「――素晴らしい。うむ、兎角この時代は素晴らしいな!」

 豪華絢爛。いっそ過剰なくらいのロイヤリティを凝らした振興の高級ホテル、その最上階にあるロイヤルスイートルーム。
 新都の夜景を一望できる大窓の前に置いたソファへどっかりと陣取って、紫髪の大男が満足げに嗤っていた。
 机上に並んでいるのは食べ物と酒だが、これがまたひどいアンバランスさ。

 ルームサービスで取り寄せた希少部位のステーキの隣に、明太ポテトサラダがトッピングされたカップ焼きそばが置かれ。
 一本何十万の値がつく高級ワインが入ったグラスの隣に、安さと濃度の高さが売りのストロングな安酒が置いてある。
 贅を尽くしているのかいないのか、成金ぶりたいのか庶民ぶりたいのか。
 しかし当人はいっこうに気にした様子もなく、カップ焼きそばを啜って高級ワインを呑む。

「俗さも猥雑さもわし様好みだ。んふふふふ、それにしても儲けものよ。
 まさかたまたまブチのめしたマスターが成金の大富豪で、命乞いに有り金全部こちらへ渡してくれるとは」

 彼はこの冬木市……もといそれを模した仮想世界に現界してから今に至るまで、既に三騎のサーヴァントの襲撃を退けている。
 見るからに欲深なろくでなしだが、しかし腕は立つのだ。
 いや、立つなんてものではない。

 彼の父は盲目王ドリタラーシュトラ。母はその妃ガーンダーリー。
 百の壺に分けられた肉塊から、最初に形を得て産声をあげた百王子(カウラヴァ)の長兄。
 悪魔の化身、邪悪なるヴィラン、英雄の宿敵にしてそれと並び立つ棍棒術の持ち主!
 真名をドゥリーヨダナ――マハーバーラタ叙事詩に語られる悪の花形、ドゥリーヨダナである!

「世界丸ごと霞のようなものだと聞いた時には多少興醒めしたが、これならわし様がいっちょ噛みするだけの価値はある。
 聖杯の恩寵とやらにも俄然興味が湧いてきたぞ。今から使い道に迷うな、あれもいいしこれもいいし、いやいっそ受肉してしまうのも……」

 彼の性根については、もう改めて語る必要はないだろう。
 この光景と、欲望を隠そうともしないデカい独り言を見たり聞いたりしたらすぐに分かる。
 軽薄、強欲。プライド高め、お調子者、とどめとばかりにドの付く自分勝手。
 悪魔呼ばわりも頷ける根っからのヴィラン気質。聖杯に託す願いなんてそんなもの……としおらしい顔をする手合いとは違う。
 ああでもないこうでもないとその使途を想像して行う取らぬ狸の皮算用。ドゥリーヨダナに聖杯への疑念だとかそんなものは一切ない。
 彼は今、ただ純粋にそして誰よりも率直に、目の前にちらつかされた財宝を追いかけるべくクラウチングスタートの体勢を取っているのである。

「ううむ胸が躍る! なんとしても、どんな手を使ってでも手に入れてやるぞ聖杯……!!」

 今度はステーキをもにゅもにゅ頬張ってからそれをストロングなレモンサワーで流し込む。
 視界の端では、彼のマスターである少女がよいしょよいしょとゴミ箱を運んでいる。
 窓から一望できるこの夜景も、いずれは自分の手中に収めてみせるぞとドゥリーヨダナは笑った。
 ゴミ箱を部屋の隅に設置した少女は額の汗を拭うと、慣れた様子でひょいとその蓋を開けて、中に潜り込んだ。


 ……。
 …………。
 ………………。


「――待て待て待て待て~~い!! マスターお前っ、わし様のスイートルームに何を貧乏臭いもの持ち込んどるかーーっ!?」
「ひゃあああああっ……!? ご、ごめんなさいごめんなさいぃっ……! ゴミがセレブの世界に存在していてすみませんっ……!!」
「部屋にゴミ箱あるだろうが! なーーんでお前はこの優雅で豪奢な新居にまでそれを運んでくるかこのネズミ娘がーーっ!!」
「ち、小さいし蓋閉まらないので……その……落ち着かなくてぇ……」
「ゴミ箱は人が入るものじゃないよね!? えっ、これわし様がおかしいのかなあ!?」


 ……ドゥリーヨダナは超強力なサーヴァントである。
 並の聖杯戦争であれば一人でごぼう抜きにできたって不思議ではない。
 そんな彼が聖杯を狙っている以上、この電脳世界での聖杯戦争は間違いなく熾烈なものとなるだろう。
 彼にはそのくらいの力とバイタリティがあるのだったが――しかし。

