2007.7.6
SF研読書会 『1984年(ハヤカワ文庫NV)』(ジョージ・オーウェル) by 夏騒
1 著者&作品について
著者について
ジョージ・オーウェル(George Orwell, 1903年6月25日 インド - 1950年1月21日 ロンドン)は、イギリスの作家。本名はエリック・アーサー・ブレア(Eric Arthur Blair)。
イートン校を卒業後、英植民地のひとつビルマで警官として就職するも、休暇の折イギリスに帰ると同時に辞職した。
著作
- 『象を撃つ』(1936年)
- 『動物農場』(1945年)人間を追い出し理想的な社会を築こうとした動物達の指導者である豚が独裁者と化し、恐怖政治へと変質していく様を描いた物語。
- 『1984年』(1949年) ルポルタージュ
- 『ウィガン波止場への道』(1937年)
- 『カタロニア讃歌』(1938年) 評論
- 『チャールズ・ディケンズ』(1940年)
- 『鯨の腹の中で』(1940年)
- 『ナショナリズムについて』(1945年)
- 『イギリス人』(1947年)
(Wikipedia『ジョージ・オーウェル』より)
作品について
『1984年』(Nineteen Eighty-Four, 1949年)は、イギリスの作家ジョージ・オーウェルの小説。トマス・モア『ユートピア』、スウィフト『ガリヴァー旅行記』、ハクスリー『すばらしい新世界』などの反ユートピア小説の系譜を引く作品で、スターリン時代のソ連を連想させる全体主義国家によって分割統治された近未来世界の恐怖を描いている。出版当初から冷戦下の英米で爆発的に売れ、同じ著者の『動物農場』やケストラーの『真昼の闇黒』などとともに反全体主義思想のバイブルとなった。あらゆる形態の管理社会を痛烈に批判した本作の時局性は、コンピューターによる個人情報の管理システムが整備されつつある現代に於いても、その輝きを全く失ってはいない。
1998年にランダム・ハウス、モダン・ライブラリーが選んだ「英語で書かれた20世紀の小説ベスト100」(他の受賞作は、カート・ヴォネガット・ジュニア『スローターハウス5』、ウィリアム・ゴールディング『蠅の王』、ジョセフ・コンラッド『 闇の奥』(映画化名:地獄の黙示録)、2002年にノーベル研究所発表の「史上最高の文学100」(他の受賞作は、ゲーテ『ファウスト〈第1部〉・〈第2部〉』 、セルバンテス『ドン・キホーテ』 、紫式部『源氏物語〈1〉・〈2〉・〈3〉・〈4〉・〈5〉・〈6〉』など) に選出されるなど、欧米での評価は高く、思想・文学・音楽など様々な分野に今なお多大な影響を与え続けている。
ちなみに1984年とは執筆当時の西暦1948年の下二桁を逆転させたものである。
1984年にマイケル=ラドフォード監督の手により「1984」というタイトルで映画化されている。
(Wikipedia『1984年』より)
2 登場人物
ウィンストン・スミス
39歳の男性。真理省記録局に勤務。妻とは別居中。現体制の在り方に疑問を持っている。
ジューリア
26歳の女性。真理省創作局に勤務。青年反セックス連盟の活動員。豊かな黒髪を持つグラマラスな女性。また女性的なしたたかさの象徴。
オブライエン
真理省党内局に所属する高級官僚。他の党員と違い、やや異色の雰囲気を持つ。
「そのうちに暗くないところで会うことにしよう」
トム・パーソンズ
ウィンストンの隣人。真理省に勤務。肥満型だが活動的。献身的でまじめな党員。
パーソンズ夫人
トム・パーソンズの妻。30歳くらいだが、年よりもかなり老けて見える。
サイム
ウィンストンの友人。真理省調査局に勤務。言語学者で新語法の開発スタッフの一人。
チャリントン
下町で古道具屋を営む老人。63歳のやもめ暮らし。古い時代への愛着を持つ数少ない人物の一人。
偉大なる兄弟(ビッグ・ブラザー)
超兄貴とは訳さない。オセアニア国の指導者とされている支配のための概念。
エマニュエル・ゴールドスタイン
かつては「偉大なる兄弟」と並ぶ指導者であったが、のちに反革命活動に転じ、現在は「人民の敵」として指名手配を受けている。「兄弟同盟」と呼ばれる反政府地下組織を指揮している。BBとは対をなす支配のための概念である。
3 用語解説
【オセアニア(Oceania)】
物語の舞台になる第三次世界大戦後の超大国。イデオロギーは「イングソック(下記参照)」。旧アメリカ合衆国をもとに、南北アメリカおよび旧イギリス、アフリカ南部、オーストラリア南部(かつての英語圏を中心とする地域)を領有する。
