聖杯戦争の舞台となった冬木市の郊外。
星ひとつない夜空の下で二騎の英霊による激戦が繰り広げられていた。
一人は赤髪のセイバー。
着込んだスケイルアーマーは鉄片ではなく本物の――それも複数種類の竜の鱗で仕立てられており、片手で振るう大剣は一振りするたびに大気を震わせ地面を抉る。
もう一人は髭を蓄えた禿頭の偉丈夫、ライダー
手にした業物の刀で、目にも止まらぬ速さで振るわれるセイバーの剛剣を受けとめ、時には受け流して互角に打ち合う。
互いの獲物がぶつかり合って火花が散り、闇の中でそれが唯一の光源となる。
仕切り直しにとセイバーが距離を取れば、背後に浮かべた海賊船から雨霰ごとく砲弾を放って追撃するが、自らに迫る砲弾の雨をセイバーは一振りで斬り払い、一歩で間合いを詰めて再びライダーに肉薄し、剣戟を再開する。
――――ッ!!
ライダーが驚愕の息を漏らす。
その剣速は先ほどまでとは比較にならないほどに早く、今自身の耳に届いている金音が何合前の剣戟で発せられた音なのかもわからなかった。
ライダーは直感やそれに類するスキルも持っていない。すなわち純粋な剣術のみでこれを捌いているということに外ならず、その事実は瞠目すべきものではある。
しかしそれはどれほどの意味を持つだろう。
正面戦闘に於いて結果を左右するのは『どちらが強いか』という単純な事実。
今回の場合は『どちらの剣技が優れているか』。
防戦一方となり、もはや攻めに転ずることすらできなくなったライダーが崩れるのは時間の問題で、その状況を逆転するには別の要素が必要だった。
例えば増援。
「!?」
ライダーの背後に浮かぶ海賊船から四人の人影が飛び出し、セイバーに襲い掛かる。
サーベルを持った男が一人。
短槍を持った男が一人。
半魚人のような無手の男が一人。
鉄爪を備えた四本腕の女が一人。
ある者は両側面から、ある者は背後から、ある者は上空から。
敵を屠らんと波状攻撃を仕掛ける彼らに、しかしセイバーは冷静に対応する。
まずはライダーに背を向け、背後に降り立った無手の男を逆袈裟にて斬り捨てた。
晒した背中に振り下ろされたライダーの一撃をスケイルアーマーで受け流し、続いて側方でサーベルを振り上げている男の胴を薙ぎ払う。
勢いを殺さずライダーの心臓近辺を目掛けて横薙ぎを放つが、これはライダーの刀に受け止められる。
しかしライダーは二の太刀を繰り出そうとしていたのを無理矢理中断して受けに回ったため体勢が整わず、力負けして後方に弾かれた。
追撃したいところだがまだ刺客は二人残っている。
追いながらにして追われる形になるのは悪手。先にこちらを片付ける方が得策。
セイバーはそう判断してその場にとどまり、上空から爪を構えて飛びかかって来る女を剣で叩き落とす。斬り捨てたつもりだったが、四本の腕の内二本を防御に回され受けられてしまったらしい。
「隙あり!」という気勢と共に突き出された槍を左腕で受け止める。
衝撃が骨まで響き、痛みに眉をしかめながら男を袈裟斬りで仕留め、更に地面に肺を打ちつけ身動きが取れなくなっていた女を両断し止めを刺した。
今度こそ追撃せんとライダーに向き直ったセイバー。
彼の目に映ったのはライダーではなく巨大な渦巻。ライダーの宝具―――生前食べた悪魔の実の能力だ。
セイバーが剣を構えるよりも先にその胴に直撃し、斬り捨てた骸もろとも吹き飛ばされる。
セイバーは舌打ちと共に受け身を取ってすぐさま立ち上がる。しかしその眼前には無数の銃弾が迫っていた。
ライダーの海賊船に乗る船員たちによる援護射撃。剣で弾く暇はないと咄嗟に剣を盾代わりに身を守る。
だが急所を守るので精一杯。防ぎきれず、多くの弾丸がその身に纏った鎧に直撃し、いくつかの竜鱗を弾き飛ばした。
態勢を崩したセイバーに容赦なく降り注ぐ弾丸の雨。その勢いは更に増しその身体を釘付けにする。
形勢は逆転した。
今が好機と攻めかからんとするライダー。だがその目に奇妙な光景が映る。
大剣を右手一本で支えながら、まるで咳き込む幼子の背にそうするように、空いた左手をライダーの配下の骸に添えるセイバーの姿。
警戒し、一瞬躊躇したライダーだったが、セイバーの口が動いているのを見て―――何某かの詠唱を行っていることを理解して―――脚にも覇気を纏い全速力で突撃する。
「一手遅い」
詠唱を終えたセイバーが呟くと同時。セイバーが触れていた骸が円筒形に形を変え、ライダーの土手っ腹に直撃した。
殺害した敵の骸を武器に作り替える。
自らの手で討ち果たした魔物を用いて造られた武具以外、生涯使わなかったというセイバーの逸話が昇華した宝具。その真名を解放したのだ。
そしてまだ、骸(ざんだん)は三つある。
