12月16日読書会レジュメ
by貴志団@メガゾーン中毒者
海を見る人
小林泰三 ハヤカワJA文庫
時計の中のレンズ
あらすじ
おかしな世界を旅する部族の物語。
幼い族長は科学主任に族長の座を奪われそうになるが、外交主任の助けと異民族の出現によってどうにか族長の地位を守れたが、その代わりに大切なものを失ってしまった……。
苦悩する幼い族長の切なく、果てしなく続く旅を余韻タップリに描き出す傑作SF短編。
ファンタジーとしてのハードSF、ハードSFのファンタジー。
作者が「こんな世界があったらどうだろう?」と目を輝かせて計算しながら書いた様子が思い浮かぶ。
ストーリー性もあるが、やはりその特異な世界設計に目を奪われてしまうのは仕方のないところだろうか。
そして、この物語は読者に想像することを要求する。
「自分はこの世界観の資料を見せるから、この部族の未来・位置づけ等は自由に考えてくれ」という作者のメッセージがああいうラストになったのかもしれない。
前野氏のホームページの検証を参照のこと。納得できる点多し。
独裁者の掟
あらすじ
冷徹な総統の支配する<第一帝国>、平和主義者の大統領がトップに立つ<民主連邦>。
2つの国は宇宙空間で<ゴミ>をめぐって争い続けていた。
冷徹な総統はこの事態のひとつの解決方法を見出し、実行に移す。
そして<第一帝国>の外交官の娘カリヤは初めて見る<民主連邦>で力強く生きるチチルと出会い、心動かされていく。
錯綜する2つの話が最後にドラマチックに融合し、読者に至高の感動を与える感動SFミステリ短編の名作。
ミステリ的な意見
トリックの1つは叙述トリックと言いまして、性別その他主人公の属性を何も描かず「役職名」「人称代名詞」等で主人公を表し続け、最後にその人物は「なんとぉ!」意外な人物でしたというオチをつけるミステリ的手法であります。これはまぁよし。
注目は2つの国が元々はひとつの宇宙船で、それぞれの中心にある量子ブラックホール・ラムジェットエンジンを1つにすれば問題は無くなるという解決編の鮮やかさである。この解決の手際の良さはいい。
このミステリ的な解決の素晴らしさは条件が全て提示されていることにある。
条件①現在の量子ブラックホール・ラムジェットエンジンは両国のもの両方ともバランスが崩れ、<痩せて熱く>なっている。これ以上<痩せて熱く>なることを防ぐために両国民は生活必需品まで削って投入している。このバランスを元に戻すためには大質量の一気投入が必要。
条件②大質量を一気に量子ブラックホール・ラムジェットエンジンに投入すると膨大なエネルギーが発生してしまう。
条件③このままの状態が続けば遅かれ早かれ両国の間で戦争が起こる。人類滅亡の危機。
条件③を解決しようとして条件①を実行しようとすると条件②の理由で不可能。
つまり条件③は不可避。
人類はどうしようもない。
という一種の不可能(この場合は不可避)状況を作っておいて、
解決編で
条件①の大質量は互いの量子ブラックホールがある。
条件②は最初に示されていた互いの宇宙船の構造つまりブロック構造によって回避可能。
よって条件①が実行でき、条件③は回避できる。
ことを示したわけだ。
この辺の説明の上手さがミステリでは重要。ちゃんと条件状況の提示という段階を踏んで、解決をする。そういう読者への配慮がミステリでは重要だったりする。
こういうのは案外理系の作者の場合ミステリを意識せずとも上手い。
天獄と地国
あらすじ
<空賊>と呼ばれる戦闘集団が集落を襲い、<落穂拾い>というハイエナ集団がそのおこぼれをいただく、奇妙なバランスが取れた世界。
カムロギ、カリティ、ヨシュアの3人の<落穂拾い>チームはいつも通り、<空賊>のおこぼれをいただこうと、襲撃された集落に向かった。
そこでカムロギたちは巨大な地下シェルターを発見し、定住しようとするがカリティがそれに反対して……。
<落穂拾い>チームを襲った悲劇と世界の秘密を綿密な筆致で描く問題SF短編。
