SF研2010.6.11部会「ナルキッソス」 by片岡とも
レジュメ担当:掘江弘己

著者紹介

 片岡とも:ねこねこソフト(第一期・第二期)、及び同人サークル「ステージ☆なな」代表。代表作は「みずいろ」「Scarlet」など。今作は無料の同人ゲーム「ナルキッソス」シリーズのノベライズとなっている。会社立ち上げの際、ライターがいなかった&知識豊富という理由でライターになる。グラフィックの腕についてはコミックス版参照。麻雀好き。常喫はセッタ。
 ごとP:表紙、扉絵。CLANNADのアナザーストーリーなどで有名。掲載誌はプレミアが付くことも。コミケは思いっきり壁。
 いくたたかのん:挿絵。Marronは詳しくないので詳細は控える

キャラクター紹介

  • 阿東優(あとうゆう) (21)
 今作の主人公にして語り手。ロリ属性はないが(21)である。運転免許を取得した翌日から、あれよあれよという間に入院し、『7F』の住人となる。周りに若い人がいない中、彼はセツミと出会う。目的もなく飛び出した病院から、彼の車は一路淡路を目指す。

  • 佐倉瀬津美(さくらせつみ) (22) CV:綾川りの
 ヒロイン。ロリバbだが主人公とくっつくことはない。中学に入った年の夏から、少しずつ世間と隔絶していく。本文中ではセツミと表記されている。入退院を繰り返すうちに心を閉ざしていったが、最期には泣き、笑顔も見せる。
”本当はビキニの水着が好きで、ナビ以上に道に詳しくて、寝相が悪くて、車が好きで、普免だって持ってる。いつもは無表情で滅多に向けてくれないけど、たまには照れくさそうな拗ねたような顔だってしてくれる……。” (本文より)

  • 蒔絵素子(まきえもとこ) (26) CV:大咲茉菜[誰?]
 節介焼きにして物語のターニングポイントを示す狂言回し。独身。相手もいない。1Fの受付をしており、ひょんなことから優とセツミに関わっていくことになる。最後に出した答えは、自分なりのものだった。

  • 昭島優花(あきしまゆか) (??) CV:岩田由貴 岩居由希子
 『7F』事情を患者視点で知っているキーパーソン。蒔絵や優達の行動に興味を持ち、ロードスターを引っさげて西へ向かう。

  • 篠原姫子(しのはらひめこ) (23) CV:まきいづみ 柳瀬なつみ
 優花がいつも見舞いに行っていた相手。7Fに移動してからは優花へ見舞いを断っている。セツミと出会い、彼女に「10のやりたいこと」を一つずつ実行していったが……(漫画版より)

あらすじ

 プロローグP12~:二人のモノローグ。いかにして『7F』の住人になっていき、世間から忘れ去られていったかを綴っていく。セツミも優も、淡々と。

 第一章「7F」P29~:優は『7F』でセツミを見かけた。彼女は幼気の残る外見ながら、美しさと独特の存在感を漂わせている、不思議な少女。彼女は、ここのルールを教えてくれる。
『三回目に仮退院させてくれたら覚悟しろ。四回目はまずない。もう家には帰れない』
『もしも逃げたいときには、A駅ではなくB駅に行くこと』
『何も食べるな。それが一番の近道。家族にとっても一番負担が少なくて済む』
 セツミとの会話は簡単なものしかなかったが、彼女がポテトを食べている時に好きかどうか聞くと、初めてまともな受け答えをしてくれた。

 第二章「22年」P59~:セツミの母と優は短い会話を交わす。「少しわがままなくらいでちょうどいい」と意味深な言葉を残し、彼女は去っていく。
 父親が車のキーをバスケットの中に入れていたのを見つけ、優は衝動的にそれを掴んで駐車場へ向かった。途中でテレビをつまらなそうに見ていたセツミも誘い、行くアテもなく銀のクーペを発車させた。
 身勝手な父親。巻き込まれる蒔絵。長い間に貯めた有給休暇の使い道を見つけたような気がした彼女は、佐倉家に協力を申し出る。

 第三章「地図」P97~:埼玉の入間。住んでいた訳でも近くを何度も行き来していた訳でもないのに、正確に優を導いていくセツミ。7Fも家も拒絶しているセツミは、神奈川の波打ち際を歩く。
「ねえ、このまま海へ歩いていったら、楽に死ねると思う?」
 彼は引き止めることはなかった。だが、セツミもそれ以上足を濡らすこともなかった。
 途中、パチンコ店に立ち寄った優は出玉を置き引きしようとするが、体力が予想以上に落ちていたために持ち逃げすることができなかった。

 第四章「エメラルドの海」P119~:東京近郊。資金難からガソリンスタンドから金を払わずに逃げようとするが、セツミが渡してくれた5万円により、辛くも難を逃れる。
 タオルで身体を拭こうとしたセツミを興味本位でガラス越しに見つめたが、その胸には大きな痕 傷跡があった。優はその浅慮を恥じる。
 5万円を手にした優は淡路までの旅路を決意し、セツミを誘う。だが彼女は「別に」といつも通りの返答を返すだけだった。一方セツミの母は、「最後にわがままをしてくれて嬉しい」と蒔絵に話すのだった。

