深夜の校舎、夜の帳が降りた闇の中。
夜勤の教員すら既に帰宅した、文字通り誰もいないはずの学校にて。
「こんな脅しで私が怯むとでも思ってるのかしら?」
窓から刺す星の光のみが暗がりを照らす教室で、少女が叫ぶ。
その手には、自分に送られたであろう一枚の手紙。
「深夜来なければお前の秘密をバラす」とだけ書かれた脅迫状
少女の視線が貫く先には、手紙を送った元凶である、夜闇の隠れた人影の姿。
「それに、送ったのだがまさかあなただったなんて、
宮園一叶さん」
そう呼ばれた元凶の名は、
宮園一叶。
成績は褒めるほど良くはなく、むしろ悪い。
狼を思わせる口元のスクランパーに、耳の大量のピアス。
性格は兎に角明るい、クラスの誰とも別け隔てなく接するギャルのムードメーカー。
「あーらら、バレちゃったかぁ。まあ隠す気もなかったんだけどね」
ローズレッドのツインテールを揺らして、左手を少女に晒しながら不気味に微笑む。
一叶の左手の甲には狐の面を象った令呪。自分と同じく聖杯戦争の参加者というのは丸わかりだ。
「それで、脅しに来たあたしをどうしたい訳?」
「……どうしたい訳って、人の秘密掴んでおいてその態度、ほんっとムカつくわね」
少女は、
宮園一叶の事が気に要らない。
聖杯戦争の予選期間でも、偽りとは言え学生の本分たる学校と青春は変わらない。
情報を集めるためもあったが、元の世界においてクラスカーストのトップに位置した彼女にとっては庭のようなものだった。クラスメイトの心を掴み、気に要らないやつは他の奴を使って嫌がらせしてやった。
それは、元の世界でも同じく。
そんな彼女を、面白がっているようにずっと見つめていたのが宮園一叶という人物。
まるで自分を見世物小屋の動物のように眺めていて、その気持ち悪い眼差しが気に要らなかった。だが、その追求をのらりくらりと躱すばかりか、嫌がらせも何故かことごとく失敗する有様。しかも余裕綽々とこちらに関わってくる。
そして挙げ句に、この脅迫状。
「気に要らないのよ。人のことおもしろ動物扱いな、その視線が」
拳を震わせ、わなわなと怒りだけが溜まっていく。
その視線、今も同じく自分を見世物みたいに見つめる、その眼が気に要らない。
教室の外で待たせているサーヴァントを呼び戻して殺してやろうかと、考えている。
「まあ、私も鬼じゃないわ。全裸で土下座して私の秘密を誰にも言わないって約束してくれるなら許してあげる」
でも、ただ殺すだけではこの怒りと苛立ちは晴れることはない。
だから、突きつけた。今ここで無様を晒して謝らせるという選択肢を与える。
断ったなら自分のサーヴァント、アサシンの技で死んだほうがマシと思える恥辱を与えてやる。
少女の怒りは、既にその段階にまで煮え滾っているのだ。
「……ふふっ、はははっ、あははははっ!!!!」
だが、
宮園一叶は笑った。けらけらと、腹を抑えて。まるで馬鹿にしているように。
イエスともノーともどちらの選択肢も選ばず、ただ笑った。
気が狂ったわけでもない、これはまるで、楽しくて笑っている。
宮園一叶は、この状況が楽しくて笑ってる。
「……どうして、そう笑ってられるのよ」
不可解だった、不愉快だった、不気味だった。
一叶の生殺与奪の権利を得ているのは自分の方だと言うのに。
そんな事を気にも留めず、まるで自分が負けるはずがないと言わんばかりに、笑っている。
「……あはは。はは。だって、嬉しいの、この聖杯戦争って事に巻き込まれてさ」
「嬉しい、ですって?」
聖杯戦争に巻き込まれる。それは普通の人間にとって唐突な不運でもある。
一般的な魔術師ならば願いを叶える機会と喜ぶだろう、非日常に生きる者なら面倒事に巻き込まれたという認識だろう。
だが普通の人間にとっては災害に巻き込まれたようなもの。手段を選ばなければ最悪死んでしまう。
少なくともこの少女にとっては、それは恐怖であるからこそ、手段を選ばなかった。
だが、
宮園一叶は違う。狂人の如く喜びに打ち震えて、挙げ句この異常を喜んでいるのだ。
少女は、
宮園一叶をまだ理解できていない。