先ほどとは打って変わって、今度はライダーが後方に大きく吹き飛ばされる。覇気で腹を固めて守ったものの衝撃までは防げない。
先のセイバー同様受け身を取ってすぐさま立ち上がり向き直るが、セイバーに目を戻した時には、既に三発のミサイルが完成していた。
間髪入れずに射出されるミサイル。それらは全て背後に浮かぶ海賊船を狙っていた。
「させるか!」ライダーは大渦を作り出して迎え撃つ。
高速回転する大気がミサイルを呑み込み、風圧がそれらを瞬く間に圧し砕く。
仲間の骸を弄ばれ、あまつさえ自らの手で破壊させられた怒りに腸を煮やしながら大渦を前方に押し出す。大渦は空気を潰し、大地を抉りながらセイバーに向かう。
先ほどぶつけた渦よりもはるかに強い力を込めている。直撃すれば英霊とて砕け散るだろう。
これが当たれば決着する。ライダーにそう信じさせた大渦は、次の瞬間光の刃によって真っ二つに両断された。
セイバーが剣に込めた魔力を収束し、剣閃に乗せて放出したのだ。
大渦を切り裂いた光の刃は勢いを失うことなく上空に浮かぶ海賊船の竜骨に直撃し、深い傷をつける。
竜骨は船底中央に配置される強度部材。謂わば船の背骨ともいうべき構造材であり、かのゴーイングメリー号もこの部位を損傷し遂には大破した。
宝具として宙に浮いているとはいえ、海賊船もまた船。船である以上、竜骨を損傷しては沈没の運命からは逃れられない。
偉大なる航路、新世界を渡ったライダーの海賊船は、船内に残っていた船員(クルー)達の悲鳴と共に墜落した。
これにて決着としよう、そう告げてセイバーは大剣の真名をも開放し、魔力を込める。
やることは先ほどと同じ。剣閃に魔力を乗せ、光の刃を飛ばし切り裂く
だが規模がまるで違う。比にならない。
ライダーはおろか後ろの海賊船も、戦場のはるか後方で戦いを見守るライダーのマスターすら、この一撃で消し飛ばす算段だろう。
生半可な方法では防ぐことはかなわない。
すまねえな、と呟いてライダーもまた宝具の真名を解放した。
地響きと共にセイバーの立っていた地面が渦を巻き始める。
セイバーが異常に気づいたときには両足は渦に飲まれ身動きが取れなくなっていて、そしてみるみるうちに渦は回転速度を早め、あっという間にセイバーの全身を呑み込んだ。
真名解放することで使用可能となる、悪魔の実の覚醒能力を用いた攻撃。
大地を中心に発生した渦は螺旋を描きながら、全てを巻き込み天に昇っていく。
渦の内部は地獄そのもの。ただでさえ風圧だけでミサイルを撃ち落とすほどの圧力下に、樹木や岩石などが巻き込まれているのだ。
呑み込まれた者は上下も左右も前後もわからないままにすり潰され、粉々に砕け散る。
しかしセイバーも、一騎当千、万夫不当と言われし英霊の一人。その中でも上位の存在。
凡庸な英霊ならばたちどころに粉砕してしまう災渦の中、全身を魔力で覆い身を守ることで生存していた。
これほどの大技を維持するのは容易なことではない。しばらく耐えていれば反撃の機会は訪れると考え耐えていたが、セイバーが想像していたよりも攻撃の持続時間ははるかに長かった。
このまま耐えるばかりではいずれ渦が消えるよりも先に魔力を使い果たし、渦に翻弄されるガラクタの仲間入りとなってしまう。セイバーは全身を覆っていた魔力を剣に集中させる。
全身を圧し砕かんとする圧力を筋力で凌ぎ、激突する岩や木を鎧で跳ね返し、裂帛の気合と共に大剣を閃めかせて渦を切り裂いた。
剣圧によって巻き上げられていた砂塵が吹き飛び、クリアになったセイバーの視界。
そこに映るは、待っていたと言わんばかりに刀を振りかぶるライダーの姿。
そしてセイバーが剣を構え直すよりも早く、夜空の如き黒に変色した刀が振り下ろされた。
★
――見事。
簡潔に言い残して消滅したセイバーを見送り、踵を返す。
己の強さに絶対の自信を持つライダーではあったが、あのセイバーが今回の聖杯戦争に召喚されたサーヴァントの中でもトップクラスの強者であることは疑いようがなく、紙一重でつかみ取った勝利といえよう。
そしてその勝利を得るための代償も非常に大きなものだった。
偉大なる航路を乗り越え、新世界の海を共に旅した27名の船員(クルー)達はセイバーに斬られ、あるいは船と共に撃墜され、ほとんどがこの戦いで討ち果たされてしまった。
彼らを召喚することはもはやかなわない。
宝具の真名開放による消耗も甚大だ。
海賊船の召喚のみならず、悪魔の実の覚醒能力を全力で使用した。
予選が終わるまでは魔力の回復に全力を注がなければ、まともに戦うこともままならない。
戦闘音を聞きつけて他のマスターやサーヴァントと連戦することとなれば勝つのは厳しいだろう。すぐにこの場を立ち去らなければならない。