「だ、大丈夫です……。ちゃんと運んでくる前に、きれいに磨いてきましたから……。思わぬ掘り出し物でした、えへへ」
「そういうことを言ってるんじゃなくてだなあ…………」

 そんな彼にもアキレス腱はある。
 それこそが、彼を呼び寄せたマスター。
 自らをゴミクズと自称し、ゴミ箱の中によく潜み、しかし謎にデカい狙撃銃を常に持ち歩いている少女――霞沢ミユだった。

「まあいい、もういい。わし様結構面倒な話題には我関せずを貫くところあるし。それよりもだ、ミユよ」
「は、はい……?」
「わし様、お前に言ったな。どうするのか考えておけと。そろそろ答えは出たか?」
「あ、……はい。ええ、と」

 単に臆病で使えないだけならば、頭は痛いがまだいい。やりようはある。
 だがこのミユというマスターの一番の難点は、そう。

「うぅん……。考えてはみたんですけど、やっぱりあんまりいらないなあって……」

 ――これである。
 彼女は、聖杯をそもそも欲していないというのだ。
 運命に選ばれ、"黒い羽"を手にしてこの世界にやってきていながら。
 そしてもちろん、それの意味するところは単に「無欲だなあ」というだけには留まらない。

「……じゃあ何か。お前、この世界と心中しようってのか?」
「そ、それを言われると弱いんですけど……そこはほら、バーサーカーさんがうんと頑張ってなんとか……」
「なるか! あのなあ。この世界は、わし様のようなごうつくばりにとってはこの通り。夢と希望で溢れた楽しい楽しい楽園よ」

 だが、とドゥリーヨダナは続ける。
 その顔は相変わらず呆れ混じりのそれだったが、眼の奥に滲む光には彼の戦士としての一面が確かに覗いていた。

「お前のような欲も戦意も薄い童には、胆が冷えるほど冷淡だ。
 何しろ帰りの切符がない。勝ち馬に乗れなければその時点で死あるのみと来とる。
 お前が元居た場所に帰りたいと本気で願うなら、わし様に張って聖杯大戦とやらを勝ち抜くしかないぞ」
「……そう、ですよね。やっぱり」
「そうだ。まあお前が要らないなら聖杯はわし様が貰えばいいとして、本末転倒の平和主義に傾倒するのはやめておけという話よ。
 ていうかまずわし様が面倒臭い! 悪さするのが特技の英霊を呼んどいて慈善事業を期待されても困るのでな!!」
「ひぃい……こ、声が大きいですぅ……。鼓膜がじんじんします……」
「そういうお前は声が小さーい! まったく、その陰気臭いノリはどうにかならんのか。頭からキノコが生えそうだぞ」

 難儀なマスターを引かされたものだと、ドゥリーヨダナはそう思っている。
 せめてもの救いは、どうも彼女が現代の一般的な人間とは少しばかり作りの違う存在であるらしいことか。
 頭の上に灯っている"光輪(ヘイロー)"。
 子女相応の細身だというのに、やけに強度の高いその身体。
 持ち歩いている狙撃銃も、恐らく単なるハッタリの張りぼてではないのだろう。
 やろうと思えば、間違いなくやれる部類だ。
 戦争も、そして人も。
 となると問題は、やはり――

(あの性格だな。火を点けることさえ出来れば、それなりに優秀な弓兵になれると思うんだが……)

 自己肯定感の低さから来る卑屈な性格。
 そして、この期に及んでもまだ聖杯戦争に勝つことに対して消極的なその様子。
 それが彼女の持つポテンシャルと比べても尚勝るほどの重荷だった。
 もっと端的に言うと、そう。

(面倒臭い……そこまで行くのにどれだけ"ありがたい話"を聞かせてやればいいのか、考えただけで気が遠くなる……!
 ていうかなんでわし様がそんなことに頭を悩まさなきゃいかんのだ。普通もっとこう――やる気ある奴が来ると思うじゃんわし様だって。
 なのに蓋開けてみればなんだこいつは。本当に何なのだこの生き物は……ゴミ箱の精霊か……?)

 ――面倒臭いのである、そこまで行くのが。
 ドゥリーヨダナの人生経験もなかなか長い。
 何せ百人も兄弟がいたのだし、そうでなくても敵味方問わずいろんな相手を見てきた。
 しかしこの手のタイプと出くわしたのはなんとこれが初めて。
 これには参ったし、現在進行形で今も参ってる。
 「ひぃん……」と情けない声をあげながらゴミ箱に入ってしまったマスターを、ドゥリーヨダナは気が遠くなるような思いで見つめていた。

「うん。……うん、そうだな」

 早めに切ろう、そうしよう。
 こいつはどうにもならん気がする。
 ていうかわし様、そんな変な努力したくないし。
 急募、新たなマスター。応募条件、やる気があること。欲望に忠実な、アットホームな職場です。

 のそのそ近付いてきたゴミ箱からひょいと手が伸びて、机の脇に置いてあったコンビニ弁当を遠慮がちに掴んで去っていった。
 その手にはしっかりと三画の令呪が刻まれており、ドゥリーヨダナは遠くを見つめながら安酒で喉を潤すのだった。


◆◆


(ぜ、ぜったい切ろうって思われてる……
 適当なところでポイ捨てして身軽になろうって考えてる顔してた……!)

