
「選ぶのは君だ。死神の私が、生者の歩みを恣意に歪めるなど許されない」
後ろを振り向けばきっとそこには、あの時のように怯えた愛吏の姿があるのだと確信する。
ちょうどこの部屋と同じように暗くて狭い、カーテンの閉め切られた部屋の中で……毎日怯えていたあの子。
一緒に海で入水を図った時、死にたくないと絶叫して泣きじゃくった彼女の姿が見えてしまう。
足元には、一本の剣が落ちている。選べる時間は、あとわずかしかない。
――選ばなければならない。
「…………ただ、先達として一つ忠告するとすれば」
セイバーは独り言のように、言った。
いや、実際彼にとってはそのつもりだったのかもしれない。
今ひなこが思考の中で立たされている“その光景”を知る、先達の彼にとっては。
「一度捨てたものを拾い直すのは、存外に骨が折れるぞ」
その言葉に、ひなこははっとした。
それだけの重みがある言葉だった。
振り向くつもりのなかった後ろを、振り返る。
そこで怯えた顔をして自分を見つめる、大好きな人の顔を見て……自分が捨てようとしていたものの重みを、ひなこは理解した。
いや、違う。
ずっと分かっていた。分からない筈がないのだ、その重さが。
重さの分かりもしないものの為に、自分の人生を投げ出してしまえるわけがない。
答えなんて最初から出ていた。なのに、見ないようにしていただけ。
その重さを抱えて生きることの苦しさを嫌というほど知っているから、狂いそうになるほど感じてきたから、もう一度手を伸ばすことを躊躇っていただけなのだとひなこは他でもない自分自身によって突き付けられる。
剣を、拾う――そして握り締める。でもあと一歩、敵に向かって踏み出す最初の一歩が出ていかない。
「私、だって……」
気付けばひなこは叫んでいた。
心の中にあった、全てのメッキを自ら捨ててそうしていた。
「私だって……捨てたくなんてない! 捨てたいなんて思うわけないでしょ、私が……あいちゃんのことを!」
誰が好き好んで、愛し合った人のことを捨てたいと思うものか。
願いは何か。そう問いかけられたのなら、ひなこの中に浮かぶ答えは一つだ。
幸せになりたい。今度こそ、あいちゃんと二人で幸せになりたい。
死んだりしなくたって手に入れられる安らかな永遠の中を、二人手を繋いで歩んでいきたい。
でも願うことと、それを叶えることとではまるで話が違う。
条件反射のように弾き出した本音の願いを現実のものとして叶える為に、どれほど苦しい想いをしなければならないのか、ひなこは知っていた。
「でも、こわいよ……好きでいるのは、痛いから。苦しくて、好きなのにときどき憎くて、心も身体も、割れそうになる……」
聖杯戦争に勝つことがどれほど大変なことなのか、ひなこには正確なところは分からない。
それでも、大人に捕まらないように子供二人で当てのない逃避行をするよりもずっと難しいであろうことは想像がついた。
ひなこが知る限り、人生で一番つらい時間だったあれよりも格段に苦しい戦いが始まる。
その中で、この重たくて痛い愛を抱き続けることがどれほど難しいことか。考えただけで気が狂いそうだった。
弱りに弱った心。すり減るばかりだった少女の心が、つい傾いでしまったことを責められる者はいないだろう。
このセイバーにすらそれは出来ない。花邑ひなこが経験したのは、どれほど小さな世界の話だったとしても――紛れもない一つの地獄であったから。
「捨てたくない……」
捨てたくないのだ。
でも、怖い。
この愛さえ霞んでしまうほどの恐怖で、魂が竦んでいる。
「あいちゃんと、ずっと一緒にいたい……。
この手で剣を握って、あいちゃんの手を掴んで、走り出したい……!」
「惰弱だな。そんなことでは死ぬだけだ」
少女が絞り出した本当の気持ちを、冷たく一蹴する。
暴力的なまでの無慈悲な正論は、しかし真理を突いていた。
剣を握るだけ握って踏み出したいと乞い願ったところで、目の前の現実が変革されることはない。
結局のところ、選んだ人間が駆け出さないことには何も始まらないのだ。
その点、花邑ひなこはどこまで行ってもセイバーの私見通り、歳相応の平凡な少女でしかなかったが。
