東北大学SF研読書会 リチャード・マシスン「アイ アム レジェンド/地球最後の男」

byちゃあしう 2008.6.20
ウィキペディアを大いに参考にしております ご了承ください。

1・作者紹介

リチャード・マシスン (1926-)
アメリカのSF・ホラー・ファンタジー作家。スピルバーグのデビュー作『激突!』やTVシリーズ『トワイライトゾーン』等の脚本の仕事も多いことで有名。ひとつのアイデアを卓越したストーリーテリングで丁寧につづる才能に評価が高い。
代表作 SF:『地球最後の男』『縮みゆく人間』  ホラー:『地獄の家』(映画化名『ヘルハウス』)
ファンタジー:『ある日どこかで』『奇蹟の輝き』

2・あらすじ

人々が吸血鬼に変わる謎の現象により人類社会は滅びた。一人アメリカの小さな町で生き延びた主人公は夜な夜な襲撃してくる死者たちを自分の家でなんとか防ぎつつこの状況の打開策を探していた。果たしてほかに生存者はいるのか?そもそもなぜ吸血鬼が出現するのか?悪夢のような状況下で男が見るものは何か?

3・登場人物

人類が滅びかけてる話なので当然だが非常に少ない
ロバート・ネヴィル 地球最後の男 
ヴァージニア・ネヴィル その妻 ひそかに「埋葬」していたが「復活」したため自ら殺すハメに
ベン・コートマン 近所に住んでいた親友 非常にしつこい 実は煙突に隠れていた
犬(ワン公) わんこ 感染していたため後に死亡
ルース 地球最後の女、ではない その正体は新人類のスパイ

4・流れ

第一部 一九七六年一月

 ロバート・ネヴィル。地球最後の男。その悪夢に満ちた夜が今日も始まる。日没とともに始まる狂乱に彼は毎日耐えなければならない。そう、生き延びるために… しかしなぜ?

テーマ: おぞましい日常 その連続

孤独との戦い、吸血鬼との戦い、さらに禁欲を強いられるストレスフルな一日。しかし昼間も休むまもなく生活のための作業が続く。「都市部に出現する伝説の怪物」というのもまた先駆的。スタージョン『きみの血を』(早川)とともにモダンホラーの先駆けともなった。こちらは米軍内部に潜む異常者の調査を進めるうちに、ある存在に行き当たる医師の話。

ガジェット

  • 「死体が転がる無人の街をいく一台の車」
破滅ものの王道的演出 ありがたいことに文明の残滓をあさればかなり長い間生き残れそうではある。ただ保存食がどこまで持つかなどの問題はあるが。映画だと主人公は作物を作っている。いずれは必要になるだろう。
  • 「吸血鬼」
他人の血を吸い、被害者も吸血鬼としてしまう元人間だったと思われる怪物。日光に弱いため日中は建造物の中などで休眠する。杭を打ち込まれるなどして大量出血すると死亡する。ただし通常程度の怪我は高い治癒能力により復活する。あと、本作品では処女・童貞であるかは関係なし。まぁこれは一番理屈でこじつけにくそうだし。

「倍々ゲームで人間なんぞすぐ絶滅して共倒れだぞ 先の見えんガキめ」
byアーカード(ヘルシング)
しかし連中、弱った吸血鬼をエサにしてもまったく問題ないご様子。これではいつまでたっても減りませんなぁ

第二部 一九七六年三月

 ネヴィルは落ち着いて原因を考えてみる。吸血鬼の忌諱するものから吸血鬼の弱点、ひいては吸血鬼になる原因が分かるのではないか?彼は吸血鬼の生存に関する実験と試行錯誤を繰り返し、ついにその原因の一端を発見することに成功する。そんな中、彼は吸血化していない犬を見つける。