「だって、聖杯戦争、戦争だよ。願いのために殺し合うだなんて、それこそアニメやドラマみたいなものじゃない!」
歓喜の表情。聖杯戦争という天災に対する喜び。
宮園一叶は真っ当な人間である。サブカルチャーを大いに好き好む事以外は。
ありふれた人生が嫌で、面白いことを求めた。映画のような非日常の刺激のない現実が嫌いだった。
つまらない日常が何よりも退屈だった。
「脇役(モブ)としてじゃない、一参加者、物語の主要人物って立場に、凄く憧れてるの。ほんっと、あの時は惜しかったなぁ……」
脇役ではなく主要人物。物語に関わるキーパーソンの一人。そんな立場に憧れた。
いや、あの光景が羨ましかっただけなのだろう。あの二人の爛れ、歪んでいても、それでも間違いなく輝いていた物語に。映画じゃなくて現実でもっと楽しめるかもと心底喜んだ。
関われはして多少満足だったけれど、結局利用されていたらしくて、自分はあの二人の物語にはモブでしかなかったらしくて。
その後に多少面白そうなネタを掴んだのはいいけれど、その先で待っていたのは一瞬の快楽ではなく一世一代の大イベントと来た。
心躍った、気持ちが沸き立った。
「待ち遠しかったんだ。日常から外れた物語。その機会が訪れた、訪れたんだよ私の前に」
濁りきった一叶の瞳が少女を見つめる。いや、その眼は少女なんて見ていない。
その先に待ち構えている物語の先を見ている。未知なる向こう側に夢を求める求道者の眼差しをしている。
その物語を前に、罪への意識だとか戦いへの恐怖だとか既に吹き飛んでいる。嗚呼、自分は物語に関わっているという体感が持てている。
今度はモブなんかではなく、れっきとした主要人物として。そのために自分は生きてきたのだと。
「だったら、楽しまないと! 荒らして荒らして愉しみまくって! そう上手くは行かないとは思ってるけど最終的な理想は、物語のラスボスになりたいってやつ!」
「……狂ってるわよ、あんた……!」
吐き出すように少女が零した一言。それはこの聖杯戦争にて宮園一叶から暴かれた本性に対して心底からの恐怖と軽蔑。こんなものが日常に適応していただなんて寒気がする。
そしてラスボスになりたいという抑圧された欲望の果てから生じた狂気。
これは殺さないといけない。意味やら理由やらではなく、直感で感じたもの。
ここで生かしてしまえば、間違いなく自分にとっての災害になると。
「――アサシン!!」
英霊の名を、少女は叫ぶ。
脅迫はもう辞めだ、もはやこれを殺すことに何の躊躇もない。
「どっしたのマスター? ……ってこれマスターの声じゃないけど何か来ちゃった」
「は?」
望み通り、アサシンは来た。
ただし、それが少女のサーヴァントではなく。
真っ黒なセーラー服に陰陽道を象ったファッション。その美貌を台無しにするような悪い形相の女。
キザギザ歯をにこやかに見せびらかすような笑い顔を晒す、アサシンのサーヴァント
「あれ、私のアサシンじゃん? 今までどこほっつき歩いてた~?」
「いやぁごめんごめん。ちょっとお散歩してただけだって~」
軽快なノリ。
宮園一叶と談笑するそれは、間違いなく自分のアサシンではない。
その上で、少女の中で最悪の想定が過る。自分のサーヴァントは既にやられているのではないか、という。
「……私のアサシン、どうしたの」
「えぇ~? "多分どっかで迷子ってるんじゃないの~?"」
「巫山戯た嘘を言わないで。……外には私のアサシンを待たせていたはず、なのにどうして!?」
迷子になっている、だなんて小学生でも分かる嘘を吐いてきた。
このアサシンは間違いなく自分を誂っている。挑発に乗らないよう、一つ一つ真実を探ろうとする。
少女の思惑とは裏腹に、それを他人事にように眺めながら
宮園一叶は。
「と言うかマスターさ、この子誰なわけ?」
「あー私と同じ聖杯戦争参加者だったみたい。まあ仕方ない流れだけどバレちゃったし、アサシンの好きにしていいよ?」
それは、事実上の処刑勧告に近しいもの。
それは、少女をアサシンの好きにしていいという認可。
もうちょっと遊びたかったなぁ、と言う残心を一叶は少々残しながらも。