文庫なら解説をまず参照。
あれを読めば納得することうけあい。
地球と太陽を含む巨大なリングワールドの外側の世界なのだ。
カムロギたちは住む世界を間違えている上に、地国は理想の地球ではなく灼熱<地獄>の太陽らしい。題名はそこにかけてあったのかと納得。<天獄>の方は多分、リングワールドの内側を普通の<天国>だとしてカムロギたちのいる外側は字の違う<天獄>なのだということだと思われる。
計算SFという概念は良い。計算すれば裏が見える。ミステリだと投げっぱなしミステリ(読者に解答をゆだねるミステリ、もちろんSFで言う計算つまりミステリで言う論理で読者が解けるようになっているもの)のような感じか。
キャッシュ
あらすじ
恒星間宇宙飛行中、冷凍睡眠している人間たちが共有する仮想現実「世界」。
冷凍睡眠をしている人間が記憶を失わないための装置だったが、この装置は当事者たちが気づかない重大な欠陥を持っていた……。
SFにおける冷凍睡眠や仮想現実空間への先入観を巧みに利用した良作SF短編。
冷凍睡眠中でも人は死ぬ、その死をコンピュータが誤って処理したら。
有限のコンピュータ資源で仮想現実空間を作ってみたら。
2つのifでこの物語の中核はできている。
あとはキャッシュという概念と<アリス>という名の評議員を絡ませて、コンピュータの知性の問題を出したり、ちょっとした感動を誘ったりしている。
本当にそのあたりの世界設定が上手い。
母と子と渦を旋る冒険
あらすじ?
(小泉)純○郎が姉良子と共に宇宙に出て、近親F××Kをしてしまうお話ではありません。
惜しいな。小泉の姉の名前は良子じゃなく信子だし。木下純一郎だし。
純一郎は母に送り出され、姉良子に未練を感じつつも恒星間空間調査のために飛び出す。
しかし、純一郎は調子に乗ってブラックホールと中性子星の連星系に捕われてしまう。
試行錯誤の末、純一郎はぼろぼろになりながら母の元に戻るのだが……。
宇宙探査機への作者の愛と悲しみが込められた異色のブラックSF短編。
はぁ。純一郎だけが気になってどうしようもない。
姉とねぇ。
あそこだけ力入ってたなぁ。
海を見る人
あらすじ
遠眼鏡で海を見続けている老人がいる。その老人の口から語られる、もの悲しく切ない老人の過去に秘められた海を見続ける理由とは……。
山の村と浜の村の時間の流れの違いが生んだ小林泰三版浦島太郎の悲劇。
異常な世界で惹かれあう二人の男女が織りなす新<セカイ系>SF短編。
ブラックホールの近くに人が住めたらこんな悲劇はきっと起きる。
悲劇の種類はありきたりかもしれないがこの世界観だと何だか異様な感じがする。
パターンから少しずつずれている感じ。
結ばれない二人ならその理由は階級差とか身分差とかが普通だがこれは時間の流れの差。
時間の流れの差を使った悲劇なら普通は舞台は宇宙かタイムマシンなのにこれは山の村と浜の村。
その辺が良い。
門
あらすじ
量子テレポート技術を使い、太陽系のみならずあちこちの銀河系へと拡散するように広がっていった人類。余りにも広がりすぎた人類は発祥の地である太陽系政府とは別の組織を各植民地同士で結びついて作るようになり、人類の居住空間は不安定になるかと思われた。しかし、そんなとき時間移動可能だと思われる『門』が発見される。『門』近くに居を構え、大姉と呼ばれる一人の女性が中心となって運営されているコロニーに太陽系政府の宇宙戦艦がやってきて……。
タイムパラドックスを超えて一組の男女が再会するハートフル短編SF。
ズルイ。分かっていても好き。前野氏のホームページ参照。
苺ミルフィーユってずるーい。
あぁ、大姉。あぁ、艦長。
2重のタイムパラドックスを解決した。
マイクロブラックホールと艦長(大姉)と。
間に挟まれる対話
恐らく最終話「門」の<僕>が歴史の先生になって、自分の生徒と対話しているものだと思われる。
最終更新:2019年03月26日 00:01