読書会レジュメ
2005/06/24
「ぼくらは虚空に夜を見る」
上遠野 浩平 徳間デュアル文庫
作者紹介
[上遠野浩平]
'68年12月12日生まれ。法政大学第二経済学部商学科卒。
ビル整備会社に勤めるもすぐに退社。投稿生活に入り、'98年に「ブギーポップは笑わない」で第四回電撃ゲーム大賞を受賞しデビュー。
作品紹介は省略。
電撃文庫よりブギーポップシリーズ
講談社ノベルスより事件シリーズ
富士見ミステリーよりしずるさんシリーズ
他電撃文庫でノンシリーズ物も何点かある。
あ・ら・す・じ
Ⅰ.真空を視る
先輩操縦者景瀬観叉子からのラブレターをきっかけに主人公工藤兵吾が現実世界の敵「虚空牙」に対抗する超光速機動戦闘兵器ナイトウォッチの操縦者として目覚める。
現実世界で大きな戦果を挙げる。
Ⅱ.生死を視る
仮想現実世界のシステムを管理している模擬人格こと妙ヶ谷幾乃、正式名「fs4,025」と工藤が接触。この仮想世界もまた敵から侵略されていることが判明。しかもその敵は人間。
Ⅲ.境界を視る
仮想現実世界の演算装置「ジャイロサイブレータ」により問題アリとされた景瀬観叉子の抱える問題の真相。
前代未聞のナイトウォッチの操縦者たる「リーパクレキス」とその予備システムである景瀬観叉子の入れ替わり。
Ⅳ.間隙を視る
槇村聡美がテロリスト青嶋に「武器」としてさらわれる。青嶋と工藤の戦い。妙ヶ谷の助けも得て工藤勝利。
Ⅴ.夜を視る
虚空牙の船内への侵入。ジャイロサイブレータ内に侵入システムとしての排除は不可能。テロリスト青嶋の体を利用し、工藤に接触を図る。工藤は妙ヶ谷の光線銃を使って撃退。
現実世界で虚空牙の大軍勢を自ら危険をおかしてまとめて撃破。
登場人物紹介
工藤兵吾/ナイトウォッチ“マバロハーレイ”
本編の主人公。カプセル船のジャイロサイブレータが造った幻の世界に生きる普通の中学生。芯が強く度胸もある少年。その真の姿はナイトウォッチ“マバロハーレイ”コアの“精神安定装置”としてのサブ人格であった。クラスから孤立したりしながらも、幻の世界で安定した学生生活を営んでいたが、告白をカムフラージュに彼に接触してきたリーパクレキスの安全装置・景瀬観叉子によって、世界の真の姿とナイトウォッチ“マバロハーレイ”コアの精神崩壊を聞かされ、否応無しにコアの代役としてナイトウォッチ“マバロハーレイ”を駆り“虚空牙”からカプセル船を守る闘いに身を投じる事になるのであった。
スポーツ全般、特に昔からやっていた野球が得意。それは当然で、“虚空牙”との初戦闘時に実は人類史上有数の戦闘センスの持ち主だった事が発覚する。同じ団地に住む槇村聡美とは小学校入学以前からの幼馴染だが、実際の彼女の肉体はカプセル船の中に何億と有るカプセルの一つに保管されているか、もしくは受精卵状態で保存されていると思われる。
景瀬観叉子/ナイトウォッチ“リーパクレキス”
澄ました感じで学校でも噂の美少女を装った、ナイトウォッチ“リーパクレキス”コアの精神安定用サブ人格。本来、コアの安定装置はその役割(精神的に安定している事)の為、世界の正体を知る事は無いのだが、元々“リーパクレキス”コアであった彼女は、当時安定装置であった方の“景瀬観叉子”が自殺を試みた際にコアと安定装置の役割を交換した過去があり、彼女は安定装置でありながら世界の正体を把握している。
上記の理由で、普通の安定装置と異なりコアの方の“景瀬観叉子”と情報を交換出来る。“マバロハーレイ”コア崩壊の際には、告白をカムフラージュに安定装置である工藤兵吾に接近し、彼をマバロハーレイとのリンクに導いている。以来、工藤兵吾の相談相手兼、マバロハーレイのサポート役的な役回りをこなしている。
妙ヶ谷幾乃/fs4,025
兵吾とは学年がひとつ上の女子高生漫画家に身を窶した、幻の世界の管理者(の一人)。高級マンションに住み、雑誌連載を3本持つその彼女の正体は現実の肉体を持たないプログラム上だけの模造人格である。カプセル船の中の人間達の幻の世界を守る事が任務であり、常に妨害工作や世界を乱すものと戦っている。
機械の人格とは言え感情表現は豊かで、プログラム人格という感じは全然無い。普段の服装(漫画家モード)は眼鏡着用、髪を後ろでひっつめて、だぶついたジーパンに、ゆったりとした無地のシャツ(中澤一登氏の挿し絵が非常に良い)というラフなスタイルだが、眼鏡を外すと一瞬で身体にフィットした虹色のスーツに飾り付きフードという、未来的ファッションの管理者モードに変身する。兵吾に対しては後輩を可愛がる様な、プチ色仕掛け的な態度を取りつつも自分の任務は忘れない。
