東北大学SF小説研究会読書会 
山田正紀「神狩り」


1 作者紹介 山田正紀

 1950年愛知県名古屋市生まれ。明治大学政治経済学部卒。日本SF作家クラブ会員かつ日本推理作家協会会員であるとともに本格ミステリ作家クラブ会員でもある。
74年、『神狩り』で同人誌宇宙塵に掲載され作家デビューを果たす。その後も同誌に掲載を続け大物新人として、日本SF第二世代と呼ばれる。作風は骨太なアイデアで構成する難解で本格的な作品から、エンターテイメントに徹した作品まで幅広い。
日本SF大賞、星雲賞を四回、本格ミステリ大賞、日本推理作家協会賞を受賞。

2 作品紹介

74年宇宙塵にて掲載。74年に第6回星雲賞短編部門を受賞。
『神狩り』『弥勒戦争』『神々の埋葬』は神シリーズといわれ、いづれも超越者としての神をテーマとしている。発表から30年を経て出版された期待の続編『神狩り2 リッパー』なるものが存在する。文庫化もしたので興味のある方はどうぞ。火星の運河なんて・・・おや、誰か来たようだ。

3 登場人物

島津圭助
30歳前に機械翻訳の権威に上り詰めた、情報工学の天才。もちろん言語学にも明るい。典型的な理系タイプでプライドが高い。

及川五朗
CIA。元公安畑だが現在はスパイまがいの事をしている。古代文字を解読した暁には世界が手に入るという伝説を実現するため暗躍する。

宗新義
華僑であり、父に穀物取引の大手であった宗陳生をもつ。芳村の論文に啓発された父を神に殺されている。そのため、神に対して怒りを感じている。

アーサー・ジャクスン
透視、テレパシーなど優れた霊感能力を持っている。また、実際に神を見ることができたり、自分以外の人間に神を見せるフィールドを作ることが出来る。人間が神に触れようとするのを妨害する。

理亜
神拳はつかわないが、幼い頃から神を感じることはでき透視などに優れていた。しかし、あるとき自身が神の玩具でしかないことを悟り自暴自棄となる。

芳村
ロマンスグレーのおじいちゃん。かつては神学者であった。イエスの研究を通じて神の存在を悟った。人間を神から解放することを望んでいる。

4 ストーリー


プロローグ

神と対立するために師にあたるラッセルに協力を要したヴィトゲンシュタイン。しかし、あっけもなく断られてしまう。絶望を感じるヴィトゲンシュタインだが『語り得ぬこと』について語ることを止めようとはしなかった。その後、ヴィトゲンシュタインは癌で亡くなることとなる。

第一部 古代文字

1章

ひと月前、神戸市にて発掘された石室。そこに文字らしきものが書かれていると、ある作家から連絡を受けた島津圭助は作家とともに調査に向かう。調査の最中、作家から中国にも同じものがあるとだけ聞き出したところで落盤。作家は押しつぶされて死亡。崩れた石室に残された圭助はジャクスンから『古代文字を読みとるな』と警告を受ける。

2章

事故の後研究室から事実上追放をされた圭助。それでも独自に古代文字の研究を進めるが、個人の力ではどうしようもない壁に打ち当たってしまう。その中、及川と名乗る人物から呼び出される。そして、のこのこと出て行った圭助は一服盛られて拉致られてしまう。目を覚ますと見知らぬ研究室にいた。そして、そこには研究に必要な人材、機材が全て揃っているのだった。
研究の末、古代言語の論理記号を発見するに至る。ただ、その論理記号はたったの二つしか存在しない。まさにそれはありえない言語だった。

3章

ある夜、女の気配を感じ飛び起きた圭助。後を追うと及川がオデッサ機関の諜報員を拷問している場面に出くわす。そしてジャクスンというアメリカ人の話、神仙石壁記の話を聞く。

各言語が5つの論理記号を持つのは人間の脳が5つの論理記号をもつからである。そうならば、2つの論理記号しかもたない古代言語とは基論理が共通しない。加えて、古代言語は関係代名詞が13重に入り組んでいる。人間では7重以上の関係代名詞は理解できないにも関わらず。つまり、古代言語の話者は人間でないのか。

4章

及川の研究室からの出て、宗の誘いにのりクラブ理亜へ向かう。そこで、神の存在を暴き戦うという芳村老人、神の存在を見ることの出来る理亜と出会う。圭助自身も古代言語は神の言語だと認めてしまう。

第二部 挑戦者たち


1章

再び理亜を訪れる圭助。理亜との賭けのために神を狩りだすことを決意する。
圭助が拐われ軟禁されていた研究所がアメリカ軍の市街戦にて爆破されたとのニュースが入る。事実上壊滅したはずのグループの一人、ボロボロになった及川が理亜に訪れジャクスン捕獲の協力をせがんでくる。

2章

バルトの屋敷に到着した圭助たち。銃声の後、屋敷へと突入する。そこには二つの死体とジャクスンがいた。神に抗いようもないと主張するジャクスンを敗北主義者と罵る芳村。ジャクスンは芳村に神に会わせると話を持ちかける。

人間が7重以上の関係代名詞が理解出来ないのは短期記憶の容量が少ないからである。それゆえに言語はトリー構造を持つ。古代言語にもこの構造が当てはまると仮定すると、古代語は多義的な言葉を持たないこととなる。

