魔理沙/21スレ/895




「なあ、○○。私達付き合ってんだよな。」
「そうだけれど。」

「結構時間も経ったよな。」
「まあね。」

「じゃあさ、そろそろ…。」
「そろそろ、何だよ。」

「こ、婚約とか、結婚とか…。どうなんだよ。」
「え、そうだな…。魔理沙は親父さんから勘当されてるんだろ。
それのかたがついてからだな。」

 彼女の意を決した問いかけに、曖昧に答える○○。今の曖昧な
関係を、ズルズルと維持したいと思ったが故の彼の返事は先延ばし
であったが、彼女はそうとは捉えない。普段とは異なりしおらしく
-分かったと-返事をした彼女を、彼は気づかずに送り出す。

 そうして劇は幕を上げる。


 彼のその場凌ぎの返事を、本気と捉えた魔理沙は一路実家に
飛んでいく。彼の家を昼間に出発し、一度自宅に帰った後に家を出た
ため、夕方遅くなってから実家に到着した。そして彼女は父親に面会した
のであるが、彼女が実家を飛び出してから実に幾年かぶりである。
 父親の方もあんな事があった以上、急に彼女が戻って来るとは思っても
おらず、内心何故娘が戻って来たのか分かりかねていた。

 魔理沙は父親に話しかける。

「親父、私○○と結婚したいんだ。認めてくれ。」

父親も突然の事で驚くが、同時にこれは好機だと考える。自分から啖呵を切って
出て行った一人娘が戻ってくることなど、最早この機会以外には無いであろう。
父親は魔理沙をなんとしてでも家に戻す為に、結婚をだしにして条件を出した。

「結婚を認めてもいいが条件がある。」
「何だよ。もったいぶって。」

「結婚して家庭を持つのなら、今みたいに遊んでいる訳にはいかん。妖怪供とつるんで
異変に首を突っ込むのを辞めるんだな。」
「それ位、いいぜ。」

清水の舞台から飛び降りる気分で娘に出した条件であったが、魔理沙はあっさりとその
条件を受け入れる。娘の性格ならば、てっきり今までの生き方を捨てることを嫌がって、
勝手に結婚するとでも言いだしかねないと、冷や汗を掻いていた父親であったが、
最大の懸念が解決したためつい口が軽くなる。

「しかしどうしてそんな奴なんだ。番頭でも婿に取れば、今すぐ家を継がせても
良いんだぞ。」

その言葉が出た瞬間に、部屋の空気は張り詰めて父親は娘の地雷を踏みつけた事を
思い知らされる。露骨な嫌悪を表した魔理沙は、吐き捨てるように言葉を投げつけた。

「だから親父は、母さんに言われるんだ。人の気持ちを踏みにじるあんた
なんか、一時も愛していなかったって。」

 父親がその言葉を聞いた瞬間に、過去の記憶が蘇る。自分が曾て商売に成功し、
霧雨商店を大きく成長させたことで、取引のあった呉服店の娘と家庭を築くこと
となったのであるが、実の所その結婚は打算の賜物であった。即ち、一方は娘を
嫁がせることで、苦しくなっていた店を持ち直させ、もう一方は女を手に入れる。
 起死回生を狙った呉服屋の人間と父親の両親が、状況を密かに作り上げた結果、
父親はその事に気づかないままに結婚し魔理沙が誕生するのだが、妻にしてみれば
好いていない人間と一緒に日常生活を送り、時にはそれ以上のことをするのである
から、いつしか気苦労は病を呼び、病は若い彼女に死を呼び寄せた。
 そうして自分の人生を犠牲にした妻は自分の不幸を呪い、死に際に彼女は最後の言葉を
心に刻み込もうとする夫を初めて裏切った。

-あんたに無理矢理結婚させられて、大嫌いなあんたと家庭を持って、私は片時も
幸せでなかった。人の気持ちを踏みにじるあんたなんて、私は一時も愛して
いなかった-と

 母が死んで悲嘆に暮れる父親を魔理沙が目にした時、最初に感じたのは驚きであった。
彼女にしてみれば、母が父を愛していないことはうすうす感じていたし、母の
病が気から来ていたことは、より明々白々であった為である。
 そして彼女は次に怒りを感じた。父に味方する事は、自分の気持ちを押し殺して
死んだ母を、もう一度殺すように感じた為である。-母が抱いた恨みを自分が晴らさない
といけない-そう感じた魔理沙は、母の死から暫くして
父親が嫌っていた魔術に傾倒し、父親と大きく衝突した後に実家を飛び出した。
自分が父と争うことで、母の無念を晴らそうとするように。

