東北大学SF研究会 短編部会
『冷たい方程式』 トム・ゴドウィン
著者紹介
作者のトム・ゴドウィンは長編、中・短編ともに他にも発表作品自体はあるのだが、和訳されているものも少なく、英語webサイトを見ても他作品への 言及は少ないため、やはり「SF作家」というよりは「冷たい方程式の著者」 としてのイメージが強いのだと考えられる。
この作品は「SF史にその名を残す作品」とも、「ハードSFの試金石」とも評される作品である。発表時は「悲劇的な結末を誘導している」、「宇宙船や航行計画自体が欠陥品である」等のネガティブな反応も見られたようだが、良くも悪くも「SF小説史上もっとも注目に値する作品の一つ」と評されるに至っている。
あらすじ
簡易軽量宇宙船である緊急脱出艇(Emergency Dispatch Ship,EDS)の船内に20歳に満たない少女の密航者が発見される。少女は辺境の兄に会いたい一心で密航 を企てたのだった。しかしEDSはコンピュータによって燃料までがシビアに計算される余裕のない宇宙船であり、密航者は船外投棄されると規則により決まって いるのだった。パイロットは少女を助ける方法はないか、せめて投棄を遅らせることができないか奔走し、船外投棄を遅らせることができたが投棄を避けることは叶わず、少女が家族へ手紙を書いて兄との無線通信を終えると、自らエアロックに入っていくのだった。
所感
やはり、読者が真っ先に思うのは「工学的に余裕・・・なさすぎでは?」だと思う。作品解説の項でも述べたとおり、悲劇的な結末へと繋げるために明らかに現実的でないような工学的要素が含まれているということは発表当時から指摘されており、読んだ人でもそう感じた人というのは多いのでないかな、と思う。
一方、そういった舞台設定の無理に目をつぶれば、極限状況下での人名を左右するほどの究極の選択や葛藤を描いた作品としてのインパクトは大きいかと思える。私がこの作品を読んで真っ先に思い出したのは「カルネアデスの板」だった。「カルネアデスの板」は難破船の水夫が船の破片の板にすがりつき、後から板に捕まろうとした者が現れたとき、板が沈んでしまうと考えた 水夫が後から捕まろうとしたものを突き飛ばし殺してしまうが、水夫は罪に は問われなかったという寓話である。という倫理的な思考実験である。他に 選択肢が存在しないような極限状況において人名の選択が行われるという点 で非常に共通したテーマを持っていると考えることができるだろうし、サイエンスという道具を駆使したフィクションの上で社会や人間の姿や行く先、それらへの問いかけを投げかける作品として先駆的なものだったのだろうと思える。
余談ですが、宇宙船で定員より多い人数が同じ宇宙船に乗り合わせる作品として、萩尾望都『11人いる!』というマンガがあり、アニメ化・ドラマ化もされていて、冷たい方程式とはまた違ったテーマ性のもとに描かれているので、気になった人はぜひ調べて欲しいです(私が好きなので・・・)。
平野
最終更新:2017年11月10日 01:43