マバロハーレイの戦闘報告
一回目 2体を撃破した後、囮役になって敵をひきつけて敵を足止め、リーパクレキスがとどめ。さらに2体撃破。
2回目 一体の左わき腹をえぐる。
3回目 虚空牙の神風ミサイルを自らの機体でガード
4回目 一体を撃破した後、囮役となって2体を引きつけリーパクレキスが撃破。囮となって敵をさらに引きつけ質量爆撃でまとめて撃破。
考察その① 現実世界とは?(P55~68、P142~145、P195~198、P265~276)
第3765恒星間空域
このカプセル船が地球を飛び立ってから数千年
未だ人間の第二の故郷は見つかっていない。悲観宇宙史観。
十億分の一秒(ナノセカンド)単位で行動
VL型シンパサイザーの有効範囲は半径7千7百7十7億7千7百7十7万7777キロメートルの空間(ちなみに太陽と地球の距離は1億5000万キロメートル。太陽と冥王星の距離でも約60億キロメートルですからとんでもない距離です)
ナイトウォッチは全10機。恒星間超光速機動戦闘兵器 全長260メートル(ドイツで作られる人類史上最大の飛行船とほぼ同じ大きさ)。波動渦動エネルギーで動く?VL型シンパサイザー搭載。VL型シンパサイザーは広大な空間をそのまま頭の中に投影する。色はない。超光速のため普通のレーダーなどは使えない。ナイトウォッチという言葉自体は「夜警当番」という意味。同名のホラー映画があるが関係はなさそう。上遠野先生は見てそうですが。
節くれだって複雑に捻じ曲がっている。8本の腕(触手)。37種の攻撃を放つことが出来る武装腕。骨格標本のつぎはぎ。骨細工。
カプセル船もこの航法。
船内と船外の時間の流れに差をつけて光速の壁を相対的に突破する。船体自体は光速の70パーセント程度で飛ぶ。ただし、時間の流れが7000倍以上にも加速されるるために光速を突破しているように見える。
時間の流れは外装部と呼ばれる一番外側が一番加速されていて内部は入るにつれて加速の度合いは小さくなる。カプセル船では一番内側に冷凍受精卵や完全冬眠状態の人間を保管している。ただし、ナイトウォッチのコア(パイロット)は時間の流れをタイトに影響を受ける。
狂戦士、BEM、破滅の使者、絶対敵性意思、虚空牙
人型で100メートルはある。腕と一体化した槍のような武器を持つ。
対象を意思の形態で判別する。
我等に個別の執着心は欠落している。(つまり、種全体として意識を共有しているのか)
何千年という時間が「短い」。(種としての期限は非常に短いのか、時間の概念の捉え方が違うのか)
亜空間ブラスター、ヌル爆雷、波動撃、セグエ粒子弾、反撥装甲、時空切断スクリーン、生体回路、力場パルサー、力場崩壊亀裂、時空位相加速などオリジナルのような言葉が続々出てくる。
質量爆撃…超重力メギドとヌル爆雷を浮遊物体に当て空間変転をおこして敵をまとめて異次元に飛ばす。
亜空間装甲…我々の通常の物理法則が通じない時空連続体を生じさせる装甲か。
時空爆雷…星界の紋章で登場したらしい。
- カプセルボート908、2783回目の襲撃(この本の中の初回の襲撃)、時間0.000245秒だとか。どうでもいいですね。
- ワープシステムは出るところが分からず、宇宙に確かなものはない。
作者も<「結果的に超光速」というのはまあ、私の場合はワープとか「抜け道」で他の所に行ってしまうのではなく、あくまでもこの世界の中でじたばたする人間たち、というテーマ的なところから造ったような所があり、あんましSF的な新しいアイデアの提示、というつもりはありませんし、現にそうでしょう。ワープというのはなんか、この世でないどっか別の所に行ければいいなあという、かなりファンタジーっぽい要素から支持されているアイデアのような気がするのですが>などと言っているので。
ガンダムでいうとこのニュータイプ同士の交感か?(冗談です)
マバロハーレイ、リーパクレキス、ムーグニージィ、フォッケゼメルトそれぞれオリジナルのようです。
考察その② 虚空牙の目的とは?(P146~147、P153~154、P181、P214、P221~227、P235~240、P248~252、P257~260)
人間が絶滅しないのはなぜか→手を抜いているから→なぜ手を抜くのか→虚空牙のほうが自分も含めて全てを嫌うがゆえに現実に逆らうために戦いに飛び込んでいくのか、あるいは闘うことに疲れて、飽きて、心を空虚に支配されて消滅を望んでいるのかを考え続けているから?