 母親の面影を残す娘に、昔の自分を責められたことは、父親に後悔と
衝撃を呼び起こした。亡くなった妻が、あの今まで見たことが無かった様な目で、
自分を非難、侮蔑、糾弾する様が脳裏にフラッシュバックして、あたかも
黄泉の国から妻が這い出し、自分を地獄に引き釣り込もうとしているかのように
感じた。あまりにも恐ろしく、忘れることが出来ない出来事。魔理沙の言葉は
父親の心の殻を壊し、今まで忘れようとしていたことを呼び覚ましていた。
 そしてすっかりしおらしくなった父親は、魔理沙に悪かったと謝ると、悪く
なった空気を打ち消すように番頭とばあやを呼び、殊更明るい調子で番頭には
香霖堂経由で里に魔理沙が家を継ぐ事について電報を打たせ、ばあやには客室に
布団を敷かせたのであった。


 真夜中が過ぎ、魔理沙が客室で布団を被っていると、部屋の外で小さな足音がして
二人の人間が部屋に入って来た。寝る前に小間使いが持ってきた、ほうじ茶に入って
いた僅かな雑味を思い起こしながらじっとしていると、人影は布団を剥ぎとり狸寝入り
をしている彼女に手を掛けた。
 そして魔理沙が布団の中に忍ばせてあった八卦炉によって、番頭の左腕は豪快に
吹っ飛ばされる。

「元魔女に眠り薬を盛るなんて、百年早いんじゃないかい。」

そう言いながら彼女を襲おうとした番頭を、取り押さえようとするのだが、恐れを
抱いた番頭は客室を飛び出して、廊下の障子を蹴破り中庭より外に逃げていく。
片腕ダイエットに成功した番頭の、素早い逃げっぷりを見逃した魔理沙は、もう
一人の犯人に八卦炉を向けて牽制する。両手を挙げて降参の意を示した小間
使いを、取り敢えず足を軽く撃っておいて逃げられなくした彼女は、騒ぎを聞き
つけた家の者が駆けつけるまで、じっくりと取り調べをするのであった。まさに
鼠をいたぶる猫である。

 尋問が粗方終わった後に、騒ぎを聞きつけて来た使用人や父親に、逃げた番頭の
処分や改竄されているであろう電報の訂正、小間使いが持っていた永遠亭特製の
眠り薬といった後始末の処理を任せると、魔理沙はもう一度寝入った。流石に
今度は紅魔館テイストとなった客間ではなく、ばあやの部屋に布団を持っていった
のであるが。
 そして日が高くなった頃に魔理沙が起きると、待ち構えていた使用人が魔理沙
服を整え、正装した父親と馬車に乗って出かけるのであった。勿論目的地は○○の家。
 車中では電報が改竄されていて、番頭と魔理沙が結婚するとなっていた事や、
家から馬に乗って逃げた番頭が、里の外れで血の臭いに引き寄せられた常闇の妖怪
に半分食われている所を、新聞を配っていた烏天狗が見つけた事を、魔理沙は父親
から聞いていた。父親は魔理沙に睡眠薬の出所を尋ねてきたので、真性品ではない
かと伝えておいた。舐めると僅かに口に残る砂糖とは異なる不自然な甘みは、永遠亭で
誤飲防止の為に付けられる独特の添加物である。

 ○○の家に着くと、普段ならば魔理沙自身で御免と扉を開けるのであるが、今日は
わざわざ丁稚に伺いを立てさせて、父親の後でしおらしく家に入った。普段の如何にも
な魔女の格好とは異なり、呉服屋の取り扱う中で一番の物を着た魔理沙を見た○○は、
父親が乗り込んできたことと相まって圧倒され、すっかり胡桃割り人形と化していた。
 言葉を投げかけられると何であろうと頷いてばかりであるのだが、今まで先送りに
されていた話を付けるには好都合であるので、とんとん拍子で話は進められる。
そして結納と結婚式の日取りまで話が及んだ所で、烏天狗が先程撒いた文々新聞号外
を握りしめてた女が一人飛び込んできた。
 一時間も経たない内に夜叉が到着したのだから、きっとどこぞの新聞を撒いた
烏天狗は、○○に魔理沙以外の恋人が居ると知っていて、里で一番の霧雨商店に属する
番頭が妖怪に食われた醜聞を切っ掛けに、女の元に魔理沙婚約の号外を直接配達
して煽った挙げ句、今も上空で修羅場が起こる事を、今か今かと待ちわびているので
あろう。文の思惑に載ることは癪であるが、今はこの女の相手をしなければならない。