疲労と魔力消費で鉛のように重くなった身体を引きずり、急いでマスターの元に向かう。
死に別れた息子に生き写しの、幼く優しいマスターの元に。
「おかえり~。お疲れさま~」
そう言って微笑みながら手を振ってライダーを迎えた人物は―――
―――彼のマスターではなかった。
女のように髪を縛ったその男は血に濡れた剣を持ち、その右足で血だまりに倒れた己のマスターを足蹴にしている。
それを視認したライダーは、怒りのあまりに体が燃えるように熱くなり、魔力どころか精根すら尽き果てた身体に鞭を打って走り出す。
己のマスターを害した下手人。生かしておいてなるものか。
魔力は尽きて能力は使えない。疲れ切った体では武装色の覇気を纏うこともできない。
それがどうした。そんなものがなくとも、不届者ひとり一刀のもとに斬り伏せるのに支障なし。
彼我の距離約15m。刀の間合いまで――
突如、視界が流れ、男の姿が消えた。
ライダーが最期にその目に捉えたものは
闇夜に浮かぶ白い髑髏面だった。
★
「いや助けにはいるの遅くない?アサシン。
殺されちゃうとこだったじゃ~ん?」
女のように髪を縛った男――重面春太は開口一番、軽薄な口調で己のサーヴァントに文句を垂れる。
「申し訳ございません。マスター」
頭を垂れて答えるのは全身を黒い装束に包んだ髑髏面の男。
棒のように長く、異常なほどに長い腕には赤黒い心臓が握られている。
首を捩じ折ったライダーから取り出したものだが、アサシンはそれを口に流し込んだ。
うげえと顔をしかめる重面。
「何回見てもグロいねそれ。美味しいの?」
「美味ではございませんな」
「あっそ。もうちょっと面白いこと言えない?」
従者からの淡白な答えに少し不満を示しながら次の話題に移る。
「セイバーのマスターは?
強そうだったからアサシンにお願いしちゃったけど」
「それなりに腕の立つ魔術師だったようですが、不意を衝きましたゆえ造作も無き事でございました。
そも、サーヴァントと戦えるマスターなどそうはおりますまいが」
「そうかなあ。今まで見てた感じ、術式さえ通じれば夏油や真人たちなら正面からでも十分とやり合えると思ったよ。
まあ夏油はともかく、呪霊がマスターになれるか知らないけど」
「ああ。お話に聞いていたマスターの生前の御知己ですな。
それほどの傑物とは。いやはや世界は広いものですな」
素直に簡単を漏らすアサシンに
「生前の、ねえ…」と何か詰まったような声色で返す。
「何か?」
「正直ピンと来ないなって思ってさ。
ここに来る前に俺はどうも死んだっぽいけど、全然実感ないし」
呪いの王―――
両面宿儺。
重面は渋谷での事変の最中その存在にまみえ、体を両断された。
しかし、不意を衝かれたことと切り口があまりにも鮮やかであったが故に、己の身に何が起こったか知覚することなく死亡した。
何の因果か『黒い羽』を手にして電脳の冬木に転移した際、己の末路に関するそれらの知識を一方的に与えられたのだ。
故に若い姿で召喚されたサーヴァントが生前の晩年に行った行為を記憶ではなく記録と認識してしまうのと同様に、重面もまた己の死の記憶に対して実感がわかずにいた。
「だからってわけじゃないけど、この戦い自体にもあんま気乗りしないってゆーか。
正直、願いだの希望だの言われてもよくわかんないんだよね。例えば億万長者になりたいって願いを叶えたとしても、その金を使う俺は死んじゃってない?ってかんじで」
そもそもの話、羂索という呪詛師に協力し渋谷事変に参加したのも弱い相手を甚振って楽しみたかったからだ。
世界は強いだけで勝てるようにはできておらず、強者が弱者に転じることなど往々にしてあると重面は思っていたが、生前の出来事からそんな理屈が通じない圧倒的な強者も存在することを彼は学んでいた。
まともに叶うかどうかもわからない願いのために、痛苦に耐え、強敵と鎬を削るなど心の底から御免被る。
「だから叶えたい願いがちゃんとあるアサシンには悪いけど、俺は俺が楽しむために、俺が楽しいやり方でしか戦わない。今みたいにね」
主従関係の解消も覚悟で吐露した本音。
アサシンは生前、「ハサン・サッバーハ」を襲名した際、顔を潰しその上から髑髏面を被るようになった。故に本人以外にはその表情など全く分からない。
だがその状態でも眉一つ動かなかったであろうことが分かるくらい、その答えはあっさりと返された。
「サーヴァントはマスターの刃。
マスターが殺せと命じた相手を殺す道具にございます。
道具の顔色を窺う必要などありませぬ」
一瞬きょとんとした後、重面は噴出した。
「そっか!
