アリスは、しばらくは俺のことを見つめていただけだった。彼女のほほは、寒さで赤ばんでいた。んで、目元には薄い隈が浮かんでてな、目頭の方はヒビのようなしわになってた。いつも着けていた髪留めも、その時は着けてなくてな、ちょっと伸びた前髪が目に少し被ってた。黒くて、膝下まであった重たそうな外套も相まって、その様は寝る前にかあちゃんに聞かされた話に出てくる本当の魔女みたいだった。そんで少し目を狭めたかと思えば、横に手に持っていたバスケットを置いて、しゃがむと俺の頭を撫でたんだ。鼻と鼻がぶつかり合うぐらいに迫ってくんと匂いを嗅いで、俺の目をじぃと見つめてな、五感で俺の存在を確認みたいだった。そして手がだんだんと頭からほほへ、そして唇へとながれていった。ゆっくりな。唇にたどり着いたら、軽くつまんだり、ひっぱたりともてあそばれていたのにも関わらずに、俺は茫然として、なすがままにされた。突然のことで理解が追い付いてなかったんだろうな。ぼーとしている俺に彼女は愛おしそうに眺めていたが、もう一つの手でポケットから一つ赤い飴を取り出してな、あーっと口を開けて、細長い指で飴をぽいっと放り込んだ。ころころと、口の中で飴を転がして見せて、目を閉じて顔を寄せてきた。瞬間、我に返った俺は彼女を突き飛ばして、転びそうな体勢で逃げ出した。走りながら、振り返るとシャンハイに手を貸してもらいながらも、口角が上がりきっていないにやけたような顔をこちらに向けていたんだ。
つかいを果たさずに、ぜぇぜぇと息を切らせて家に帰ってきた俺は、かあちゃんに何があったのかと聞かれたけど、ただ、何でもない。と伝えただけだった。かあちゃんも納得がいかないようだったけど、あんまり無理に聞こうとはしなかった。
最終更新:2017年01月01日 21:40