残る超大国は、旧ソビエト連邦をもとに欧州大陸からロシアにかけて広がるユーラシア(Eurasia、イデオロギーは「ネオ=ボリシェビキズム」)、旧中国や日本を中心に東アジアを領有するイースタシア(Eastasia、イデオロギーは「死の崇拝」「個の滅却」)。どの国も一党独裁体制であり、イデオロギーにもそれほど違いは無い。
これら3大国は絶えず同盟を結んだり敵対しながら戦争を続けている。北アフリカから中東、インド、東南アジア、北オーストラリアにかけての一帯は、これら3大国が半永久的に争奪戦を繰り広げる紛争地域である。
【エアストリップ・ワン(Airstrip One/滑走路1号)】
この物語の舞台となるオセアニアの一区域。最大都市はロンドン。かつて英国とよばれた地域に相当し、ユーラシアに支配されたヨーロッパ大陸部とは断絶状態にある。エアストリップ(緊急用滑走路)の名のとおり、その主たる存在意義は、航空戦力でユーラシアに対峙・反撃する最前線基地であることと思われる。いわばオセアニアの不沈空母である。ロンドンには絶えずミサイルがどこからか着弾している。
【党(The Party)】
「偉大なる兄弟(ビッグ・ブラザー)」によって率いられる唯一の政党。「偉大なる兄弟」は国民が敬愛すべき対象であり、町中の到る所に、「偉大なる兄弟があなたを見守っている」 (BIG BROTHER IS WATCHING YOU) という言葉とともに彼の写真が張られている。しかし、その正体は謎に包まれており、実在するかどうかすらも定かではない。党の最大の敵は「人民の敵」ゴールドスタインで、国民は毎日テレスクリーンを通して彼に対する「二分間憎悪」を行い、彼に対する憎しみを駆り立てる。
党のイデオロギーはイングソック(IngSoc、イングランド社会主義)と呼ばれる一種の社会主義であり、核戦争後の混乱の中、社会主義革命を通じて成立したようだが、誰がどのような経緯で革命を起こしたのかは、忘却や歴史の改竄により明らかではない(エマニュエル・ゴールドスタインのパンフレットによれば、そのイデオロギーの正体は「寡頭制的集産主義」とでも呼ぶべきもので、「社会主義の基礎となる原理をすべて否定し、それを社会主義の名の下におこなう」ことであるらしい)。
党には中枢の党内局(inner party)と一般党員の党外局(outer party)がある。党内局員は黒いオーバーオールを着用し、貴族制的な支配階級で、世襲でなく能力によって選ばれ、テレスクリーンを消すことができる特権すらある。党外局員は青いオーバーオールを着る中間層で、党や政府の実務の大半をこなす官僚たちである。
当の3つのスローガンが至る所に表示されている。
o 戦争は平和である(WAR IS PEACE)
o 自由は屈従である(FREEDOM IS SLAVERY)
o 無知は力である(IGNORANCE IS STRENGTH)
【政府(four ministries)】
4つの省庁の入ったピラミッド状の建築物が聳え立っており、3つのスローガンが側面に書かれている。
【平和省(The Ministry of Peace、ニュースピークではMinipax)】
軍を統括する。オセアニアの平和のために半永久的に戦争を継続している。
【豊富省(The Ministry of Plenty、ニュースピークではMiniplenty)】
絶えず欠乏状態にある食料や物資の、配給と統制を行う。
【真理省(The Ministry of Truth、ニュースピークではMinitrue)】
オセアニアのプロパガンダに携わる。政治的文書、党組織、テレスクリーンを管理する。また、新聞などを通しプロレフィードを供給するほか、歴史記録や新聞を、党の最新の発表に基づき改竄し、常に党の言うことが正しい状態を作り出す。
【愛情省(The Ministry of Love、ニュースピークではMiniluv)】
個人の管理、観察、逮捕、反体制分子(本物か推定かにかかわらず)に対する拷問などを行う。すべての党員が最終的に党を愛するようにすることが任務。
【ニュースピーク (Newspeak、新語法)】
英語を簡素化した新語法。全ての言葉は意図的に政治的・思想的な意味を持たないようにされ、この言語が普及した暁には反政府的な思想を書き表す方法が存在しなくなる。
【ダブルシンク(doublethink、二重思考)】
旧語法では真実管理と呼ばれる。
ニュースピークの普及により、1人の人間が矛盾した2つの信念を同時に持ち、同時に受け入れることができるという、オセアニア国民に要求される思考能力。言語により現実認識が操作された状態でもある。