じゃ、これからもよろしくね!」
「ハッ」
「ところで、ライダーのマスターはまだ息があるようですな」
「うん。もう少しこの子で遊ぼうかなって」
「先ほどの戦闘音を聞きつけて敵が来るやもしれませぬ。なるべく手短になさいませ」
「さっそく道具の領分越えてくるじゃん」
足蹴にした敵マスターを踏む足に少しずつ体重をかけながら、重面はへらりと笑った。
【クラス】
アサシン
【真名】
ハサン・サッバーハ[呪腕のハサン]
【属性】
秩序・悪
【ステータス】
筋力:B 耐久:C 敏捷:A 魔力:C 幸運:E 宝具:C
【クラススキル】
気配遮断:A+
サーヴァントとしての気配を断つ。隠密行動に適している。
完全に気配を断てば発見する事は難しい。
攻撃態勢に移行するとランクが大きく下がる。
【保有スキル】
風除けの加護:A
台風除けの呪いにより風を防ぐスキル
風系の攻撃のみならず爆風にも効果を発揮する。
投擲/回収:A
短刀を投擲し回収する能力
短刀を取り出し、投げ放ち、回収するまでをノーモーションで行うことができる。
自己改造:C
自身の肉体に別の肉体を付属・融合させる適性。
このスキルのランクが高くなればなるほど、正純の英雄からは遠ざかる。
他のサーヴァントの心臓や強力なマスターの魂を喰らうことによって知性と能力を増強してゆくことができる。
【宝具】
『妄想心音(ザバーニーヤ)』
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:3~9 最大補足:1人
右腕に移植した悪魔・シャイタンの腕。
右腕で対象に触れることでその心臓の二重存在(コピー)を作り出し、それを握り潰すことで呪殺を成立させる。
物理的に防御することは不可能だが幸運や魔力で対抗可能。
【人物背景】
イスラム教の伝承に残る暗殺教団の教主「山の翁」の一人。
「ハサン・サッバーハ」を襲名するにあたり、彼個人の者は全て捨て去られた。
人間的・道徳的には善人であるとは言えないものの、主の命令には忠実で、主と認めた人物はどれほど劣勢に陥っても裏切らず、多少無理な命令でも黙って従う。
殺しはあくまで役割、義務としており、そこに哀楽を感じることは無い。
戦闘能力はともかく仕える者としては間違いなく一流。
生前、名と顔を捨てたことを後悔している。
【サーヴァントとしての願い】
己の名を歴史に残すこと
【マスター】
重面春太@呪術廻戦
【マスターとしての願い】
特になし。
【weapon】
重面春太が所有する刀。
組屋鞣造が制作した呪具であり、柄の部分が人間の手になっている。
刃の部分は取り換えが可能であり、本体と言えるのは刀身ではなく柄の方。柄と接続されることで刃も呪具化するため消耗にも強い。
遠隔操作、視覚共有ができる為、刀を別行動させて不意討ちや陽動、偵察などに使用することも可能。
【能力・技能】
“奇跡”を貯める術式
重面春太の生得術式。
日常生活で起こった小さな奇跡を重面の記憶から抹消し蓄える。
貯えられた「奇跡」は重面が命の危機に陥ると放出され、術者を窮地や絶命の危機から回避させ生存に繋げることが可能になる。
なお重面自身は術式の仕組みをあまりよく分かっておらず、"いざという時に生き残れる"程度の認識しか持っていない。
ストックされた奇跡の多寡は彼の目の下の入れ墨により判断できるが、その多寡を自身が知覚することはできない。
【人物背景】
羂索に与する呪詛師の一人。
ノリが軽い軟派な性格で「自分が楽しければそれでいい」をモットーに生きる卑劣漢。
不意討ちや弱者をいたぶることを好む下種野郎。
強者を相手に戦える戦闘力があるわけではないため、そういった存在に追い込まれると弱気になりがち。
【備考】
参戦時期は死後
死んだこと自体は本人的にはそんな重要じゃ無さげ
最終更新:2023年10月14日 22:51