テーマ: 理性による怪奇現象へのアプローチ

これもまたマシスンが先駆的だった点。その後SFの広がりでホラーにもかなりその原因となる説明をつけることが多くなる。もちろんやりすぎると興ざめ・怖さが半減との意見もある(ヤスミンこと小林泰三のジレンマ)
「訳分からないから怖い」と「理不尽だから怖い」ってのはまた別物。分かってなお怖い場合も多々あり。

ガジェット

  • 「吸血病菌」
バチルスとはバシラス属の細菌のことで大きさは数μm。ウイルスとは違うので注意(ウイルスは光学顕微鏡では見えない。電子顕微鏡は元々ウイルスを見るために開発された物で、開発者の一人ルスカはノーベル賞を受賞している)
感染することで高い治癒力を得るが、栄養源として他人の血液が必要。太陽光(おそらく含まれている紫外線)に弱く、太陽光を浴びると死滅 保菌者も(すでに死亡しているからと言うのもあるが)死亡する。
ちなみに銀が魔物に効くというのは銀イオンによる殺菌効果からの派生。銀食器が使われたのは毒殺防止って言いますな(銀は化学反応性も高く、仕込んだ毒に反応して変色するのも理由の一つ)。

  • 「物理的」怪物と「心理的」怪物 
十字架が効く人間もいれば効かない人間もいる。その理由は? 信仰がもたらす現象と言うものにズバリ切り込む中々鋭い考察。かの狼男伝説も麦角菌の感染による発狂から生じた集団パニックが原因だと言われている。実際の化け物以上に厄介なものである。かの雛見沢症候群なんかもいってみれば心理的怪物の派生系といえるかも(別の原因もあるにはあるが、一番大きいのは「疑心暗鬼」)

第三部 一九七六年六月

 ついに別の生存者の女性を見つけたネヴィル。その名はルース。だが様子がおかしい。彼は彼女の正体を探ろうとする。しかし彼女は別の驚きを提供することになる。

テーマ:女の尋問と新たな事実

生き延びていた女性と接触するも簡単には信用しないネヴィル。そして意外なことが明らかに。

第四部 一九七九年一月

 ルースの警告をあえて無視していたネヴィル。だがその日常はついに破られる。吸血鬼たちを蹴散らす武装集団がいきなり彼の家を襲った。そして拘束されたネヴィルはルースと再会し、あるものを受け取る。彼がこれから受けるであろう苦しみを軽くするために。なぜなら彼は…
テーマ: 価値観の逆転
今まで自分のやってきたこと全てをひっくり返す存在とひとこと。ラストの一文はそれゆえに破壊力が大きい。

ガジェット

「新人類」
夜しか活動できないものの、新たなる生を獲得した人々。通常の吸血鬼と違いかなり知的な行動をとることができる。いってみれば吸血病菌との共生関係を結んでいる存在。すでに社会を営めるほどのグループに成長している。生命力の高さはお墨付きなのでこれからは彼らの時代になるのが必然・・・?

5・感想

原作のネタは知識として知っていたけれども、人類滅亡の示し方、サバイバル、そして価値観の逆転にいたるまで全てが緻密に、しかも丁寧に描かれているのが凄いと思う。しかもタイトルすら主人公に対する最大の皮肉という狙いっぷり。これが評価されているからこそ侵略SFの元祖『宇宙戦争』のように今も読まれ、リメイクされるモダンホラーのスタンダードとなっているのだろう。映画しか見ていない人も元ネタとしてしか知らない人も今の機会にぜひ読んでもらいたい。

6・追記

藤子・F・不二雄のSF短編に『流血鬼』がある。ルーマニア(かのトランシルヴァニアがある)から広まったマチスン・ウイルス(もちろん原作者の名前に由来する)により人々は次々吸血鬼化。主人公は日夜吸血鬼たちの胸に杭を打ち込みながら苦闘を続けるが、ある日女性を見つけて… というまぁそのとおりの展開。ただし原作ラストのあのセリフの持つ意味を180度ひっくり返すスゴイ展開が待ち構える。このあたりは日本人の感性ゆえか。NTV「週刊ストーリーランド」で放映されたらしい。