 彼女は○○に食ってかかり、○○はこれに応答する。

「ねえ、○○、あの女はなんなのよ!」
「え、まあ…。」

「まあ、何よ!」
「その…。」

はっきりと煮え切らない返事をする○○に、魔理沙は態と丁寧に告げる。

「私、○○さんの婚約者でございます、霧雨家の娘、魔理沙と申します。」

-以後お見知りおきを-と余裕綽々と女に挨拶をすると、一層女は興奮して
魔理沙に食いかかってくる。

「この間女!泥棒猫!私の彼を取るんじゃないわよ!○○も何か言ってやりなさいよ。」
「うん、その…。」

答えに窮する○○に助け船を出すかのように、魔理沙が突っ込んでくる。

「彼ということは、○○さんとは婚約されてないんですよね。」
「はあ?何言ってんだよこの野郎!」

「私は○○さんの婚約者です。唯の恋人やら彼女やらの浮ついたモノとは違って、
私が彼の妻になります。貴方とは格が違いますので。」

-あと、これでも女ですので、野郎はお門違いですわね-とも付け足して女を煽って
おくと、我慢の限界に達した女が彼の目の前にあった湯飲みを投げつけてくる。
幸い湯飲みに入っていた茶は温くなっており、魔理沙も手で目を庇ったため大事には
至らなかったのであるが、それでも重い湯飲みが彼女の額に当たり、流れた朱が零れた
茶と共に彼女の着物を汚していく。挑発した甲斐があったと、魔理沙は窓の外でカメラを
構える文が写真を撮りやすいように、髪をたくし上げて流れる血を一同に見せつける。

「あら、自分が正論では勝てないことを分かっているから、暴力に訴えるなんて、
野蛮な人ですこと。こんな危ない人が彼女を気取るなんて、よっぽど猫を被るのが
お上手なんですね。うふふ…。」

普段の自分の行いを棚どころか倉に上げ、いつもならば口にもしないような丁寧な言葉
で女を焚き付けておくと、遂に女は実力行使とばかりに、奇声を上げて魔理沙に掴み
掛かってくる。
 女が魔理沙の着物をひっ掴み、無抵抗を貫く彼女の首を絞めてこようとした所で、
連れてきた使用人や、やっと動けるようになった○○が、二人の間に入り引き剥がす。
するとここまで争いには与しなかった、魔理沙の父親がここで初めて割って入った。

「どうやら其方のお嬢様と我が家の娘の間には、少々誤解があるようです。二人だけでは
話も拗れましょうから、後日間に人を挟んで落ち着いて話をするとしましょう。この場は
一先ず之で散会ということで。」

 馬車に乗り込む魔理沙の方を憎々しげに、丁稚に抱きかかえられるようにしながら
睨んでいた女であったが、急に勝ち誇ったかのように叫んだ。

「私のお腹には○○の子供が居るんだよ!さっさと引っ込めよちんちくりんが!」

-マジかよ-と○○が呟いたことを読唇で確認した魔理沙は、今までの○○の言動も
相まって少なくとも、「そういう」関係であると当たりをつけた。しかし今の今まで
隠していたことが「らしくない」あの女の性格ならば、真っ先に言って来そうな決め球で
あるが、帰り際まで言ってこなかった。ならばそこに何か在るはず。
 そう考えた魔理沙は馬車の中から紙に書き付け、飛行機にして窓より飛ばしておく。
風が突然吹き付けて、紙飛行機が舞い上がることを確認した魔理沙は、再び思考に
没頭していった。

 一週間後に第三者も交えて、再び会談することとした魔理沙であったが、それまで
無策でいるのは彼女の性に合わない。家に着くなり再び筆を執って手紙を書き、
○○の家まで使用人に送り届けさせた。○○に働き掛けて-お腹の子にとって興奮し
たのが堪えたろう-とでも言わせて女を病院に行かせるようにすれば、この幻想郷では
女は永遠亭に行かざるを得ない。そこで永琳に診察を受けさせれば、第一段階はクリア
である。異変の時に弾幕はパワーだと言って押し通る姿とは異なり、魔理沙はじっと
策を練り、詰将棋を完成させていく。未来の女主人としては、花丸の合格といえるその
様子は即ち静である。彼女は一週間後に向けてじっと時を待っていた。


 それから数日が経ち、魔理沙が箒に乗って永遠亭に向かうと、偶々そこにいた優曇華
より裏手に引っ張り込まれ、そこから永琳の診察室にこっそりと案内された。部屋に入った
魔理沙は、表の顔である輝夜が居らず、裏の顔である永琳と二人っきりにされたことに
不安が鎌首をもたげるが、それは永琳によって一蹴される。