 ゴミ箱の中で、コンビニ弁当片手にわなわな震える少女の名前は霞沢ミユ。
 百王子の長兄、悪名高きドゥリーヨダナを見事喚び出すことに成功した聖杯戦争のマスターである。

(どうにか、こう……上手くアピールしたり、頑張ったりして、いいところ見せないと……)

 ミユは、聖杯戦争ひいてはこの先に待ち受けている聖杯大戦に対して消極的だ。
 叶えたい願いはない。
 あるとすればそれは、元いた世界に……あのキヴォトスに帰ること。
 ドゥリーヨダナの言うことはもっともである。
 生きて帰りたいと思うのなら、聖杯が要ろうが要るまいがどの道大戦に勝利しなければならない。
 それが出来なきゃ未来がないのが、この世界だ。
 "黒い羽"に触れ、この世界に導かれたその時点でミユの運命は決まっていた。

 なのに、未だにこうしてうじうじと手を鈍らせていること。
 重ねて言うが、ドゥリーヨダナの言うことはもっともだ。
 むしろ此処まで愛想を尽かされていないのが奇跡だと、ミユ自身そう思っている。
 陰気だし。卑屈だし。ゴミ箱に隠れる変人だし。
 その上足だけは引っ張るなんて、要らないと思われたって何も文句は言えないはずだ。

(……人を撃つのには、慣れてるし。やろうと思えば、きっとできないことじゃない)

 SRT特殊学園がかつて擁した特殊部隊、RABBIT小隊の狙撃手(スナイパー)。
 それがミユだ。敵地潜入、人質救出、対テロ作戦……あらゆる現場で活躍する精鋭達の一人。
 性格はともかく、その腕前は確かなものだ。
 むしろ抜きん出ていると言ってもいい――特に狙撃の分野においては。

 霞沢ミユは凄腕の狙撃手だ。
 ミユが本気になれば、この冬木市は彼女の狩場(キリングフィールド)と化す。
 前線でドゥリーヨダナが暴れ、後衛からミユが長距離狙撃で敵マスターを排除する。
 特に聖杯"大戦"のような多陣営による混戦模様の中でなら、隠れ潜むラビットの存在はこの上ない脅威として君臨できるだろう。
 彼女自身、そのことは分かっている。
 分かっているのにその手を止めさせているのは、いつもの戦場と今の戦場との間にある大きな違いだった。

(自分が生きるために……、人を撃つ……殺す)

 RABBIT小隊は特殊部隊だ。
 兎達が動くその時、そこには目的があって正義がある。
 ミユはその歯車として動き、引き金を引いてきた。
 だが――今彼女の前にあるのはSRTの"正義"ではなく。
 霞沢ミユという一人の人間が生き延びるために必要な、自分個人にとっての"正義"だ。

 ミユは自己評価が低い。
 自分のために引き金を引き、自分のために敵を排除したことなんて――ましてや殺したことなんて、今までに一度だってなかった。

(……いいのかな、それって)

 もしも此処に、仲間の兎たちがいたなら話は違っただろう。
 頼りになるあの子たちが議論を交わして、最後は隊長の月雪ミヤコが判断を下す。
 そしたらミユは、その判断に従うだけだ。
 戦うにしろ――それとは違うアプローチに出るにしろ。

 きっと迷わず引き金を引ける。
 兎たちの歯車として、仕事を果たせる。
 だけど今此処に、他の三匹の姿はなく。
 霞沢ミユという臆病な兎が一匹、取り残されているだけだった。

(居心地いいとは、思ってなかった筈なんだけどな)

 SRTになんて入らなければよかった。
 RABBIT小隊に、自分なんてそぐわない。
 そう思ったことは一度や二度じゃないし、何ならずっと思っていた筈なのに。
 なのに今では何故だか、あの三人と過ごす場所と時間が恋しかった。
 助けてほしい。支えてほしい。みんながいれば、なんとか戦っていける自信があるのに。

「先生……」

 こんな時頼りになる存在と言えば、RABBIT小隊とも関わりの深いシャーレの先生だ。
 一縷の望みをかけて呼んでみるけれど、当然ながらその消え入りそうな声に対するアンサーはない。
 此処は学び舎ではない。
 キヴォトスでは、とうにないから。