人間のことを考え続けてきた。
虚空牙は人間に合わせ、虚空牙にとって人間は敵ではない。
高いレベルにいる虚空牙の考えていることは分からない。
人間にとって敵としての虚空牙は助け。
なぜなら敵がいなければ人間は絶対真空の宇宙を進んで来れないから。
人間が勝手に虚空牙を敵とみなした。宇宙に進出する理由に利用した。
虚空牙は地球に来ていた。(「ブギーポップは笑わない」のエコーズですね)
結局、虚空牙の人間に対する判断は保留。
求めた判断
君が君であるから強いのか、君を支えるものがあるから強いのか、という判断。
精神が強靭であるかどうかを確認しに来た。
どうもよく分からん。
考察その③ 景瀬観叉子について(P162~181)
本来の景瀬観叉子…機械にも困ったもの。世界を再現すればそれでいいなんて安直。まるで恐怖や苦痛が絶対真空にしかないみたいな、すごく能天気な発想。仮想現実の世界で充分におかしくなり何もかも汚らわしい気がして、自分が一番汚れている気がして。自分の身体の中が腐っているみたいだった。恐怖した。だから手首を切った(効率悪いわ)。空っぽの絶対真空の世界の方が安心できる。全てを嫌うがゆえに現実に逆らうために戦いに飛び込んでいく。
本来のリーパクレキス…あまりにも周りが空っぽの世界では存在しているただそのことだけでもとても重荷。人類の運命なんてこの圧倒的虚空の前ではとってもちっぽけなんじゃないかって考える。事実の前にはどんなことも無駄。少女らしい夢想的な潔癖症(性)でもう一人の彼女は戦っているから大丈夫なの。空っぽそのものが素敵という考えに取りつかれている。闘うことに疲れて、飽きて、心を空虚に支配されて消滅を望んでいる。
では工藤兵吾はどう判断したのだろうか?
全てを知らされていたら。現実を捨てて戦いに行くのか、この現実にとどまるのか。
この問いの答えはもう出ていて今回工藤がとっている行動そのものなんだと思う。
この現実に留まりながら闘い続けるという。
考察その④
槇村はプログラム人格か?(P189~194)
- 自分が自分の意思で生きているのではなくただ周りに流されてるだけそう思えて仕方がない。
若さゆえの自己無力感か、プログラム人格であることが工藤兵吾の覚醒に伴い強く意識されているのか。
何だろう。作者が現実を仮想現実に設定したのはこういう疑問を生じさせるためではないかと思う。あなたの現実も結局仮想現実かどうかなんて区別できないでしょうといった切り口。
(蛇足:槇村がブギーポップシリーズ<VSイマジネーター>が好き。次回作への伏線)
考察その⑤
仮想世界とは?(P71~72、P101~118、P127~137)
- DM型シンパサイザーによって眠っている人間同士をつなぎ構成される夢の世界
- 多層次元集積演算機(ジャイロサイブレータ)をもってしても人生の演算はおいそれと出来ない。→過去の時代から舞台となる世界をサンプルとして取り上げて、あとの人生は個人に任せる。
- この仮想世界で死ぬ人間は現実世界でも死んでいる。夢の中でも人を生活させていけば死ぬ。肉体と精神は思ったほど分離したものではない。
- 人間の敵は人間。自分たちの勢力以外の人間が違う天体に行くのを阻止するテロリストが暗躍。
- この仮想現実のシステムを管理する模擬人格「fs4,025」のようなプログラムが存在し、人間の敵の人間(テロリスト)をその都度消去している。
- 但し、機械は人を殺せない→テロリストははびこり続ける
- なぜ機械の自動制御システムでナイトウォッチは動かないのか。
答え、フランケンシュタイン・コンプレックス。機械を信じきれていない。自分の生み出したものが自分に害を与えるのではないかという不安と恐怖を捨てきれない。
結局、恐怖している、機械に機械の判断に人間の未来を委ねてしまうことを。
(フランケンシュタイン・コンプレックス…創造主に成り代わって人造人間やロボットといった被造物/生命を創造することへのあこがれと、さらにはその被造物によって創造主である人間が滅ぼされるのではないかという恐れが入り混じった複雑な感情・心理のことを、フランケンシュタイン・コンプレックスといいます。メアリー・シェリーの小説「フランケンシュタイン」に由来する言葉で、SF作家アイザック・アシモフが名付けました)
(蛇足:「宇宙竜」「冥王と獣のダンス」自分の作品の宣伝か?)