「……というわけだけどさ。自分のサーヴァントが迷子になっちゃった可哀想なマスターちゃん?」
「……ッ」
アサシンの細い狐目が、少女を見据える。
全身をザラザラとした触手で撫でられるような気持ち悪さ。
それでも気丈に睨み返す少女を見てニヤリと、面白がってアサシンが口を開く。
「こんな話、聞いたことある? "この学校は夜になると戦時中に死んだ子どもたちの幽霊がゾンビになってさまようんだって話"」
「そんな話、全く聞いたこともないんだけど」
出てきたと思えば聞いたこともない嘘の噂。
聞き流してしまえばいいだけど大したことのない言葉。
後ろの廊下が、何か慌ただしい。もしかしたら自分のアサシンが戻ってきてくれたのか、と思った。
「……えー。じゃあさ、"そのゾンビたちが絶賛君だけを喰らいたくて襲いかかってきた"ら、どうする?」
「さっきの話が嘘じゃなくてホントだって言いたいわけ?そんなの無いに決まって――」
少女の言葉を遮ぎるように、ガタガタ、ガタガタと物音が鳴る。
一人二人ではない、大勢の物音。
廊下を掛ける沢山の子どもたちの足の音。
この時、全てを察した。
この慌ただしさは、自分のアサシンが戻ってきたから、では無い。
「……うそ、でしょ?」
窓ガラスとドアを犇めかせて、服を着ただけの真っ黒なヒトガタが、赤い眼と晒しながら蠢いて。
それはまるで、ゾンビのような、そんな集団が、少女だけをギョロギョロと見つめている。
血に染まった木の棒とか、ナイフだとか、そんなものを持ちながら。
「――嘘だ」
こんなの、嘘だ。そうだ嘘だと。現実だと受け入れたくない真実が少女に差し迫っている。
恐らくこのゾンビは廊下内にぎっしりと詰まっているだろう。つまり逃げられない。
何故か知れないけれど、アサシンはやって来ない。宮園一鼎のアサシンが何かしたのか。
それともシンプルに迷子になっただけなのか。
分からない。
分かるはずもない。
今の少女に、そんな事を冷静に思考できる精神的余裕など、無くなってしまった。
「あー残念だけど"令呪使っても無駄だよ、もう君のアサシンは此処には来られない"」
「嘘だ」
抉るように
宮園一叶が言葉という毒を流す。否定する。
「"君のせいで何か自殺しちゃった子も混じってるから逃げられると思わないでね~。まあ君が死ねばこのゾンビは纏めて消えるんだけれど"」
「嘘だ」
邪悪な声が、少女の心を再び抉る。否定する。
「君はここで報いをうけるんだよ、今まで虐げてきてた彼ら彼女らに、ね? "もう君の逃げ場なんてないんだから"」
「嘘だぁぁぁぁっっっ!!!!!!」
少女は心は限界を迎える。アサシンは助けに来ない。他は敵と自分を付け狙うゾンビ。
我武者羅に声を荒らげ、教室の窓を開けて無理やり脱出。
ゾンビがたむろっているのは教室の廊下内、ならばこっちから脱出できればと思った。
「――は?」
だが、少女が目の当たりにしたのは、グラウンドにも蔓延るゾンビの群れ。
いつから現れた、いつからそこにいた。さっきまで居なかったはずなのに。
どうして、どうして、どうして。思考のキャパシティは既に限界を迎えていた。
「ああ、あああ、ああああああああああ―――――――!!!!!!」
教室の窓の外より悲鳴が聞こえる。蠢くゾンビが少女の手足を掴み、噛み付いて、引き千切っていく。
手足が無くなれば次は胸、腹、そして顔。食らって食らって喰らい続けていく。
「―――嘘の嘘、それはくるりと、裏返る」
アサシンがなにか呟いたようだが、少女がそれを意に介すことは永遠になく。
数十分にも及び悍ましき燔祭の末に、少女の身体は臓器の残り物程度しか残らず。ゾンビたちもまた最初から居なかったかのように消失する。
「……ふふ、ふふふ。あははははっ!!!」
最後には、
宮園一叶の高笑いだけが響き渡る。
怪異のごとく、狂ったフルートの音色のような、これから待ち受ける非日常の、聖杯戦争という"物語"の始まりを告げる前奏曲の如く。
観測者のままはもう終わり。これからは彼女もまた"主要役者"の一人。
嘘も真実もごちゃ混ぜて、彼女の人生という劇場版がこれから始まる。
