2007.10.26

SF研読書会 『※タイタンの妖女(ハヤカワ文庫SF)』(※カート・ヴォネガット・ジュニア)  by※夏騒


1 著者&作品について


著者について:カート・ヴォネガット・ジュニア
 1922年、インディアナ州インディアナポリス生まれ。2007年4月11日、ニューヨーク市にて死去。現代アメリカ文学を代表する作家の一人。第二次世界大戦において従軍経験あり、その際“ヨーロッパで最も凄惨な”ドレスデン無差別爆撃を経験する。
 1950年、短篇「バーンハウス効果」にて作家デビュー。以降大学生の間でカルトな人気を誇るアンダーグラウンドのペイパーバック作家として”無”名を馳せる。1963年に発表された長編『猫のゆりかご』の成功によって、一般にも名を知られるようになる。
主な著作
『プレイヤー・ピアノ』(Player Piano 1952年)……ディストピア小説、初の長編。ハヤカワ文庫SF青背第1号。
『タイタンの妖女』(The Sirens of Titan 1959年)……1973年度星雲賞海外長編部門を獲得。
『猫のゆりかご』(Cat's Cradle 1963年)……無害な非真実を説く架空の宗教「ボコノン教」が描かれる終末SF。
『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』(God Bless You, Mr. Rosewater, or Pearls Before Swine 1965)
『スローターハウス5』(Slaughterhouse-Five, or The Children's Crusade 1969年)
『チャンピオンたちの朝食』(Breakfast of Champions, or Goodbye, Blue Monday 1973年)...etc.

2 登場人物


ウィンストン・ナイルス・ラムファード

<非ノイローゼ的勇気>に導かれ、愛犬カザックと共に時間等曲率漏斗(p.16)に飛び込んでしまったために、太陽系を中心に、時間的・空間的にも偏在するようになってしまった紳士。「単時点的な意味において、さようなら」

マラカイ・コンスタント

「忠実な使者」という意の名を持つ、また父ノエル・コンスタントから莫大な遺産を受け継ぎ、全米一の大富豪となった男。酒、女、麻薬に溺れる外道で好男子。後に記憶を失い、アンクという名を得る。「たぶん、天にいるだれかさんはおれが気に入っているんじゃないかな」

ビアトリス・ラムファード

あらゆる世俗の穢れを嫌う、極めて貴族的な女性。ウィンストンのまたはとこであり、妻でもある。コンスタントとの間にクロノという名の息子をもうける。「わたしを利用してくれてありがとう。たとえ、わたしが利用されたがらなかったにしても」

サロ

小マゼラン雲トラルファマドール星から銀河の縁へと向かうメッセンジャー。宇宙船の故障により、タイタンへの不時着を余儀なくされる。「ツーカーで理解できないようなら、説明してみたところでむだなんだよ」

3 あらすじ


 この物語において、コンスタントは地球、火星、水星、地球と惑星を辿り、最後に人類の使命を孕む土星の衛星タイタンへと至る。ここでは、その軌跡を追う。

Ⅰ地球

1)ティミッドとティンブクツーのあいだ、2)電信室の喝采、3)ユナイテッド・ケーキ優先株
ウィンストン、マラカイ、ビアトリスの三者が巡りあい、紳士はこれからの物語を語る。この時点でマラカイ31歳、ビアトリス34歳。やがてマラカイ、ビアトリスはすべてを失い、火星へと連れ去られる。メモ:運以外のあらゆる点で雇い主より優れた刻苦精励の男ランサム・K・ファーン。ノエル・コンスタントの滑稽な大資本の作り方。スーパー執事モンクリーフ。

Ⅱ火星

4)テント貸します、5)見知らぬ英雄からの手紙、6)戦時脱走兵
アンクと名を変えられたマラカイは、ビアトリスと息子クロノに関する記憶を取り戻し、火星を脱出しようと試みるが、やがて火星と地球の間で戦争が起こり……。メモ:CRRとシュリーマン呼吸法。軍曹ヘンリー・ブラックマン。本物の司令ボアズ。親友ストーニイ・スティブンスン。UTWB――そうなろうとする万有意思