 第五章「1号線」P141~:後半戦。少しずつセツミの心が揺らぎ始める。新しい服に袖を通してみたり、生まれて初めて入ったファミレスでまごまごしてみたり、世間知らずな一面が現れる。「似合ってる」と言われた彼女は、少しだけ頬を染める。√ぶっちゃけ一番の萌ポイント。}一方で、語られていくセツミの死生観と殺された感情。電話に出た見知らぬ声に、彼女は一言も言わず通話を閉じた。
 やがて豪雪が銀のクーペを阻み、二人は見知らぬ老人の家に泊まる。現在と未来に漠然とした不安を抱えながらも、先へ進むことは止めない優であった。

 第六章「ロードスター」P190~:蒔絵は滋賀のSAから受けた電話を元に現地へ駆けつけようとするが、肝心の車を持たない彼女は片端から電話をかけてヘルプを求める。全員に断られてレンタカーを借りようとしたところ、見知らぬ番号からの着信。相手は蒔絵素子と名乗り、軽い説明を受けつつ、一路関西へ向かう。
 出会った優と蒔絵。病院へ戻るように言いつける彼女を、優花は引っ叩き、渋々薬を渡す。蒔絵さん実はツンデレだったのだ明石海峡大橋の上で記念写真を撮った後は、洲本の海岸線をセツミに運転させ、免許皆伝の儀式を交わす。

 第七章「ナルキッソス」P229~:水仙の咲き誇る冬の淡路で、二人は佇む。セツミの母へかけた電話からは、「わがままを聞いてあげて」と言われる。
 セツミは、ナルキッソスの語源を聞かせた後、自らの閉ざした心に自問し続ける。そして優へ初めて、涙を見せた。『7F』と家の両方を拒否した理由は、最初にして最後の抵抗だったの鴨知れない──

 第八章「白石工務店」P248~:サブタイトルと同じタオルを胸に巻き、カメラへ向けて覚えたての笑顔を見せるセツミ。フィルムがなくなっても写真を取り続ける優へ、セツミは楽しげな顔を向け続けた。
 免許の代りに白い腕輪を渡される優。『7F』住人のために代々伝えられるルールを、一つだけ追加した。「残す者には笑ってあげて」
 そしてセツミは波打ち際へ歩き出した。優は止めることも、背中を押すこともせず、ただ彼女が入水自殺するのを見送った。

 エピローグP258~:病院に戻った優と蒔絵は、セツミの行動について話しあう。蒔絵が「一緒に死んでいた」という言葉に、優は「それはできない」と答えた。まだ、『7F』の新しい住人は入ってきていないのだ。
 セツミが最後に残したルール。優は果たして守ることができるのだろうか。鈍い想いを抱えながら、物語は終結する。

作品について

 作者の片岡氏は「18歳未満でも読めるが18歳以上でなければ共感できない物語を創りたい」と表明したことがある。本作はその成果の一つ。
 MFというライトノベルのレーベルにあって、主人公はヒロインを救うことなく、ヒロインもまた主人公に救いを求めることなく死ぬ。
 もしかすると、「死」を演出たっぷりに描写する、昨今の作品に対するアンチテーゼなのかも知れない。

補足

1.優花が毎日見舞いに行っていた相手は前述の通り「姫子」という名前。原作第二章とコミックスに登場。自由気ままな性格で、自分の死を受け止めつつもセツミに大してはかなり明るく振舞うが、他人に対しては厳しい視線を向ける。
2.ゲーム版は6/24にPSPでコンプリート版が発売予定。

寸評

 破天荒で傍若無人なヒロインが無個性な主人公を巻き込み、引っ張り回す──そんなラノベ『じゃない』作品をサークルで紹介したかった。反省はしていない。
 筆者は先に漫画版を読了していたために結末を知っていたが、主人公級の人間が最期を迎えるのをここまで淡々と描いた作品は他にないと思う。優は次に来る者のために、残す者のために、笑ってあげられるのか。筆者は寡聞にして、自己が同じ状況に陥った時の答えを紡ぐことはできない。
 サークル諸氏に「生きる意味」はあるだろうか。大学と自宅を往復しているだけの日々を送ってはいないだろうか。自分でなければできないことが、何か一つ持っているだろうか。
 全編に渡って淡々としているが故に、「感想」と言われると捕らえ所のないサークル員も多くいることだろう。本作のレジュメは、誰にでもいずれ等しく訪れる『死』について一考して頂きたくしたためるものである。(了)

おまけ

 氏の代表作である「みずいろ」だが、初回盤ではこのゲームをアンインストールしようとするとHDD中のファイルを丸ごと削除してしまうウイルス級のバグが存在した。南無南無。
最終更新:2010年06月13日 12:45