3章

ジャクスンのマンションにて神と対面した芳村は帰ってくるなり死んでしまう。ジャクスンの残し書きによると「神を弾叫し精神力を使い果たした」そうだ。これ以上犠牲を出さないため圭助たちは神を狩りだすことを諦める。しかし直後、理亜が毒物をのみ自殺してしまう。

4章

古代語を解析するためには連想コンピューターを使うことが必要不可欠であった。そのために圭助たちは、過激派の学生団体を煽り大学を占拠させる。しかし、6日が経っても可能性のある組み合わせが見つからない。鎮圧のために機動隊が導入され、本格的に攻撃が始まる。その中、宗が流れ弾を受け倒れてしまう。連想コンピューターは解決のための手がかりを見つけ出す一歩手前であったが、圭助は宗を連れ脱出する。

連想コンピュータによって古代語からランダムに抽出した最小音素と英文を対比させ、英文と対応する古代語を見つけていく。このとき多義的な言語を持たないという条件に加え連想コンピューターの持つ経験の生かし精度をあげていくという方法をとった。

第三部 再び……


1章

大学から脱出した圭助。しかし、頬に流れ弾を受けた宗はすでに死んでいた。
神に対抗するため霊能者を雇にある事務所に行くと、理亜を騙る人物が霊能者を集めているという。誰が理亜を騙るのか気になるが積極的に調べることはしなかった。
ある時、渋谷に酒を飲むためにくりだした。いかにも流行っていなさそうなバー「スワン」に入ると、そこに理亜によく似た人物がいることに気づく。

2章

理亜に似た女性は如月啓子といった。理亜の親友で霊能者である。理亜の魂が啓子を操作し圭助と啓子を引きあわせた。啓子と一夜を明かした後、理亜を騙る人物からバー理亜にくるように伝えられる。

3章

理亜へと向かった圭助。とっくに売り払われたバー理亜から念波が出ているのを感じ取る。中に入り二階へと上がると、圭助を探していたというアルバート・脇田が話しかけてくる。理亜を騙っていたのは脇田であり、NASAの命令でそうしているという。NASAでは火星に現れた模様を文字として研究し圭助と同じ結論にいたった。そう話すなか、ジャクスンから妨害を受ける。

4章

アメリカのオレンジタウンのとある教会、ジャクスンと圭助が対面する。火星の古代文字は人間が神を退けるための希望であることを述べる。反論を許さない圭助の振る舞いに、狂乱し襲いかかるジャクスン。だが、圭助の撃った銃弾に倒れてしまう。神に関わるものとして残るのは圭助ただ一人であった。死んでいった者のため、これからも神と戦うことを決意する。

火星の古代文字は警告を意味するものであるらしい。どうやら神は人間が火星の到達することを妨げたいらしい。それは火星に到達することで人間の論理レベルが上昇するからなのではないかという推測にまでいたった。

5 用語解説


ヴィトゲンシュタイン

語り得ぬもの~で有名な『論考』での記号論理学中心、言語間普遍論理想定の哲学に対する姿勢を変え哲学の再構築をはかったが次の著作『哲学探究』を執筆途中亡くなる。おそらくプロローグはこの時期に当たる。『哲学探究』は哲学を実践する上で決定的に重要であると考える言語の使用について考察したものである。解決困難に見える問題群(「自由意志」、「精神」と「物質」、「善」、「美」など)は実際のところ哲学者たちが言語の使い方を誤っていたために生じた偽物の問題にすぎないと主張。

神代文字(かみよもじ、じんだいもじ)

古代文字のモチーフといわれている。中国から漢字が入っていくる以前日本において用いられたとされる文字。日本各地で様々な文字が発見されてるが、近世にて想像された文字であり古来から日本特有の文字はなかったとする説が一般的。

トリー(ツリー)構造

データ構造の一種で、ある階層に属する一つのデータから、下位階層に位置する複数のデータが枝分かれした状態で配置されている構造のことである。このとき下位階層のデータはただ一つの上位階層を親として持つ。コンピューターのディレクトリなどに応用されている。

音素

音声学の音素と音韻学の音素では微妙に定義が異なる。音声学は発音の違い、音韻学では意味の違いによって区別される。日本語において[l]と[ɾ]は音声学では別の音、音韻学では同じ音となる。ラーメンを[la:meN]と言うのと[ɾa:meN]と言おうと同じ意味である。 また英語では、どちらにおいても別の音である。

連想コンピューター(プロセッサ)

人間の連想するという機能を持たせたコンピューター。連想を機械的なプロセスにすると「膨大な記憶データベースと入力値を比較し、もっとも一致度が高く確からしい記憶を蘇らせる」ということになる。この機能をニューロンMOS という人間のニューロン一つ分の役割を果たすトランジスタを用い実現していく。

6 感想

神狩ってないじゃんというツッコミは置いておいて。しっかりとしたSFであるとともに冒険小説のようなワクワクドキドキ感を味わえる作品だと思う。圧倒的な存在である神を表現する方法として、人間に解読することの出来ない古代文字を引き合いに婉曲的に示唆しているのは上手いのではないかと。そして、結局仮定でしかない公理から仮定をさらに積み重ねていった結果神に一矢報いるという展開も熱い。
ラストの結末についてはファンの間でも賛否両論であり、俺たちの戦いはこれからだENDだとか言われたり神狩り2なんていらなかったとか言われたりしているが個人的に2を読むことを推奨しています。
最終更新:2010年10月07日 21:39