「しかし」
が――
「今は私が君の剣だ。君が剣を握ることを選んだのならば、敵を斬る役は私が担おう」
思考の内側。
剣を拾い上げて震え、立ち尽くす少女の前で。
牙を覗かせる恐ろしい怪物が、運命の道を塞ぐ虚ろが、切り刻まれて血風に変わった。
これが本当に“彼”の経験した処刑場の再演だったなら、ひなこは死んでいただろう。
しかしこれは聖杯戦争。戦でこそあれど、自ら剣を振るわねばならない質の鉄火場ではない。
彼女に求められていたのは剣を握ること。足元に転がるそれを、震えに打ち勝って握り締めることまで。
そこまで出来たのなら、目の前に立ち塞がる虚ろを切り裂くのは――剣(かれ)の役目だ。
「問おう。我がマスター、無力なる者よ。
吹けば飛ぶようなか細い魂でありながら、剣を握って慟哭した人間よ」
……これまで、花邑ひなこは孤独だった。
たった一人で傷付き壊れゆく愛吏を守り、助けてこなければならなかった。
彼女は一人で戦っていたのだ。だから当然として、彼女は現実に勝てなかった。
願った未来は夢想のままに終わって、逃げ込んだ先はふたりきりの永遠への旅路。
それが正しいのか間違いなのか、救いなのかそうでないのかを決め付ける論拠はこの世界に存在しないが。
ただ一つ確かなことは、此処での彼女は孤独ではないこと。
傷付き続けた少女の前に立ち、代わりに剣を振るう一つの影が存在すること。
「――君の願いは、何だ」
英霊が問う。
死神が問う。
何を願う、と。
生か。
それとも。
その問いに対する答えは、やはり決まっていた。
「…………幸せになりたい」
一度、放り捨てようとしたその感情はいつの間にかまた懐に収まっていた。
やっぱり無理だ。これを捨てるなんて、なかったことにするなんて出来るわけがない。
すすり泣きながら、ひなこはその感情――“愛”のままに云う。
「あいちゃんと、幸せになりたい」
吐露されたそれを受けて、死神はただ頷いた。
その動作はまるで機械のようであったが、彼の人となりについて少しでも知る者なら決してそうは思わない筈だ。
何故なら彼は無駄を嫌うから。合理を愛し、贅肉を疎う。そういう死神なのだ、この男は。
その彼が取る言動として、此処までのそれはあまりにもらしくない。
彼もまた、かつては孤独だった。
一人きりで戦い続け、挑み続けていた。
「了解した。では我が剣、我が魂、全てを用いて君の願いを叶えよう」
愛など抱いた試しはなかったが。
後悔を背負うことの重さについてなら、先達を名乗れる。
「サーヴァント・セイバー。真名を“
痣城双也”――未だ到らぬ大逆人だが全霊を尽くすと誓う」
男の真名は痣城双也。最強を意味する名から解放され、新たに旅に出た無間の住人。
今この瞬間も旅の途中にある――尸魂界の大逆人である。
◆
「キハハハ! らしくない! らしくないねえ! あんまり似合わなすぎて爆笑が止まらなかったよ! 笑い死にさせるつもりかよ、この!!」
「……黙れ。喚くな、『雨露柘榴』。耳に響く」
「こりゃ失敬! でもあんまり面白いんだもん、ちょっとくらい許してよ! キハハハッ!
いやあ、いやあいやあいやあいやあ! 悪名高き痣城双也も丸くなったもんだねえ! キハハハハヒヒヒヒヒ!!」
痣城双也は大逆人であり、かつては異なる名前で呼ばれていた。
尸魂界は護廷十三隊にて“最強”を意味する名――『剣八』。
彼はその八代目だ。いや、正確には“だった”と云うべきだろう。
痣城が罪人として牢獄の最下層に投獄されたことで『剣八』の座は空座となり、強制的な代替わりが行われた。
表向きにはその時点で既に、痣城は八代目の座を追われていたのだったが。
今となっては名実共に『剣八』の名は彼の心を離れ、故に痣城は『剣八』ではなく双也として此処に現界している。
完膚なきまでの敗北をもって、宙吊りになっていた八代目の幕切れは遂に成されたのだ。痣城を蝕んでいた憑き物もろともに。
「選ぶのは君だ、とか。死神が生者の歩みを恣意に歪めるなど許されない、とか。
偉そうなこと言っといて、アンタ思いっきり背中押してんだもん!
