君の姿を初めて見たのは本当に偶然だった。
覚えてないだろうけど、君は月をじっと見上げてそのまま何処かに行ってしまった。
そんな些細なことだったけど私にはそれがとても大事なことに思えた。
毎日、毎日、君を探したよ。
逢えない寂しさで気が変になりそうだった。
こんなに何かに熱中したのは初めてだったよ。それ程、一度の出会いが私を変えたんだ。
探して、探して探して探して探して探してようやく見つけられた。
私は覚悟を決めた。
君に直接会うと決めてからは直ぐに行動に出た。
君は毎日山に来ていたから此方と其方を繋げるのは簡単だった。
座標を固定できれば地上と月を繋げるのは造作もない。
問題は、私が地上に赴くか、それとも君を此方に連れ出すか。
前者は面倒事無く、接触することができるが、会うことができる、という点だけで今後も会ってくれるという保証はない。
それに地上と月を繋げるのも一度なら隠蔽することが出来るが、何度も繋げていると流石に誤魔化しが効かなくなる。
勿論、君の為ならば穢れなど気にも留めない。
地上に降り立ち、是が非でも追いかけて好意を得る手段はあったけれど、不慣れな地上では無謀に等しい行為だろう。
不確かな状況で君を手に入れるのは困難だと結論した。
ならば後者しかない。
こちらは前者よりも危険性が高いが、策を講じれば、君を手に入れられる確率も高くなると踏んだ。
「まず、実行するにあたり、敢えて視察の時期を選んだ」
「視察?」
普段はお上も滅多なことでは下級兵や玉兎などと接する機会なんて皆無なのだが、稀に、気まぐれによって視察、もとい監視に来ることがある。
とはいえ、そんな大層なものでもなく、適当に検閲を終えたらいつも通りとばかりに撤収してしまう。
私達からすればそれもいつも通りなのだが、妹の依姫はいつも以上に襟を正そうとする。
はっきり言って馬鹿馬鹿しい。
上は玉兎の取って付けたような振舞いを既に視ているのだから、上官一人がさも軍人です、なんていう堅苦しい一挙一動をされても評価には影響されない。
なんというか依姫は頑迷固陋だ。私みたいに柔軟な対応が出来ない子。最大警戒態勢だなんて、笑っちゃうわ。
しかしだからこそ利用価値があった。
月の住人は穢れを嫌う。その中でも依姫は群を抜いて穢れを嫌っていた。
恐らく、幼いころから洗脳のように罪だと聞かされ続けてきた所為か。
かく言う私でさえ、君に会うまで嫌悪していたからね。私以外は君を認められないのよ。
その依姫が堂々と月に地上人が居ると知れば当然直ぐに何らかの処置をしてくるのは明白。
ましてや視察の時期ともなれば焦慮に駆られ攻撃してくるかもしれない。それは好都合だ。
依姫の使い道は決まった。
不安はあった。
けれど君を手に入れられると思うとその気持ちも吹き飛んだ。
まず視察の日に君が山にいることが前提だった。
が、運命と呼ぶべきだろうか。君はあたり前のように来てくれた。ためらいはなかった。
私は地上と月を繋ぎ、光より速く君を連れ出すことに成功した。
連れ出してからの事柄は君が体験した通り。君の行動は全て計画通りだった。
最初は月に不信感を抱きながらも証拠を提示すれば同時に私のことも信用する。
散歩と称して偶然を装い、稽古場所である所にわざと君を連れ出し依姫と接触した。
可愛い妹は当然のように動いてくれた。私の手のひらで踊ってくれた。
ここで何故、実の妹である依姫と敵対しなければならなかったのか。
それは君を守るという口実で君から信用と好感を得たかったから。まぁ、命を懸けて守るのは本当だよ。
それともう一つ。一度しか使い道のない依姫を切り捨てたかったから。
この先存在してもらっては、必ず妨害してくるであろう邪魔な奴は大義名分のもと、処理しておきたかった。
これが理由。
――殺したのかって?
う~ん、それも考えたんだけど敢えてそうしないで半殺しのまま地上に送ったの。
あの子にとって地上は地獄よりも恐ろしい監獄みたいな場所だから。
かの月の姫みたく、地を這い続ければいいわ。でももう耐えられなくて絶命したかもね。
依姫を地上に堕とした後は眠った君を抱えて自宅に戻った。
きっと疲れで深い眠りになるだろうし、起きたらお腹を空かせるだろうと思ってこれから毎日作る愛の料理を振舞った。
美味しいって言ってくれた時、ほんとに嬉しかったなぁ…。
最終更新:2017年05月28日 20:04