【ダブルスピーク(doublespeak、二重語法)】
矛盾した二つのことを同時に言い表す表現。「戦争は平和」・「真理省」のように、例えば自由や平和を表す表の意味を持つ単語で暴力的な裏の内容を表し、さらにそれを使う者が表の意味を自然に信じて自己洗脳してしまうような語法。他者とのコミュニケーションをとることを装いながら、実際にはまったくコミュニケーションをとることを目的としない言葉。
【テレスクリーン】
長方形の金属板のような音声、映像ともに受信・送信が可能である煽動・監視機械。
【スパイ団】
子供を正常に、健全に育てるための組織。健全に成長した少年・少女は偉大な兄弟のためなら親でも売る。
【プロレ階級】
党にかかわりを持たない人々はプロレ(the proles、プロレタリア)と呼ばれ、人口の大半を占める被支配階級の労働者たちであるが、娯楽(酒、ギャンブル、スポーツ、セックス、ほか「プロレフィード(Prolefeed)」と呼ばれる人畜無害な小説や映画、音楽など)はふんだんに提供されている。
4 雑評
「1984年」は、未だ人類が経験したことのない超管理社会の代名詞であり、常に我々の未来はその存在の可能性を孕んでいる。(その芽となりうるものとして有名なものを挙げると、英の監視カメラ、米の愛国者法、日の「徳育」(仮称)等等)
この本を読んで、個人的に衝撃的だったことは多々あるが、そのひとつは「作品について」の項でも触れている通り架空の社会を圧倒的な筆力と想像力でもって精密に描ききっていることであり、そしてもうひとつは人間と暴力の関係について深く抉り出していることである。
文中のウィンストンとジューリアとの会話(p.218)で、
「僕は自白のことをいっているんじゃない。自白は裏切行為じゃない。君が何をいおうと何をしようと、そいつは問題ではない。ただ感情だけが大切なんだ。もし彼らが僕に君への愛情を失わせたら――それこそ本当の裏切りといえる」
「そんなことできるはずがないわ それだけが彼らにできない唯一つのことよ。彼らはどんなことだって――ありもしないことまでも、喋らせることはできるでしょう。だけど信じさせることだけは不可能だわ。あなたの心の中まで入り込むわけにはいかないもの」
と言っている。この時点において彼らは、彼らの心の中の事象(互いの愛情)は外部によって操作されることはないと、絶対の確信を持っているし、それはフィクションの読者である我々もそうであろうと信じている。だが、オブライエンの執拗な拷問の果てにウィンストンはとうとうこう叫んでしまう
「ジューリアにやってくれ!ジューリアにやってくれ!自分じゃない!ジューリアにだ!彼女をどんな目に合わせても構わない。顔を八つ裂きにしたっていい、骨だけにしたっていい。しかし、俺にじゃない!ジューリアにだ!自分じゃない!」――(p.373)
このウィンストンの変化こそ、徹底的な拷問―肉体的、精神的―によって、人間という存在に帰属するありとあらゆるものは破壊された者の現実の姿であり、ジョージ・オーウェル自身が警官時代などを通して実際に嗅ぎ取った真実なのである。
『1984年』は、あり得るかもしれないディストピアを確かな存在感を持って描ききっただけではなく、あらゆる尊厳を破壊された極限状態における人間の心理・行動についても深く記した、まさに時代を超えた傑作だといえる。
◆おまけ◆
が、もちろんフィクションの役目は現実を描くことだけではない、創作された物語にしか表現できない真実というものも確実に存在する。 そして、ここで紹介したいのが、同じようなディストピア社会における人と暴力の関係を題材にしながらも、それを救済の物語として描いた、あかべぇそふとつぅ『車輪の国、向日葵の少女』である。
『車輪の国、向日葵の少女』の舞台である”車輪の国”は、例えるならば世界大戦に勝利した日本であり(ちなみに劇中では、日本という単語は劇中のSF小説の中にしか存在しない)、特別高等人という特権階級が国民の生活に強い干渉(国家は、個人の人間関係、生活様式にまで干渉ができる)を行っているような準管理社会である。
物語は主人公である特別高等人候補生が、最終試験の地に降り立ち、一人の少女と出会うところから始まる。
この物語において、最終的にウィンストンとジューリアのような状況に追い込まれながらも、主人公とヒロインは暴力に克つのである。これはフィクションにしか描けない物語であろう。
部会メモ
最終更新:2019年03月21日 23:02