ツッコミ待ちかと思ったよ、いやていうか実際めちゃくちゃツッコんじゃったし! キヒヒヒ!」
「そのつもりはなかったが……お前にはそう見えたか?」
「逆にそう以外どう見るってのさ、あんなの! なになに、アンタって意外とああいう子がタイプなの? ひゃ~意外!」
「その手の欲まで拾い直したつもりはないな」
「キハハハ、どうだか! 捨てたってツラして実は隠し持ってました、ってのはアンタの十八番だからな!!」
――痣城双也は二度目の大逆を諦め、再び無間へと戻った。
そこで彼はある天才の生み出した薬を飲み、百年とも千年とも付かない久遠の旅路へと歩み出した。
そして痣城は、今もその旅の只中にいる。
要するに彼は死んでいないのだ。
サーヴァントとしてこの冬木に召喚されていながら、死んでいない。彼の存在は今も無間の闇の中に囚われ続けている。
尸魂界、瀞霊廷、そして無間という特異な空間の三拍子。超人薬の服用による時間感覚の狂乱。痣城を囲む様々な特異性が如何なる作用をしたのか正確なところは分からないが、彼には無限にも思える引き伸ばされた体感時間の中で、確かに一枚の“黒い羽”に触れた記憶があった。
電脳世界のバグが痣城を此処に招き寄せた。が、流石に彼のような規格外をマスターとして放り込むわけにはいかなかったのだろう。
帳尻合わせの結果がこれなのだろうと、痣城は冷静に自分の置かれている境遇を分析していた。
「……別に、そう特別な理由があったわけではない。あの娘が剣を握れる人間だと感じたのも事実だ」
「ふぅん。本当にそれだけ? ねえねえ」
「そうだな。それ以外に強いて理由を探すならば……」
とはいえ痣城の望みとは、超人薬を服用してまで赴いた長旅の目的そのものだ。
聖杯などという横紙破りに頼って叶えてしまっては意味がない。
神の如き力とやらに全く興味がないと言えば嘘になるが、あくまでもそれは二の次。今の痣城にとって大切なのは、自分がこれまで不要なものだと断じて切り離し、捨ててきたものを拾い集めることの方だった。
だが、寄り道だろうと意味があるに越したことはない。
痣城が花邑ひなこという無力な少女を焚き付けるような真似をしたのは、きっとそんな理由だったのだろう。
「……もう一度、人間の輝きが生む力というものを見てみたくなったのかもしれないな」
「キハハハ! なるほどねえ! そっかそっか、前回は敵として味わうだけだったもんね。次はあわよくば味方でってことか!」
「尤も、“彼”と“彼女”はあまりにかけ離れている。サーヴァントとしての役目はちゃんと果たすさ」
痣城を力で打ち負かしたのは、十一代目の『剣八』だ。
しかし痣城が敗れたのは、彼だけではない。
とあるちっぽけな人間の存在もまた、痣城の中には燦然と刻み込まれていた。
「ま、いいさ。しっかりやんなよ『セイバー』。だらしないことしてたら容赦なく笑ってやるからね」
「言われなくてもそのつもりだ。仕事に対して真摯に取り組むのは、私の数少ない美点だからな」
「キハハハ! よく云うよ大逆人が! 冗句を云うなんてアンタらしくない無駄じゃない、いつの間に拾い直したのさ!」
人間は、時に定められた運命をさえも覆す。
人の想いにはそれだけの力があることを、痣城は知っている。
それを踏まえて、彼は少女の剣として戦うことを決めた。
かつて剣を握れず、そしてあまりに多くのものを捨ててしまった先達として。
剣を握り、大事なものを懐にしまい直したちっぽけな少女の背中を、痣城は静かに押すのだった。
【クラス】
セイバー
【真名】
痣城双也@BLEACH Spirits Are Forever With You
【ステータス】
筋力:E 耐久:EX 敏捷:EX 魔力:A 幸運:D 宝具:A+
【属性】
秩序・中庸
【クラススキル】
対魔力:B
魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。
騎乗:D
騎乗の才能。大抵の乗り物なら人並み程度に乗りこなせる。
【保有スキル】
鬼道:A+
死神が自らの霊力と霊圧を用いて行使する術。