 ……腹の虫が、きゅるる、と鳴いた。
 テーブル脇からこっそり回収したコンビニ弁当を開け、割り箸を割って口へ運ぶ。
 もく、もく……と口を動かし、咀嚼して。空腹の身体の中へと流し込んで。

 しっかりしないと、とミユは思った。
 本当に捨てられてしまう前に、なんとかしないと。
 そう思いながら食べた弁当は、ドゥリーヨダナがお金を払って買ってきた賞味期限内の弁当の筈なのに。
 いつもみんなで食べていた廃棄弁当よりもなんだか味気なくて、おいしくなかった。


【クラス】バーサーカー
【真名】ドゥリーヨダナ
【出典】Fate/Grand Order
【性別】男性
【属性】秩序・悪

【パラメーター】
筋力:A+ 耐久:B 敏捷:D 魔力:B 幸運:A 宝具:B

【クラススキル】
狂化:E-
バーサーカーのクラススキル。
理性と引き換えにステータスのランクアップを所持者に与えるものだが、彼の場合ほぼほぼ機能していない。
よって理性はあり、高等な会話も(ろくでなしだけど)可能。

【保有スキル】
人悪のカリスマ:B-
彼の持つ人間味に溢れたカリスマを示すスキル。
彼はすぐに人を嫉そねみ、羨み、そして憎む小心者ではあったが、同時に見捨てられない魅力を具えていた。
とはいえ合わない者にはまったく合わない。

凶兆の申し子:EX
彼が生まれたとき、様々な不吉な現象が起こったとされる。
一族に災いを呼ぶとして、識者は王にその子を棄てることを勧めたが、王は受け入れなかった。
結果として彼は一族に滅びをもたらす大戦争を引き起こすことになる。
また、彼は悪魔カリの化身であるとも語られている。

棍棒術:A
その名の通り、棍棒を操る技量の高さを意味するスキル。
宿敵である大英雄ビーマにも匹敵する、極めて高い腕前を持つ。

【宝具】
『一より生まれし百王子(ジャイ・カウラヴァ)』
ランク:A 種別:対軍宝具 レンジ:1~50 最大補足:100
ジャイ・カウラヴァとは『カウラヴァの勝利』『カウラヴァ万歳』を意味する。
ドリタラーシュトラとガーンダーリーの子たち、カウラヴァの長兄として、一つの肉塊より生まれた百王子たちを一斉に召喚する宝具。
同じ肉塊より生まれたものである以上、霊的には弟たちはドゥリーヨダナと同一存在であるとも言える。
その繋がりを利用して強引に喚び出される、武装した王子たちで構成された一軍。
その中にはドゥフシャーサナやヴィカルナなど名が知られている者もいるが、征服王の軍勢のように一人一人が全て名だたる英雄というわけではない。それでも彼らは古き時代、神話の大戦争を戦った者たちであり、五王子やドゥリーヨダナと同じように武芸を学んだ戦士。血の繋がりによる高い連携力を見せることで、大抵の相手はその数で押し切れる。

なお、程度の差はあれ、百王子たちの性格はだいたいドゥリーヨダナと似たようなもの。
つまりは基本的にロクデナシ集団である。

【weapon】
棍棒

【人物背景】
インド古代叙事詩『マハーバーラタ』における主要登場人物の一人。アルジュナ・ビーマたち五王子と対立した百王子の長兄。
すぐに人を嫉み、羨み、そして憎む小心者ではあったが、同時に見捨てられない魅力を具えていた。
欲望には忠実。目的達成のためなら不正も姑息も嬉々として行う、欲深の極みみたいなろくでなし。
しかし考えていることは分かりやすく、結果として逆に裏表がなくなっている節がある。
尚、王/長兄としての自負は意外にも持っており、面倒見は割りかし良かったりもする。
悪ではあるが外道ではない、見る者によって好悪が百八十度別れる……そんな男。

【サーヴァントとしての願い】
聖杯に興味津々。……さてこの生き物(ミユ)はどうしたものか……。


【マスター】
霞沢ミユ@ブルーアーカイブ

【マスターとしての願い】
聖杯に興味はない。元の世界に帰りたい

【Weapon】
RABBIT-39式小銃

【能力・技能】
狙撃手としての高い腕前。
2km以上離れた的への射撃もお手の物。
またその性格上なのか生まれ持ったものなのか存在感が非常に薄く、たまにそれも役に立つ。

【人物背景】
SRT特殊学園、RABBIT小隊所属の狙撃手。コールサインは『RABBIT4』。
気弱、ネガティブ、存在感がなくてコミュニケーション能力に問題がある。
自己評価も大変低く、お気に入りの隠れ場所はゴミ箱。

【方針】
帰りたいですぅ……(;;)

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最終更新:2023年10月18日 23:16