【クラス】
アサシン
【真名】
築城院真鍳@Re:CREATORS
【属性】
混沌・悪
【ステータス】
筋力:D 耐久:C 敏捷:D 魔力:B++ 幸運:A 宝具:A
【クラススキル】
対魔力:D
一工程(シングルアクション)による魔術行使を無効化する。
魔力避けのアミュレット程度の対魔力。
気配遮断:C
サーヴァントとしての気配を断つ。隠密行動に適している。
完全に気配を断てば発見する事は難しい。
【保有スキル】
被造物:C
現実に具現化した物語の登場人物。このスキルの所有者は通常の英霊よりも回復力および自己防御力が高めとなっている。ただしアサシン自体の異能抜きの戦闘力は元の作品世界でもそこまで高くない
無力の殻:A
アサシンは宝具以外に魔力を使うことは殆無く、そのため宝具を使わない限りはサーヴァントとして感知されることはない。
正確には宝具以外で魔力の使い道が存在しないため。
詐術:A
話術、扇動の派生スキルであり、言動を以て他者を欺き思うがままに従わせる技術。
アサシンは元の物語の役割もあって技術に長けており、嘘と真実を使いこなすことで相手の思考を容易く誘導することすら出来る。
【宝具】
『言葉無限欺(コトノハムゲンノアザムキ)』
ランク:A 種別:対因果宝具 レンジ:0~10 最大補足:1~10人
ことのはむげんあざむき。嘘を現実へと裏返す言霊。
アサシンが言葉にした『嘘』を対象が『嘘』と認識することで、その『嘘』を現実へと昇華し実現する。
一度条件をクリアしてしまえば、現実には存在しない物を現界させることが可能。さらに一度現実化したさせた効果は基本的に永続で固定されてしまう。
言葉だけでなく、紙などに記載した文面等の真偽を問わせることで、それを嘘だと相手が断定すれば効果が発動するなど応用力も高い。
ただしあくまで発動条件は『嘘』を『嘘』と否定されることで、その嘘を肯定されたり、「やれるものならやってみろ」的な売り言葉に買い言葉では発動しない。
極めて強力な宝具ではあるものの、対策さえ出来れば比較的容易に対処出来るのだが、アサシン自身の詐術スキルもあり、手種がバレていたとしても回避することは難しい。
ただし、アサシンが英霊化した都合上マスターの魔力負担もある程度必要であり、度が過ぎた改変はマスターの負担も多大なため決して万能ではない、という所には落ち着いている。
『愚者の金塊(フールズ・ゴールド)』
ランク:EX 種別:対人宝具 レンジ:- 最大補足:1
黄鉄鉱。見せかけの黄金。パイライト。
かつてアサシンがある人物に授けたちゃぶ台返しのお守り。
このアイテムを授けられた対象は、一度だけ『言葉無限欺』を魔力を一切無視して使用可能にさせることが出来る。
ただし、効力はたった一度のみ。かつこの宝具の使用された後はアサシンは全ての魔力とスキルを失い、受肉と言う形でただの人間となる。
【人物背景】
伝奇系ラノベ『夜窓鬼録』の第5巻に登場する敵キャラ。
『言葉無限欺」特殊能力を使い作中で暴れまくり、最終的に作中の主人公である水晶玉探偵こと逆神那烏也に倒されるはずだった。
だが、現実世界の大崩潰を企む軍服の姫君の起こした騒ぎに乗じて己が作品の作者を殺害。盤面を荒らしながら最後に勝ち逃げ同然に海外へと渡航した。
【サーヴァントとしての願い】
聖杯とかには対して興味無いけど、聖杯戦争は良い遊び場だから楽しんでいこー!
マスターもそういうの御所望っぽいからねー!
【マスターとしての願い】
聖杯に掛ける願いは手に入れてから考える
今はこの非日常を存分に楽しもう! 出来ることなら目指せラスボス!
あーでも、どうせなら聖杯パワーで愛吏と花邑さんの物語に介入しちゃうのもありかも?
【能力・技能】
勉学の成績こそ良くはないが、色んな人とそれなりに仲良く出来るコミュ力の高さ。
【人物背景】
日常という退屈よりも、物語という非日常を求めた少女。
聖杯戦争という非日常を前に、彼女は正しく狂った。
【備考】
令呪の形は狐の面。
最終更新:2023年12月04日 22:40