相手を直接攻撃する『破道』と防御・束縛・伝達などを行う『縛道』に二種類が存在する。
セイバーは高位の術も行使することの出来る技量を持ち、更に後述する宝具との兼ね合いもあって脅威度は非常に高い。
死神:B
広義における死神ではなく、尸魂界(ソウル・ソサエティ)の守護を請け負う存在の名称。
悪霊及びそれに準ずる存在に対する攻撃判定にプラス補正を受ける。
セイバーの場合、自らの行いで投獄されているためランクが落ちている。
『剣八』:- (元はAランク)
護廷十三隊最凶の戦闘集団・十一番隊の隊長を務めた者に与えられる称号。・・・
それが意味するのは“最強”の肩書であり、セイバーは八代目の『剣八』であった。
今や彼はこの名前から解放されている。
単独顕現:E
例外として英霊の座ではない地点から単体で電脳世界に出現したサーヴァント、その証。
とはいえ、単独顕現が持つ“即死耐性”“魅了耐性”を備えている。
【宝具】
『雨露柘榴(うろざくろ)』
ランク:A 種別:対人/対軍/対城宝具 レンジ:1~10000 最大補足:1~10000
セイバーの振るう斬魄刀。通常、斬魄刀には始解と卍解の二つの形態が存在するが、セイバーは例外的に常時の卍解状態にある。
物質と融合し、融合した対象と自らを同化させて支配することが出来る。
霊子レベルの超細密な操作まで可能であり、融合範囲内で起こった事象の全ては常にセイバーによって知覚され、また同範囲内の如何なる空間にも瞬間移動で出現出来るなど万能と言っていい性能を誇る。
平時セイバーは空気と融合しており、これによりほぼ全ての攻撃を素通りさせている。
生物と融合するのも可能だが、拒絶反応による反動が激しく使うセイバーは基本的にこの使用法に頼らない。
更に支配可能な範囲も非常に広大であり、生前には計算上日本の国土に迫るサイズになる都市『瀞霊廷』の全域と融合していた。
前述の通り事実上万能の性能を持つ宝具だが弱点も存在し、一つは卍解の使用中セイバーは世界そのものと融合している為“魂魄が固定され変化しない”。即ち鍛錬や成長で自己を鍛え上げることが完全に不可能である。
実際、セイバーはこの宝具の能力を取り除いて見た場合、単なる見てくれ通りの優男でしかない。
そして霊子そのものを吸収する攻撃には非常に弱く、融合範囲で使用された場合、その攻撃による痛手を魂魄全体に数十倍の規模で受けるという絶大な被害を被る。
また奥の手として、『雨露柘榴』を始解状態にあえて戻すというものがある。
この際、融合した霊子を凝縮することで極めて絶大な攻撃力を取り出すことが可能。
その威力は対城宝具の域にさえ達するが、代償としてその後卍解を一年間使用出来なくなってしまう。
聖杯戦争では魔力さえ賄えれば再度の卍解使用も不可能ではないだろうが、しかし要求される魔力量は令呪三画を費やしてもまるで足りないほど莫大な為、やはり現実的とは言い難い。
【weapon】
『雨露柘榴』
【人物背景】
元・護廷十三隊十一番隊隊長。八代目『剣八』。
本名を痣城双也と云う。
誰よりも死神の使命に忠実で、それ故に道を踏み外してしまった合理の男。
本来、痣城剣八は現在も尸魂界の牢獄『無間』に収監されている。
しかし“黒い羽”と云うイレギュラーに触れたことで、例外的な単独顕現を果たして花邑ひなこのサーヴァントとなった。
その為彼の旅はまだ終わっていない。彼は今も、今まで捨ててきたものを拾い直す旅路の途中にある。
【サーヴァントとしての願い】
願望器に代行して貰うような願いはない。
ただ、この戦いが少しでも己の何かを埋めることを望む。
【マスター】
花邑ひなこ@きたない君がいちばんかわいい
【マスターとしての願い】
やり直したい。あいちゃんと幸せになりたい
【能力・技能】
基本的に年齢相応。ただし運動神経は人よりも鈍い。
“ある少女”に対する、深い愛情と執着を飼っている。
【人物背景】
苦しみの中でひたすらに悩み続け、それでも最期まで寄り添うことを選んだ少女。
最終更新:2023年09月30日 21:02