まとめ
現実が実はみんなが見ている夢に過ぎないというのが基本線。
だが目覚めた現実の方が空っぽで敵とのギリギリの戦闘をしている。
そして夢もまた夢であるだけでなく夢での死は現実の死につながっているという。
メガゾーン23系でありながら現実世界と夢世界の関係が上遠野先生らしく少しずつずれている。その象徴がまさしく景瀬観叉子とリーパクレキスの関係。工藤曰く地に足がついているはずの仮想世界で死を選ぶ少女、敵と戦わねばいけない世界で空っぽに魅せられた少女。主人公工藤はその歪んだ世界をまっすぐに進む。槇村聡美はヒロインでありながら主人公工藤と同じ立場に立つことを世界から拒否され、普通の仮想世界の住民の視点を作品に与える。(このあたりも上遠野先生的)妙ヶ谷幾乃は仮想世界を管理するプログラム、つまり機械のの冷たさ、温かさ、限界の全てを象徴している。
物語は主人公工藤の覚醒と、虚空牙やテロリスト青嶋との戦闘を軸にしながら景瀬観叉子というアクセントを入れて展開に張りをだしている。やっぱりキーは景瀬だと考えるのは入れ込みすぎですかね。
上遠野先生の筆力の安心感もあり、読みやすい物語になっていると思う。小説の読みやすさは構図の分かりやすさとつながる部分があると思うので。この作品で言えばSFの難解そうな部分は記号的にさらっと扱ってSF的構図の部分を分かりやすく書こうと力を入れていると感じるのですがいかがですか。具体的に言えば亜空間ブラスター、ヌル爆雷、波動撃、セグエ粒子弾、反撥装甲、時空切断スクリーン、生体回路、力場パルサー、力場崩壊亀裂、時空位相加速、相剋渦動励振原理などの部分はさらっと、虚空の世界と仮想世界の部分はきちっと書いている気がするということです。
以上。
蛇足の蛇足
ファンサイトの評価
「ぼくらは虚空に夜を視る」の素晴らしさ
設定。
詳しくはネタバレになるので言えませんが。世界設定で既に鳥肌物でこれだけでイけます。SF的物語を愛する人は、さらに楽しめるでしょう。
話。
動的でスピード感あふれる物語が展開されます。本書の情報量は数ある上遠野作品の中でも屈指の物ですが、全くダレない展開に、読者は巻末まで全くテンションを下げる事無く読みきってしまう事でしょう。
文章。
ブギーポップ・シリーズを読んでいる方なら既にご存知の、日本語の魅力を再発見させてくれる上遠野先生の語り口。中でも当作品の文章のリズム、勢いは過去作品の中でも屈指の出来だと思います。文章を読み、進める事がこんなにドキドキするとは!文章を読むスピードと、画面が頭に浮かぶスピードが完全に同期する感覚はこの上遠野作品ならではの物です。
キャラ。
キャラ立ちまくり。当作品の登場人物は、上遠野作品には珍しく「王道のツボ」に片足突っ込んだ人が多いのです。類稀な筆力を持つ氏が、王道キャラをクールに描く時、そこに魅惑の化学変化が。
絵。
中澤一登さんの挿し絵が!上遠野作品で初めて、「萌え」の要素を備えたイラストの登場です。キャラの瑞々しさを引き立てています。
リンク。
世界観が「ブギーポップ」「冥王と獣のダンス」と一部リンク。あくまでオマケ的なものですが。ニヤリとする事請け合い。
最終更新:2019年03月26日 00:07