「あの女の人だけれど、「妊娠は」していたわ。」
「それで?」

患者のプライバシーなど、月に置いてきたとばかりの永琳の姿勢に、魔理沙も突っ込んで
話を聞いていく。

「DNA検査では彼と一致せず。良かったわね。殺さずに済んで。」
「まさか。そんなに私は暴力的じゃないぜ。」

「あら、それじゃあ、そういうことにしておきましょうか。で、どうするの?」

言外に、対価さえ払えばどうにでも出来ると伝えながら、永琳は魔理沙に問いかける。
幻想郷唯一の医者に掛かれば、「不幸な事故」すらもそれとは分からずに起こすこと
すら可能であろう。しかし魔理沙はその選択には興味が無いように告げる。

「女にはまだ言ってないんだろ?」
「明日来るわ。その時に言えば良いの?」

「いや、顔合わせの時の方が良い。だから資料だけ作っておいて。」
「そう、中々えげつないのね。」

そして永琳に、文に後から新しい検体を持ってこさせることを伝え、永遠亭を後にする。
文は既に女の身辺を調査しているので、追加のサンプルは容易に用意が出来そうである。


 準備万端で迎えた会合の日に、魔理沙は前と同じぐらいの値段がする着物を着ていた。
今回は飾りや小物も揃えていたので、前回よりも恐ろしく豪華になっていたし、それらは
魔理沙の元々の美貌を更に引き立てていた。
 そして会合の場所として指定した稗田家に、一同が揃うと、立会人である阿求は今回の
会合の開催を宣言した。歴史を作る上白沢や裁判官である映姫よりかは、人間の阿求の方が
○○にとっては「まだまし」なのかも知れないが、それはどの道、火あぶりになるか市中
引回しになるかの違いに過ぎない-どちらも死刑宣告である。二股なんてことをしただけ
にしてはやや過大な罰を受けることになった○○であるが、今回は相手が悪かったと思って
諦めて貰う他ない。唯の里人や町娘であるならば、どちらかから殴られるだけで済むかも
知れなかったが、生憎人里一番の大商店の跡取りを相手にしては分が悪い。ただ一人で
味方が居ない状態に陥っていた○○は、ひたすら小さくなっていた。

 始めに阿求から書類が一同に手渡されるが、そこにはいきなり永琳の診断結果が示されて
いた。DNA鑑定など知るはずも無い女とその両親に、阿求が一通り説明すると、女側は混乱
のるつぼに落とされる。自分の娘からは子供が居ると聞いており、結婚はたとえ無理で
あっても、霧雨商店の次期当主の妾ならばどうにか立つ瀬があると考えていた両親は、
思わぬ伏兵に計画を潰された。そしてひとしきり騒いだ後、阿求は更に爆弾を追加する。
魔理沙が裏から依頼していた、文の調査結果が一同に見せられると、最早女は偽造だなんだ
と叫び出しており、室内は阿鼻叫喚となっていた。絶対にバレないと思っていたことが
暴かれて、女は既に目を白黒していたが、ここで阿求が一芝居を打つ。

「皆さん、当事者がいますとかえって話がややこしくなるようですから、ここは一度
ご両親だけで話されては如何でしょうか?」


 そして話はあっさりと片が付く。先日駄目にさせた着物の代金を、手切れ金代わりに
相殺し、○○は無事(?)霧雨家に婿入りすることとなった。あの時に阿求は気を効かせて
魔理沙と○○を同じ部屋に留めておいたので、そこで孤立無援となっていた○○に最後のだめ
押しをしていたのであろう。そして霧雨婦人となった魔理沙は稗田家を訪れて、阿求に挨拶
をする。

「いやぁ、助かったぜ、本当。」
「そう言っている割には、計画通りの落とし所でしたのでは?」

「逃げ道が無いように塞いでおいたからな。」
「いや、懐に過充填の八卦炉を入れておくのは、反則でしょう。見た時には驚きましたよ。
道理で慧音さんを同席させなかったんだと分かりました。まあ普段の貴方ならば、万が一
殴られたら倍にしてやり返しそうですが。」

「殴り付けても解決しないだろ?」
「異変を殴って解決する人の台詞では無いですね。」

「で、どうしようも無くなっていたら、解決してしまうように撃つ積りだったと。」
「さあな。」

暫くして魔理沙は、邪魔したぜと言って帰っていった。箒に乗らずに馬車を呼んで。


此にて舞台の幕は下りる。









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最終更新:2019年02月09日 19:32