同じ流血鬼という言葉が登場する作品として『流血鬼信長 餓狼戦国史』近衛竜春 がある。西洋妖怪としての「吸血鬼」と狂戦士としての「流血鬼」を対比。ただし信長はキリシタンの陰謀で吸血鬼と交わって流血鬼になったそうな。あれれ?基本はキリシタンによる日本侵略という古典プロット+吸血鬼軍団VS忍者らしく、最後には死海文書とかロンギヌスの槍とか出てくるらしい。  コメントは控えよう・・・

映画版について

実は「アイ アム レジェンド」は3作目。
  • 一作目 「地球最後の男」 “The Last Man on Earth” 1964年 アメリカ・イタリア合作 
 マシスンも参加した原作にほぼ沿ったストーリー 現在権利切れにより低価格化DVDとして発売中。
InternetArchiveでも配信中。字幕はないが。
http://www.archive.org/details/the-last-man-on-earth

  • 二作目 「地球最後の男 オメガマン」 “The ΩMEGA MAN” 1971年
先日亡くなった全米ライフル協会会長ことチャールトン・ヘストン主演。吸血鬼は第三次大戦で使用された化学兵器によるミュータント(理性はあるが、自分たちをこんな姿へ変えた文明社会を憎んでいる)に改変されている。また主人公は文字通り「伝説的英雄」として死ぬ。このあたりは逆にアメリカ的なものゆえか??

  • 三作目 「アイ アム レジェンド」 2007年
ウィル・スミス主演。原作でチョイ役だったわんこは主人公の相棒として出番多し。正月映画として映画配給会社の心に染みる?感動モノを演出した宣伝により大ヒットした。でも成功したから良いじゃない。まぁ、SF者には「マシスン原作のアレがリメイク」と聞いた時点で分かっていましたけれど。
今回のクリーチャーは画期的新薬の持つ副作用で生じた変異体。アメリカはマンハッタン島を空爆で隔離して蔓延を防ごうとしたがすでに世界に広まっていたため果たせず。

当初、エンディングは原作準拠の物だったがテスト上映で評価が芳しくなかったため『オメガマン』風のエンディングに差し替えられた。DVDなどでは元のエンディングを見られる(レンタル版にはない)。

また、DVDでは映画公開前にコミック誌とタイアップで行われた「I Am Legend: Awakening」が一部読める。中には『エンダーのゲーム』のオースン・スコット・カード原作、「映画本編より怖い」と評判の『シェルター』という話が含まれる。レンタル版にも入ってるので見るべし。

本作のシークエンスがゾンビ映画やそれらを元にしたゲームにずばり受け継がれているのは有名な話。ジョージ・A・ロメロのゾンビ物第一作「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」がずばり「夜な夜な一つの家に集まってくる生ける死者」のそれであり、以後スタンダードになる。原作最後で示される「伝説」のウラの意味と同じく「一番怖いのは人間そのもの」というモチーフはゾンビ映画でもお約束。

SF方面から吸血鬼にメスを入れてるほかの例

基本的に「吸血鬼化するウイルス・病原体」は本作以降多数存在する。漫画『彼岸島』など。
挙句の果てに「ドラえもん」でドラミが吸血コンピューターウイルスに感染する話(!)すらある

ほかの独自解釈であればダン・シモンズの吸血鬼関連作品、
『BLOOD THE LAST VAMPIRE 獣たちの夜』 押井守 
『ネフィリム 超吸血幻想奇譚』 小林泰三 
『真夜中の神話』 真保祐一 
『石の血脈』 半村良 
『氷河民族』 山田正紀 などなど。 ・・・ただしなぜかどれもこう同じ作家の他作品に比べるとイマイチだという意見が多いですなぁ。(もちろん、高い評価を受けている物もあるのでお間違いなく)

映画だと旅客機に侵入した寄生生物と生存者が戦う『吸血鬼ゴケミドロ』など。示される人類滅亡の暗示等は評価が高いとか。 

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最終更新:2009年05月29日 15:44