Ⅲ水星

7)勝利、8)ハリウッドのナイトクラブで、9)解けたパズル
戦争は火星の圧倒的な敗北によって終結し、ウィンストンは<徹底的に無関心な神の教会>なる宗教を立ち上げる。同じ頃、水星に着陸したマラカイとボアズは、振動を食べる美しい生命ハーモニウムに満ちた世界で地球へ帰還する方法を模索し始めるが……。メモ:二つのメッセージしか持たない生命。マラカイとボアズの対比。文字byウィンストン←『虚数』「エルンティク」

Ⅳ地球

10)奇跡の時代、11)われわれはマラカイ・コンスタントを憎む、なぜならば……
徹底的に無関心な神の教会の総信者数は30億にも及び、人々は公正な不満を抱くことに満足していた時代。水星より地球へと帰還したマラカイ。永い水星での生活は、彼の風体を聖者のように変えていた。ビアトリスとクロノの再び合い見えた彼は、ウィンストンの手により、いよいよ目的の地タイタンへと送られる。メモ:憎悪の対象たるマラカイ。<>

Ⅴタイタン

12)トラルファマドール星からきた紳士
サロにより、人類の使命が明かされる。ウィンストンとカザックは太陽系より消滅。
やがて、幾星霜の時を経て、マラカイとビアトリスは真実の愛に目覚める。マラカイ74歳、クロノ42歳。

――タイタンについて。
タイタンの特徴は衛星を包む濃い大気と雲であり、表面気圧は地球の1.6倍、大気の主成分は窒素(97%)とメタン(2%)であることが計測されている。太陽系内の衛星で大気を持つものには木星の衛星イオや海王星の衛星トリトンなどが存在するが、タイタンほどに厚い大気を持つものはない。また、タイタンには地球によく似た地形や気象現象があるとされている。また、タイタンには液体メタンの雨が降り、メタンの川や湖が存在すると考えられている。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

エピローグ ストーニイとの再会

復活したサロは、妻を失ったマラカイを、地球インディアナポリス南方の空き地に降ろす。そして、マラカイは泡沫の夢に身を委ねた。


4 雑評


 黒い笑いと諧謔によって、人間と彼らを取り巻く世界を、軽妙な筆致で切り出す――巨匠ヴォネガット。
 本作は、そんな彼の作風をよく象徴した不条理SFである。不条理という名の絶対的運命に翻弄される登場人物たち――それはあらゆる時空間に偏在する紳士とて例外ではない――を通して描き出されるエピソードの数々は多くの示唆・価値観を含んでいる。ここでは特に「単時点的――punctual」という言葉に焦点を当てたい。
 ヴォネガットの作品の魅力の一つといえば、忘れられないフレーズが必ず含まれているというが挙げられる。例えば、『スローターハウス5』の「そういうものだ。」、『猫のゆりかご』の「プーティーウィ?」、『ローズウォーターさん、あなたの神にお恵みを』の「なにかお力になれることは?」などなど。本作における「単時点的な意味で」という言葉は、私にとってその類のフレーズだった。やりきれなくて、くだらない、まだ見ぬ下部構造の不確定なゆらぎによって――まるで神様の悪戯を経たかのように――生み出された、我々の意識を取り巻く世界。そんな混沌の中で、どのように我々は、このままならないゆらぎを相手に、生きていけるというのか。発狂もせずに?だが、安心したまえ。このヴォネガットという変人のおっさんが、そんな気持ちを救い出してくれる言葉を、文字列の海からサルベージしてくれている。それが「単時点的な意味で」という言葉だ。どのような浮き沈みもこの現実においては、「単時点的」にしか存在しえないのだ。もっと意識を未来や過去へ自由に巡らせよう。すべての事象は、そこにあるように、そこにあるがままに、ただ存在しているのだから。

 さて、本書を楽しめた方にヴォネガットの著作で、次にお薦めしたいのは『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』である。

――「もしわれわれが、人間を人間だから大切にするという理由と方法を見つけられなければ、そこで、これまでにもたびたび提案されてきたように、彼らを抹殺したほうがいい、ということになるんです」

 ヴォネガット作品にたびたび登場する、SF作家キルゴア・トラウトのこの台詞に勝る皮肉がありますか?




部会メモ





2019.03.24 Yahoo!ジオシティーズより移行
なお、内容は執筆当時を反映し古い情報・元執筆者の偏見に基づいていることがあります by ちゃあしう
最終更新:2019年03月24日 14:36
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